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冒険者の街へ


 腰に下げた剣がずれないようにしめなおし、大盾を背負う。


 といっても、俺が持っているのは剣、盾、マジックバッグ――ポーションポーチだけだ。

 ポーチには、ポーションと、領主から受け取った紙がある。


 旅でかかった経費については、この紙にサインをしてもらうことになっている。


「兄さん」


 マニシアが俺を呼び、それからぎゅーっと抱きついてきた。

 少し驚いたが、俺はその背中をそっと抱きしめ返す。


「大丈夫か?」

「大丈夫です。……ただ、しばらく離れることになりますから、少しだけ、わがままさせてください」

「わかった」


 マニシアの背中を優しくなでる。

 細く柔らかな彼女の背中をなでていると、それだけで心が満たされる。彼女はこの世界一可愛らしい。


 数秒後には、マニシアは俺から離れてしまう。

 悲しくなったのは俺のほうだった。


「兄さん、気を付けてきてくださいね」

「大丈夫だ。いつもどおりの旅だ。何も起こらないよ。それじゃあ、行ってくる」


 マニシアとともに部屋を出ると、ニンとルナがいた。

 ルナの準備も万端のようだ。


 日差しから身を守るためか、白色の帽子をかぶっている。彼女の灰色の髪とよく似合っていた。

 服も普段のものよりも質がよく、彼女の容姿を十分に引き立てていた。


 選んだのはニンだろうか。さすがに、センスがいいな。

 ニンは椅子に寄り掛かり、ため息をついた。


「あたしも教会の仕事がなかったら行きたかったわねぇ。あそこの酒はおいしいのが結構あるのよね」

「おまえはそればっかりだな」

「当たり前じゃない。まあ、ルードがいない間に、女同士仲良く過ごしましょうか」


 ニンがマニシアに微笑みかけると、マニシアも満面の笑顔で頷いた。


「はい、もちろんです」


 ……女同士だから大丈夫だよな。

 脳内に双子が浮かぶ。……。


 マニシアに変なことしたらわりと本気で怒るからな?

 俺がじっとニンを見ていると、彼女は少しだけ頬をひきつらせた。


「あんたって本当に妹のこと大好きよね」

「別に。普通だ」


 ニンがそう言ってきて、マニシアは頬を染めてうつむいた。

 俺も少し照れ臭くなる。


 マニシアと仲直りしてからの旅は、これが初めてだ。

 ……こうも別れるのが辛いとは思わなかった。いや、今までも一人悲しんでたけどな。


 旅立ちを明日にしてしまいたい気持ちをぐっと抑え込み、俺たちは家を出た。

 出発予定の門へ行くと、見送りに結構な人が集まっていた。


 町の人たちだけではない。

 冒険者の姿もある。


 こんなに集まらなくてもいいのに、とは思ったが、集まってくれた人がこれだけいるというのも嬉しかった。


 近くにいたミレナが、声をかけてくる。


「ルード、ルナちゃん。こっちは任せてよね。ルナちゃんの分まで、わたしがマニシアのことは守るから安心してきて! 今まではそうだったしね!」

「ああ、私もいるからな。こっちのことは……任せてくれ」


 ミレナの隣にいたフィールが頼もしく、胸を叩いた。

 全身鎧の彼女がそう言うと、さすがに迫力がある。


 ただ、兜を深くかぶっているのが気になる。

 人がたくさんいるし、緊張しているのかもしれない。


「わかった。俺も、俺にできることをやってくるから」

「ああ、期待しているからなルード」

「頑張ってね。ルナちゃんも、冒険者のこといっぱい勉強してくるんだよー」


 ひらひらとミレナが手を振ると、ルナはこくりと頷いた。

 門のほうへ歩いていく。


「おっ、来たな二人とも」

「すまない。ブー、ガーリ、待たせたか?」

「そんなことねぇよ」


 地面にしゃがんでいたガーリが立ち上がる。

 ブーは一頭のリザードホースの毛をなでていた。


 リザードホースは竜種と馬種の魔物を掛け合わせた魔物だ。

 それが二頭いるのはなかなかに圧巻な光景だ。


 リザードホースの脚力は素晴らしく、多くの人間が移動の際に使っている。

 ……ただ、まだ平民には届かないような値段だ。


 それを管理していることから、彼らのクランが金銭面でかなり余裕があるということが窺える。


 リザードホースと目があう。

 両目は竜種特有の威圧感がある。


 体を覆う鱗は、天然の鎧のようだ。折りたたまれた翼を広げれば、少しではあるが空も飛べる。


 ブーたちが用意すると言っていた移動手段が、これなのか。


「リザードホースで行くのか?」

「もちろんだぜ。なあ、ブー」

「おうとも。リザードホースの力なら、二人くらいどうってことはないんだぜ。さて、あとはどうやって座るか、だが……」


 ブーとガーリがちらとルナを見る。その両目がいやらしく歪んだ。

 こいつら、ルナと一緒に乗りたいんだろうな……。


「オレがルナちゃんと一緒に乗るから、ブーはルードとのれよ?」

「何言ってやがる! てめぇのような陰気ひょろひょろ魔法使いなんかに任せられるか! もしもルナちゃんが落ちそうになったときはどうするんだ!?」

「そんな乗り方しねぇよ! つーか、てめぇみたいなデブじゃ一人で乗るのが精一杯だろうが!」


 二人が顔を突き付けあっている。

 ルナが顎に手をやり、それからポンと手を鳴らした。


「それでは、二人で乗ればちょうどいいのではありませんか? 私も、マスターと一緒に乗りますから。交友関係的に見ても、そちらのほうがよろしいかと思います」


 ふふん、とルナは「気づいてしまいました」とばかりに胸を張る。


「……」

「……」


 ルナの言葉に二人は顔を見合わせ、がくりと肩を落とした。

 そうして二人は仲良く乗った。


 彼らが乗ったリザードホースが、すっと立ち上がる。

 俺も、もう一頭の方へと向かい、その背中に乗る。


 馬には何度か乗ったが、リザードホースは初めてだ。

 ルナの手をつかみ、引き上げる。


 それにしても、温厚だなこいつは。

 顔があうと、きりっとした表情を向けてくる。「ぎゅぇ」と、甘えたように鳴いてきたので額をなでる。


 心地よさそうだ。


「よろしく頼むな」

「ぎゅぇいっ!」


 奇妙な鳴き声をあげ、リザードホースが立ち上がる。

 慌てて手綱を掴み、後ろのルナを見る。


「かなり速いらしいから、振り落とされないようにな」

「承知しました。マスターに掴まってもよろしいでしょうか?」

「……ああ」


 かなり恥ずかしいが、落ちて怪我をされたら困る。

 ルナがすっと俺の体に手を回してくる。


 くすぐったいな。

 彼女の体がぴたりとくっついてきて、前にいたブーとガーリが羨ましそうにこちらを見てくる。


 さっさと、行くとしようか。

 走り出せば、彼らの視線もなくなる。


 手綱を振ると、リザードホースが地面を蹴った。

 揺れるたび、ルナの体が密着するものだから、余計に意識してしまった。


「そういえば、マスター。あの守護者の方が来たいと言っていましたが、その件はどうなりましたか?」

「……いや、俺は断っておいたよ。自分の目で新しい仲間を選びたいといわれてもな」


 ルナが言う通り、あれから一度守護者が家にやってきたんだ。

 自分で新しい魔物を増やしたい、と。

 ただ、な。冒険者たちが集まる町だ。何が起こるかわからないため、断っておいた。


 リザードホースが加速する。 

 それにあわせ、ルナがさらに強くしがみついてきた。



 〇



 出発から二日目の朝。俺たちは冒険者の街、ケイルドに到着した。

 相変わらず人の出入りが激しい。


 冒険者然とした者たちが、街のあちこちにいて、一般人らしき人影はあまり見られない。

 それもそのはずで、この街にいる人のほとんどが、冒険者だ。


 街の総戦力は、小さな国程度なら滅ぼせるのでは、といわれるほど冒険者が多くいる。


 一つの街にたくさんの戦力が集まっているが、それが認められていた。

 その大きな理由は、この国最大のクランが、国と友好な関係を築いているからだ。


 街の東に本部を置く『竜黒ノ牙』。

 街の西に本部を置く『白虎ノ爪』。


 多くのクランがこの町には存在するが、その半数はどちらかに所属しているらしい。


 見上げれば、『竜黒ノ牙』を示す旗があった。

 西側には『白虎ノ爪』を示す旗があるだろう。


 今時の街と比較すると、粗暴な印象を受けるが俺はわりと好きだった。

 家々は何も計画などないかのように密集していて、それがまた冒険者らしさ、を出しているようだった。


 そんな街を歩いていく。

 隣に並ぶルナは、あれにもこれにも興味を示して、そのたびに俺に訊いてくる。


 ブーとガーリは、俺たちのことを報告するため、それぞれのクランへ戻っている。

 先に手紙で報告していたらしいが、返事はなかったらしい。


 明日の朝、とりあえずギルドに集合ということになっている。どのようになるかは分からないが。


「凄い町ですね。石で作られているんですね」

「ああ、そうだな。アバンシアのような木造建築に見慣れてると、違和感が大きいだろ」

「……はい。けど、なんだかいい雰囲気ですね」

「ちょっと騒がしいけど、俺も好きだな、この街は」


 通りを歩いていると、あちこちの出店で客引きが行われている。

 商人たちの張り上げるような宣伝と、値切る冒険者の声。


 その通りをじっくり見ようとすれば、数日は余裕でかかる。

 珍しい品を見つけると、子ども心がくすぐられてしまうが、今回の目的はそれじゃない。


 まずは、ギルドに行って、ルナの冒険者登録を行う。

 冒険者登録は、大きな町で行うことになっている。


 カードの基になっている素材が、地方には置いていないことが多い。

 もちろん、アバンシアにもなかった。


 ギルドがあるのは、街の中央地区だ。

 『竜黒ノ牙』と『白虎ノ爪』が唯一、非干渉としている区画だ。


 そちらを目指して歩き出したところで、声をかけられる。

 聞き覚えのある嫌な声。振り返ると、そちらには口元を手でかくした守護者がいた。


「やっ、ルード、ついてきちゃった」

「おまえ……どうして」

「オレは自分の管理している魔物のオリジナルなら、居場所がわかるんだ。そして、スライムってのは分身できるだろ?」


 彼がそう言うと、俺の鞄から小さなスライムがぴょんっと現れた。

 ……それで、追跡してきたのか。


「お前な……ここは冒険者の街だぞ? 全員、お前を狩るために迷宮に潜っているんだからな?」

「そうかもしれないがな。楽しそうだ」

「……はぁ。まあ、いい。一緒についてこい」


 来てしまったものは仕方ない。下手に一人で行動させるよりは、こっちのほうがいい。

 俺が顎をしゃくると、守護者はうれしそうに目を細めた。


「……おまえ、名前はどうする?」

「そうだな。マリウスとしておこうか。ふと、脳裏に浮かんだんだ」

「わかった……」


 大丈夫だろうか。この旅は。






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