戦闘訓練と交流会7
「ほぉ、迷宮の改良を行っているのかえ?」
彼女が扇子を振ると、ふわりと風が生まれた。
スロースはその風に乗るようにして、こちらへと移動してきた。
「まあ、そんなところだな。……マリウスはどうしたんだ?」
「さぁのぉ。町を歩いてみておるんじゃないのかえ? わしが聞いても教えてくれんからの」
「……そうか」
マリウスはあまりスロースと仲良くしたいってわけではないようだからな。
「キグラスは? 二人に相手を頼んでいたみたいだが……」
「意外とやりおるのぉ。ただ、あやつのスキルはデメリットが多すぎるの。……ただ、発動している間は、わしとも殴り合えるほどの力を持っているようじゃが」
ライフバースト、だったか。キグラスから教えてもらったそのスキルは身体能力の向上はもちろん、攻撃系スキルとしても使用が可能だった。
発動中はスロースとも戦える、か。うまく俺がカバーできれば、キグラスの全力を引き出せるのだろう。
……それに、俺の『犠牲の盾』による効果もある。
すべてが噛み合った瞬間の突破力はすさまじく、それが今までの迷宮攻略だったんだ。
次の巨大迷宮がどのようなものかは分からないが、今現在の力がどれほど通用するのか、純粋に楽しみではあった。
「能力の習得も理解したのかえ?」
「ああ。問題ない」
「そうかそうか。それならばよかったんじゃ。ポイントのいくらか使って、わしも自分の部屋を作って寝ても良いじゃろ?」
「ああ、構わない」
元々、スロースにポイントをあげるという話で色々と協力してもらっていたんだからな。
彼女が部屋を作り、そこにいくつかの家具を設置していく。
また、食糧なども補充しているようだ。
それらが終わったところでスロースは扇子を広げた。
「それじゃあわしは帰るからの」
「色々助かった、ありがとな」
「いいんじゃよ。わしも、寝ているだけで自由に使えるポイントが入るんじゃしのー」
嬉しそうに彼女は微笑んでから、空間を歪めて部屋を移動した。
「ほんと、自由ねぇ」
その背中を見送ったニンが苦笑する。
……俺も同じ心境だ。
魔王たちが皆、あんな感じだったらよかったんだがな。
少なくとも、敵対している魔王だっている。
……気は抜けないな。
「俺たちもそろそろ戻るか」
「ええ、そうね。それじゃあね」
ひらひらとニンがみんなに手を振ると、魔物たちもすっとお辞儀を返した。
「それじゃあ、みんな……迷宮の管理は頼むな」
「ええ、もちろんよ」
ミアがすっと頷き、それに皆が続く。
いつものようにヒューの分身が小さくなって俺の肩に乗る。
彼らが魔導書に集まったのを見てから、俺は迷宮を出た。
〇
次の日には、迷宮の改良が済んだようだ。
新しく作製した迷宮の構造に関しては、ミアがクランに持ってきてくれた。
マニシアがミアに飲み物を用意し、ミアが丁寧に頭を下げた。
それから、いくつもの紙をこちらに渡してきた。
「これが、改良を終えた迷宮と新しい階層の地図になるわ」
ミアもすでに街には馴染んでいて、一応クランで寝泊まりしていることになっている。
詳しい事情を知っている人自体はそれほど多くはないだろう。
一から三十階層までの細かい地図だ。……これもポイントで作製できるようだ。
……特に問題はなさそうだな。
「地図に関しては、もうしばらくしてから公表するとして……新しい階層が見つかったことは俺からギルドに報告を入れておく」
「人間の事情はよく分からないので、マスターにお願いするわ」
「ああ。ミア、他のみんなにも感謝を伝えておいてくれ」
「ええ、もちろんよ。それじゃあ、私も迷宮に戻るわね」
そういってミアが立ち上がると俺の頬に手を当てて、唇を当ててきた。
俺が驚いて目を見開いていると、ミアがウィンクとともに手を振って去っていった。
な、なにをするんだあいつは……っ。
俺が驚いてその背中を見送っていると、どん、と紙の束が机に置かれた。
「マニシア、なんだこれは?」
「現在の町の状況をまとめた資料になりますね。私がまとめたものを兄さんには報告していたと思いますが、すべて目を通しておいたほうがいいと思いましたので」
にこり、とマニシアが微笑む。
あ、あれ? もしかしてマニシア怒っているか?
笑顔はとても可愛らしいが、その口元が少しだけひきつっているように見えた。
助けを求めるようにルナを見ると、彼女は頬を膨らませていた。
「マスター、私はギルドへの報告へ行きますね」
「……あ、ああ」
ぺこり、とルナは頭を下げてからクランハウスを出ていった。
残ったのは俺とマニシアだけだ。久しぶりの二人きりだな。それを喜べる余裕はなかった。
「兄さん。とにかく、どんどん読んでいきましょうか」
「……ああ」
あまり、長文を読み続けるのは得意じゃない。
昔から俺が座学が苦手なの知っているよなマニシア……。
マニシアが椅子をもって来て隣に座る。
……まあ、マニシアが隣で教えてくれるならいいか。
俺は紙の束へと手を伸ばし、目を通していく。
現在、町が取り掛かっている事業などがそれには書かれていた。
この計画通りに進めば、アバンシアが一気に発展するのはよくわかる。
……迷宮の情報も出回れば、さらに冒険者も増えるだろう。
そうなれば、もう田舎町、ではなく流通の拠点にだってなるかもしれない。
もともと、クーラスという大きな街の近くにあったんだからな。
その途中で休みたい人が訪れることだろう。
「兄さん、手がとまっていますがどこか質問はありますか?」
「いや、大丈夫だ」
「そうですか。いつでも聞いてくださいね」
怒っている、と思ったが今のマニシアは笑顔だ。
しばらく彼女の笑顔を見ていると、マニシアが首を傾げる。
「どうしました、兄さん?」
「……いや、なんでもない」
「……そうですか」
お互いの間を沈黙がいきかう。俺は資料へと目を向けたところで、マニシアが口を開いた。
「兄さん、ちょっと、いいですか?」
「なんだ?」
「……ちょっと、もう少しだけちかづいてもいいですか?」
「あ、ああ」
マニシアがそういって、椅子を寄せてきた。
肩と肩が当たるような距離……そこで、マニシアが俺の肩に頭をのせてきた。
驚いて彼女を見ると、マニシアは頬を僅かに染めていた。
「い、嫌でしたか?」
「……嫌じゃないぞ」
むしろ、喜び飛び上がりそうだ。飛び上がるとマニシアの頭を肩で殴ってしまうので、微動だにしないが。
全神経を肩へと集中していると、マニシアがぽつりと呟いた。
「……もう少しで、また兄さんは旅に出ちゃうんですよね」
「そう、だな」
「だから、今はもっと近くで兄さんを感じていたいんです」
「……そうか」
いくらでも感じてくれていいぞ。
なんなら抱きしめたかったが、それを気持ち悪がられたら寝込むからな。
俺は幸せな時間を満喫することにした。
――それからどれだけの時間が経っただろうか。
「……ま、マニシア様?」
ギルドへの報告に行ったルナが戻ってくると、ぷくーっと頬を膨らませていた。




