それぞれの生き方
町全体を巻き込んで、宴は開かれた。
トゥーリ伯爵は貴族らしさを微塵も感じさせないフランクさで、町の人たちと話している。
それを少し離れたところで、俺はシュゴールと眺めていた。
「よくああも人の輪に加わっていけるな」
彼は酒をごくごくと流し込み、気持ちよさそうに目を細めている。
髪が風になびく。夜景の中でそんなことをするものだから、絵画のような美しさがあった。
「うらやましいですね、ああいうのは。僕には無理です」
「そうなのか? おまえだってかなり、人と接するの上手じゃないか」
シュゴールも俺なんかとは比較にならないほど、人と関わるのが上手だ。
「……そう、みえますかねぇ。いや、僕はですね……実はかなり人見知りなんですよ」
「そうなのか? ……いや、嘘だろ。おまえ、俺と初めてあったときも今と変わらないだろ」
「男性とは比較的話せるんですけど、女性は……もう苦手でして……。キグラスさんのパーティーに入ると決まったときなんか家で何度か吐きましたからね」
確かに、キグラスのパーティーは女性が多い。
意外だな。爽やかなこの色男は女性経験豊富そうに見えるんだがな。
「なんとかしてくださいよぉ、領主様ぁ!」
「ほんとーですよっ!」
騒いでいるのは、顔を真っ赤にしている自警団の仲良し二人組だ。
彼らは顔を真っ赤にして、そんなことを領主に言っている。
「わかってるわかってるって。自警団の人たちもこれから休みがとれるようになんとかするから。もう少しだけ頑張ってくれよ」
そんな風にトゥーリ伯爵がなだめている。
トゥーリ伯爵はああやって下の人たちの意見を引き出しているんだろう。
そんな彼を見ていると、目が合った。
そのまま、トゥーリ伯爵はこちらへと歩いてきた。
「よっ、ルードとそっちは教会の騎士様か。二人とも、楽しんでいるか?」
俺は地面に座ったまま、食事をしている。
「はい、おかげさまで」
「教会としても、本日は誘っていただいてありがとうございます」
「いいってそんな堅苦しい。いまのオレは酒場にひっそり来た平民みたいなもんなんだからなっ」
そうは言われてもな。
彼はやはり伯爵で、俺たちとは立場が違う。
本当に、貴族らしくない人だ。
俺とシュゴールは顔を見合わせて苦笑する。
と、トゥーリ伯爵がぺこりと頭を下げてきた。
「今日はありがとな。あと、普段からほんと、世話になってる。町の人たちにおまえのこと聞くと、みんな色々話してくれるよ」
「……変な話じゃないですよね」
「当たり前だ。みんな、おまえのこと信頼してんだなってわかる」
にっと彼は笑って、俺の隣に座った。
シュゴールは何かを察したのか、逃げるように立ち去った。
それを見ていたトゥーリ伯爵も呼び止めることはない。
俺と話がしたい様子だった。
「悪かったな」
彼が頭を下げてきたが、なにのことかわからない。
「え、どうしたんですか?」
「クランの話だよ」
彼はグラスに入った酒をぐるぐると回す。
そうして、回しすぎて酒がこぼれて、トゥーリ伯爵が頬をひきつらせている。
「おまえの年くらいでいきなりやれないか、って言われてもそりゃあ難しいよな。わかってたのに、あんなこと言って悪かったよ」
「……いえ」
それについては別に何も思っていない。
むしろ、そういう提案をしてもらって、嬉しくも思っていた。
……クラン、か。やってみたいけど、どうなんだろうか。
「オレってさ、こんな性格だろ? 貴族らしくないって驚かなかったか?」
「……ええと、まあそうですね」
あそこまでの態度に、さすがに面食らった。
彼はがくり、といった様子で肩を落とす。
「オレって結構緊張しやすい人間でさ。ああでもしないとダメなんだ。もともと、伯爵なんて引き継ぐつもりなかったしな……」
「そうなんですか?」
「ああ、オレなんて五年前まで冒険者やってたんだぜ?」
「……それは、しらなかったです」
領主様が変わった、という話は聞いていた。
けど、詳しい事情までは知らなかった。
彼は口元を緩めた。
「色々と事情があってさ。オレは伯爵家の五男に生まれたけど、当然権利なんてないようなもんでさ。だから、初めは親のコネで騎士やってたんだけど……ああいう堅苦しいの苦手でさ」
「……苦手そうですね」
「だから、騎士は辞めて冒険者として生活してたんだ。これでもAランクまであがったんだぜ!」
自慢するように握りこぶしを見せる。
……確かに、彼の動きに無駄はない。
体も、引き締まっているしな。
「まあしばらく冒険者として活動していたら、突然家の者が来てさ。家を継いだ長男が倒れて……そのまま死んじゃって。じゃあ、次はだれが継ぐのかって話になってな。他の兄貴たちは事情があってすぐに家を継げなくてな。それじゃあ長男の息子がそのまま継げばって話になったが……まだ、長男の息子も8歳でさ。仕方なく、オレが引き受けたんだ」
「……そうなんですか。大変じゃないですか? そういう、いきなりリーダーのような立場になるって」
「もちろんだ。こっちは家を継ぐつもりなんてなかったから、そんな勉強してないし、平民生活長いから貴族らしさなんて皆無だしさ」
トゥーリ伯爵は肩をすくめて笑ってみせる。
確かに、彼には冒険者のほうがらしさがある。
「まあ、逆にこんなのだから。下の奴がしっかりしてくれてるんだ。オレはどうせ長男の息子が育つまでの繋ぎだからなぁ。オレがばりばり仕事なんてできないほうがいいんだよ。そっちのほうが、息子さんもやりやすいだろうしな。オレなんていつ追い出されるかわかったもんじゃねぇんだ。明日いらない、って言われてもいいように準備してる」
「そんなことないですよ。トゥーリ伯爵は……素晴らしい人だと思います」
お世辞でもなんでもない。
彼のように自分の弱さを素直に見せられるのは、強い証拠だ。
「そ、そうかな。照れんなぁ」
トゥーリ伯爵は頭をかいて笑っている。
それから彼は少し真面目な顔になっていった。
「クランリーダーを頼みたいってのは、おまえなら今後この町をしっかり守っていってくれて、ベルガ――息子さんのことも気にかけてくれるんじゃねぇかなって思ってよ」
「俺が、ですか?」
「ああ、そういうわけで、オレが個人的に頼みたかったんだ」
自分のことよりも、次期当主のことを考えているようだ。
それだけで、立派な人だと俺は思った。
いくら兄の息子といえど、他人だ。その子を実の息子のように愛しているのだろう。
そうして彼は、人懐こい笑顔とともに頭をかく。
「あと……オレが伯爵家追い出されたときに、行き場所ほしいなぁって……」
この冗談めかした笑顔と態度が、彼の才能なんだろう。
「悪いな、オレのことばっかり話してさ」
「いえ……貴重な話を聞けました。それに、俺も、そう評価していただいて嬉しいです。……その、すこしだけ考えさせてください」
「少しじゃなくてもいいよっ。いつでも、ゆっくり考えてくれ!」
彼は目をきらきらと輝かせて俺の両手を握ってきた。
それからトゥーリ伯爵は別の集団へと近づき、酒を飲んでいく。
俺も立ち上がり、マニシアたちのもとへ向かう。
今までお酒をほとんど飲んだことのなかったマニシアだが、今日は少しばかり口にしている。
あまり強くない彼女は、すでに頬が真っ赤だ。誰かが一言話すたび、体を揺らすように笑っている。
その姿が可愛らしく、見ているだけで癒される。
時々フィールがこっそり酒に手を伸ばすが、マニシアが素早くその手を叩き落としている。
「兄さん、そこで見てないでこっちにきてくださいよ」
「ああ、邪魔するな」
全員の視線が集まる。
ミレナが俺のほうに酒を持ってくる。
「ほら、旦那どんどん飲んでね」
普段それほど飲まないミレナだが、今日は頬が赤い。
俺の中にあったモヤモヤは未だ解決していない。
考えすぎてもよくないな。
ミレナから酒を受け取り、流し込む。
喉が少し焼けるような感覚。
胸が熱くなり、それから全身が熱くなる。
「ルード、あんまり難しい顔してちゃだめだよー」
からからと笑ってミレナはさらに酒を勧めてくる。
それを受け取って、今度はちびちびと飲んでいく。
馬鹿笑いする町を眺めていると、マニシアが隣にやってきた。
「兄さん、クランの話聞きました」
「……そうか」
「兄さんはきっと、私のことを色々と考えているのだろうな、と思います」
……それももちろんそうだ。
「私も、兄さんが作るクランを見てみたいです。それに、事務仕事とかなら私も兄さんの手伝いができるかもしれませんし。だから、見てみたいな、と思います」
「……そうか」
「いつまでも、弱い妹のままではいられませんからね。私だって仕事できるってところ見せてあげますよ」
ぐっと拳を固めるマニシア。彼女に笑顔で返事をしてから、夜風に身を預けるように、目を閉じる。
これからのこと、考えてみないとだな。