48階層
俺たち三人はケイルド北迷宮へと来ていた。
まずは48階層に行けるようにしなければならない。
「迷宮、迷宮楽しみだっ」
マリウスは鼻歌混じりに隣を歩いていた。
登録したばかりのギルドカードを宙へと投げて遊んでいる。
「そういえば、おまえ……他の人の迷宮に挑んで大丈夫なのか?」
「さあな。ま、オレも外皮を持っているんだ。向こうからしたらお客様なわけだし、問題はないだろう。……ああ、それにしてもあついな」
マリウスはぱたぱたと片手で顔をあおいでいる。
……まあ、本人が大丈夫というのなら、それを信じるほかない。
「マスター、迷宮の難易度はどの程度なのでしょうか?」
「ケイルド北迷宮はバランスのいい迷宮だ。FからSまで、誰でも利用可能といわれている。序盤には弱い魔物が出現し、上にあがるにつれてどんどん強い魔物が出現してくる。……調べてみたが、48階層の情報はほとんどなかったな」
出現する魔物の傾向が、不死種……いわゆるゴーストやスケルトン、ゾンビといった魔物というのが、一部の冒険者からは不人気なのだが。
「なんにせよ。気張る必要はない。オレたち三人であれば、そうやすやすとは死なないさ」
おまえ迷宮の魔物と戦ったことないだろ。
ただ、能天気というのも大事だ。
気張りすぎて、体が動かなかったら意味ないからな。
「そうだな。俺は一応……ダンジョンウォークの魔法を使える。ただ、あまり得意じゃないから、運べて二人までだ。……ルナ、魔法を併せてくれないか?」
「ダンジョンウォークの魔法でしたら私が使いますよ。この前、スキルで見て覚えましたので」
「ほんとか?」
「はい」
「……天才かおまえは」
ホムンクルスは魔石から情報をコピーし、力を使えるようになると言っていたし、魔法の取得も似たようなものなのかもしれない。
ルナは自信にあふれた様子で胸を張っている。
「まあ、ホムンクルスにとって覚えることは造作もないことだ。人間だって、覚えるときに頭に叩きこむだろ?」
「……そうだが。一発で覚えられるものじゃないな」
「ホムンクルスは魔石に情報を書きこむ、ことができる。ルードだってメモしていれば忘れないだろ? それと同じさ」
「……凄いな」
俺の驚きをかき消すように、マリウスが目を輝かせた。
「おっ、あれが迷宮か!? うちと似たようなものじゃないか!」
「迷宮の入口が変わっている、っていうのは聞いたことがないな」
「そうかそうか。それじゃあオレのところはすこしデコレーションでもしようか。魔石でもはめて、キラキラ輝かせれば目立てるかもしれないなっ」
「やめておいたほうがいいんじゃないか」
目立つかもしれないが不気味だ。
迷宮の入口には、冒険者が二人いた。
腰に『竜黒ノ牙』を示す模様が入った布が下がっている。
「すみません。48階層に行きたいんですけど、ダンジョンウォークで運んでもらえませんか?」
迷宮の見張りである冒険者は、迷宮に挑戦する冒険者の案内人でもある。
冒険者は眉間に皺を寄せる。
「48階層だと? おまえたち、ランクはいくつだ?」
「ランクDです。ただ、最近登録したばかりで……ランク以上の実力はある、と思っています」
「おいおい。そうやって命を失っていく冒険者はたくさんいるんだぜ。48階層なんて、おまえたちじゃ無理だよ」
「まあ、ちょっと見てみたいっていうのもあります。今すぐ攻略するつもりもありません。運ぶだけ頼まれてくれませんか?」
「あとで恨むなよ」
冒険者に金を支払い、1階層に行ったのち、48階層に運んでもらう。
1階層とそう景色は変わらない。ただ、禍々しさが増したような気がした。
「言っておくが、この迷宮は30階層から上は猛毒の霧がある。対策をたててなければ、それだけで外皮が削られていくぞ」
「……そうみたいですね。ルナ、ダンジョンウォークを発動してみてくれないか?」
「わかりました」
ルナがダンジョンウォークを発動する。
俺たち四人は1階層に到着する。問題なく使用できるな。
「それじゃあな。ま、死んでも何も言うなよ」
彼は逃げるように去っていった。
俺たちはルナのダンジョンウォークで48階層へと戻る。
第48階層は、紫がかった霧がある。これが、猛毒の霧か。
「二人とも、外皮は大丈夫か?」
「ああ。問題ないな」
「私もです。そういえばマスターは状態異常にかかりませんもんね」
「なるほど、馬鹿は風邪をひかないという奴か」
「おまえには言われたくない」
とりあえず、猛毒の霧の対策は図らずも済んだわけだ。
あとは、出現する魔物や、階層の状態を調べる必要がある。
マリウスが地面を踏みつける。
「なるほどなぁ。足場などを変化させ、難易度をあげるのか。こういうやり方もあるんだな」
「冒険者からすればあまりうれしくはないんだよ。靴は汚れるし、戦いにくいしな。難易度をあげるだけなら、悪くない策だと思う」
「となれば、もしかしたらここにいる守護者は意思を持たぬのかもな。まあ、持っている奴のほうが少ないしな」
そうだろうな。
俺は今までにここまではっきりと話す奴を見たことはない。
だいたい、魔物の姿だ。それも、魔本さえも持っていない奴らばかりだった。
この階層は沼地を参考に作られているような気がする。
あちこちにぬかるみがあって、歩きにくい。
ただ、すべての場所がぬかるんでいるわけではないようだ。
しっかりとした足場もあり、まずはその見極めが必要だ。
俺たちの体は、外皮のおかげもあって調査に向いている。
外皮を犠牲に突き進めるからな。
その無理ができない理由が何かあるのかもしれない。
ルナが周囲の状況を確認するために魔法を準備する。
俺もそこに併せ、魔物の探知と次の階層へつながる魔法陣の探知を行う。
「この先のぬかるみに、魔物の反応があるな」
「近づいたら出現しそうだな。ルード、オレに任せてくれ」
敵の力と、人間状態の彼の力を知っておきたい。
こくりと頷くと、彼は嬉しそうに走っていく。
出現した魔物はスケルトンだ。
地面のぬかるみから骨が浮かびあがる。
ばらばらに浮かんだ骨は、やがて人の姿を形作る。
紫がかっているのは、猛毒の霧の影響かそういう個体なのかは分からない。
スケルトンの右目が怪しく光る。そこには魔石が埋まっており、彼らの原動力でもある。
スケルトン一体が片腕をあげると、剣が出現した。
「ルナ、念のため、いつでも戻れるようにダンジョンウォークの準備だけはしておいてくれ」
「承知しました」
スケルトンが走りだし、マリウスは腰の刀に手を伸ばす。
そうして、一閃。
目にもとまらぬ抜刀は、しかし、スケルトンの剣に阻まれた。
スケルトンはよろめきはしたが、すぐに体勢を戻してマリウスへと剣を振る。
マリウスは楽しそうに目元を緩める。
舌なめずりを一つして、鞘に納めた刀の柄で攻撃をさばいていく。
そうして、一閃。居合による一撃が、スケルトンのこめかみを捉えた。
マリウスはほぉ、と唸る。
今の一撃は、スケルトンの魔石を狙ったものだったはずだ。
スケルトンは自分の弱点を理解し、寸前でかわしたのだ。
刀を鞘に戻したマリウスは、その場で固まった。
彼の足元に、スケルトンが出現していた。砕けた骨から、みるみるうちに一体のスケルトンが出来上がる。
こいつら、攻撃をくらっただけで分身するのか? 一撃で仕留めないと厄介だな。
さらに、新しくもう一体が出現する。合計三体となった。
「マリウス、手を貸したほうがいいだろ?」
「うー、仕方ないな。おまえが二体を引きつけて、その隙にオレが仕留める。いくぞ!」
俺は前にでてきて、『挑発』を放つ。
二体の敵意がこちらへ向いた。
スケルトンが振り下ろしてきた剣を盾で受け止める。
腕がへし折れそうになった。見た目以上にこいつらは力がある。
さすがに、48階層に出てくる魔物なだけはあるな。
大盾を振り抜くが、すでにそこにスケルトンはいない。
両脇から切りつけてきたスケルトンの攻撃を、俺は急所だけかわして受ける。
即座に反撃する。盾で殴りつけたスケルトンが、地面を転がる。
加減はしたから破片は飛んでいないはずだ。これ以上の分身は、ない……と思いたい。
マリウスが動いた。そちらは彼に任せよう。
俺は左側からの連撃を盾で受ける。
反撃したがスケルトンはもういない。素早いな……。
バックステップでかわしていたそいつに突っ込んで、剣を突き出す。
狙いはもちろん、スケルトンの目の部分に埋まっている魔石だ。
だが、寸前でかわされる。おまけに、突き出した剣をスケルトンに握りしめられ、思い切り引っ張られる。
その攻撃は予想していなかったため、体が持っていかれそうになる。
すぐさま力を入れ、引っ張り返してやろうとした瞬間に、手がぱっと離された。
……こいつ。
深追いはしないように唇を噛む。痛みによって、頭が冷静になっていく。
崩れた姿勢ではあったが、大盾を割り込ませて攻撃を受ける。
地面から剣を振り上げ、泥をスケルトンに放つ。
スケルトンはそれを軽くかわした。
マリウスが近づく。一体を仕留めた彼の高速の居合が、スケルトンの目にあった魔石を切り裂いた。
死んだスケルトンの体が地面に飲み込まれ、そのまま姿を消した。
素材は何も残っていない。……最悪だなこの魔物は。
「かなり強いなこいつら」
一体一体が賢く、それなりの技術を持っている。何より、処理の仕方を間違えれば増えていく。
「そう――」
マリウスは言いかけて口を閉ざした。
地面のぬかるみが盛り上がり、再びスケルトンが出現する。
今度は二体。さらに奥の空間が歪み、こちらへと一体の魔物がテレポートしてきた。
幽霊種の魔物、ゴーストだ。
48階層の魔物だし、ゴーストの上位種ではあるだろう。ただ、見た目で判断はできない。
そいつは俺たちを発見すると、体からゴーストを放ってきた。
大盾に魔力をのせて、振るう。
そうでもしなければ、ゴーストは武器や盾を通過してしまう。
放たれたゴーストが体に当たると激しい爆発。
衝撃にひるむ暇もない。すぐにスケルトンが仕掛けてくる。
敵の出現頻度とゴーストの攻撃。
さすがに、三人で捌ききれる数ではない。
スケルトンを攻めたくても、ゴーストが邪魔してくる。
時間をかけていると、足場が盛り上がり、スケルトンがさらに出現する。
ゴーストも集まってきた。
このあたりが切り上げ時だな。
「マリウス、ルナ、一度退くぞ」
「えー、せっかく面白くなってきたんだぞ?」
「おまえをここで失いたくはない。ほら、行くぞ」
「ルード! 今の言葉はなかなか嬉しいな!」
「泥を服にこすりつけてくるな!」
ルナに近づいて、彼女の発動したダンジョンウォークとともに一階層へと移動する。
……48階層より先の攻略がすすんでいない理由がよくわかったな。




