スケルトン
48階層に移動してから、少し歩く。
さすがに、この階層の魔物と戦うのは不安なようで、ラーファンは盾を常に構えながら、キョロキョロと首を回している。
「スケルトンの出現方法は、地面から這い出るような感じだ。ゴーストは、おそらく戦闘に気づくと、どこかしらから現れるんだと思う」
「わかってるけど、怖いんだから」
ラーファンは澄ました顔をつくりながらそう言う。
とりあえず、一体がでてくれればいいんだが。
あいかわらず、48階層は不気味だ。
紫色の霧のせいで、視界は悪い。先を見通したくても、霧が深く数メートル先を見るのがやっとだ。
足元のぬかるみを気にしながら進んでいると、速度も遅くなる。
ラーファンの耳先がピクリと揺れた。竜人はエルフほどではないが、人間とは少し違った形をしている。
彼女はたれさがった尻尾をわずかにゆらした。
「なにか、いる?」
「たぶん、スケルトンだ」
一人で探知魔法を使っていたが、あまり精度がよくない。
ラーファンはそのあたり、なんとなくではあるがわかるようだ。
探知系スキルは持っていないが、竜人としての勘なのかもしれない。
ラーファンは盾と長剣を構える。
力はないと言ったが、片手で長剣を操れるあたり、人の基準では計れないだろう。
金色の瞳がまっすぐに射抜く方へ、探知魔法を放つ。今度は、魔物がひっかかった。
ただ、敵もこちらに気づいてしまったようだ。この辺り、俺は下手くそなんだよな。
うまい探知魔法の使い手は、相手に気づかれることなく使用できる。
骨の音が響いてくる。
足音から、敵が一体であるのはわかった。
「ラーファン、とりあえず試しに戦って見るといい」
「わかった」
彼女はこわばった顔とともにそう言ってきた。
緊張だろうか。
これで、ラーファンが48階層のスケルトン相手に厳しければ、もっと下の階層で戦うことも検討したほうがいいだろう。
スケルトンが霧の奥から姿を見せると、ラーファンが一度身震いした。
「怯える必要はない。守りに徹すれば、やられることはない」
いざとなれば、用意済みのダンジョンウォークで脱出すればいい。
しかし、ラーファンはどこか緊張――いや強張っていた。
彼女の顔がどんどん青ざめていく。
強敵との戦いに、驚いているのか。
戦闘が始まる。
スケルトンの一撃を、ラーファンは盾で受け止める。
しかし、正面から押し切られ、ラーファンの体がよろめいた。
決して彼女は小柄ではない。
竜人としての血が混ざっている影響か、その体は女性の中でも大きいほうだと思う。
それでも、スケルトンに力で押し切られてしまった。
しかし、立て直しはうまかった。尻尾をつかい、地面を殴りつけて体勢を戻している。
ぷるぷると、彼女の剣先が揺れている。
「ラーファン、攻撃はするなよ。奴ら、分身するからな」
事前には伝えてある。
ただ、彼女は恐怖に突き動かされるままに行動しそうだったので、再度声を張った。
ラーファンははっとした様子で、こくりと頷く。
スケルトンが、地面を蹴りつける。ぬかるみをものともしていないのは、魔物たちの特性だろうか。
ラーファンは思いきり踏みこむ。しかし、足場のぬかるみに足をとられてしまっている。
遅れてラーファンは自分の過ちに気付いたように足元に目を向ける。
……やはり、環境が厄介だな。
ラーファンの肩にスケルトンの剣が刺さる。
彼女は来るはずの痛みを予想してか、顔を顰める。
まあ、俺がかわりに受けた。
痛みはあったが、それほどではない。俺は左肩を軽くかきながら、ラーファンに声をかける。
「ラーファン、そんなに慌てる必要はない。ゆっくり、しっかり周りを見るんだ」
「う、うん……」
ラーファンはじっとスケルトンを睨みつける。
と、時間経過とともにスケルトンがさらに一体出現する。
……今回、俺が48階層を選んだ最大の理由はこれだ。
俺自身が、この階層で敵の猛攻に耐えきれるだけの力を得る必要があった。
ラーファンの特訓もそうだが、俺自身も鍛えたかった。
回復はポーション頼りなので、金銭的には結構厳しいんだけどな……。
「一体は俺が引き受ける。無理そうだったら言ってくれ。すぐに帰るから」
「大丈夫」
スケルトンの一撃を跳ね返して、ちらとラーファンを見る。
彼女は異常なほどに息を乱していた。
スケルトンの攻撃を盾で受けた瞬間、その体がよろめく。ぬかるみに足をとられたのもあり、彼女はそのまま無様に転がってしまう。
「ラーファンっ」
俺がすかさず挑発を発動する。
ラーファンを狙っていたスケルトンがこちらへとやってきた。
同時に、ラーファンも立ち上がる。顔に泥をつけ、うるうると瞳を潤ませていた。
「も、もう無理! スケルトン怖いー!」
いつもの澄ました顔は情けなく歪み、涙が宙を舞う。
スケルトンと並走する彼女は奴らよりも先に飛びついてきた。
へ? ぎゅっと抱きつかれ、戸惑うしかない。意外と大きなお胸をしてらっしゃる。
「ど、どうしたラーファン」
「わ、私スケルトンは本当に無理なのっ! こ、怖くて戦えない!」
「ならなんで事前に言ってくれなかった……」
「だって、私のキャラじゃないし!」
なんだそれ!
お構いなしに、スケルトンがこちらへと飛びかかってくる。
俺は彼女を抱えたまま、その場で回る。
急所だけを外し、外皮で受ける。そのまま、蹴りを放つと、スケルトンの体が転がる。
砕けた破片から、スケルトンが分身していく。
とりあえず、一時撤退だ。
俺はすぐにダンジョンウォークの魔法を放ち、1階層へと移動した。
〇
1階層は48階層ほど霧は深くない。ただ、紫色の大地や、木々が点々としていて、あまり体に良さそうな景色ではない。
そんな中で、ラーファンは崩れていた木材に腰かけた。
彼女は、時々乾いた笑い声をあげ、沈んだ顔とともに口を開いた。
「スケルトン怖い。無理」
「……何か、苦手な理由でもあるのか?」
「……」
ラーファンはしばらく口を閉ざしていたが、体をがたがたと震えさせながら言った。
「昔、スケルトンに襲われたことがある……それから、無理」
「なるほどな」
「こ、故郷の近くの洞窟に、宝箱があった。あけたら白骨が出てきて、腕を引っ張られた……」
迷宮ではないが、マリウスと似たようなことを考えるアホがいるんだな。
トラウマか。
冒険者をやっていくなら、苦手なものは克服しないといけない。
いつどこで、苦手な魔物に襲われるか分からないからな。
訓練はそのあたりになってくるだろう。
「……まずはスケルトンに慣れるところからはじめようか。さっきの戦闘を見ていたけど、攻撃にはついていけているし、あとはスケルトンを恐れなければ、どうにかなると思う」
「そう、かな」
「ああ。ラーファンの力は俺が想像していたよりもずっと上だ。あとは、心がついてくれば、問題ないよ」
そう声をかけると、ラーファンはいくらか気が楽になったのか、表情を緩めた。
1階層にもスケルトンは出現するため、まずはスケルトンに慣れさせるため、そこで戦闘を行う。
先ほどとは少し場所が違う。すぐに魔物が現れる様子はない。
探知魔法を使いながら移動していき、スケルトンを一体発見する。
先ほどとは違う個体だろうが、どちらにせよだ。
「とりあえず、スケルトンに慣れてもらうところから始めようか」
「……どうするの?」
「俺がスケルトンを押さえつける。ラーファンが触れてみて、慣れていこう」
「そんな犬みたいな」
やってみるしかないだろう。
スケルトンがこちらに気付いたので、挑発を使って引き付ける。
振りぬいてきた剣をかわし、剣を振る。
もちろん、殴りつけることはしない。
寸前で止めるが、スケルトンはすでに回避している。
俺は即座に、その体へと飛びかかる。
掴み、地面に押さえつける。
スケルトンが暴れるが、それを力と体重で押さえつける。
そこまでやると、1階層のスケルトン程度では俺を退けることはできなかった。
「ほら、ラーファン。スケルトンはこんな感じだ。触れてみるといい」
スケルトンの頭をつかみ、ラーファンのほうに見せつける。
ラーファンは顔を青ざめたまま、頬を引きつらせていた。
ラーファンはじとりと汗を流したまま、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
そうして、何度か触れる。彼女は依然、表情をこわばらせていた。
……あとは、慣れていくしかないだろう。