Sランク冒険者
シナニスの言葉に、驚きながらも納得した。
あれほどの迫力がなければ、巨大クランのリーダーなど務まらないだろう。
「お、おまえらなんであんな大物呼んできたんだよ!?」
シナニスは仲間二人へと視線を向ける。
「だ、だって『竜黒ノ牙』か『白虎ノ爪』の人を探して外で叫んだら、あの人がたまたま近くにいて」
「……それ以外にいなくて、急いだほうがいいと思って」
この街では、その二つのクランが治安維持を行っている。
間違いではない。間違いではないんだが……。
「あの男とは一度刃を交えてみたいな。なあルード、あれを倒せば、オレたちのクランがナンバーワンということにならないか?」
「なったら嬉しいな」
「やってみようか」
「ならないよ馬鹿」
俺も、少し戦ってみたいとは思ったんだがな。
こういうところは、マリウスと気が合ってしまう。
俺たちが席につくと、すべて解決となる。
俺たちが運ばれてくる食事を待っていると、店長自ら料理を運んできた。
彼は俺たちのテーブルにそっと料理をおき、頭を下げてきた。
「あ、あんたたち、ありがとな。おかげで、大きな問題にならなかったよ!」
「同業者が問題を起こしたんです。謝罪することはあっても、感謝されることはないですよ」
冒険者が問題を起こせば、他の冒険者にも迷惑をかける。
俺は冒険者という職業が好きで、それをバカにされたくはないから、ああして止めたにすぎない。
店長が笑って去っていき、次にホムンクルスが食事を運んできた。
女性型の彼女は、ぺこりと頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
ホムンクルスは無表情だ。
けど、その言葉が凄い嬉しかった。
それから、しばらくゆっくりと食事をしていく。
しばらく経つと、ケンセイが席に戻ってきた。
そこで、シナニスは思い出したようにため息をついた。
「なんだいシナニス。僕が戻ってくるのがそんなに嫌だったのかい?」
「ち、ちげぇよ。あんたは関係ねぇ……思い出しちまったんだよ、ゴッシュさんをよ」
はぁ、とまたシナニスがため息をついた。
彼の言葉で、俺も思い出す。
たくましい体の持ち主だったな。ブーが熱心に誘ってくる理由もわからんでもない。
「ゴッシュさんがどうかしたのか?」
俺が問うと、彼は何度かあいまいにうなずいた。
「Sランク冒険者ってのを見たのは初めてなんだよ。あれが、Sランク……か。すげぇ、迫力だったな」
シナニスはがくりと肩を落とす。
そして、はぁ、と嘆息をついた。
「オレの夢はSランク冒険者だけどさ。あのくらい迫力のある男にならねぇといけないっていうんだからな。まだまだ先が遠いんだなって思わされるぜ」
「そうかもしれないが……Sランク冒険者にも色々だろ。『竜黒ノ牙』と『白虎ノ爪』のリーダーなんてその中でも別格で、別にあそこまでは――」
「いや、オレはいつかあそこまで強くなるんだ!」
落ち込んでいたのかと思いきや、声を張り上げて立ち上がる。
彼の左右に座っていた女性たちが、呆れた様子だ。
ただ、少しばかり笑顔もあった。
……いいパーティーだな。
シナニスは追加で注文した料理に手をつけながら、首を傾げてきた。
「ルード。オレたちがどうやってCランクにあがったのか、それについて話していってやるよ」
「ああ。聞かせてくれ」
めちゃくちゃ話したそうだ。
俺が言うと、彼の笑みが濃くなる。
「オレたちはアーキスっていう町によってな。そこもアバンシアほどじゃないけど田舎でな。あんまり冒険者がいないっていうから、困ってる奴らを助けてやったんだ。そこでしばらく活動してたら、それが認められてCランク冒険者になったってわけよ。……いやぁ、あのアイスゴーレムとの死闘。おまえにも見せてやりたかったぜ」
「アイスゴーレム、Cランクの魔物だな。倒せたのか?」
「まあな。なんか、この前のフィルドザウルス戦から壁を乗り越えたのか……前よりも確実に強くなってるぜ」
彼は拳をぐっとかためてみせる。
うかうかしているとすぐに抜かれそうだ。
……俺も負けていられないな。
最近は訓練こそしているが、実戦経験が減っているしな。
「それで、ルード。お前はあれからどうなったんだ?」
シナニスはどうしてクランをつくる話になったのか。
それが聞きたいようだ。
「それは――」
適当に濁しながら話をする。
迷宮の調査を行ったこと。
町にいる冒険者たちのこと。
マリウスには余計なことを言わないよう目で威圧しておいた。彼は食事と近くの席に座る女性に夢中なようで、問題はなかったが。
話し終えると、シナニスは口を尖らせてしまった。
「くそっ! また先を越された! てめぇ、なんだかんだ色々やってんじゃねぇか! ていうか、やっとDランクかよ。もっと上まであげてもよかったんじゃねぇのか?」
「一つ飛ばしでランクがあがるだけでも十分珍しいことだろ」
「そうだけどな……まあいいや。どうせ、おまえならすぐにもっと上のランクに行くだろうしな」
シナニスは息を吐き、これまでずっと話を聞いていたケンセイを見る。
「そういえば、ルードとケンセイさんってどこで知り合ったんだ? 二人の話も聞かせてくれねぇかな?」
ケンセイは楽しそうに笑ってから、ジュースを飲む。
注文していたケーキを一口サイズに切って食べる。昔から、甘い物が好きだったな。
「僕たちはいくつかの迷宮攻略で一緒になっただけだね。うーん、三年前くらいかな?」
「そうだな。まあ、何度か組むうちに親しくなったな」
「そうなのか……。ケンセイさんって、いまも凄いけど昔はもっとすごかったんだろ!?」
「……まあ、な」
無邪気に、シナニスは言う。
俺はどのように反応していいか困っていると、ケンセイが苦笑する。
「そう気にしないでくれよ。キミが何かしたわけじゃないだろ?」
「そうだけどな……」
シナニスが「あっ……」と思い出したようにケンセイの右手を見る。
……彼は強かった。
俺が出会った時はAランクだったが、いずれはSランクになるだろうとも言われていた。
そんな彼だが、ある迷宮攻略に失敗してしまった。
その際に仲間をかばい、右腕に大怪我を負ってしまい、今では日常生活を送る程度の握力しかないらしく、剣を振ることができなくなってしまった。
しんみりとした空気の中、ケンセイが思い切りジュースを飲んだ。
わざとらしく音を立て、それから腕を振った。
「そんなの気にしないでくれよ! 僕はここでギルド職員として、最強の冒険者を育成するって決めたんだからね! それで『僕が育てました』と新聞の一面を飾るのが夢なんだからねっ。ルードもクランを作るんだろ!? それなら、一緒に冒険したことがあります、って取材を受けるつもりだからね!」
彼はいつもよりも声を張り上げるように言った。
……変わったんだなケンセイも。
怪我をしてすぐのとき、彼は冒険者に執着していた。
片手でも戦えるようにと、必死に鍛錬を積んでいた。
周りが止めようとも、彼は体がぼろぼろになるまで毎日鍛えていたらしい。
……そんな彼が今では多くの冒険者を支える職員になっている。
みんなそれぞれの生き方を見つけているんだ。
俺も頑張らないとな。
食事が終わり、店を出る。
……シナニスとマリウスめ。結構料理注文しやがったな。
財布の中身に嘆息をつきながら、俺たちは店をでた。
満腹で苦しそうに腹をさすっているマリウスは、すでに満足に動けなさそうだ。
俺の肩を支えにしようとしてくるので、振り払いながら歩く。
「宿はもう決まってるのか?」
「いや、まだだ」
「なら、オレたちが使ってる場所を紹介しようか?」
「そう、だな。頼む」
「それじゃあ、僕は家があるからここでお別れだね」
ケンセイがそう言って俺たちとは逆の道を見た。
「そうか。またあとで飲みに行こう」
「そうだねルード。クラン運営で事務員が足りないっていうなら、僕が協力してあげるよ。まっ、これのほうは弾んでもらわないとだけどね」
ケンセイが小銭を示すように指を作った。
「うまくいったら、頼むよ」
「まっ、頑張ってね。おまえなら、気を抜かなければうまくいくよ」
そんな軽口を言ってきて、彼は笑みを浮かべてきた。