部屋決め
シナニスたちと同じ宿に行き、部屋を二つ借りる。
俺とマリウスで一部屋、ルナが一部屋となる。
俺たちはそれぞれの部屋へと行こうとしたところで、マリウスがすっとルナの肩を掴んだ。
「それじゃあ、生を求める少女よ。おまえはルードと同じ部屋にするといい」
「は?」
マリウスはとんとルナの背中を押す。
そうして、ルナの手からいつのまにか奪ったカギを宙に投げて掴んでみせる。
「オレは一人部屋がいいんだ。一人で気兼ねなくやりたいこともあるんでな。ではっ、そういうわけで! あとは若い二人で楽しむといい! またあしただ!」
何も楽しまねえよっ!
思わず叫びそうになるが、なんとかこらえる。他の客に迷惑になるからな。
マリウスの腕を掴もうとしたが、彼はすでに部屋の中。
……まったく。
「悪いなルナ。すぐに話をつけて――」
不安そうにルナが腕をつかんできた。
……そういえば彼女はホムンクルスの一件以来、ずっとこんな調子だった。
ルナは不安がっていて、マリウスはそれを察してわざとこうしたのかもしれない。
……ありがとな、マリウス。今日の食事代に関しては大目に見よう。
「……申し訳ございません。少しだけ、一緒にいてもよろしいでしょうか?」
「……ああ。わかった」
ルナがさっきので不安になっている可能性は十分にある。
……それにしても、若い女と二人きりか。
家でも一緒だったのに、なぜかこう緊張するな。二人きりだからか? たぶんそうだ。くそ、余計に恥ずかしくなってきた。
いやいや、ルナはホムンクルスだ。気にするな。マニシアの顔を思い出せ俺。相変わらず可愛いな。
過呼吸に陥りそうになりながら、俺たちの部屋へと向かう。
部屋に荷物を置き、俺は肩を回す。
大盾を外した瞬間、体が一気に軽くなる。
背筋を伸ばしながら、窓際の席へと向かう。
「ルナ、大丈夫か?」
「……申し訳ありません。わがままを言ってしまって」
「ホムンクルスのことか?」
「……はい」
ホムンクルスの扱いがもっと悪い場所もある。
それこそ、奴隷のように扱う場所もあるほどだ。もっと言えば異性をとある道具のように使う人間だっている。
きっとそんな姿を見たら、ルナはもっと落ちこんでいた。
……そこまでの場面に遭遇しなくて、よかったのかもしれない。
「私たちホムンクルスは、本来道具、なんですよね」
「そう、だな」
否定したかったけど、そうやって使われているのだからどうしようもない。
彼女は悲しげに目を伏せる。
俺は今まで彼女に踏み込んだ質問をしたことはなかった。
色々と問題が重なってしまい、忙しかったのもあるが……今ならとりあえず落ち着いて話が聞ける。
俺が間違いだったのだろうか。
彼女を道具として使えば、こうはならなかったのかもしれない。
人として生活してきたからこそ、ルナはこうして苦しんでしまってるのかもしれない。
「ルナ、嫌だったら話さなくていい。……おまえの昔のこと、聞かせてくれないか?」
「私のことですか?」
「……ああ。おまえがいままでどこでどんな生活をしていたのか、それを知りたい」
「……」
ルナは考えるように視線を落とした。
だがそれは一瞬だった。
彼女の瞳が、俺を見据えてくる。
「承知、しました」
ルナは胸に手をあて、それからゆっくりと話しだした。
「私は、隣国ブルンケルスにいました。そこにはたくさんのホムンクルス製造工場があり、私もその一つで生まれました」
「ブルンケルスには、そんなに製造工場があるのか?」
数多く製造している、とは噂程度では聞いたことがあった。
「はい。ブルンケルスでは、戦闘用ホムンクルスの製造を行っています。それは、迷宮をより効率的に攻略するため、です。私はその戦闘用ホムンクルスを調査するための、調査用ホムンクルスとして製造されました」
……あまり、聞いていて面白い話ではない。
その中でも気になる言葉を拾う。
「……調査用?」
「はい。鑑定のスキルを持っている方の魔石から、情報を抜き出し、それをホムンクルス用の魔石にコピーすることで作ることができます」
「……それは、違法な製造方法だよな」
「恐らく、そうだと思います。それに、多くの失敗もありました。コピーが完全にできず、生まれてすぐに死んでしまうホムンクルスも多くいました。そして、中には自我をもって生まれてきてしまうホムンクルスもいました」
……自我。
それがあるからこそ、ホムンクルスを製造するときには一切の情報を残さないのだろう。
下手をすれば、生前の人間と同じ考えを持ち、行動するかもしれないからな。
「命令を聞かないホムンクルスは必要ありませんので、そのすべてが廃棄されてきました」
「ルナは、どうやって生き残ったんだ?」
「……私は、自我が芽生えるのが少し遅かったのです。自我が芽生えてからも、芽生えたことを悟られないように生きました。そこで暮らしていくのは、初めは苦痛ではありませんでしたが、いつか、処分されてしまうのではという恐怖はありました。私もまた、不完全なホムンクルスでしたから」
「不完全?」
「はい。私の鑑定は不完全です。完璧な鑑定は、見るだけで可能です。ですから、私はいつか処分される日がくるのだと思っていました」
……その日を待ちながら生きることが、どれだけ苦しいだろうか。
明日がどうなるかもわからない世界。
俺も昔スラムで暮らしていたから……少しだけ理解できた。
「自我を持って生まれたホムンクルスは、その場で殺処分となります。ですが、自我を持たない忠実な不完全なホムンクルスの処分は、一切証拠の残らないある場所を活用していました。私は後者の場所に連れて行かれ、そこから脱出しました」
「どこだ?」
「迷宮です。隣国とアバンシアを繋ぐ間にあった迷宮に私たちは捨てられました。皆、動くなという命令を与えられ、そこで全員が魔物に殺されるのを、ただただ待ち続けていました」
酷い光景が思い浮かんだ。
確かに、迷宮の中なら、どれだけの死人が出ようとも、迷宮に飲み込まれ、何も残らない。
……処分するにはうってつけの場所か。
ホムンクルスは道具だ。けれど、だからってそれは――。
「私は、戦闘手段も魔石から学んでいたので、なんとかなりました。生き残った私は迷宮から脱出しました。運がよく、私を捨てた研究所の人間はかなり適当で、私が迷宮から出るときも誰にも見つかることはありませんでした。そして……マスターと出会いました。……あのときは申し訳ありませんでした。助けていただいたのに、人間への恐怖があり、攻撃をしてしまいました」
「別に、そんなのは気にしていない。……戦闘を魔石から学んだのか?」
「はい。……ホムンクルスは魔石の情報を抜きとり、自身の魔石にコピーできます。それを用いて、私は研究所にいたときにいくつものスキルや戦闘の経験をコピーしてきました。……ただ、どれも不完全で完全に使いこなすことはできませんでしたが」
……戦闘用ホムンクルスを製造する理由がわかるな。
いつの日か、ホムンクルスだけのパーティーが出来上がるようになるのだろうか。
ただ、ルナのように自我をもつホムンクルスがたくさん出てきたとすれば、そのとき果たして彼らホムンクルスは、人間のために動いてくれるのだろうか?
「……それが、私の過去です。マスター、今まで、黙っていて申し訳ありませんでした」
「いや、俺が聞かなかったんだから気にするな。話してくれてありがとな」
「マスターだから、話せました。マスターは、私のことを大事にしてくれています。それが、凄い……嬉しい、ということでいいのでしょうか? すみません。私は感情こそありますが、自分の感情についてわからないんです」
感情の意味をはっきりと分かっていないのだろう。子どもみたいなものだ。
ルナは困惑しているのか、おろおろとした様子を見せる。
「人間だってそんなときはあるよ。……ただ、ルナは生きたいと思って今ここにいるんだろ? それは素直で……人間と同じ感情だ」
「マスター……ありがとうございます」
「何かあったら、いつでも話してくれ。俺はおまえを助けたい。……家族、みたいなもんだからな」
「……ありがとうございます」
ぺこりと、彼女は頭を下げてきた。
すっかり、表情は晴れやかなものになっていた。
……少しは不安をなくせただろうか。
だったら、嬉しい。
「色々聞いて悪かったな。明日も朝早いし、ゆっくり休んでおいてくれ」
「はい。マスター、改めて、よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそ。これからも、よろしくな」
俺たちはベッドで横になる。
と、ルナがすすすっと俺の布団に入ってくる。
「ど、どうした……?」
「話をしたら、一人だったときを思い出してしまって……一緒に寝ても良いですか?」
助けたいといったばかりで、無理とは言えない。
「あ、ああ」
「ありがとうございます、マスター」
ルナが俺の体を抱きまくら代わりにして目を閉じた。
落ち着いた顔で微笑むものだから、俺も我慢するしかない。
……俺は色とりどりのマニシアの顔を思い浮かべて夜を過ごした。