守護者の力
「やあ、よく来てくれたルード。さて。僕の部屋に入るには僕とやりあう必要がある。さあ、どうする?」
「……素材だけおいて帰っていいか?」
「そんな! 悲しいことを言わないでくれよ……。わかった、今日はオレが管理している部屋に入ってもらうとしようか」
……守護者が暮らしている部屋、か。
それは、迷宮の最奥なのだろうか。
今俺は、世界のだれも知らないであろう場所に踏み入れようとしている。
少しわくわくする。子どもっぽいと思われるかもしれないが、心がざわついている。
彼が俺の手を握ると、次の瞬間にはわずかな眩暈のようなものを感じて、すぐに別の場所へと移動する。
景色が変わった。
そこは、俺の家とそう変わらない部屋だ。
というか、俺の部屋じゃないのか、これ。
ただ、見慣れない大きな水たまりがある。
小石で囲まれたそれは、池のようである。
「この場所は、ようわからんが、オレの考えがそのまま反映されるらしいんだ。つまり、自由に作り替えることができるってわけだ。前までは、こんな感じの部屋だったな」
彼がそういった次の瞬間には、部屋ががらりと殺風景なものになる。
池だけを残し、あとは何もない。
灰色に近い石が敷き詰められた部屋は、独房のようであった。
守護者はぱんと手を鳴らして、すぐに戻した。
「……なるほどな」
「あいにく、オレは記憶がなかったからな。今まで参考にできる部屋がなくて、そのままにしていたんだが、キミの家を見てな。あれはいい、素晴らしい。今度またゆっくり見させてほしいものだ」
「別にいいけど、そのときは誰も驚かないように変装してきてくれ」
冒険者に見られたら、何も言い訳できないからな……。
「ああ、そうさせてもらう。それで、今日ここに来たということは、約束の品物を持ってきてくれたのだろう?」
目を輝かせる彼に、俺は町で借りていたリュックを渡す。
そこから素材をあるだけ取り出すと、彼は俺の手から奪い取っていく。
そうして、かざすようにそれらを見て、目を輝かせる。
「なるほど、魔鉱石に薬草……それに魔物の素材と魔石だな。ふむ、これだけあれば色々とできるだろう」
「……少し、見させてもらってもいいか?」
どう迷宮を造っていくのか、気になる。
「別に構わない。それじゃあ、見せてやろうか」
守護者も得意げに胸を張る。
子どもっぽい奴だな。
彼は池のほうへと歩いていき、手を触れる。
すると、途端にただの水だったそれが切り替わる。
何かが表示されている。
一階層、と書かれているそれは――
「迷宮の地図か?」
「その通りだ。例えば、これをこうすれば……」
地図には、木々の様子や魔物の情報などが書かれている。
守護者がその木に指をあて、別の場所へと運ぶ。
さらに、地形に触れる。
正方形に近かった一階層の一部を削ると、地図も変化した。
「この地図のとおりに、迷宮の階層が変化するんだ。だから、これで一階層はこんな面白い形になったんだ」
ひょうたんのような形になった迷宮を見て、守護者が笑う。
地図に手を触れる。切り替わって今度はどこかの風景が現れた。
さっきから、ついていけないことばかりだ。
守護者は俺のほうを見て、楽しそうに目元を緩めている。
「な、なんだこれは……?」
「これは画面といってな、遠くを映し出すことができる。隅に地図があるだろ? その一部に丸がついているが、今映しだしている映像は、その部分というわけだ。見事に、地形が変化しているだろ?」
確かに、地形が変化していて、戸惑った様子の冒険者がそこにいた。
迷宮は時々地形が変化するといわれている。
ただ、こんなやり方で変化させていたとは、知らなかった。
「……これって、冒険者がいるところに魔物を送り込むこともできるのか?」
「おお、なかなかえぐいことを思いつくな。やってみるとするか」
「い、いやおいやめろ!」
慌ててとめるが、すでに守護者は地図にある魔物の絵を冒険者のもとへと移動させていた。
守護者の腕を掴みながら映像を見るが、魔物は現れていない。
「……どういうことだ?」
「魔物は配置してから数十秒後にしか出現しないんだ。だから、大量に送り込むこととかはできない。ある程度の誘導は可能なんだろうけど、オレはそういうの考えるのが面倒臭い」
「……なるほどな」
地形を作り替え、道の先に大量の魔物を設置、などだろうか。
とにかく、彼がそういった細かいことが嫌いな奴で助かった。
「冒険者は自己責任と言っていたわりには、随分と焦っていたな」
「……今回のは俺に責任があるだろ。それに、自己責任といっているが、だからといって好き放題死なれたら嫌だ」
「そういうものなのか。とりあえず、迷宮の基本的な説明はこんな感じだ。これから、別の部屋に行こうか」
守護者が俺の手に触れると、別の場所へと移動する。
そこは広々とした空間だった。
そして、どすどすという魔物の足音が響いていた。
こちらにやってきたのは、フィルドザウルスだ。
その数は三体。さらに遠くのほうにも数体の姿が見える。
守護者に懐いているのか、すりすりと顔をすり寄せていた。
その顔をなでながら、守護者がこちらを見る。
「すべての迷宮にはどうやら、最初に一種族だけ魔物が用意されているようなんだ。それがこのフィルドザウルスたちだ。全部で十体。一体につき、一か所に配置できて、オリジナルの魔物のコピーを作ることができるんだ」
「オリジナル、コピー……か?」
「ああ。要するに、ここにいる魔物を、迷宮の任意の場所に複製できるというわけだ。あとは、それらに冒険者を襲わせて、魔力を満たしていくわけだ。先ほど地図にあった魔物の絵がそれだな」
「……なるほどな。迷宮では死体が残らないのは、それが関係しているのか?」
「そうだろうな。オレもあくまで自分なりに調べてわかっただけで、正しいかどうかは分からない。この複製した魔物の一部が、素材として世界に残るらしいな」
「俺たち人間はそれを、神からの授かりものだと思っているんだ」
「神、か。それならオレが神ということか、ハハ、面白いな!」
守護者は大きくのけぞるようにして笑う。
たいそう受けたようで、彼はしばらくそんな調子でいたが、すっと表情が戻った。
「とりあえず、だ。いつまでも笑っている場合ではないな。まずは、素材から再生を行おうか」
「……再生?」
「素材をもとに魔物をよみがえらせるんだ。こうやってな」
守護者は、腰に差した刀をわずかに抜き、その刃に指をあてる。
血がぷにーと出てきて、守護者はそれを地面に置いた魔石と素材の上にたらした。
とたん素材が置かれた地面が光る。
あまりの眩しさに顔を覆う。光が収まった時、そこにはゴブリンがいた。
「こんなところだな。これで、ゴブリンを出現できるようになったが、こんな魔物一体では冒険者も物足りないだろうからな。何体か同時出現にしようか」
俺が持ってきた素材へさらに彼は血を与えていく。
……凄いな。
「この復活しているゴブリンは、もともと俺が倒したゴブリンなのか?」
「恐らく違うだろうな。同じだったら、おまえに何かしらの反応を示すものじゃないか?」
守護者は復活させたゴブリンたちに手を差し出す。
見事にお辞儀をするゴブリンたちは、俺を見ても首を傾げているだけだ。
「確かに……違うみたいだな」
「まだゴブリンの魔石はあったな。ここからは別の魔物を作るとしようか」
「……配合ってやつか?」
「そうだよ。やり方は簡単。さっきの魔石と素材の組み合わせを変えればいいだけだ。やってみるかルード」
「……俺がやるのか? というか、できるのか?」
「ああ。キミの血とエネルギーで作る魔物がどのようなものになるか、少し興味が湧いてな」
……まあ、ちょっと興味あるし。
俺は彼の指示に従うままに、スライムの魔石と、ゴブリンの魔石、さらにそれらの素材を取り出す。
その二つに血を垂らす。
「ルードの場合は神の鎧を持っているし、それを直接流し込めばどうだ?」
「……なるほどな」
どうやるのかはわからなかったが、念じてみたら神の鎧が少し奪われた気がした。
たちまち、強い光があらわれた。
「おお、できたようだな」
光が収まるとそこには人型のスライムがいた。
「ヒューマンスライム……か?」
Eランク相当の魔物だ。人に化けることができるが、スライムのような見た目であるからすぐにわかる。
スライムは俺と守護者を見て、その姿へと変化する。
……ただ、所詮はスライムだ。液体であるため、バレバレだ。
このスライムの上位種に当たるシャドウスライムというのがいる。
完全に人間に化けられるそいつは、Aランク相当だ。
ある話がある。
いつの間にか最後尾にいた人間がシャドウスライムにやられ、その人に化けているというものだ。
スライム種の魔物は、体を分身できる。
最後に生き残った先頭を歩く冒険者が、命からがら逃げだした、なんてのは冒険者がよくする話だ。
「なんだ、新種の魔物じゃないの?」
守護者はわかりやすいほどにがっかりとしている。
俺が頷くと、彼は肩をうなだれた。
ヒューマンスライムは俺のほうに滑るように移動してきて、手を掴んできた。
それから、ヒューマンスライムの体が変化する。
女性の体だ。この体は……マニシアか?
「ヒューマンスライムってのは人の記憶から化けることができるらしいが、凄い、完成度だな……」
本物そっくり……なんじゃないか? 服の上からしかみたことないが。
これで液体でなかったら、ここに何度も足を運ぶことになっていただろう。
危ないところだった。
ヒューマンスライムの制作者は俺だからか、やけに懐いてしまったようで体をぺたぺた触ってくる。
「これで、どんどん魔物を作っていけるってわけだな」
「まあ、今はうまくいっただけだ」
そういって彼は先ほどとは逆に素材を合わせ、血を垂らす。
光が収まったそこには、小さなスライムのようなものがいたが、そのまま地面に溶けるように消えた。
「失敗すればこうやって何も残らないんだ。そうなれば、せっかくの素材が無駄になる。が、挑戦していくしかないな」
「ああ。そこは、おまえに任せる」
「うむ。これで新種の魔物を作り出して、迷宮に配置すれば……もっとたくさんの冒険者も来るかな?」
ヒューマンスライムをなでながら、俺は頷いた。
「そうだな。新種の魔物ともなれば、大事件だからな。調査もしないとだし、その素材がどんなことに使えるのか、みんな知りたがるものだ」
「なるほど! あとは魔物をどんどん設定していって――」
「……ああ、あと。一般的な迷宮は上にいけばいくほど、難易度があがるようになっているんだ。この迷宮でいえば、一階層にゴブリンなどを入れていくのがいいんじゃないか?」
「おお、さすが冒険者としての意見だ! それと、魔鉱石や薬草の採取場所も作らないといけないなっ」
「そうだな。それらはこう、いい感じに木々に隠しておいたほうがいいだろう。見つけたときにちょっと嬉しいしな」
現状、町にいる冒険者はそれなりの腕のものが多い。
だが、これからもっと環境を整えていけば、幅広いランクの冒険者を呼ぶことができるだろう。
守護者が楽しそうに魔物の設定を始めていて、俺は少し迷宮の地図を眺めていた。
「……隠し通路とか、秘密基地みたいなものって作れないか?」
「おおっ、隠し通路! それに宝の部屋とかそういうのもいいかもな! けど宝はないから、魔物でも入れておこうか……」
「い、いやそれはやめろ……」
お互いに意見を出し合って、あれこれと工夫していく。
なかなか、楽しいな。
そうして、迷宮が変化していった。
……この結果がどうでるかは、冒険者の街から戻ってきたときわかるだろう。