訪問者
こんこん、と扉がノックされる。
いったいこんな時間に誰だろうか。
現在時刻は午前四時ほど。
今日はマニシアが朝食を作ってくれるということで、いつもよりも三時間ほど早く起きてしまった俺は、椅子から立ち上がり、玄関へと向かう。
何か緊急の用事であれば、こんな風にはノックしないだろう。
僅かな警戒心を持ちながら、扉をゆっくりと開ける。
そこにいたのは、着物に身を包んだ一人の男だ。
色素の失った白い髪は、今日も自由に逆立っている。
「やあ、ルード。久しぶりだ。あれからなかなか会いに来てくれないから寂しかったぞ」
アバンシア果樹園迷宮の守護者が、すっとぼけたような笑顔とともに片手をあげていた。
〇
まだ皆が寝ている時間だ。
部屋にあげてやりたい気持ちもあったが、彼は見た目こそ人であるが守護者だ。
突然、この前のように変身されたら大変だ。
そんな彼をマニシアの近くにおくわけにいかないため、家の外で話すことにする。
今日はあいにくの雨だが、仕方ない。
後ろ手で玄関を閉めて、彼を見やる。
「どうしたんだいったい? ていうか、迷宮の外も普通に歩けるんだな……」
「そうだな。ただ、オレたちは日差しがかなり苦手でな。そういう日は絶対外には出たくない。それに、この町はあまり大っぴらと歩くのは避けたいもんだな。迷宮で何人か冒険者をヤってるからな」
「……そうなのか? まだ、迷宮内で死者がでたとは聞いていないが」
別に誰が死のうとも、こちらは関係ない。
自分で決めて、自分で挑んだんだからな。
「別にオレも殺しはしてない。基本的には、殺人は趣味じゃないんだ。例えば、オレに敗北した奴が次はさらに強くなって挑んでくれるかもしれない。そう考えるとワクワクしないか?」
「……いや、自分を殺しに来るのなら、まったくワクワクしないぞ。夜も眠れずびくびくするが」
「そうか? だから、オレを見逃してくれたんじゃないのか?」
思わず彼から距離をあける。
そうすると、守護者は表情を緩めた。
「冗談だ冗談。ただ、オレは非常にキミに興味を持っていてな。次こそは、キミのパーティーを破りたいと思って、今も特訓しているんだ。また遊びに来てくれよ。もっと強くなっているから」
「……できれば、やりたくはないな」
もう俺からしたら戦う理由はないしな。
守護者は残念そうに肩を落とす。
「それは悲しいな。……まあ、いいや。今日来たのは、それとはまた別件なんだ」
「何の用事なんだ?」
「オレの迷宮……最近人の出入りが少なくなっているんだ。何か、事情を知らないか?」
「……それは」
思い当たる節は大量にある。
その理由の大きなものは、先日の会議でもあったように、あの迷宮に魅力が少ないことだ。
素材系の採取ができず、魔物はフィルドザウルスのみ。
それに、まだ俺は把握していなかったが、この守護者が冒険者と戦っているんだろ? いきなり襲われて、命こそあってももう一度挑みたいという気持ちは薄れるのではないだろうか。
そんな俺の考えをぶつけると、守護者は目を見開いて、それから息を吐いた。
「……迷宮の魅力が、ない。そ、そんなことはないだろう。緑あふれる、美しい光景じゃないか!」
「ただ、木があるだけじゃないか」
「いいじゃないか、木! あれに触れ、頬を擦りあててみろ、落ち着くんだぞー?」
「それはおまえが特殊なだけだ」
「た、例えばだ! 木を使って、居合の練習もできる! 迷宮だからな、時間経過すれば復活する! 天然訓練場だ!」
「その魅力はおまえ限定だな」
「……くぅ、最近の冒険者たちはダメだなぁ!」
……この守護者、かなり特殊な男のようだ。
それから彼は、顎に手をやる。ぶつぶつと呟いたあと、俺のほうに視線を向けてきた。
「採取ができない、とはなんだ?」
「薬草や鉱石、他にも、薬の材料になる虫やキノコ。宝箱とかも、そういえば報告ではあがっていなかったな」
「宝、か。あれは冒険者が落としたものを再利用するのが基本だからな。新しく作るとなると、少々骨が折れる。ただ、それ以外なら、元になる素材さえわかれば、複製はできる、か」
「……できるのか?」
思わず顔を近づけて訊ねる。
守護者はにやり、と笑みを浮かべた。
「ああ。迷宮とはそういうものだ。……あとは魔物、か。魔物もフィルドザウルス以外が必要なのか。新しく魔物を作ってしまった方がいいかもしれないな」
「新種の魔物? できるのか?」
「まあ、色々とな。魔物の魔石と素材があればできる。人間の魔石があれば、さらに上等な魔物が作れるぞ」
「おまえかっ」
俺は思わず守護者の腕をつかんだ。
「どうしたいきなり。楽しみになってしまったか?」
「違う。前に町の近くで、見たこともない危険な魔物が出現したんだよ。その魔物の心臓部分にはホムンクルスに使う魔石があったんだよ。……人間の魔石、ってそういうことじゃないのか?」
「……いや、そいつは知らないな。悪いがオレは本当につい最近、この迷宮とともに降臨した。だから、それはオレ以外だ」
「……なら、いったいあいつはなんだったんだ」
「さあ、な。ただ、どの世でも、同じようなことを考える輩がいるのだな」
守護者はうんうん、と頷く。
どの世、でもか。
「少し聞いてもいいか?」
「うん? 何を聞きたい?」
「おまえは、やっぱり過去の人間、なのか?」
守護者たちは、失われたとされる過去の知識や技術を持っている。
教会は、迷宮とは人をよみがえらせるために必要な犠牲、なのではないか、と考えている。
迷宮という代償を用意することで、過去に死んだ人が不完全ではあるが復活させることができる、と。
「前にも言っただろう。記憶は残っていない、と。ただ、さっきのようになんとなくで語れるものはあるんだがな。名前さえも知らぬ我が身、少々寂しいものではあるがな」
「……そうか」
「だからこそ、唯一ある娯楽である戦いを、オレは楽しみたいんだ。その協力を、お願いしたいルード!」
無邪気に笑ってくる彼に頷き返した。
……迷宮を改良できるというのなら、協力しない手はない。
それが町の発展にも繋がるからな。
「わかった、協力しよう」
「本当か、ルード!」
守護者がぴょんと抱きついてくる。
態度は暑苦しいが、彼の体は非常に冷たい。
「ええい、やかましい。離れろ」
「そう言うな、寂しいだろー」
俺が押し返すと、守護者はしょんぼりとした様子で離れた。
まったく……。下手な人よりも感情豊かで調子狂うな。
「少し聞きたいんだが、意思を持つ守護者ってみんなそんな感じなのか?」
「うーんどうだろうか。『人間……コロス……!』みたいなのもいるからな」
「……横の繋がりとかあるのか?」
「一応、連絡を取ることは可能だ」
「連絡……? 手紙とかのやりとりをするのか?」
「いや、違う。遠い距離で通話するための道具があるんだ。ただまあ、一度その迷宮に足を運び、守護者に会う必要がある。まず不可能だがな。そういう機能が、迷宮にあるというのだけは知っている。意思を持つ守護者についても、そういう知識を持っているだけだ」
迷宮にはそんなものがあるのか。
当然だが、俺の知らないことばかりで、話していて興味をひかれるな。
「話を戻そうか。協力するとは言ったが、俺は何をすればいいんだ?」
「何、別に難しいことはないさ。おまえの自由にしてくれればいい。迷宮に入れてほしい魔物がいるなら、その魔物を捕まえてきてくれれば一番楽だ。まったく新種の魔物が欲しいなら、配合素材となる魔物を、な。あとは、素材だったか? それらもサンプルを用意してくれれば、オレが再現しよう」
「……迷宮ってのはそんなことができるんだな」
「ああ。そのくらいはな。ただ、どれも迷宮内にある特殊な魔力を消費する。それがなくなれば、それらを作ることはできなくなる」
「その特殊な魔力ってのは、どのくらいあるんだ?」
「人間たちが迷宮内にいる時間に比例して、回収できるようになっている。おまえたち人間の体力は、迷宮内で少しずつ削られていくだろう?」
「そうだな……」
ほとんど自覚することはないが、確かに時間経過で少しずつ減っていく。
「その削った体力が、そのまま魔物製作のエネルギーとなる」
……削られていた体力が、そのまま迷宮のエネルギーになっていたとは知らなかったな。
これを証明できれば、それだけで科学者の仲間入りできるかもな。
というか……この守護者をしかるべき場所に連れていけば、それだけで大きな収穫となるだろう。
「うん?、どうした。そんなに見つめるな、照れるだろー?」
「……いや、なんでも」
まあ、もう友人、みたいなものだ。
彼も別に殺人鬼というわけでもないようだ。
むしろ、町にとっては良い存在になりつつある。
良い友人関係を築きたいものだ。
「まとめると、俺はこれから迷宮に入れたいものを見つけてくればいいんだな?」
「そうだな。あー、だからといってゴミ箱ではないからな。好き放題なんでも持ってくるなよ」
「わかってる。素材とかは、一つだけ持ってくればいいのか?」
「いや、できればサンプルは複数持ってきてくれ。4、5個あれば嬉しいな」
「そうか。とりあえずは、近くでとれるものを集めてくる。それと、今度冒険者の町に行く予定がある。そこで珍しいものも買ってくる」
「了解だ」
多少、お金はかかってしまうかもしれないが、貯蓄がないわけじゃない。
なんとかなるだろう。
「うわ……雨すご……」
眠そうな顔のニンが部屋から現れ、ぼそっとそんなことを言いながら外に出てきた。
ぼさぼさの栗色の髪を揺らす彼女は、それからうん? とこっちを見てきた。
「おお、回復の少女よ。あのときは、異常な回復力を見せつけてくれたな。またこうして出会えたこと嬉しく思う。よく見れば、かなりの美人じゃないか。胸がないのが残念だが」
「あぁ!? って……守護者!?」
「……あー」
みんなが起きてくる前にお引き取り願いたかったんだがな。
ぽりぽりと頭をかきながら、簡単に事情を説明したが、ニンは眉間にしわを刻んだまま、ふーんとうなった。
「ルードは胸の大きい人と小さい人、どっちが好きなの?」とまったく話に関係ないことも聞いてきやがった。
俺は巨乳派だ、とは口が割けても言えなかった。