人々の意見 下
俺はギギ婆とともに、先ほど訪れた家へと向かう。
まだ、部屋にはバックル爺さんたちがいた。
バックル爺さんは俺の後ろに控えていたギギ婆を見て、顔を顰めた。
「……ルード、どうしたんだ」
「さっきの話について、俺の意見を話したいと思いました」
「……わかった」
視線が一斉に集まる。
総勢十名を見て、俺は小さく息を吐く。
ギギ婆も隅のほうで、こちらを見守ってくれていた。
中途半端な言葉はいらない。
これからの発言は、すべて皆にとっては聞きたくないものだろう。
他人の期待を裏切る答えを伝えなければならない。
苦しいが、仕方ない。
俺は俺のやりたいことをやらせてもらう。
「みんなはこの町が発展していってほしくない、と言っていましたね」
「……ああ、そうだ。町は前のままで安定していたんだ。それが、迷宮の出現からどんどん荒れてきてしまっているだろ。ルードだって、毎日、大変だし、それは自警団の人たちもだ。全部をなくすのは無理だと思う。だけど、冒険者を受け入れるような場所を造らなければ、今よりも悪化することはないはずだ」
「それでは、終わりじゃないと思います。この町が長い期間、ずっと抱えていた根本的な問題は、解決しません」
俺はバックル爺さんの目を見ながら、言い切る。
彼は口をぎゅっと結んだ。
「町の問題、か?」
「はい。これから未来――この町はずっと、残っていくと思いますか?」
「……それはなんだ?」
「バックルさんもわかっていますよね。この町は、緩やかに衰退していっているということです」
「……」
俺の言葉に、彼らは顔を見合わせ、バツが悪そうに顔を顰めた。
事実として、認識している問題でもあったのだろう。
皆の顔はバックル爺さんに向き、そして彼は小さく息を吐いた。
「それで、ルードはこれからどうしていきたいんだ?」
「まず、この町が抱える最大の問題は……人がどんどん減っていってしまっていることです。若い子、特に男の子たちは大きな町に出て行ってしまっています」
「……」
バックル爺さんは小さく息を吐いた。
それは、バックル爺さんにとって一番身近なことだろう。
彼の子もまた、冒険者になるといって町を飛び出していったらしい。
それはもう十何年も前の話だ。
彼の息子は恐らく三十、四十代できっとどこかで幸せに暮らしているだろう。
「俺は……この町を今以上に魅力ある町にしたいです。この町が持つ、静かで穏やかな雰囲気を大切にしながら、けど、人が訪れたくなるような……そんな町になってほしいと思います」
あくまでこれは、俺の個人的な意見だ。
市民の代表者としてではなく、俺としての意見。
バックル爺さんは目を一度閉じ、それからかっと見開いた。
「ならおまえは、これからこの町を守っていけるのか?」
「それは――」
バックル爺さんは、その質問をずっと用意していたのだろう。
一番奥に座る彼は、少しだけ笑みを浮かべていた。
他の老人たちから、見えていないその場所で。
彼も頼られる立場で、色々と抱えているのだろう。
「守っていきます」
「どうやってだ? 現状、この町では毎日いろいろな問題が起きてる。ルード一人じゃ、結局どうしようもないだろ」
「わかってます。俺一人じゃ、守り切れません。だから、協力者を増やします。冒険者をまとめあげる力のあるクランを作り、そのリーダーとして、町を守っていきます」
一人で守ることなんて、そう簡単なことではない。
俺がそういったとき、彼はふっと柔らかく微笑んだ。
「そうか。わかっているならいいんだ」
それから彼は他の人たちに顔を向ける。
「みんな、ルードの考えはこうだ。町を思っていて、これから先の若い世代のことを考えている。みんなだって、子や、孫と一緒に暮らしたいだろ? 魅力のない町になっちまったら、それだってできなくなる」
バックル爺さんの言葉に、皆はゆっくりと頷く。
「ルードが……町を守っていってくれるっていうなら」
「……確かにねぇ。あたしらなんて、あと生きて十年ってところだしねぇ」
「……そうだね。子たちが、この町で将来もずっと幸せに生きていけるっていうのなら」
皆、バックル爺さんの言葉に頷いてくれている。
それから、皆は頭を下げてきた。
「ごめんね、ルードちゃん。あたしたちも別にルードちゃんが嫌いなわけじゃないのよ。ただ、やっぱり不安がたくさんあってね」
「わかっています。俺も、頑張りますから」
「うん……ルードがそういってくれるなら、ルードに任せよう」
「……ありがとうございます」
よかった……納得してもらえて。
それに、皆の貴重な意見を聞くことができた。
「そんじゃ、この辺りで老人共の会議は終わりにするかね。オレは迷惑かけちまった分、ルードに謝らないといけねぇ。家まで送っていくからな」
バックル爺さんが立ち上がり、俺の肩を掴んでくる。
そうして、家の外まで一緒に出る。
バックル爺さんの手はあいかわらずごつごつとしていて、未だに鍛えているのだとわかる。
ギギ婆も遅れて外にやってきた。
俺の家がある方へと、歩き出す。
気づけば、夕方になっている。
「悪いな。みんなは別におまえを嫌いで、ああいっているわけじゃねぇんだ。わかってくれ」
「……はい、大丈夫です」
バックル爺さんは笑みを深めた。
「オレはな、おまえが本当に町を守りきってくれるって、思ってる。フィールもおまえもなかなかにやるけど、まだまだちょっと頼りねぇ。これからはおまえたちが何とかしていかないといけねぇ。時には、人に嫌われる決断を出す必要があるときもある。今回みたいにな」
「……はい」
親しい相手の期待を裏切るような発言は、苦しいものがあった。
さっきのやり取りで、俺を嫌いになった人もいるかもしれない。
……悲しいけど、仕方ない。
人なんだから、意見がぶつかることもある。
「まあ、気にするなよ」
バックル爺さんはそう不器用に笑った。
そうしていると、ギギ婆がとんとバックル爺さんの背中を叩いた。
からかうように笑みを浮かべている。
「ルード。バックルも色々難しい立場なんだ。さっきみたいに厳しい口調で言っていたのも、本心じゃないんだよ」
「おいババア黙れ」
バックル爺さんの頬が赤くなる。
「うるさいよジジイ。若い時のこともあってみんなに慕われているからこそ、こういうとき難しいんだ。一番、みんなにいい顔してるのはこいつなんだからね」
「それ以上余計なこと言うんじゃねぇ。その皺がなくなるくらいに引っ張るぞ」
バックル爺さんが腕を伸ばすが、ひらりとギギ婆は軽快にかわす。
「ああやってリーダーぶってね。ルードと似たような立場で、一番不安なんだよ」
ギギ婆がからかうように言う。
その愛嬌のある笑顔に、若い頃もきっとこうしてからかっていたんだろうな、と思う。
「おい、ババア! それ以上余計なこと言うんじゃねぇぞ! ルード! さっきのは忘れろ!」
「……はい。しっかり、覚えておきます」
「くそっ、オレはもう帰るからな!」
バックル爺さんは少しだけ恥ずかしそうな様子で、背中を向けた。
別に……俺だって、バックル爺さんが色々と思って言ってくれていることくらいはわかっている。
途中で見せた笑顔も、俺の尻を叩くためだったんだろう。
俺はギギ婆とともに家へと歩いていく。
と、途中で彼女は別の道を見て足を止める。
「おまえさんを見ていたら、昔を思い出しちまったよ」
「昔、ですか?」
「ああ。私はね、昔もっとおおきな町の薬屋で仕事していたんだ。それで、ある冒険者と出会って、その冒険者の故郷がこの町だっていうからね。一緒にこうして、この町に住み着いたってわけだよ。あいつもなんかこう……おまえさんみたいに変にこう、人を引っ張る力を持っててね」
その冒険者は、もう亡くなっている夫のことだろう。
たまに、彼女が寂しそうに昔のことを聞かせてくれたものだ。
「あーあ。あいつに騙されてなかったら、きっと今頃あたしは貴族と結婚でもして、毎日のんびり生きていたと思うよ」
「……そう、ですか」
「けど、まあ、ルードとマニシアと出会えたことだけは、あいつが残した唯一の功績かもね」
そういってギギ婆は別の道へと歩いていく。
「私はちょっと、用事ができたからここまでだね。ルード、頑張りなよ」
「はい」
そういって彼女は町の墓地へと向かっていった。
俺はギギ婆の背中を見送ってから、自分の家へと戻る。
……これから、色々とやらないといけないな。
自宅に入ると、いい匂いが玄関まで届いてきた。
「ルナ、こっちの料理できたわ。そっちはどう?」
「はい。こちらも大丈夫です」
「あっ、私お皿並べますね。兄さんが帰ってきた匂いがしますので」
「りょーかーい……匂い?」
「あっ、マスター。お帰りなさいませ。これから夕飯ですよ」
三人が振り返る。それぞれ、色や模様の違うエプロンをかけていた。
「兄さん、お帰りなさい」
「ルード、遅かったじゃない。巡回してたの? それにしても、長かったわね」
「マスター、夕食はシチューですよ」
三人が明るい笑顔でこちらを見てくる。
……この平和な生活を守るためにも、これから頑張らないとな。




