自分のスキルの効果を知る
ホムンクルス技術は、迷宮で発見されたものだ。
ホムンクルスを簡単に表すのなら、人間そっくりの言うことを聞く人形、というのが一番近い。
ホムンクルスの特徴は、胸元にわかりやすく魔石がはめ込まれている。
服を着ていたら人間とは見分けがつかない。
まあ、無表情だから、わかるんだけどな。
ホムンクルスを抱え、街の外であるフィールドを歩いていく。
アバンシアまであと少し。
そんなとき、少女の鼻がひくひくと動いた。
目が開く。俺と見つめあう。
驚いたように目を見開いた。
妙だな。こんな感情豊かなホムンクルスは初めてだ。
俺の胸元を突き飛ばすようにして、彼女は着地する。
そうして、魔法の準備を始めた。
――これは明らかな異常だ。
ホムンクルスには、戦闘能力は与えないとされている。
それは、万が一ホムンクルスが人間に反抗したとき、面倒な事態が起きるからだ。
このホムンクルスは普通じゃない。
違法ホムンクルスか?
隣国で研究されている、とかそんな噂話のようなものなら聞いた事がある。
それがまさか、この子だろうか。
「わ、私を連れてどうするつもりですか? 廃棄、するのですか?」
「……廃棄? 違う。俺はただ――」
「嫌です。私は捨てられたくありません」
そう言って女性は魔法を放ってきた。
火の鳥が迫ってくる。
俺はそれを大盾で防ぐ。
盾で防ぐと、すぐに女性が近づいてきた。
短剣だ。
攻撃を大盾で防ぐが、さすがに小回りの利く武器相手にやりあうのは厳しい。
思い切り女性の体を押しのけ、その手首をつかみあげる。
大盾を放り捨て、彼女の体を押し倒す。
それから、すぐに体を解放する。両手をあげ、戦う意思がないことを示す。
「落ち着け。俺はおまえをどうにかするつもりはない」
「……どういうことですか」
「おまえが気を失ってしまったから、とりあえず保護させてもらっただけだ。どこかに行きたいのなら行ってくれればいい」
服についた汚れを払いながら大盾を背負いなおす。
「ま、待ってください!」
声が響く。
彼女は胸元で手を握っている。
その瞳は不安そうに揺れている。
「私……どうすればいいのかわからないんです」
「わからない?」
「はい。私はホムンクルスです。……今まで命令されて生きてきました。だから、どうすればいいのかわからないんです」
「……どうして、ホワイトタイガーに追われていたんだ?」
「私は……廃棄されました。ただ、運よく生き残って……その廃棄場から逃げ出して……山の中を歩いていたら、あの魔物に襲われてしまいました。これから、どうすれば良いのでしょうか」
頭をかくしかない。
俺も、昔どうやって生きればいいかわからないときがあった。
ホムンクルスを見ていると、過去の自分を見ているようだった。
……助けてやりたいと思った。
「なら、冒険者になるか?」
「え?」
「おまえは戦う能力があるようだ。それに、ホムンクルスらしさもない。その胸の魔石さえ隠せば、おまえは人として生きていけるだろうしな」
とっさの思いつきではあるが、いい案じゃないだろうか。
自分の冴えた思考に一人、満足しておく。
「……ぼうけんしゃ、ですか?」
「ああ。迷宮に潜ったり、ギルドで依頼を受けたりして生活費を稼ぐ連中のことだ。地方で細々と生きていくなら、出自も別に問われることもないしな。自由に生きていけるはずだ」
と、いってもいまいちピンとは来ていないようだ。
下手したら冒険者がわからないのかもしれない。
冒険者って……なんだ? 一切知識のない人に、それを説明するのはなかなか至難だ。
「ですが、私には人の能力を鑑定することくらいしかできません」
「……人の能力の鑑定?」
「はい。その方が持っているスキルとその効果を調べることだけです」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は驚いて止める。
それは――鑑定『くらい』じゃない!
鑑定はSSRスキルと呼ばれている、最高のスキルだぞ!
この世界の人たちは、スキルを持って生まれてくる。
スキルには、レアリティがあり、N、R、SR、SSRの四つに分かれている。
鑑定スキルは、最高レアリティのスキルだ。
その効果は、他者のスキルを完璧に把握できるというものだ。
俺たちの時代に初めて発見されたSSRスキル……しかし、そのスキル所有者は一年ほど前に死んでしまったと聞く。
……なぜ、この子が鑑定スキルを持っているのだろうか。
それはひとまずおいておき、俺は彼女に近寄り、両手を合わせる。
「頼む。俺のスキルを鑑定してくれないか?」
「わかりました」
「い、いいのか?」
「……それは私の仕事でしたから」
そんなあっさりと受けてくれるとは思っていなかった。
鑑定師による鑑定は、何年も先まで予約があり、おまけに莫大な金がかかる。
俺たち人間は、スキルを自覚できる。
だが、効果や使い方はわからない。国の書庫で、自分のスキル名と過去のスキルを照らし合わせて調べる必要がある。
それだって、同じスキル名でも人によって多少効果が変わる。
俺は、二つ、使い方の分からないスキルを持っていた。
それも、二つともSSRスキルだ。
SSRスキルと認定されるもっとも大事な要素は希少性だ。
どれだけ弱い能力でも、世界に一つしかなければそれはSSRスキルになる。
もちろん、ニンが持つ『聖女の加護』のような強力なスキルもSSRではあるんだがな。
俺は歴史上誰も持っていないスキルを二つ、持っていた。
ただ……使い方も、効果もわからなかった。
「スキルを確認するには、手を握る必要があります。よろしいでしょうか」
「あ、ああ」
改めて言われるとちょっと照れる。
これが妹だったら、嬉しすぎて気持ち悪い笑みを浮かべていたかもしれない。
赤の他人でよかった。
「スキルは四つです。『挑発』、敵の注意を極限まで引き付ける能力を持っています」
「それは、知っている。ただ、極限か……」
これはRスキルだ。
たぶん、俺の能力は他の『挑発』よりもいいんじゃないだろうか? 前向きに考えていこう。
「次は『健康体』です。状態異常にかからなくなり、さらに体が極限まで頑丈になります」
「……なるほどな。確かに、一度もやられたことはないな」
このスキルもRだ。かなり便利だとは思うけどな。
「次は生命変換です。今までに食らった体力のダメージを力に変換することができます」
……俺は普通の人よりも受けるダメージが多い。
もしかしたら、このスキルが関係しているのでは? と考えていたが、違ったか。
ただ、これは攻撃スキルだったのか。……今まで使ったことないぞ。
「最後は、『犠牲の盾』ですね。これは、あなたが仲間だと思った者のダメージを肩代わりするというものです。あなたがその仲間をかばっている間、その仲間の強化とあなた自身の頑丈さが強化されるようです」
「……他人のダメージの肩代わり?」
「はい。何か、問題でもありましたか?」
「……いや」
ということは、今までキグラスたちがノーダメージだったのは、俺が肩代わりしていたからか。
あの野郎。『オレは攻撃なんざ食らったことはねぇ。全部よけきっている』とかなんとか言ってたこともあったな……。
俺が受けてたんじゃないか!
外皮がダメージを負えば、多少の痛みがある。
気づかぬうちに、体の節々が痛んだことがあった。
あれは筋肉痛とかではなく、他の仲間が受けたダメージを肩代わりしていたのか。
改めて思うが、つくづく俺はタンクが向いていたようだ。
体力9999は伊達じゃなかったんだな。
これを伝えれば、勇者パーティーに戻れるかもしれない。
……いや、けど戻る必要はないよな。
このスキルがあるのなら、俺は俺が信頼できる仲間を集めて、迷宮攻略をしていけばいい。
「これでよろしかったでしょうか?」
「ああ、ありがとな。……長年の疑問が解消されたよ」
「……」
女性は驚いたようにこちらを見ていた。
「どうしたんだ?」
「いえ……感謝されたのは初めてでしたので。……嬉しいですね」
胸元で手をあて、はにかんだ。
確かに、ホムンクルスに感謝を言う人はあまりいないな。
「とにかくだ。話をそらしていた俺がいうのもあれだが……話を戻すぞ。おまえがこれから、どうやって生きていくのか。生き方が見つかるまでは、俺もおまえに協力する。さっきのお礼もあるしな」
「……わかりました。ありがとうございます」
「俺はルードだ。よろしくな」
「私はホムンクルスと申します。マスター、これから、よろしくお願いします。……私には、名前がありません」
「……そうか」
ホムンクルスに名前をつける者は少ない。
例えば、番号で呼ばれたり、型番で呼ばれたり。
だが、人間として生きていくのなら名前は必要だ。
そんなとき、女性の服に花びらがついているのが見えた。
ルナフィアの花だ。
妹が好きな花だ。
その昔、妹がこの花を摘んできて誕生日にくれたのは今でも覚えている。あれは本当に嬉しかった。
栞にして、今も机の引き出しにしまってある。
「ルナというのはどうだ?」
「ルナ、ですか?」
「ああ」
「ルナ……ルナ……はい。私はこれからルナとして生きていきます」
人のように笑うんだな。
前にみたホムンクルスはもっと、無表情だったからやっぱり慣れない。
でも、可愛らしいしこっちのほうが接していて楽しい。
「どうかされましたかマスター」
「いや……というかマスターはやめてくれないか」
「いえ、こればかりは譲れません。マスターは私の命の恩人です。ですから敬意をもって接させていただきます」
……頑固なところもあるんだな。
ホムンクルスらしくない。けど、それは悪いことじゃない。
アバンシアを目指し、俺たちは歩いていった。