再会
ギルドに到着すると、ルナは呆けたように見上げていた。
口をあんぐりと開けていて、可愛らしい。
その隣にいたマリウスも、感嘆の息を吐いている。
「ギルドって大きいのですね。アバンシアにもこのようなものができるのですか?」
「いや、アバンシアのはこれよりは小さいな」
「そうですか。やっぱり、冒険者の街だけあって凄いのですね」
白い石材で作られた階段を上り、開けっ放しの大扉へと入っていった。
そうでもしていないと、中に熱がこもってしまうのだろう。
小窓や魔石で作られた魔石灯のおかげで、室内は明るい。
むわっとした熱気が襲い掛かってくる。
季節が夏というのも関係しているが、冒険者が多すぎるのが原因だ。
時々、汗の臭いが風にのって届く。慣れていないと、嫌な気分にさせられる。
入って正面に、受付が並んでいる。
左手側にいけば、掲示板が置かれている。依頼書やパーティー募集、クラン募集の張り紙がいくつもある。
右手側には二階へとつながる階段がある。
二階には、その日にとれた新鮮な魔物料理を振るまう食堂がある。
まだ朝ではあるが、それなりに人は入っているようだ。時々馬鹿笑いが聞こえた。
何名かの冒険者がこちらに気づく。
俺のことを知っている冒険者はいないようだ。
柄の悪そうな冒険者たちが、こちらに来てルナと俺を見比べてくる。
「おまえら、新入りか?」
「俺は登録しているが、この子はこれからする予定だ。それと……」
マリウスはどうするか。
ちらと彼を見ると、彼は無邪気な子どものような笑顔を浮かべている。
「オレも登録しにきたんだ。いいだろう、ルード」
「ああ」
「なら、オレたちとパーティー組むか? 色々と、教えてやるぜ?」
彼が舌なめずりをして、ルナを見る。
ルナ狙いの冒険者、といったところか。
俺は苦笑し、首を振った。
「色々と教えてほしいが、俺たちは近くに用事があってこの町に来ただけで、ここで生活していくつもりはないんだ。すまない」
「ほぉ……なあ。お嬢ちゃん、オレたちとパーティー組まないか? この男よりも、色々丁寧に教えてやるぜ?」
「本当か、男よ。オレにぜひ教えてくれはしないか、冒険者というものを!」
乗り気なマリウスが彼の手をぎゅっと握る。
しかし、男は煩わしそうにマリウスの手を払いのける。
「うるせぇ。男に興味はねぇんだよ」
ずるい、とマリウスは一言呟いて彼から離れた。
……後で教えてやるから。
男が再度ルナを見やると、ルナはぶんぶんと首を横に振る。
「私はマスターと一緒にいたいので、申し訳ありません」
「……」
冒険者たちはつまらなそうに顔を顰める。
男たちが視線をあわせたところで、受付側からギルド職員が近づいてきた。
その顔を見て、俺は思わず固まってしまった。
「おやおや。また、問題事を起こすつもりかい?」
「け、ケンセイっ。い、いや……別にオレたちは……じゃーな! がんばれよ、おまえら!」
冒険者はさっと逃げるように走っていく。
男にしては珍しい長髪の青年だ。
彼の名前はケンセイ。昔、一緒に冒険者としてパーティーを組んだことがある。
「やあ、久しぶりルード」
「ケンセイか。久しぶりだな」
俺は左手を差し出そうとして、慌てて右手を出す。
彼は苦笑しながら、左手で握りかえしてきた。
「マスター、そちらの方は……?」
「ああ。昔少しだけ一緒に組んだことがある奴だ。名前はケンセイ。剣の腕はかなりのものだ」
「キミは、剣の扱いだけはへたくそだったね。彼らは……キミたちの仲間かい?」
「ルナと申します」
「マリウスだ。剣の達人、か……なるほど、な」
「どうかしたのかい、マリウスさん」
「いや、な。一度戦ってみたかった、と思っただけだ」
「そうかい。僕も、戦ってみたかったね」
マリウスはじっと彼の右手を見ていた。
……何か感じ取ったのかもしれない。
俺はケンセイが身につけている服に目をやる。
「それにしても、ここで何をしているんだ? それに、その服は……」
彼が身に着けているのはギルド職員に支給されるものだ。
ケンセイは胸の部分にある刺繍を見せるように、左手を当てた。
「僕はギルド職員をやっているんだ。まあ、そのうち別の街にいくと思うけどね」
「そうか……その、よかったな」
「ああ、ありがとう。それにしても、キミが冒険者の街に来るなんて珍しいね。攻略済みの迷宮ばかりで、キミはあまり寄らなかっただろう」
「まあな。今日は色々とやりたいことがあってきていたんだ」
そう言ったところで、さらにもう一人近づいてきた。
「おいおい、まさかまた会うとはな」
オレたちの間に割って入ってきたのはシナニスだ。
俺と目が合うと、にぃっと吊り上がった。
「シナニス、なんでおまえがここに――」
と、言いかけて思い出した。
彼も、冒険者の街に行くと言っていたな、そういえば。
「おいおい。ライバルの居場所を忘れるなんざひで――」
彼が言い切るより先に、その体を突き飛ばすように彼らの仲間たちが現れる。
「る、ルード様! お久しぶりです! またこうして会えるなんてとても嬉しいです!」
「お、い! オレが話しているのに邪魔してくんなよ!」
シナニスが声を荒らげるが、彼の仲間が前に出てくる。
相変わらずだな。彼らのやり取りを見ていると、ついつい口角が緩む。
俺はケンセイへと視線を向ける。
「それにしても、ケンセイ。おまえシナニスと知り合いだったのか?」
こくこくとケンセイが首を縦に振る。
「そうだね。彼らが冒険者になってから少ししてかな。僕が冒険者をしていた時に出会ってね。剣を教えたんだ」
「まあ、そういうわけだ」
にやり、とシナニスは笑みを浮かべる。
シナニスからすれば、ケンセイは冒険者の師匠みたいなものか。
俺はライバル、か。
変なところで繋がりができるもんなんだな。
そこまで言ったところで、彼の頬がつりあがる。
そして、見せつけるように親指で自分の顔を指さした。
「それよりルード! なんと、オレはな!」
「ルード様、私たちみんなCランクに昇格したんです!」
「……凄いなそれは」
「お、れ、が! 言いたかったの! 邪魔すんな!」
まだ彼らのような若さでそこに到達するなんて、かなりの才能だ。
シナニスは、すっかりいじけてしまい、腕を組んでそっぽを向いている。
「愉快な少年たちだな」
マリウスがからからと笑っている。
彼の言う通り見ていて飽きないな。
しかし、ケンセイの目は、少しだけ寂しそうにもみえて――。
「どうしたんだい、ルード」
目が合うと、彼は首を傾げてきた。
そのときには、すでに彼の表情は明るいものだった。
「……いや、なんでもない」
ケンセイはやっぱりまだ冒険者として生きたかったんだろうか。
彼は外皮を削られ、右腕にケガを負ってしまい、冒険者を引退している。
「ルード、これから飯にでも行こうぜ。アバンシアのこととか、あれからどうなったのか知りたいしよ」
「そう、だな。おまえたちの昇格祝いもしてやりたいし……ルナの冒険者登録をすませてから、食事に行こうか」
「おっしゃっ、ルードの奢りか!?」
調子のいい奴だな。
「昇格祝いだしな。そのくらい任せろ」
「さすがっ! たらふく食べるぞ……っ! おまえたちも、明日の分まで食っとけよ!」
「ルード様、ありがとうございます!」
「ふふふ、空腹にしておいてよかった……全力を注ぐ……っ!」
「さて、どれだけ食べられるか……」
マリウス、おまえの分まで払うとは言ってないぞ。
最後に彼らに混ざるように発言した彼をじっと見やる。
「ケンセイもどうだ?」
「そうだね。僕ももうすぐあがりの時間だし、そちらの二人の登録だけしてあがろうかな」
「ありがとう、頼む」
「冒険者登録か、どのようなものか楽しみだな」
「別に何か楽しいことがあるわけではないよ。それにしても、キミはかなりの実力者に見えるけど、今まで冒険者登録をしたことなかったのかい?」
「ああ。田舎で武者修行をしていたんだ」
「そうなんだ。僕も昔は刀を使ったこともあったけど、刀一本は厳しくないかな?」
「そうでもないさ。刀というのはだな――」
マリウスとケンセイが楽しそうに話している。
ルナがつんつんと俺の肘をつついてくる。
「どうした?」
「……私たちって、冒険者登録可能なのですか?」
「問題ない。魔力さえあれば、それで登録可能だ。細かい情報を入れたい場合は、教会で能力証明書を発行してもらう必要があるがな」
魔力には似たような波長はあっても、まったく同じものはない。
本人とギルドカードの魔力が噛み合えば、それで身分証明の道具として使える。
そのため、登録自体をしている人は多くいる。一般人でもそうだ。
少量の金さえ用意できれば、誰でも作れる。
伸びをしたケンセイが受付のほうへと向かっていく。
俺たちも、その後を追う。
冒険者登録は問題なく済んだ。
これでルナとマリウスも、晴れてFランク冒険者だ。
ギルドカードを受け取った彼女は、嬉しそうにそれを抱きしめている。
よかったな、連れてきて。はにかむ彼女を見ていると、俺も嬉しかった。
「これがギルドカードなんだな。オレの登録も完了、というわけか。簡単なものだな」
マリウスはしばらくギルドカードを眺めていた。
ルナもぱっとギルドカードを彼の方に見せる。
「私もです」
「この魔石の欠片の数がそのままランクだそうだ。Fランク……か。このランクは最低らしいではないか。少々不満ではないか?」
「いえ、私は別に」
「なんだと……どうにか強さを証明できればいいのだが」
一応、登録のときに実技試験などを行うこともできる。
ただ、別にランクが低いからと言って困ることは少ない。
……それに、マリウスだとやりすぎるのではという心配もあったしな。
「ですが、マスターのように迷宮の調査を達成したりすると、ランクが一気にあがるそうですよ?」
「何? そうか……それならまあ、許してやろうか。うん、許そう」
マリウスはさっとギルドカードをポケットにいれる。
ルナはまだじっと眺めていた。
「それにしても珍しいね。キミがパーティーを固定しているのは。キミはずっと、迷宮攻略だけをしていただろう?」
ケンセイは書類を整えながら、そう言ってきた。
「そうだな。ただ、彼女も俺と同じように……困っていたんだ。昔、俺は助けられて今がある。……そんな風に彼女を助けたいと思ったんだ」
「そっか。なるほどね……てっきり彼女かと思ったよ」
「そんなわけないだろう」
ケンセイはからかうように舌を出す。
……まったく。
「それじゃあ。僕はこれをしまってくるよ。それが終わったら、どこかの店に行こうか」
「そうだな」
ケンセイが奥へと消えた。
と、俺の眼前に、ギルドカードが現れる。
可愛らしい小さな指で、ギルドカードをつまんでいる。
「マスター、見てください。ギルドカードです」
「よかったな、ルナ」
「……はい」
ギルドカードをかざすように上にあげ、それからまた胸に抱いた。
「ルード、どこかいい店知ってるか?」
掲示板で依頼書を眺めていたシナニス達がこちらへとやってくる。
「いや。実はこの街に長く滞在したことがなくてな。あんまり詳しくないんだ」
「そうなのか。そんじゃ、オレ様おすすめの店にしようか」
「ああ、そこでいいよ。それより、何かいい依頼はあったのか?」
「いや。やりたい奴はねぇかなぁ。そろそろ、新しい街にでもいこっかな……そういや、ルード。おまえは何しにこの街に来たんだ? まさか、ルナたちの冒険者登録のためだけじゃねぇだろ?」
それならここまで足を運ばなくともできる場所はある。
シナニスの勘ぐるような目。
……うーん、どうするべきか。
別に伝える必要もないと思うけど、かといって黙っているほどでもないような……。
「クランをつくりたいと思ってな。この街なら、色々参考になるだろ?」
結局伝えることにした。
彼はライバルで友人だしな。
「……クラン、か。クラン……か」
「どうした?」
「……いや、そのクランって。前からオレたちも探していたんだよ。ただ、有名なクランに入るつもりはなくてさ。そのまあ、なんだ……」
ぽりぽりと顎をかくシナニス。
言いにくそうな彼の肘を突きながら、仲間が口を開いた。
「ルード様のクランに入りたいんですよ、シナニスは」
「なっ、そんなこと言ってねぇだろ!」
「……入ってくれるのかシナニス」
「い、いや……くそ。まあ、てめぇが人がいなくて困っているなら、まあ、引き受けてやってもいいが」
「……それなら、頼みたい。おまえなら、信頼できる」
「……ちっ。くそ、そういうのはずるいだろうが……こちらこそ、頼むな」
シナニスが頭を下げてきた。
……まさか、こんな形で新しいメンバーを確保できるとは思っていなかった。
マリウスが腕を組み、にやりと笑う。
「よかったな、ルード。クランメンバーが増えて。オレはマリウスだ。よろしくな」
「ああ、よろしくな」
シナニスとマリウスが握手をしている。
マリウスはシナニスの手を両手で握りしめ、すりすりとなでている。
「剣をよく振っているいい手だ……。ほれぼれするな!」
「やめろ、気持ち悪い! あんまりなでんな!」
「いいではないか……なあ、ルード。いずれはクラン内で大会でも開いて最強を決めるのも悪くないな。ほら、訓練の一環として……とかな」
「おまえがただ戦いたいだけだろ」
マリウスはごまかすようにそっぽを向く。
まったく。
呆れていると、ケンセイが戻ってきた。
「待たせちゃったね、ごめんごめん。それじゃあ行こうか」
私服に着替えたケンセイは服の襟を気にするように触っている。
その姿が妙に様になっていて、周囲の女性たちの目を引き付けていた。
ケンセイは慣れない様子で頬をひきつらせ、早く行こうと目で訴えかけてくる。
女が苦手なのも昔のままか。
「それじゃ、みんなオレについてこい!」
先頭に立って歩くのが嬉しいのか、シナニスは元気よく叫んで歩き出した。