冒険者生活の始まり
「まさかね、君たちがそんなに強いとは思わなかったな。いや、特に君かな」
そう言って、守護者は笑みを浮かべる。
「オレの攻撃をここまで受け切ったやつは今までにいない。かなりの体力を持っているようだ」
「そうかもしれないが、みんなのおかげであんたを倒せた」
攻撃が遅れていれば、仲間が俺を信じてくれなければ、倒すことはできなかった。
「どちらにせよ、おまえはオレのだした条件をクリアしたんだ。この魔本の一ページをあげよう。そこにある呪文を詠唱すれば、妹さんとやらの魔石の欠損も少しは治るんじゃないか? まあ、どんな傷であろうとこの魔本のページならば、大丈夫だろうさ」
守護者は手に持っていた紙をこちらへと渡してくる。
古い紙だ。
粗雑に扱えばすぐに破れそうなものだが……不思議な力を感じられた。
「これからどうするんだ?」
彼は守護者で俺は冒険者だ。
町の発展のために、できれば迷宮を破壊したくはなかった。
理由は不明だが、迷宮の最奥に本来いるはずの者――すなわち、守護者を討伐することで、迷宮は世界から消える。
そのとき内部にいた人々は、全員迷宮があった付近へと転送されることになる。
迷宮がなくなれば、町が発展する機会もなくなってしまう。
「ここで見逃してくれるのであれば、もう少しここで守護者として生きていたいな」
「それなら……問題ない、のか?」
ニンとリリアたちを見やる。
教会の代表者と、ギルド所属の調査員。
リリアは首を傾げ、ニンもまた顎に手をやった。
「……こういった事例をあたしは初めてなのよね。確か、昔いた英雄の名をかたった者は、結局化け物になったので討伐された……とか聞いていたけど」
「暴走しないのであれば、別にいいんじゃない、とリリアは思うけど」
神の使いとされている守護者たちであるが、その多くは魔物であることが多い。
教会の教えを信じていない人たちもそれなりにいる。
迷宮は神ではなく魔神が造り出しているのではないか、という意見もある。
教会はこれに対して、一つの見解を示している。
神とはいえ、万能ではないのではないか? ということだ。
人を生き返らせるには、いくつもの代償を支払う必要がある。
その代償が、複雑な迷宮内や、魔物の存在なのではないのか、と
それらを代償として支払ってもなお、過去の英雄たちを復活させるには足りず……魔物化してしまうのではないか、と。
蘇生に失敗してしまった魂――魔物化してしまった守護者たちは人が狩る必要がある。
……ほとんどの迷宮はそんなもんだ。
最後の決断は俺に任せる、とばかりに二人は見てくる。
守護者はごりごりと地面に頭をこすりつけている。
「シュゴール、調査の方は?」
「調査は完璧ですよ。やることは、十階層までにどんな魔物が出現し、どんな素材があるのか、それを知ることができれば大丈夫です」
そこまでに出てくる魔物から、おおよその迷宮のランクは判定できる。
……それなら。
「迷宮の外に魔物がでないようにだけしてくれないか? 近くに町があるんだが、魔物が外に出て何度か被害が出ている。それをなくしてほしい」
「そうか。それくらいでいいのなら、やっておこう」
できるか分からなかったが、できるんだな。
……これで、町への被害もない。
この迷宮に関して、ひとまずは安心だな。
「調査はここまででいいんだろ?」
「うん」
リリアが伸びを一つして、シュゴールへと視線をやる。
彼はここまでの調査について、丁寧に記録している。そんな彼が、ぐっと親指を立てた。
帰る準備を始める。
守護者もいつの間にかきえ、ニンは背筋を伸ばした。
「もっと大変なことになるんじゃないかって思ってたけど、無事に終わってよかったわね」
「……そうだな。マニシアを治すための欠片も手に入った」
迷宮の調査よりも、俺はそっちのほうが嬉しかった。
軽く伸びをしていると、双子たちがこちらに近づいてくる。
「リリアたちからは一つだけ」
「ちゃんと、ケーキ奢ってね」
「……わかってるよ。それじゃあ、帰ろうか」
双子の自由さに俺たちは苦笑し、スキルを発動して迷宮から離脱した。
〇
「お、おい! ルードたちが戻ってきたぞ!」
自警団の一人が叫んで、駆け寄ってくる。
そうして、俺の手を握って、ぐすぐすと鼻をならす。
「よかった! おまえが無事で……っ! 勇者様がやられるような迷宮に入ったって話だから、みんな心配だったんだぜ?」
「……そうだな。けど、俺たちは無事だ。それに……調査も完了したぞ」
シュゴールがまとめていた調査結果を、彼に見せる。
守護者に関しては、多少濁してある。襲撃は受けたが、撃退に成功した。みたいな感じで。
……シュゴールの優しさで、俺が受け取った魔本の一ページもなかったことにしてくれている。
双子も見ていないから、と言ってくれた。
「面倒だし」とぼそりと呟いていたが、俺も聞こえていないことにしておいた。
ギルド側が守護者をどのようにとらえるか分からないからな。
シュゴールの紙を見ていた自警団が、声を張り上げた。
「ルードが、調査を成功させて帰ってきたぞー!」
「ルナお姉ちゃんも無事だ!」
「ふっ。なかなかの腕のようだな、まずはおめでとう、といっておこうか」
「やっぱりかなりの腕だったか……こんな町にすげぇ冒険者が隠れているんだな」
見知った顔もあれば、見知らぬ冒険者もいる。
数多くの人が町の入口に集まり、それぞれの感想を口にしている。
誰かが俺の頭を叩きながら、「やるじゃねぇか」と叫ぶ。
一人がそんな態度をとるものだから、他の奴も連続で攻撃してくる。
やめろ、と笑顔とともに腕で振り払い、町を歩いていく。
そうして、仮設テントであるギルドに到着した俺たちは、そこの職員に報告書を渡す。
「……まさか、本当に達成するとは」
職員の男性がずれた眼鏡を直すようにして、何度も見ていた。
「悪い。双子、シュゴール。俺は一度家に戻りたい。あとは任せてもいいか?」
「ええ。お任せあれ!」
「……悪いな」
「いえいえ。妹さんを安心させてください」
「……ありがとう」
「それじゃあ、あたしは自警団のほうに報告行ってくるわね」
「……ありがとな」
ニンがそういって、ひらひらと手を振ってパーティーから離れた。
俺はルナとともに、家へと向かう。
ポケットにしまった紙を確認してから、息を吐く。
「よかったですね、マスター」
「……ああ、本当にな」
家に着くと、マニシアが慌てた様子でやってきた。
彼女は倒れるように抱きついてきたので、それを受け止める。
マニシアの小さな体を一度、ぎゅっと抱きしめる。
それだけで天にも昇る気持ちだった。
「兄さん、怪我をしていませんか!」
「ああ、大丈夫だ。それと……迷宮の中で魔本のページを拾ったんだ」
ポケットに入れておいた紙を取り出す。
マニシアはそれをみて目を見開く。
「魔本ってもしかして……兄さんが、ずっと探していたという……」
「ああ。このページを集めれば、いつかはおまえの体を完全に治すことだってできるそうだ」
「……兄さん」
「……すまない。おまえは怒るかもしれないが、おまえが自由に動けるようになるのが俺にとって、一番の幸せなんだ。だから、これからも俺は魔本を探したい」
彼女の頭をなでながら、気持ちを伝える。
マニシアはぎゅっと俺の胸元を掴んでくる。
「……兄さんはバカですよ。兄さん一人ならもっと自由に、やりたいことができるんですよ」
「やりたいことがそれなんだ。バカな兄貴で悪かったな。けど……これからは、マニシアが治った後のことも考えて行動してみるよ」
バンバンと俺の胸を殴るマニシア。
「マニシア様、マスターは……マニシア様のことが本当に大切なんだと思います。ですから――」
「ルナさん。あなたにも色々と迷惑をかけてしまいました。……わかっています。兄さんのことならなんでも、私が一番知っていますから」
俺は嘆息をついてから、マニシアの頭を撫でる。
「とにかくだ。俺はこれからも迷宮攻略をすすめていきたい。……やっぱり楽しいんだ。魔物と戦うのがな」
嘘は言っていないし、マニシアを安心させたいという思いもある。
マニシアはすっかり口を閉ざし、こくこくと頷く。
そんな彼女に、俺は手に持っていた魔本を読み上げる。
読みあげると、文字が光りだす。
そうして、俺の手から離れた紙が、マニシアの体へと飛んでいく。
「……なんだこれは?」
紙は彼女の体内へと入っていき、そしてマニシアが一瞬、揺れた。
マニシアは目を見開く。
「だ、大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。……それに前より、体が軽いです」
そう言って、彼女はその場でぴょんとはねた。
一度だけではなく、五度ほど。
それからごほごほとむせた。
……けど、五回もジャンプできた。
「マニシア……おまえ体が――」
「は、はい。……少しですけど。……っ、少し、ですけど……動いても大丈夫に、なりました」
「……マニシア!」
思いきり彼女を抱きしめる。
痛いですよ、と言ってくるマニシアを……それでも俺はだきしめつづけた。
よかった。
これまでやってきたことが、間違っていなくて。
これからも俺は、冒険者として迷宮を攻略し続ける。
いつかきっと、マニシアを完全に治せる日が来るはずだ。
〇
それから二週間ほどが経った。
人の出入りも激しくなってきた。
自警団はますます忙しくなり、俺はその手伝いばかりだ。しばらくは、町を離れられそうにない。
今日はギルドから呼び出されたために顔を出す。
そこには見慣れた顔があった。ついてきたニンが顔を顰めていた。
「キグラスじゃない……」
「なんか、すごい剣幕だな」
ギルド職員が、俺の方を見て、キグラスもこちらに気づいたようだった。
「ルード……っ! てめぇ、どうやってあの守護者を撃退したんだよ!?」
傷はまだ完全には治っていないようだが、それでも動ける程度には回復しているようだ。
「ルードっ! ゴホゴホ、オエェ! てめ、あいつを、どうやって……」
俺の胸倉をつかんでくる。
「俺はみんなを守っただけだ」
「……守った、だと?」
「ああ……。おまえと別れてから、スキルの効果を理解できて、な。……俺のスキルは、他人のダメージを肩代わりするものだったんだ」
そう言うと、キグラスが俺の胸倉をつかむ力が弱まった。
……そうして彼は、唇をぐっと噛んだ。
「なん、だそれは……。……っ。それ、で……、オレは……」
彼は苛立った様子で、地面を蹴り付け、それから何も言わずに去っていった。
……少し意外だった。
俺は彼の背中を見たあと、ギルド職員の前へと向かう。
「お待ちしておりました、ルード様。ギルド本部から手紙が届いておりますので渡しますね」
手紙? 一体なんだ?
受け取った手紙に目を通す。
そこに書かれていたのは昇格についてだった。
「なんだこれは」
「ランクアップの話じゃないの、よかったわね」
隣にいたニンが顔を寄せてきた。
ランクアップ?
上から下まで読んでみたら、どうやら俺のランクを上げるという話だった。
FからDへの昇格。……一気にあげてきたな。
「まあ、別にあげるのなら勝手にやってくれ」
「わかりました。それでは、ギルドカードの提示をお願いします」
彼女にギルドカードを渡し、多少のやり取りのあと返却される。
ギルドカードにある魔石の欠片が三つに増えていた。
欠片の数がランクになっている。一つがFで、そこからは一つ増えるごとにランクが一つあがる。
用事も済んだので戻ろうとしたが、ニンが受付嬢に訊ねた。
「キグラスはどうしてあんなに怒ってたの?」
「えーと……キグラス様は度重なるミスによってSランクからBランクに降格となりました。それについて、怒っているようでして」
「ああ、そういうことね。……よかったんじゃない? Sランクでは確実になかったんだし、実力があるならそこからまたやり直せばいいだけなんだしね」
ああ。まだ、キグラスだって若い。
いくらでも、Sランクにあがる機会はあるだろう。
俺は去っていった彼の方角を見ていると、ニンが手を掴んできた。
「それじゃあ、ルード。見回りに戻るわよ」
「……そうだな。またなにかあったら言ってくれ。できる範囲で、協力するから」
「はい。ありがとうございます。ルードさんがそう言ってくださると心強いです」
受付嬢のそんな挨拶に笑顔を返して、ギルドを後にした。