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人々の意見 上


 外に出ると蒸し暑かった。

 肌をなでる風は、もちろん熱風で、顔を顰めるしかない。


 俺は大盾を背負いなおすが、それも蒸れて今は外したい気持ちにかられる。


 ここ最近、俺が毎日やっている仕事は町の巡回だ。

 自警団とは関係ない日でも、とりあえず町を見て回っている。


 小さないざこざは絶え間なく起きるからな。

 市民たちの不満を少しでも改善するためには、実際に歩いて、話を聞いていくしかない。


「あっ、ルードさん、ちっす!」

「ああ」

「ルードさん、今日も見回りっすか?」

「……そうだな。おまえたちはこれから迷宮か?」

「ええ、まあ。フィルドザウルスが需要があるうちに、稼いでおかないとっすからね」


 今のところ、Cランク冒険者たちの間では、そこそこいい稼ぎになっている。

 近くの町で、フィルドザウルスが出現するような場所はないからな。


 冒険者たちが離れないようにしないとだ。

 そして、新しい冒険者も取りこむ。


 町の規模を考えれば、すぐには難しいかもしれないが、新しい宿も用意している。

 店員が足りず、宿として使えないのなら、共同住宅という形で貸し出してもいい。


 この町を拠点にしてくれる冒険者が増えることを祈るばかりだ。

 建設中の建物や、町の規模を大きくするための外壁の工事。


 ……少しずつだけど、町は変わってきている。

 寂しいような、けどやっぱり嬉しい気持ちのほうが大きかった。


「おまえ! そいつはおかしいだろ!?」

「ああ!? 文句あるか!?」


 冒険者同士の喧嘩だ。

 ため息を吐き、すぐにそちらへと向かう。


 俺に気づいた彼らは、バツの悪そうな顔になる。

 シサンティさんが、俺の名前はこの町でそれなりの力を持っていると言ってくれたが、確かにそうなりつつあるようだ。


 二人に事情を聞き、俺はため息をついた。


「朝食に米かパンかなんて、どっちでもいいだろ……」

「……す、すいやせん。ちょっとかっときちまって……」


 最近はこのくらいの問題ばかりだ。


 町の子どもがいなかったからいいが、くだらない喧嘩でも大人同士の言い合いを見ると怯えてしまう。

 そうならないように、巡回は毎日欠かさずやらないとダメだな。


 次の場所に回ろうか。

 そう思って振り返った時、親しい老婆が近くにいた。


「ねぇ、ルードや」


 土弄りが趣味でよく野菜などを分けてくれる人だ。

 すっかり曲がってしまった腰に手をあて、笑みを浮かべていた。


「どうしましたか?」

「ちょっと、うちにきてくれない? 町のことで話がしたいんだけど……」


 普段と調子の違う声。

 少し目には力がこもっている。


 ……何かここでは話しにくいことなのかもしれない。

 大きな問題でなければいいが。


「わかりました」


 老婆はほっとした様子で笑みを浮かべる。

 彼女の家まで歩いていく。


 老婆の家に入ると、何やら騒がしい話し声が聞こえた。

 中まで歩いていくと、そこには老人たちがずらりと並んでいた。


 皆、知っている顔だ。

 その奥――かつて、自警団でサブリーダーを務めていたバックル爺さんが、腕を組み、厳しい目つきとともにこちらを見ていた。


 彼だけではない。

 他の人たちも、険しい顔だ。


 普段は優しい人たちだ。

 畑でとれた野菜をくれたり、俺がいないときにマニシアの様子を見に来てくれる人たちだ。


 それを知っているからこそ、困惑してしまう。

 努めて表情を緩めながら、首をかしげる。


「どうしましたか?」

「ルード。おまえに折り入って頼みがあるんだ」


 バックル爺さんの威圧的な声に、身が縮まりそうだ。

 今も毎日畑仕事をしているからか、その体はまだまだ引き締まっている。


「頼み、ですか」

「回りくどい話はなしだ。わしらはな、この町の発展に反対だ。前のように、静かに暮らしたいと思っている」


 予想外の話に、目を見開いてしまう。 

 俺が全員を見ると、皆顔を俯かせがちにして、頷いている。


 ……町の人たちとは一度この話をしている。

 そのときはみんな、町の発展に同意してくれたんだ。


「ごめんね、ルード。やっぱり、これだけ毎日問題が起こっていると……」

「私たちは、ただ静かに暮らしたいんだよ」


 もちろん、まったく反対意見がないわけではないとわかっていた。

 けど、きっと町の人たちも理解してくれる、と思っていた。


 町に人が集まれば、生活が便利に、豊かになっていく。

 商人の出入りが激しくなれば、これまで手に入らなかったものもたくさん手に入る。


 バックル爺さんは彼らの意見をまとめるように、頷いた。


「そういうわけだ。わしらは静かに暮らしたいんだ」

「おまえだってそうだろ? マニシアちゃんのためを思ってこの町に来たんだろ?」


 バックル爺さんの言葉にのるように、他の人が言ってくる。

 それは確かにそうだ。


 静かな町も好きだ。けど、このまま何も変化がなければ町はどんどん廃れていってしまうだろう。


 そうして、人が住まなくなり、魔物の住処になった場所を見たこともある。


「……そう、ですね」

「悪いことはいわん。町が発展したってロクなことにはならないんだ。犯罪は増えるだろうさ。今までは家の鍵なんてかけてなくても何も起きやしなかったけど、これからはそういうわけにはいかない。マニシアちゃんだって、おまえがいない間に何か起きないとも限らないんだ」


 バックル爺さんの言葉に俺は納得してしまう部分もあった。

 けれど、それは違う、と否定する俺もいる。


 正面切って違う、とは言えなかったが、それでも改善策がいくつか上がっている


「もうすぐ、騎士が配置されます。教会だって、いずれは完成します。……冒険者たちをまとめるクランだって、これから探す予定です」

「……けど、それでもどこかしらで問題は起こるんじゃないか?」

「くらんって……あれだろ? 冒険者たちの集まりだろ? ……また問題が増えるじゃないか?」


 ……そりゃあ、そうだけどさ。

 人が生活する以上、ゼロにするのは無理だ。

 けど――。


「ルード、もう一度考え直したほうがいい。フィールちゃんに話せば、きっと理解してくれるだろうさ」


 バックル爺さんは努めて優しい声音で言ってきた。

 ここにいる人たちにはいつもお世話になっていて……だからこそ、強く言えなかった。

 敵対したくない、と思ってしまった。


「他にも、反対する人たちはいるんですか?」

「ああ」


 これまで、言いづらかったのかもしれない。


 順調に進んでいたと思っていた。

 けど、それは……ただ見逃していただけなのかもしれない。


「……わかり、ました。いちど考えてみます」


 一礼のあとに、家を去る。

 夏に近づいた風が、とても冷たく感じた。



 〇



 しばらく、巡回をしていたが、どうしても身が入らなかった。

 冒険者同士の口喧嘩が耳に届くと、わずかではあったが苛立ちも覚えてしまう。


 ……ああ、くそ。

 今日はダメだ。


 一度家に戻って、マニシアの笑顔に癒されたほうがいいかもしれない。


「どうしたんだい、ルード。浮かない顔だね」


 家に向かって歩き出したところで、ギギ婆に声をかけられる。


「ギギ婆……」


 薬屋入口の花壇に水をやっていたギギ婆。

 いつの間にこんなところに来ていたのだろうか。


 だめだ、周りも見えていない。

 ギギ婆は俺のほうをみて、柔らかく微笑んだ。


「最近、毎日動いて疲れているんじゃない? ちょっと、店に寄っていきな」

「いや、その別に。大丈夫ですよ」

「いいから! 最近忙しくってゆっくり話せなかったからね。ほら、入った入った!」


 ギギ婆がこっちにやってきて背中を押してくる。

 ……そう強くおされると、こちらも断りにくい。


 俺は小さくうなずいて彼女の家へとあがる。

 店の奥に入り、椅子に座る。


「ほら、疲れをとるハーブティーだよ。熱いからね、気を付けてね」

「……はい」


 出されたそれを口へと運ぶ。

 胸がすーっと軽くなるような感じがした。

 相変わらずギギ婆のハーブティーはおいしいな。


「おいしいです、ありがとうございます」

「そうかい。それで、どうしたんだい?」


 ギギ婆が顔を覗き込んできた。

 ……表情に出ていただろうか。


 話すかどうか迷ってしまう。

 ギギ婆に言いつけた、みたいでなんだか男らしくない気もする。


 けれど、一人で考えても正直……どうすればいいかわからない。


「少し悩んでいました。町の発展について。いいこと、悪いこと……色々とあるんだなって思って」

「何かあったのかい?」

「えーと……まあ」


 ギギ婆が、「話して」と目を鋭くしてきたので、俺は仕方なくあったことを伝える。

 ギギ婆は、息を吐きながら背もたれに体を預けるように深く座った。


「そうかい。まったく、バックルの奴は……あたしがみんなに言ってきてやるよ」


 ぷんぷんといった様子でギギ婆が腕をまくる。


「……ギギ婆は反対じゃないんですか?」


 そう言うと、ギギ婆は意外そうに目を丸くして、それから皺を寄せて笑った。


「もちろんだよ。そりゃあね、どっちが正しいかはわからないよ。けど、それも全部含めて、決めるのはあたしらじゃない」

「……俺たち、ですか?」

「そ、あんたたちだ。これからもっと長い時間を過ごしていく若い奴が決めるんだ。その若いのが失敗したときのために、あたしらはいるんだ。大きなミスをしたって、次はきっとうまくいくよって、慰めるためにさ。何もできやしないけどね」


 冗談めかしてギギ婆は笑って、それから優しく微笑んだ。


「あたしは、ルードが自分のやりたいことをやっているのをみて、嬉しいよ。これでも、お前さんたち二人とは長い付き合いだからね。嫌かもしれないけど、孫みたいに思ってるよ」

「……嫌じゃないです。そう言ってもらって、嬉しいです。マニシアも、喜ぶと思います」


 ギギ婆が柔らかな笑みをこちらに向けてくれた。


「ルードがどうしたいか、それが大事なんじゃないかな」


 俺の気持ち……か。

 気づけば、俺は町に深くかかわっていた。


 流されて……という部分もあったと思う。

 だから、そこまでの決意はなかった。


「俺は……みんなの気持ちも大切にしたいです。だけど……このまま、町が消えていくのも見ていたくはありません。この町が好きですから。……この町でこれからもずっと生活していきたいです」

「そうかい。けどみんなにいい顔するだけじゃあ、ダメなときもあるんだからね。上に立つってことは、しっかりやらないといけないときもあるんだ。ルードは、町を守るのか、みんなの意見を守るのか……どうしたいんだい? あたしは、それを応援するよ」


 顔をあげ、ギギ婆の目をまっすぐに見る。


「町を守ります」

「そうかい。わかった。それじゃあ、さっそく言いに行こうかね」

「……ギギ婆、相談に乗ってくれてありがとうございます」

「いいんだよ。普段、おまえさんは気を張りすぎなんだ。あたしでよかったらなんでも聞くからね」


 彼女は嬉しそうにはにかむ。

 ……いつもお世話になってるな、この人には。






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