タンクとしての力を見せるとき
彼女らと別れ、アバンシアに向かう馬車を探す。
待合所に向かうが、すでに静かだ。
もう夜も遅いしな……大人しく明日出発しようか。
肩を落としていると、向かいから冒険者がやってきた。
何やら真剣な顔で、少し気になった。
「……僕たちだけで護衛依頼、大丈夫かな?」
「だ、大丈夫よ……う、うん! Dランクあがったばっかりだけど、クーラスの街までだし、強い魔物は出ないわよ!」
「けど……少しだけ心配」
そんな会話をしている三人組を見つける。男一人に、女二人だ。
……クーラスか。アバンシアのすぐ近くだ。
そこまで行ければ、徒歩で数時間だ。
護衛依頼か……。
「おまえたち。俺も参加させてくれないか?」
「え?」
「な、なによあんたいきなり」
そりゃそうだよな。
俺はかなりガタイがよく、見た目が怖い、とよく言われる。
怯えられるのは当然という話だ。
「俺はクーラスの街に急ぎの用事があってな。どうしても、今すぐに馬車に乗りたいんだ。報酬はいらないから、一緒に行かせてくれないか?」
そういうと、彼女たちは向かい合って話を始める。
検討しているようだ。
「……まあ、いいわよ。一人増えれば多少は危険も減るだろうしね」
結局そういう結論になったようだ。
彼女らとともに俺は護衛する予定の馬車へと向かう。
「そういえば、あんたランクは?」
「Fランクだ」
「……やっぱりやめた方がよくない?」
「……けど、雇われ冒険者の人たちってランクが低いって聞くよ?」
「そうね……顔はいかついし、かなりいい筋肉してるし、Fランクよりは強そうだけど……けどねぇ」
嘘でもDランク程度といっておいた方がよかっただろうか。
いや後でばれたらな。
見た目は怖そうでも、結構ビビリなんだ。
嘘つくとき、きっと顔に出てしまう。
これでも、勇者パーティーで高階層の迷宮にも入っている。
タンクとしてなら、B……いやCランクは絶対あるはずだ。
結局、断られることはなかった。
それなら、これでよかっただろう。下手に嘘ついて、あとでばれたほうが不信感を抱かれるしな。
商人のもとに着く。
商人はこちらを見ると、目を見開いた。
「こ、これはなんと強そうなお方……ほ、報酬は二万のまま、変更はなしだからな!」
「わかっています。それでは、行きましょうか」
商人が荷物を馬車に詰めていき、俺たちも荷台へと乗った。
まもなく馬車は動き出し、街の門をくぐる。
いい馬だ。かなりの速度で、フィールドを走る。
この商人、結構裕福だ。
予定の倍ほど早く進み、空が明るみ始めたころには目的の街が見えてきた。
だが、そこで馬車は急に止まる。
衝撃によって冒険者が俺のほうに吹っ飛んできて、それを押さえつけた。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます」
商人が慌てた様子で荷台へと顔を見せてきた。
「冒険者と思われる女性が、ホワイトタイガーに襲われている! 最悪だ、こっちに向かってきてる!」
「ほ、ホワイトタイガー!? まさか!」
「山から下りてきたっていうの!? そんな!」
「……私たち、ここで死ぬの」
全員が青ざめた顔で硬直していた。
ホワイトタイガー? Cランク程度の魔物だったはずだ。
幌をずらし、外を眺める。
商人が言った通りの状況だ。
馬車では向かってくる彼らから逃げられない。
ならば、戦うしかない。
俺一人じゃ絶対倒せない。
ただのタンクだからな。
「おまえたち、あいつを狩るぞ」
「る、ルードさん!? む、無理ですよ! 僕たちはEランクなんですよ!? ランクは、己と魔物の力量をはかるためにあるんです! 今できるのは、とにかく逃げることですよ!」
「安心しろ、おまえたちは俺が守る。俺のパーティーでの役割は、タンクだからな」
まずは信頼してもらうところからか。
俺は一人、外へと飛び出す。
外に飛び出し、女性とホワイトタイガーを睨む。
ホワイトタイガーは人間の大人の倍はある巨体だ。白い毛並みが美しい。
「こっちに来い! ここからは俺がタンクとして、おまえを守る! だから、討伐に協力してくれ!」
叫ぶとホワイトタイガーに追われていた女性はこくりと頷いた。
すれ違うようにして前に出る。
俺は大盾を構え、ホワイトタイガーへと突撃する。
「ルードさん! 避けてください! あんな巨体の体当たりを受けたらひとたまりも――」
冒険者たちの声が響いた。
ひとたまりもない? いやいや、この程度で吹き飛ばされていたらタンクなんて務まらない。
ホワイトタイガーが怯んだように後退する。
俺は盾を地面に突き刺し、威嚇する。
「え!?」
驚いたような声が響いた。
もしかしたら、彼らは俺のようなタンクと組むのは初めてなのかもしれない。
最近の流行りは回避型のタンクらしいからな……。
「俺はタンクだ。おまえたちを守りぬいてみせる! だが俺には攻撃手段がない。だから、おまえたちに、攻撃は任せる。できるか?」
「……は、はい」
「信じてる、任せたぞ」
俺は大盾を構えなおし、ホワイトタイガーと向き合う。
ホワイトタイガーは一瞬冒険者たちを見る。
そっちには行かせないからな。
スキル『挑発』を放ち、ホワイトタイガーの注意を集める。
普段、目立つことなくひっそりと生きている俺でも、このスキルを使えば一瞬で目立つことができる。
いや、いい意味ではないんだがな。
冒険者たちが戦闘に加わる。
俺はヒーラーの回復を受けながら、ホワイトタイガーの攻撃を受け止める。
ただ、やはり知らぬ間にどんどん外皮は削られてしまうので、持っているポーションも使って回復していく。
冒険者たちが攻撃を加えていき、ホワイトタイガーの体に傷が目立つ。
そうして――
「グギャァァ!?」
少年の剣がホワイトタイガーの喉を貫いた。
血を噴き出し、大きな地響きで、俺たちは勝利を確信する。
動かなくなったホワイトタイガーを見て、冒険者たちは固まっていた。
「嘘……私たち勝っちゃった」
「私たち……というよりも、ルードさんがずっと魔物の攻撃を受け止めてくれたから。こんなに頼りがいのあるタンク、初めて見た……」
「凄いですル、ルードさん! ルードさんのおかげで、勝てました!」
「いや、おまえたちが攻撃してくれなかったら倒せなかったよ」
だって俺武器もってないし。
冗談めかしく言うと、彼らの緊張もようやく抜けた。
と、視界の隅で女性が倒れた。
「お、おい、大丈夫か?」
近づいて声をかけるが、女性は意識を失っているようだった。
うすい灰色のような髪をどかすように首元に触れる。
呼吸はある、死んではいないようだ。
呼吸も、寝息のように落ち着いている。まるで人形のように整っている顔といい、どうにも現実感のない女性だ。
改めて見ると、衣服がボロボロなのがわかる。
外套のようなものを、ただ羽織っているだけだ。
ちらちらと、彼女の肌が見えて、なんだかいけない気分になってくる。
彼女の服を戻そうとしたところで、その胸元が見えた。
思わず目を見開く。胸がないからではない。
その心臓部分には、わかりやすく魔石が見えた。
――ホムンクルス、か。
「そ、その子……大丈夫でしょうか?」
近づいてきた少年に胸が見えないようにする。
この年頃の子にこれは刺激的だ。貧乳好きとかに目覚められても責任がとれない。
「わからない。ただ、とりあえずは俺が面倒を見よう……それと商人。すまない。俺の家がある町はアバンシアなんだ。ここからのほうが近いから、護衛はここまででいいか?」
「あ、ああ……いいけど……なあ! また今度オレの護衛をやらないか!? あんたほどの実力があるなら、専属で雇ってもいいぞ!」
「そ、それなら、ルードさん! 僕たちと一緒にパーティーを組みませんか!?」
二人が声を張り上げてくる。
それはとても嬉しい話だが、俺には大切な妹がいる。
「悪いな。俺にはどうしても助けないといけない人がいるんだ」
「そ、そうなのか……もしかして……奥さんとかか?」
俺がそんな歳に見えんのか。
「妹だ」
俺はそのためだけに、迷宮に潜り続けている。
世界で一番かわいい妹――あいつの病を治すために。