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食事会



 全員がそろったところで、シナニスが利用しているという店に移動する。

 中に入ると、幾分か外よりも涼しかった。

 魔道具で、室内に冷たい風が循環しているようだ。


 ちょうど前のお客が案内されていて、俺たちは少し待っていた。


「最近は、冷風具もよく出回っているよな。ギルドにもあったよな?」 

「あるよ。ただ、冒険者たちが利用しているエリアを涼しくするほどの力はないんだよね。あっ、職員の控室は涼しいよ?」

「羨ましいな」


 ケンセイが冗談めかしてそんなことを言う。


「いやぁ、ようやく日差しも傾き始めて、よかったよかった」

「マリウスさんは、陽は苦手なのかい?」

「まあな。暑いのは大嫌いだ。お肌が荒れちゃうしさ」

「はは、なるほどね」


 ケンセイとマリウスが楽しそうに話をしている。

 そういえば、ケンセイは昔刀を使っていたな。二人は気があうのかもしれない。


「この店、あんまり利用している奴がいねぇが、量はあるし、うまいんだよ。オレのおすすめだ」

「そうか、期待してるからな」

「おう、任せろ!」

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか」


 客の案内を終えた店員が、一礼とともに微笑を浮かべる。

 ぴしっと伸びた背筋、笑顔ではあったが、どうにも作り物めいている。


 ホムンクルスだ。

 さすがに冒険者の街ともなれば、ホムンクルスが店で使われているのは当然だ。


 ルナは大丈夫だろうか。

 彼女はじっとホムンクルスを見ている。


 ぎゅっと彼女は口を閉ざしたままだった。


「オレたちは七人だ」

「かしこまりました。それでは、席にご案内いたします」


 女性型ホムンクルスの後ろをついていく。

 席へと案内された俺たちは、向かいあうように座っていく。

 マリウスがきょろきょろと周囲を眺めていく。


「なかなか、興味深いところだな。食事か、食事……」

「そういえばおまえ食事は普段どうしているんだ?」


 守護者が食事をしているなんて想像もつかない。


「いや、必要ない。まあ、食べて損ということはないな。味はわかるし、うまいまずいも感じる。だから、楽しみだ」


 彼も同じような調子で返事をしてきた。

 と、シナニスが首を傾げてきた。


「料理はオレのお任せでいいのか?」

「ああ、それでいい。頼む」

「うしっ。がんがん注文するぜ! オレ先輩冒険者と一緒に食事なんて久しぶりなんだよなっ」


 シナニスが笑顔でメニュー表を見る。

 メニュー表には料理の参考絵が描かれていて、わからない料理名でもある程度想像ができるようになっている。


 お客さんへの配慮もしっかりしているんだな。

 俺は口元をメニュー表で隠し、ルナへと視線をやる。


「ルナ、気になるのか?」


 周りに気づかれない程度に、声をかける。

 ていうか、ルナにしろ、マリウスにしろ、隠し事が多すぎるな。


「……ホムンクルスは、ああやって仕事をしているのが普通なのですね」

「ああ」


 俺もルナと同じで一人のホムンクルスを見る。

 そのホムンクルスは慣れた手つきで、客のいなくなったテーブルの掃除を行っていた。


 と、そんな彼女の方へ、一人の男が近づいていく。

 少し頬は赤らんでいる。酒でも飲んだのだろうか。


 ……何か、嫌な予感がする。


 テーブルの掃除を終えたホムンクルスがコップを持って立ち上がった瞬間、冒険者がわざとらしくぶつかった。


 ルナが、短く声をあげる。

 ホムンクルスが持っていたコップが地面に落ち、中にあった水がぶちまけられた。

 冒険者の足元が汚れ、顔をしかめる。


「てめぇ! どこみてやがる!」

「申し訳ありません」

「おい、責任者呼べ! 俺のこの靴、たけぇんだぞ!? 弁償しろ!」

「申し訳ありません」


 ホムンクルスが頭を下げる。ただ、その表情に変化はない。


 なんだなんだと、他の客たちが立ち上がる。だが、問題を起こしているのがホムンクルスと冒険者だとわかった瞬間、彼らはそのまま席に座った。


 シナニスが顔をあげる。ちらと、冒険者たちを見る。


「……ああいう奴、たまにいるんだよな。ホムンクルスにいちゃもんつけて、その店の食事代をごまかそうとする奴がよ」

「……ちょっと行ってくるか」


 責任者と思われる男が出てきて必死に頭を下げている。

 俺は別に彼らが可哀そうだから助けるわけではない。


 うちのルナが、一番悲しんでいるからだ。

 俺が立ち上がると、マリウス、シナニス、ケンセイもついてきた。


「戦いか? 喧嘩か? どちらでもいい、楽しそうだ」

「何かあったら手伝ってやるよ」

「僕もね」


 シナニスは荒事を望むように笑った。


「まあ、穏便に終わればそれが一番だけどな」


 と、シナニスの仲間たちは店の外へと走っていく。

 シナニスが何か指示をだしていたようだが……。

 まあ、早いところ止めないとな。


「おい。店の中で騒ぎを起こすな」

「アァ?」


 声をかけると、冒険者が振り返りながら睨みつけてきた。

 冒険者の目つきはさらに鋭くなる。


「なんだてめぇら?」

「たまたま見ていたが、おまえがホムンクルスにわざとぶつかっていただろ」

「変ないいがかりをつけるんじゃねぇぞ!」


 冒険者は唾をまき散らすようにして怒鳴る。

 シナニスが、店の一か所を指さす。


「ほら見てみろ。ホムンクルスに関する問題は、一切受け付けないって書いてあんだろ? てめぇの目玉は飾りかよ? ああ飾りだから、ホムンクルスがいたことにも気づかなかったんか、そいつは失敬だ」


 煽るな馬鹿。

 シナニスの流れるような悪口に、ケンセイが少し笑っている。


「てめぇ!」


 冒険者が胸倉をつかもうとしてきたので、その手首を掴む。

 男は顔を顰める。

 無理やり拘束を解こうとしてきたので、さらに力をこめる。


「ホムンクルスに関する問題は一切受け付けないんだ。大人しく食事代を払って、帰ったらどうだ?」

「てめぇ……あんまり舐めた口を――」


 そのときだった。

 からんからんと入店を告げる音とともに、大男が中へと入ってきた。


「ここか。問題を起こしている奴がいるという店は」


 野太い声が、店の中を震えさせる。


 この季節だからなのか、それとも一年中なのかわからないが、上半身は何もまとっていない。

 体や顔にはいくつもの傷があり、それを見せつけるように濃い笑みを浮かべる。


 マリウスが振り返り、腰にさげた刀に手を当てる。

 口元を緩める彼の両目は、俺と対峙した時のような鋭さが潜んでいた。


 俺も同じだ。一目でやばい奴だと思った。

 俺の感覚を証明するように、シナニスが口をパクパクしている。そのまま、泡でも吹くんじゃないかというほどだ。


 冷静沈着な男であるケンセイすらも、目を見開いていた。


 シナニスが仲間に視線を送ると、彼女たちはぶんぶんと首を振っている。

 何かしらの意思疎通が行われているようだ。


 大男は俺たちの前で足を止め、


「おまえたちか、問題を起こしているのは」

「い、いや……オ、オレたちは……」


 大男が目に殺気を込めると、シナニスと問題を起こしていた冒険者が尻もちをついた。

 がたがたと二人は足を震わせていた。


 ケンセイと大男の目が合う。ケンセイが一礼をすると、大男はすぐに俺とマリウスを見てきた。

 そうして、楽しそうに口元を緩めた。


「なかなか骨のある男だな。捕まえるのは惜しい男だな」

「事情は分からないが、オレを捕まえるときたか。なるほど、面白い、やってみ――」

「余計なこと言うな馬鹿。俺たちじゃないです。こっちの男が、ホムンクルスにいちゃもんをつけていまして。たまたま、その場面を見ていた俺たちが止めに入っただけです」

「ほぉ。それは本当か? 嘘をつけば――」

「ゴッシュさん、彼の言っていることは本当ですよ」

「そうかそうか。そいつは悪かったな。最近はあれこれ馬鹿な理由をつけて喧嘩したがる奴が多いんだ。それで、おっさん。意見があるならオレが聞いてやるが、どうする?」


 ゴッシュと呼ばれた男は未だガタガタと震えている男を見た。

 男は額を何度も何度も床に叩きつける。


「す、すみませんでした! だ、代金はすべて支払います。失礼しました!」

「まー、待て待て。逃げるな逃げるな。怯えんな。何もしやしねぇさ、ちょっとクランまで来てもらうだけだ。そっちのギルド職員、おまえも状況説明のためについてきてくれるか?」

「かしこまりました。それじゃあ、みんな。ちょっと行ってくるよ。早めに戻れそうだったら戻ってくるから。僕のデザートだけは残しておいてね」


 ウィンクを残し、彼はゴッシュという男たちとともに外へと出ていった。

 いつの間にかこわばっていた空気が、彼が立ち去ったのにあわせ、落ち着いた。


 ……それにしても、凄い迫力の男だったな。

 未だに足がかたかた震えているシナニスに手を貸す。


「知り合いか?」

「し、知り合いか……っておまえしらないのか!?」

「ああ……」

「マジかよ。これからクラン結成するってのに、知らねぇのかよ」

「誰なんだ?」


 ……なんだよ、もったいぶるなよ。


「あ、あいつは『竜黒ノ牙』のリーダーだぞ!?」


 その言葉に目を見開いた。

 ……俺が会う予定のクランリーダー、か。



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