挑戦
朝。ギルドに寄る前に、店を回って迷宮用の素材を購入していく。
魔鉱石はもちろん、薬草に魔物の素材と、色々なものを買いそろえた。
それらはすべて、マリウスが使えるという空間魔法にしまってある。
それほど大量のものは入れられないようだが、今日買った素材程度ならなんとかなるようだ。
ちょうどいい時間になったので、シナニスたちとともに、ギルドへと来たのだが、ブーとガーリの姿はない。
まあ、多少は遅れてしまうこともあるだろう。
彼らは二大クランのサブリーダーなのだ。忙しい身だろう。
それからしばらく待つのだが、一向にブーとガーリは現れない。
「なあルード。もう来ないんじゃねぇか? どっかの依頼でも受けにいかねぇか?」
「いい依頼はないんじゃなかったのか?」
「なくてもよ。気晴らし程度にはいいと思ってな」
もう少し待ってみて来なかったら、それもありかもしれない。
と、思っていると、ギルドの入口が騒がしくなる。
立ち上がると、そこにはブーとガーリの姿があった。
彼らはすぐに俺に気づき、微妙な表情で近づいてきた。
「よ、よぉ、ルード。そのなんだ、元気か?」
「ああ」
ブーがそう言うと、ガーリも頬をひきつらせていた。
「そ、そのなんだ。……まどろっこしいのは嫌いだから言うがな」
なんだろうか。
あまりいい話ではなさそうだ。
「すまん! クランに入りたいっていうのなら、勝手にどうぞって言われちまった! 悪い!」
ガーリが両手を合わせると、それにあわせブーも両手を合わせた。
「こ、こっちもなんだ! 入れたきゃ入れろ、それだけでさ! くそ、見事な作戦だと思っていたのによ!」
「……なるほどな」
それが遅れてしまった理由か。
元々、俺はだまそうとしていた側だ。そもそも、クランへの入団者をすべてクランリーダーが見るわけではない。
そのために、サブリーダーやさらにその下に、管理する人がいるんだからな。
彼らが頭を下げていると、とても目立つ。
俺は二人に顔をあげるように伝えてから、首を横に振った。
「謝る必要はない。……そもそも、俺は嘘をついていたんだ。クランリーダーがそれを見破っただけかもしれないだろう」
「い、いや……クランリーダーに紹介するって息巻いていたのはオレたちでさ」
「そ、そうだよ。悪かったな、わざわざ忙しい中でここまで来てもらったってのによ」
「最後に決めたのは全部俺だ。……これまで色々やってくれてありがとな。俺は色々なクランでも見て回っていこうと思う」
そう言うと、彼らはまた頭を下げてきた。
彼らに苦笑を返して、それから
「……そ、そのだな。もしかしたらリーダーに会えるかもしれないっていう助言をするとだな。例えば、目立てばいいんだ! き、緊急の依頼とかをクリアすれば、きっとリーダーも気になるはずだ!」
「バカかよ豚! そんな緊急依頼ねえだろ!? あっても、基本的にオレたちのクランで引き受けちまうだろ!」
「う、うるせぇよ! ルード! オレは知り合いのクランリーダーに約束をつけてみる! な、なんとか話くらいは聞けるようにしてみるよ!」
「……ありがとな。無理しなくてもいいからな」
「お、オレもやってみるぜ!」
ブーとガーリはそう言ってから、ギルドを去っていった。
そんな焦る必要も別にないのにな。
「……とりあえず、俺たちは少しクランの方針について打ち合わせしようと思う。シナニスたちは……まあ、自由にしていてくれていいよ」
「オレたちもやることはねぇが、まそういうことなら迷宮にでも行ってくるかな」
頭の後ろに手をやって、シナニスがそう言った。
彼ら三人と一度別れ、俺たちはギルド二階の食堂へと移動した。
〇
席につき、軽食だけ注文する。
それから俺たちは向かい合う。
二大クランと会うこと、それが目的だった。
なくなってしまったのなら仕方ない。
町を見て回り、二大クランがどのようにして治安維持を行っているのかを参考にするだけだ。
ただ、会ってはみたかったな。
これからクランリーダーとして、どんな振る舞いをするべきか。見本としてみたかった。
二大クランのリーダーならば、まず間違いはないだろう。
そうは思っていたが、さすがに難しかったか。
「やることもなくなったし、アバンシアに戻ろうと思う。二人も、それでいいだろ?」
「それでいいと思います」
ルナが小さく頷いたが、マリウスは何か考えているようだった。
「どうした? まだ何かあるのか?」
「いやな。少し思ったのだが、ようはクランリーダーがぜひ会いたいと思うような目立つことをすればいいんだろ? ならば、そこらで大道芸でもやるか? 剣くらいなら頑張れば飲み込めるぞ?」
「そんなことできるのですか?」
「ああ、できるとも、いまここで――」
「やめろ」
俺が止めると、マリウスはしゅんと肩を落とした。
「そういう目立ち方じゃない。冒険者としての腕前を証明するしかない。手っ取り早いのはランクだ。俺がもっと上のランクなら声をかけられたかもな」
「それなら、もっと手っ取り早い手段があるじゃないか」
「なんだ?」
「この町の迷宮攻略はどうだ?」
にやり、とマリウスが頬を緩めた。
それは無謀だ。
迷宮攻略を行う。
現在攻略されている48階層から、第51階層に到達すれば、誰も文句は言わないだろう。
理由は簡単だ。49階層では、似たような魔物しか出ないかもしれない。
だが、50階層ともなれば、新しい魔物が出てくる可能性が高い。それも、ボス級の魔物が。
ケイルド北迷宮は、これまでも10、20、30、40、とボス級の魔物が出現している。
つまり、50階層にボスが出現し、それを討伐することができれば、誰も文句の言えない結果となる。
それどころか長年突破されることのなかったその階層をこえたとすれば、たちまちのうちに冒険者たちに広がり、強い注目を集めるだろう。
ただ、これまで突破されなかったというのは、それだけ難しいからだ。
マリウスはあっけらかんと言ってみせたが、俺はそれに待て待てと言葉を繰り返さずにはいられなかった。
「『竜黒ノ牙』と『白虎ノ爪』の二大クランが、ようやく到達した48階層だぞ? 俺たちだけで攻略できると思っているのか?」
「さあな。ただ、やるしかないんじゃないか? よう、クランについては知らないが、いずれどこかしらでぶつかり合うときがあるのだろう? 直接に殴り合うとかではないとしてもだ。ならば、クラン設立前に他との違いを見せつけてやるべきだとオレは思うが。それで、ナンバーワンとナンバーツーはずっと変化なしなんだろ? それを超えるにはまずリーダーが超えるしかないだろう。なぁ、ルード」
「……一理あるが」
「何より、オレも他の迷宮を見てみたいんだ。強い魔物と戦いたい!」
それが、彼の本心だろう。目を輝かせる彼に、嘆息を返す。
……たしかに彼らのクランを超えるには、まずはリーダーの違いを示す必要がある。
どうせ作るのなら上を目指したい。
アバンシアをまとめあげるだけにはとどまらず、二大クランに並ぶような強いクランにしたい。
冒険者の街のすぐ近くに、ケイルド北迷宮がある。
徒歩数分。常に誰かしらの冒険者が入口にいて、魔物が外に出てこないように防いでいる。
そもそも、挑む冒険者が多く、魔物が外に出ることはほとんどないのだが。
「……俺たち三人で、か? さすがに無理だな」
48階層に到達したのははるか昔だ。
昔に攻略され、迷宮内を移動できるスキルを使い、48階層を継承してきたにすぎない。
現在、二大クランが安全に攻略できるのは、45階層まで、だったはずだ。
「何を言っているルード。あの若いの三人がいるじゃないか」
マリウスが調子よく笑う。
……ふざけるなよ。あいつらはまだCランク冒険者だ。最上階層のさらに先へ行くには、Aランクは最低必要だ。それだって、きっと足りない。
……俺だって実力不足かもしれないんだ。
「シナニスたちだと荷がおもすぎる」
「そうでもないだろう。あのくらいの年齢ならば、鍛えれば一気に育つ。それに、彼らはさらに上を目指せるはずだ」
「それは俺だってわかる。だけど、それは今すぐじゃないだろ」
急いで鍛える必要はない。
彼らを正しく導くのも、クランリーダーとしての務めだ。
彼らは、俺のクランに入ってくれるといった人たちなのだから。
「今すぐも何もない。求められたときに振るえない力に意味などない。やるなら、今だ。それが彼らにとってもいい機会になる」
マリウスが真剣な顔でそう言ってくる。
明確に彼は何かを狙っている。
「何か、策があるのか?」
「あるも何も、人間はスキルを持っているだろ。鍛えてそれを目覚めさせればいい。彼らからは、何かしらの力が感じ取れる」
「わかるのか?」
「なんとなく、だがな。人間と対面したときに、相手の力がなんとなく、わかるんだ」
それは守護者としての力だろうか。
今はそれはいいか。
「鍛えて目覚めさせる? 俺たち人間は、後天的にスキルを習得する方法まではわかっていないんだ。もちろん、魔物との戦闘を数多くこなすとか、欲しいスキルの練習をしてみるとか色々あるが、それだって本当かどうかは分からない」
「すべての人間が、すべてのスキルを習得可能だ。スキルとは思いの力。魔法の昇華だ。スキルというのは、人間が持って生まれた魔石の異常によって会得するものだ」
「……どういうことだ?」
「簡単に言えば、なりたい自分を死ぬ気で目指せば、魔石が応えてくれることもあるというわけだ。彼らの気持ち次第で、いくらでも成長の機会は与えられる」
「詳しいんだな」
「詳しい、というか覚えている、といったところか。どうしてオレがこんな知識を持っているのかはさっぱりだ」
「もしもそれが本当なら、確かに試してみる価値はあるかもしれない」
今回は、俺の力不足でクランリーダーと会う機会を失った、としよう。
クランリーダーの影響は大きい。
今後、Dランク冒険者がクランリーダーを務めていては、何も知らない冒険者に示しがつかない。
……最低でもBランクは欲しい。
この攻略は、クランリーダーに会うためというよりは俺自身のために必要なものではある。
……挑戦だけはしてみたい。
誰も攻略したことのない50階層。そこへ到達したとすれば、俺のリーダーとしての力が強まる。
「……ルナ、マリウス。まずは一度、俺たちで48階層へと向かう。それから、挑戦するかどうかを考えよう」
「やはり、おまえも男だなっ。任せろ、オレがお前の剣として51階層へと到達させてやろう」
「私も頑張ります」
あくまで、今回は調査だ。
難しいようなら、すぐに逃げる。