ペア
「……ごめんなさい。スケルトンが苦手なこと黙っていて」
「別に気にするな。これから慣れていけばいい。冒険者として生きる以上、苦手でも戦えるくらいにはなっておかないとな」
「うん……この機会にがんばって克服する」
ぐっと拳を固めるラーファン。
……よかった。荒療治で嫌になったということはないようだ。
前向きに捉えてくれているのなら、どうにかできるだろう。
ラーファンとともに迷宮を出て、夕暮れの街へ帰還する。
ギルドに顔を出すと、まだ訓練場に二組ともいた。
マリウスは上機嫌な様子だ。シナニスはぴくりとも動かない。
「おっ、ルードに竜の少女よ。無事戻ってきたようだな。どうだった?」
「あーその」
ラーファンがついついと俺の服の裾を引っ張ってきた。
黙っていて、と両目で訴えかけてきている。
……シナニスたちにも隠していたんだな。
彼女の誇りを傷つけるつもりはない。
「まあ、まだすぐには無理だが、ラーファンなら作戦通りの役割はこなせそうだ」
「そうか。それはよかった」
「それで、そこでぶっ倒れているシナニスはどうした?」
「疲れ切ってしまったらしい」
マリウスはまったく疲れた様子がない。
体力が無尽蔵の彼とは決して比較できないだろう。
……シナニスも頑張ってくれているだろうしな。
「く、くそ……ぴくりとも動かねぇ……ルード! オレを宿まで背負ってくれ!」
「汗臭いな……」
「そんなこと言わないで助けてくれよルード!」
顔だけを動かしてそう叫ぶ。
……いや、俺だって疲れているんだからな。
スケルトンを押し倒していたんだ。それこそ、悪者が生娘を押し倒すように、力強くスケルトンを押さえつけていた。
あれが結構疲れたんだ。普段使わないような筋肉も刺激され、ある意味いい訓練にもなった。
「引きずってだったらいいぞ?」
「汚れちゃうだろ! くそ……誰かぁ……」
汚れる以前の問題じゃない?
俺はアリカに抱きつかれているルナに声をかける。
「ルナ、シナニスが運んでほしいそうだ。魔法でどうにかできるか?」
「可能です。風魔法で浮かせましょう。多少、制御が難しくくるくる回ってしまうかもしれませんが」
「そんなっ! ルナさんの手を煩わせることなんてできません!」
ぴょんと元気よく立ち上がった。さすがにそれは嫌だったようだ。
マリウスが目元を緩めた。
「ほぉ、まだ訓練できそうだな」
「あっ、いや……くそぉ……足がぷるぷるだぜぇ……けど歩ける程度ではあるな、うん」
訓練が厳しすぎてサボっていたのか。
まあ、マリウスはその辺りきちんと見破っていただろう。
それで黙っていたのだから、今日の訓練は終了と見て問題ないだろう。
「……あんたルナお姉さまに対してだけは丁寧よね」
アリカが目を厳しく細めた。
「みんなに丁寧だろ、オレはよぉ! つか、おまえ、ルナさんに近づきすぎだっ! ほら、離れろい!」
「ルナお姉さまの許可はもらってるのよ、ね、お姉さま?」
「そ、それはその……えと、マスター……」
「別に、いいんじゃないか? 見ていて、微笑ましいしな」
「ああ。見目麗しい女性同士、というのはなかなか絵になる」
いや、俺まで巻き込むのはやめてくれないか?
そういうのはシュゴールだ。
あいつはそういう話が好きだったはずだ。
「まあ、さすがにオレも鬼ではないさ、やんちゃボーイ。肩くらいなら貸すぞ? 彼女らを真似して、お兄様って呼んでくれてもいいぞ?」
「嫌だよ気持ち悪い!」
「はっはっはっ、恥ずかしがるな」
マリウスがシナニスを追いかけている。
……おまえら元気だな。
お兄様と呼んでもらうなら、マニシアがいいな。
いや、昔みたいにお兄ちゃんでもいいかな。……また呼んでくれないかな。
「なんか、凄い仲良さそう」
「そうだな。それぞれ、仲が深まったようでよかった」
「……お、お兄様?」
「……突然どうした」
ちょっとドキリとした、ごめんマニシア。
ラーファンは眉根を寄せながら、照れた様子で頬をかいた。
「い、いや……みんな仲良くやっていて、私たちだけ……そのあんまりそんな感じじゃなかったし。負けたくない」
変なところに負けず嫌いを発揮していらっしゃるな。
「俺たちの場合は異性だしな。距離の取り方は色々難しいだろ」
マリウスやルナたちのようにはいかないだろう。
ラーファンはそれでも、少し納得いかない様子であった。
夕食はギルド二階でとる。
俺たちに気付いた冒険者がくすくすと笑っている。すっかり有名人だな。
気になるとはいえ、わざわざ絡みにいくつもりもない。
向こうも、直接何か言ってくることはないんだからな。
夕食の後、俺たちは公衆浴場に向かう。
一日の疲れを洗い流すにはここが一番だ。
体を洗い、湯船につかる。
程よい温度だ。全身の疲れが一気に洗い流されているような感覚だ。
「なあ、ルード。ラーファンの奴どうだったよ?」
シナニスがすいすいと泳ぐようにやってくる。
まだ湯船に人がいないからいいが、来てからそれはやめろよな。
「ああ。いい子だな。それに、かなり優秀なタンクだ」
「そりゃあな。なんたってオレが声をかけたんだからな。あいつ、いつも一人で依頼受けてたからな」
「そうだったのか……」
確かに自分から積極的にかかわりにいくような子じゃないだろう。
「よく、声をかけたな。冒険者は一人だとやっぱり大変だからな」
下手したら俺たちに会う前に大怪我で冒険者を引退していたかもしれない。
「まあ、オレも単純にタンクが欲しかっただけだからな。仲間を探していたんだけど、その前にまさかクランに所属することになるなんてなぁ」
「嫌……か?」
「いや別にな。……てめぇといけば、きっともっと楽しくなるだろうと思うしな」
彼は顔の半分を湯船につけた。
俺が笑うと、彼はふんとそっぽを向く。少し照れ臭いのかもしれない。
「それにしても。やっぱルードはすげぇ鍛えてんだな。ムキムキだな」
「それはマリウスもだろ」
彼の場合は、ムキムキというか細身ではあるが引き締まった筋肉をしている。
シナニスは、自分の腹や腕に視線をやり、羨ましそうにこちらを見てきた。
「オレもルードみてぇなのがいいな」
「いや、おまえはマリウスのほうがいいだろ。おまえはどう見ても、力で押すタイプじゃない」
「そうかもしれねぇけどな」
一番最初に風呂に入ったこともあり、少しぼーっとしてきた。
「先にあがる」
「おう、外で待ってろよな」
わかってるって。
脱衣所で着替えてから、外に出る。
この辺りは、魔道具のおかげか涼しい。
風呂上がりにこの涼しさは反則だ。
時々、外と中をつなぐ扉が開くと、むわっとした空気が襲い掛かってくる。
……外に出たくないな。
しばらく待っていると、マリウスたちより先にラーファンが出てきた。
仄かに頬が赤らんでいる。簡素な服に身を包んだ彼女の首元の鱗が艶めかしく輝いている。
彼女に気付いた男たちが、こそこそと話したあと、ラーファンに近づいた。
しかし、ラーファンは青の目を吊り上げるようにして、彼らを睨む。
竜人の牙を見せつけると、男たちはぶるりと震え、そのまま別の女に近づいていった。
そんなラーファンはこちらに気付くと、柔らかな表情とともに近づいてきた。
「ルードさん、早い」
「そりゃあおまえもな」
女性は風呂が長い印象があった。ニンやマニシアもそうだ。
ルナは、最低限でいいというタイプだったが、たぶんアリカに捕まっているんだろう。
「私はもともと竜の一族だから、水でさっと洗い流すくらいでも全然大丈夫」
「へぇ」
それじゃあ、今日は長いほうなのか。
近くのソファに腰かける。
「ルードさん今日は……そのありがとう」
「何がだ?」
「スケルトン……わざわざ付き合ってくれて」
「大切な仲間が困っているならどうにかしたいと思うのは普通だろ。それにまあ、48階層の攻略におまえが必要だからな」
彼女は大切なクランのメンバーだ。
メンバーが困っているならリーダーとしてできることをするのは当然だ、と思う。
ラーファンは嬉しそうにはにかんだ。
「……私、他の竜人たちのように強くなくて。スケルトンに怯えるのも馬鹿にされてて」
「怖いものは誰にだってある」
「ルードさんも?」
「……あ、ああ」
つい最近でいえば、巨乳な女性が横を過ぎてつい目で追ったとき、たまたま正面から買い物に行っていたマニシアがやってきたときとかだな。
あれは怖かった。
別に興味があったわけじゃないんだ。男だから、つい目で追ってしまうだけなんだ。いや、ほんと。
「何が怖いの?」
「ちょっと友人に鬼のような顔をした奴がいてな。それが怖かった」
「そうなんだ。ルードさんが怯えるってことは、よっぽどすごい人なんだね」
普段はいい子なんだ、本当に。
最近は特に素直に甘えてきてくれて、その姿がもうたまらないくらいうれしい。
「少しずつ慣れていけばいい。それまでは、傍で見守っているからな」
「……うん、ありがと。私、絶対スケルトンをぼこぼこにできるようにするから」
そういって彼女は尻尾を揺らした。
ラーファンとしばらく待っていると、みんな戻ってきた。
俺たちは宿へと帰って眠りについた。