息抜き 1
領主から正式に冒険者の街へと向かう依頼が届いた。
事前に何人で向かうか、また旅でかかった経費の精算についての説明など、文字がずらりと並んでいる。
それほど読書は得意ではないが、シサンティさんがまとめたであろう文章は、わかりやすいものとなっていた。
それを上から下まで読んでから、俺は必要な場所に書き込んでいく。
ついでに、以前の会議でクランリーダーになることを否定したお詫びと、やっぱりクランを造りたいというわがままな文章を添えておいた。
リビングで書いていたからか、ルナが興味深そうにのぞき込んできていた。
「マスター、この文字はなんと読むのですか」
「……ああ、それは――」
ルナは読めない文字が時々ある程度で、それなりに読めていた。
口に出して、上から文章を読み上げていくと、ルナが少しだけ楽しそうに笑った。
「マスター、いつ頃向かうのですか?」
「近いうちにな。ちょっと、この町でやっておきたいこともある」
迷宮のほうも、出発前に少し手をつけておきたい。
ルナはこくこくと頷いて、キッチンのほうに向かった。
そろそろ朝食の時間か。
部屋から出てきたマニシアは、ルナの背中をちらと見ながら、俺の隣に腰かける。
「兄さん、少しいいですか?」
「なんだ」
「さっき、少し話が聞こえましたが、冒険者の街へ行くんですよね?」
「ああ。クランについて、聞きたいことがあるからな」
有名なクランリーダーから話を聞き、クランの運営やクランリーダーとしてのふるまいなどを聞きたい。
「それなんですが、ルナさんも連れて行ってあげられませんか?」
「ルナを……? 大丈夫だとは思うが。マニシアは大丈夫か?」
「何言っているんですか。兄さんがいないとき、今まで一人で生活していたんですよ?」
……そりゃあ確かにそうだ。
毎日、町の誰かしらが様子を確認に来ていたと思うが、基本的には一人だ。
昔よりも調子がよくなった今、マニシアが一人で生活できないはずがなかった。
それに、最近忙しくなったとはいえ、ニンもいるしな。
「ルナさんは、色々と悩んでいます。時々、私にも聞いてくるんです。冒険者の街にいけば、もしかしたら何か変わるかもしれませんよ?」
「……そうかもしれないがな。冒険者の街には、普通のホムンクルスがたくさんいる。……その子たちを見れば、何か思うことがあるかもしれないぞ」
この町なら、そういう現実を知らなくてもすむ。
様々な使い方をされている自分と同じ……種族のようなものたち。
それを見れば、彼女が傷つくかもしれない。
「そうかもしれませんが……それを含めて、一度この町以外の人を見てくるのは必要なことではありませんか?」
「……」
悩ましいところだ。
けれど、先ほどのルナの様子を思い出す。
……そうだな。
良い悪い以前に、知らなければいけないことが多い。
冒険者のこと、ホムンクルスのこと。
その二つを知ってもらうためにも、彼女とともに冒険者の街に行ってみるのは一つの選択だろう。
「ルナ」
「マスター、なんでしょうか」
キッチンに体を向けたまま、首だけをこちらに傾ける。
「一緒に、冒険者の街に行ってみないか?」
聞いた瞬間、ルナの目が見開かれる。
「……よろしいのでしょうか?」
「ああ。ルナが冒険者を知るのにいい機会だ」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をした後、彼女はにこやかにはにかんだ。
それから、料理へと戻る彼女は、いつもよりも嬉しそうだった。
〇
日程については、近いうち、となっている。
ただ、そちらに行く前に、守護者の頼みもどうにかしないといけない。
守護者が言っていた迷宮の改良――。
俺がいない間に、少しでも良いものにしておき、その効果のほどを確かめたい。
とりあえず、すぐに試せるのは魔鉱石と薬草、町近くの魔物の素材回収くらいか。
これらの場所はわかっている。
魔鉱石は何度かレイジルさんの頼みで取りに行ったことがある。
薬草も、少し方角は変わるが、一緒に持ってこれる。
だからそれらを取りに向かう。
そのメンバーにあまり人を割くわけにもいかなかったが、予定を合わせてメンバーを集めた。
俺、ルナ、ニン、ミレナの四人だ。
フィールにも来てもらいたかったが、彼女は今忙しい。
さすがに、俺とフィール二人が町から離れるのはまずい、というわけで四人になった。
ミレナが「うーん」と大きく伸びをする。
「久しぶりだなあ、外に出るのは。あっ、ニン様とルナちゃん、今日は一日よろしくね」
「はい、よろしくお願いしますミレナ様」
「ええ、よろしくね。別に、様づけはいいわよ?」
「え、ほんと? それじゃあ、ニンだね、よろしくね!」
ミレナがひらひらと手を振る。そんな彼女の背中には弓が用意されている。
彼女が主に使う武器だ。
一応短剣も持っているが、それほど近接戦闘は得意ではない。
門入口で集合した俺たちは、門を守る自警団に見送られるようにして、出発する。
パーティーは通常タンクが先頭を歩いていくのだが、アバンシアの町周辺で気にするようなものじゃない。
「今日の目的って、鉱石、薬草……あとはすこしの魔物退治でいいんだっけ?」
俺の隣に並んだミレナが、顔を覗きこんできた。
「ああ。そのために、今日はルナにリュックサックを持ってきてもらったんだからな」
ルナは嬉しそうにリュックを担ぎあげ、少し誇らしげに鼻を鳴らす。
「あれって、魔道具の?」
「ああ。自警団で管理しているものを一つ借りてきた」
「あっ、そういえば一つだけ契約してたね」
魔道具とは人の生活を便利にする、魔法式の道具たちだ。
例えば、今時どの家にもある魔冷庫なんかもそうだ。
そして、今ルナが持っているものは、マジックバッグ、と呼ばれている。
マジックバッグは、中の空間をゆがめ、本来のサイズよりも多くものを入れることができる道具だ。
その製造は極めて単純だ。
空間制御スキルを持っている人が、自分の魔力を消費することで、製造できる。
つまり、俺たち冒険者は、このマジックバッグを、空間制御スキルを持っている人に作ってもらい、その人に魔力を供給し続けてもらうことで、維持ができている。
だから、この世界でもっとも楽に生活ができるのは、空間制御スキル持ちの人ともいわれている。
その性能次第では、常に一定の収入を得られるからな。
ただ、やはりスキルゆえの性能差がある。
俺が腰につけているマジックバッグは、本来の空間の6倍程度まで入る。
俺はポーションしか入れていないが、常に50本入っている。もともとは、8本……むりやり9本しか入らないためだいたい6倍だ。
現在流通しているのは10倍程度が最高だったはずだ。
俺もそれが欲しかったが、さすがにそれと契約するだけの金を毎月は出せない。
俺が今持っているのも月に4万はかかるからな……。これにポーション代も必要だから、正直いって結構苦しいものがある。
それでも、親しい相手だからこそ、本来よりも安く契約できている。
ただ、このマジックバッグはどれも小さなカバンであることがほとんどだ。
というのも、大きいサイズだとそれだけ魔力の消費が多くなり、制御も難しくなる。
何より、戦闘するうえで、あまり大きなカバンをもちたい人もいないため、需要は少ない。
それでも、町単位でこうして管理していることはある。
目的だった薬草がはえている地域にまできて、採取を行っていく。
薬草には、様々な名前があるが、俺たち冒険者は下級、中級、上級程度でしかわけていない。
良いポーションを作るには、それだけ魔力を多く含んだ薬草が必要だ。
魔力が多い地域というのは、必然的に魔物も凶暴化しているため、まあこういう場所ではなかなか珍しい薬草はない。
むしろ、そんな薬草を見つけてしまったのなら、魔力の質が変化しているということでもあって、警戒する必要がある。
未知のエリアにいくのなら、まずは薬草を探し出せ、というくらいには、薬草は大事だ。
まあ、迷宮にはあてはまらないんだけど。
そんなことをルナに説明すると、彼女は感心した様子で何度も頷いている。
「さて薬草はこんなところだな。魔鉱石は……」
「そっちはわたしの出番だね」
「頼む」
ミレナは魔鉱石を見つけ出すスキルを持っている。
魔鉱石は、土の中に埋まっていることが多く、土を掘り返して見つけなければならない。
よく採掘される地域なら、闇雲に掘っても結構手に入るらしいが、この辺りだとなかなか難しい。
魔鉱石も薬草と同じで、魔力が濃い地域ほど、上質なものができる。
今時、武器を作るのに普通の鉄などは使われない。
すべて魔鉱石だ。
そうでなければ、魔物の体を傷つける武器は作れないからな。
ミレナが示した場所を掘り返していき、魔鉱石を集めていく。
「うーん、どれもF級の魔鉱石ばっかりだね」
「まあ、仕方ないだろ。それに、これだって燃料には使えるんだろ」
これでも、迷宮で量産できるようになれば、全然違うしな。
「そうだね。あっ、あっちにはもうちょっといいものがありそう。ルードお願いね」
俺が土を掘り返し、ニンとルナは草を集めていく。
素材はすべてルナのカバンに入れていく。
「ルナ、大丈夫か。重たくないか?」
マジックバッグの最大の欠点は、軽減こそされているが少しずつ重量が増していくことだ。
性能差があるが、通常の十分の一程度まで軽減されるとはいえ、さすがに重くなってきているかもしれない。
帰りは俺が運んでもいいのだが、ルナは背負いなおして笑みを浮かべた。
「まだ大丈夫です。私は、魔力を用いてある程度の肉体強化が行えますから」
それもホムンクルスの特徴なのだろうか。
そんなことを考えていると、魔物を発見する。
ゴブリン……それも群れだ。
まだ気づかれていないようで、俺たちは大岩に隠れた。
「帰りに襲われても面倒だ。それに魔物の魔石も欲しかったし、戦ってみるか」
「そうだね。わたしも久しぶりに戦うし、わくわくするよ」
「……頼むぞ」
ミレナが弓を取り出して構える。
……彼女ははっきりいってへたくそだ。
心配はあるが、今更だ。信じて任せるしかない。