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息抜き 2


 ゴブリンの数は六体だ。

 彼らは決して強くはない。冒険者がまず最初に戦うことになる魔物の代表格だ。


 しかし、だからといって油断すれば痛い目を見る。

 ゴブリンがもっとも厄介なのは、その連携だ。


 一体で行動していることはほとんどない。もしもそんな奴がいたら罠か、あるいはハブられているか、だ。


 ゴブリンの様子をうかがう。

 彼らの顔は人によってはトラウマになることもあるほどに醜い。

 俺たちの存在にうっすらと気づいているようで、鼻をひくつかせている。


 気づかれるのは時間の問題だろう。

 全員が、武器を持っている。

 どこかで人間から奪ったのかもしれない。となれば、普通のゴブリンよりも強い可能性もある。


 弓ゴブリンが二体、剣ゴブリンが三体、斧ゴブリンが一体。

 皆小さな体であるが、その力は大人の冒険者ほどはある。


 ゴブリンは格下の魔物であるが、だからといって、急所を貫かれれば外皮などすぐに削れる。


 背負っていた大盾を構える。


「ルード、相変わらず重たそうなのに平然と持つね」


 ミレナが俺の大盾をなでる。


「ああ、もうこれにも慣れたよ」


 ……昔に訪れた小さな武器屋に眠っていたものだ。盾を使う人が少ないから、それなりに安く購入できた。


「ニンとルナは魔法の準備をしてくれ。それが終わり次第、俺が突っ込んで、注意を集める。敵が俺に群がったところで、後衛を狙って魔法を放ってくれ。……ミレナは誤射だけ気を付けて、自由に攻撃してくれ」

「了解だよ!」


 それなりに戦いが好きなミレナは、わくわくといった様子で、弓を構える。

 魔法の準備を始めたニンだが、不安そうな様子でこちらを見てくる。


「あんたがあんなこと言うなんて、ミレナの腕って相当なの?」

「……まあ、かなり精度は悪いな。けど、威力はなかなかだ」


 だから、俺が注意をあつめ終えたところで、彼女には接近して攻撃を放ってもらう。

 弓を使っているのに近接と変わらない距離になるのは、少し悲しいところだ。


 ゴブリンたちはそれぞれ武器を振り上げては、けらけらと楽しそうに笑っている。

 魔物たちの生きている姿を見ると、狩るのが少し辛くなるが、考えるだけ無駄だ。


 ミレナは鼻歌まじりで、弓を構えて矢を射るような動きを行っている。

 彼女の想像の中では、それは素晴らしい精度なんだろう。


 けど、実際は明後日の方向に行くんだよなぁ。


「なにさ。ルード、なんだか失礼な目してるよね」


 じろっとこちらを見てくるミレナ。


「わたしだってね、へたくそなのは理解してるんだよ。けどね、頑張って時間を見つけて練習してるんだよっ」

「わかってる。だからそう怒るな」


 ミレナはあまり近接戦闘が得意な肉体ではない。

 保有魔力は多いのだが、魔法に関しても才能がない。


 となれば、残された戦い方は弓しかない。

 弓は、実際の矢を放つのと、魔力で作った矢を放つ二つがある。


 通常、多くの人は魔力矢を放つが、威力をあげたいときは本物の矢もそこに合わせる。


 ミレナは弓使いとして鍛えているわけではないので、本物の矢を使ったらそれこそまっすぐには絶対飛ばない。


 大して練習しなくても使えるのが、魔力矢のいいところだ。


「魔法の準備できました」

「放つ魔法は、ルナ主体のフレイムサークルよ。後方に放つから、前衛たちは巻き込めないと思うわ」

「了解だ。敵がこっちに気付いたら、次の魔法を用意してくれ。それじゃあ、頼む」


 二人が魔法を放つのに合わせ、前へと突っこむ。

 ゴブリンが魔法使いを敵として認識する前に、『挑発』で割りこむ。


 『挑発』は敵の視界を狭くするというか、敵が俺以外が見えなくなるようなものらしい。

 俺の横を火の弾が抜ける。

 前衛のゴブリンも、弓ゴブリンも魔法には目もくれず、武器を構える。


 魔法が弓を構えていたゴブリンの足元に着弾する。

 そこから円状に地面が燃え上がる。

 その中心には、弓ゴブリン二体だ。耳障りな悲鳴をあげ、持っていた弓を落とす。


 その悲鳴で、我に返ったように前衛のゴブリンが背後を見やる。

 『挑発』の効果が薄くなっていたようだ。だが、俺が再度『挑発』を放つと、一体を除いて意識が俺のほうに向いた。


 一体だけ、耐性が高いようだ。

 弓ゴブリンたちはその一体が放った水魔法によって救助されたが、全身に火傷が目立つ。


 『挑発』を放ちながら、俺は前衛のゴブリンたちに向き直る。

 大盾で突進するが、ゴブリンたちは小回りのきく体を存分にいかしてかわす。


 剣を振りぬいたが、剣ゴブリンが合わせてくる。

 力で無理やりに弾きとばすが、剣ゴブリンはよろめいた衝撃をそのまま利用するように横に転がって離れる。


 ゴブリンたちは視線と彼らだけしか理解できない声で連携をとっている。

 その目の動きを見て、俺の死角に回り込んでいるゴブリンの存在を予測する。


 反転するように大盾を前に突きだす。

 予想通り、ゴブリンがとびかかってきていた。


 その体を弾いてみせたが、さしてダメージを受けている様子はない。


 『挑発』を重ねて発動する。

 彼らにはもう俺しか見えていないだろう。


 剣ゴブリンたちが左右から迫ってくる。正面からは斧ゴブリンが。

 後ろにいたゴブリンも弓を構えている。


 さすがに切り替えが早い。

 斧ゴブリンが飛び上がり、俺の大盾へと叩きつけてきた。


 その一撃を受け切って、盾にのせる。

 横から剣を突き出してきたゴブリンのほうに放り投げる。


 剣ゴブリンの突き出した剣が、斧ゴブリンの脇腹を捉える。

 ゴブリンが目を見開き、動きが止まる。


「ミレナっ」

「あいよ!」


 仲間を呼ぶと、すかさず彼女が飛び出す。近づきながら魔力矢を放った。

 心地よい風を切る音とともに放たれた矢が、俺のほうへと飛んでくる。

 当たる前に、魔力矢が消える。ミレナが消したんだろう、そういう技術だけは上達しているようだ。


「……」

「ま、待って!」


 ミレナがさらに近づいて二体を踏みつけ、射抜く。

 いやもうそれ剣士の距離じゃんか。


 まだ敵は残っている。

 ゴブリンから弓が飛んできたが、盾で跳ね返す。

 後方の奴らは常に行動を見ていないと、うっかり攻撃をくらってしまうことがある。


 剣ゴブリンたちが左右から攻撃をしてきた。

 右からとびかかってきたそれを、盾で殴りつける。


 すかさず、俺がさらした背中へとゴブリンがとびかかってくる。

 見えてはいない。ただ、音でわかる。

 地面を蹴る音にあわせ、振り返りざまに剣を振る。


 俺の剣とゴブリンの剣が当たる。はじき返しながら、『挑発』を放つ。

 二体は苛立たしげに、声をあげる。

 さらに挑発するように剣先をくいくいっと動かすと、ゴブリンがとびかかってきた。


 二体が俺にかかりきりになった瞬間、敵の後方から悲鳴があがる。

 弓ゴブリンたちが魔法に焼かれ、息絶えた。

 その悲鳴を聞いた二体が、今更に思い出したように振り返る。


 その隙に、剣を落とした。

 上段から切りつけ、さらに踏み込んで盾で殴る。


 さすがに、ゴブリン程度なら、スキルがなくともダメージはそれなりに通る。

 ミレナの放った三発の矢が、剣ゴブリンと地面に突き刺さる。


 最後の一体。斧ゴブリンがミレナへと顔を向ける。

 さすがに、もっとも魔物を倒していたミレナに、注意が集まったようだ。

 だが、遅い。残り一体になったのだから、あとは攻めるだけだ。


 『挑発』を使うと、斧ゴブリンは一瞬だけこちらを見る。

 その一瞬で十分だ。体当たりをして、さらに切りつける。


 斧ゴブリンの背中を蹴り飛ばし、地面に倒す。

 そこへ火の槍が落ちる。

 斧ゴブリンの全身を焼き尽くしたところで、その魔法は消えた。


 戦闘は無事終了だ。

 ゴブリンたちが持つ魔石と、まだ無事な部位だけをはぎ取る。


「やっぱり、聖女様ってすごいんだね」

「今回の魔法はほとんどルナに合わせて使ってるのよ。あたしって、攻撃魔法はそこまで得意じゃないしね」

「そうなんだ。それってつまり、ルナちゃんが凄いってこと?」

「いえ、私は……」


 そんな風に褒めあっていた。


「ミレナも、今日は命中率いいな」

「まあね。一生懸命訓練しておいたからね」

「……え、あれで?」

「なによ、聖女様ー、そりゃあ一流の冒険者とは違うけどさー」

「だって、半分以上外れてたじゃない」

「いやいや、半分くらい当たってたって!」


 ミレナが自慢げに語る。

 いつもは二割当たればいい方だからな……。


 それにしても、驚いたのが魔物を踏みつけて射抜いた瞬間だな。


 彼女はあまり魔物に近づくのが好きじゃなかった。

 あれができるなら、もっと命中率はあがるだろう。


 ……弓使いとして成長しているわけじゃないんだけどさ。

 戦闘の音に誘われたのか、今度はスライムが近づいてきた。


 数は一体だ。

 ……ちょうど、試したいことがあった。


「ルナ、ちょっといいか?」

「なんでしょうか?」

「俺の犠牲の盾について、少し調べたいことがあるんだ。手伝ってくれるか?」

「承知しました。何をすれば良いでしょうか?」

「……スキルの発動に関して、こっちで切り替えられるのか、調べたい。だから、その……一度攻撃をくらうことになるが、試してもらってもいいか?」

「承知しました。そのくらい大丈夫ですよ」


 すまないな。敵はスライムだ。ゴブリンほど危険はない。

 犠牲の盾は常にずっと発動し続けているのか、それとも自分で任意に発動の切り替えができるのか。

 一度、弱い魔物で試したかった。


 効果を理解していなかった頃は、切り替えることはできなかった。

 ただ、今は自分の中で切り替えられるような感覚がある。


 ルナに視線を向け、スキルを切り替える。

 ……たぶん、これで、できたはずだ。

 スライムがのそのそと迫ってくる。


「ルナ、頼む」

「それでは、試してみますね」


 ルナがスライムに近づく。スライムはルナを敵と判断したようで、その体から液体を放つ。

 矢のように抜けた一撃が、ルナの体を掠める。

 ……俺に痛みはない。体力も減っていない。


「次は、犠牲の盾を発動する」

「承知しました」


 そういってからルナがもう一度攻撃を受ける。

 今度は俺のほうにちくりとした痛みが襲いかかる。

 ……なるほどな。


「ありがとう。やっぱり、発動の切り替えができるようだ」


 これがあれば、例えば俺の回復が間に合わないときは、一時的に解除することも可能だ。

 検証はすんだので、実験に付き合ってくれたスライムに恩を返す。


 魔石を回収したところで、ミレナが大きく伸びをした。


「たまにこうして魔物狩りするってのはいい気分転換になるよね」


 気分転換?

 基本能天気な彼女が珍しい。

 ミレナも、町に冒険者が増えて色々あったのかもしれない。


「何かあったのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどね。最近はお店が忙しくて……ね」


 ふう、と彼女は息を吐きだす。

 確かに、レイジルさんの店は、町で一つしかないこともあってか、冒険者が訪れている。


「レイジルさんの武器はどれもなかなかだからな」


 大きな町と比較して安く買えるのなら、それを求める人もいるだろう。


「うん……それと、わたしのアクセサリーとかも結構売れてる、んだよね」


 照れた様子で、彼女は桃色の髪を指に絡めた。


「へぇ、そうなのか。よかったじゃないか」


 アクセサリーとは冒険者を補助する道具だ。

 その人専用に作る必要があり、所持者の魔力に反応して、効果を発揮する。


 アクセサリーの効果は決して高くはないが、だが何も持たないのとは比較にならない。

 そんなアクセサリーをミレナは作っていて、レイジルさんの店に並べていた。


 また複数は所持できない。持っていると、お互いのアクセサリーが影響しあってしまい、本来の効果が発揮できなくなってしまう。


 俺も一つ、ミレナに作ってもらったものを持っている。


「うん、嬉しい、かな。けど……今まで趣味で作ってたものが評価されるのって、なんだか複雑でね。こんなの売っていいのかなって」


 ……確かに、そういう気持ちも少しわかる。


「でも、相手はお金を払うんだ。必要じゃないものをわざわざ買いはしないだろう」

「……うん。だから、これからは、もっと……その。ほんきで。やってみようかなって」


 ミレナは髪の先をいじりながら、頬をわずかに染める。


「な、なんか言ってよ。わたしには似合わないーとかさ」

「なんでだよ」

「そ、そりゃーわたしって適当な人間だし……。こういうのってわたしの性格と違くない?」

「そんなことない。頑張っている奴を馬鹿になんてしないって。自分のやりたいこと、やってみたらいいじゃないか」

「けど、さ。ほら、人生において貴重な選択じゃない? 失敗しちゃったら、大変だし」

「ダメだったら、そのときなんじゃないか? あとのこと、考えてたら何もできないよ」


 先を考えて心配になるのはわかる。

 ミレナはそっぽ向いていた顔をこちらに向けてきて、


「そ、それじゃあ……。もしも、ダメだったら、そのとき、一緒にいてくれる?」


 上目遣いでそんなことを言ってきやがった。

 思わずむせてしまいそうになったが、ミレナはにこーっと無邪気に笑った。


「そんなに焦らなくていいじゃん。ルードは恥ずかしがり屋だねー」

「……そういうのは苦手なんだ」


 ミレナはあはは、と言って立ち上がる。

 そろそろ、町に戻るか。


 その途中で、また魔物がやってくる。ゴブリンだ。


「よ、よしっ! ルード、魔物が出てきたよ、戦うよ!」

「あ、ああ」


 俺は頬の熱を抑えるように、息を吐く。

 それから、剣を掴みなおして、ゴブリンへと向かった。





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