戦闘訓練と交流会5
俺の健康体がなければ、体がおかしくなっていたかもしれない。
味も、何だろうか? しょっぱくて、辛い? 舌がピリピリとするような……。
辛いものが好きな人もいるだろうが……それとはまた別の味にも感じる。
「ど、どうかしら?」
「……そうだな。健康体がなければ、駄目だったかもしれない」
「……そう」
がっくり、とミアは肩を落とした。
……い、いやだからといってミアに料理ができないというわけでもないだろう。
「そう、落ち込むなミア。今度、ニンやマニシアと一緒に料理を作ってみるのはどうだ?」
魔物たちも時々町の手伝いをしているのでクランメンバーの顔と名前は一致しているはずだ。
「あの二人?」
ミアが小首を傾げたので、頷いておいた。
「そうだ。あの二人なら料理もできるからな。聞いてみたらいいんじゃないか?」
「……そうね。人間が好む味を勉強しないといけないわ」
「他の魔物たちの好みはどうなんだ? やっぱり魔物ごとに違うものなのか?」
「そうね。けど、今は人間の――いえ、マスターの好みの料理を作れるようになりたいわ」
「……そ、そうか?」
ミアはにこりと微笑んで顔を覗きこんでくる。
……あ、あまり顔を見てくるな。
照れてしまって頬をかいていると、ミアの目元が一層嬉しそうに緩んだ。
「私のために時間を割いてくれてありがとう、マスター」
「……あまり、関わってやれなかったからな。それと、これから新しい仲間も増やしていくつもりだ。ミアも面倒を見てくれると嬉しい」
「ええ、任せてちょうだい。けど、マスター」
ミアが俺のほうをじろっと見てくる。
「私より先に、レイやキュイを選んだのはちょっと怒っているわよ」
ぷくーっと頬を膨らませてから、ミアは頬を緩めた。
……そういうものなんだな。
俺が困って苦笑を浮かべると、ミアは俺の体に尻尾を伸ばしてきた。
「外皮を削ればいいんだったかしら?」
「ああ」
「それなら、尻尾で削らせてもらうわね」
「……頼む」
ぎゅっと尻尾が全身を締め付けてきた。
蛇種の魔物に巻き付かれたときは、他のメンバーに助けてもらうのが手っ取り早い脱出手段だ。
そんなことを考えながら、外皮を削ってもらってニンの元に戻った。
ヒールで回復したあと、俺は最後に残していたヒューのもとに向かう。
ヒューの部屋は普通の部屋だった。
意外だったな。スライム種が好むような空間を造りあげているのだと思っていた。
スライムって何が好きなんだろうか? わりとなんでも雑食なので、部屋に対しての想像はできなかったが。
ヒューは今、液体のままで人型になっていた。
それがヒューの基本スタイルなんだろう。
「マスター、遅い」
「……悪い。ヒューとはいつも一緒に行動していたから、他の子の様子を見たくてな」
理由を伝えると、ヒューはひとまず納得した様子で俺の背中を押してきた。
「座って、座って」
「……ああ」
ヒューに押されるままに椅子に座ると、ヒューも俺の対面に座った。
「ヒューも、戦闘訓練じゃなくていいのか?」
「うん。たぶん、戦いたいのは、男たちだけ」
……まあ、確かにそうかもしれない。
とりあえず戦おうか、みたいな空気があったので、俺もそれに飲まれてしまっていたな。
「それじゃあ、何をするんだ?」
「ここで、ゆっくり話したい」
「……そうか」
たまには、そういうのもいいだろう。
ヒューにはいつもお世話になっているんだしな。
気軽な話をしよう……そうおもっていると、ヒューが首を傾げた。
「マスターは、この迷宮で誰が一番お気に入りなの?」
……いきなり、答えにくい質問だな。
「特に一番とかはないが……」
「……」
じーっとヒューが見てくる。答えてほしいようだ。
あまり誰かと誰かを比べて順位をつけるのは好きじゃない。
人によって得手不得手というものがあるんだ。
特に、迷宮の子たちはそれぞれできることがまるで違う。
戦った子たちだってそうだった。
皆それぞれの戦闘スタイルを確立しており、甲乙つけがたいものになっていた。
「みんな、大事な仲間だな」
「……うーん。じゃあ、じゃあ。見た目の、好みとかはある?」
「……」
また答えにくいところをついてきた。
ヒューは身を乗り出すようにしてこちらを見ている。
……見た目の好み、か。
それも、別に、優劣をつけるようなものはない。
ただ、ヒューはうーと唸るようにこちらを見ている。
……俺に一番好かれたい、のかもしれない。
それは俺が作った魔物だからなのだろうか?
「それも特には、ないな」
「胸?」
「……いや、思っていないから」
ヒューが液体を胸元に寄せてみたので、首を振る。
別に好きじゃないから。
みんな俺をどんな風に見ているんだ。失礼な子たちめ。
ヒューが腕を組み、それから俺の方に手を伸ばしてきた。
「マスター、手にぎって」
「……ああ、いいけど」
ヒューがテーブルに手を置く。
こちらに向いたその手をぎゅっと握る。ひんやりとしていて気持ちいい。
ヒューは嬉しそうに手を握り返してきた。
「これが何かあるのか?」
「……いつも、マスターにはチビな私で一緒にいたから。こうやって一緒になるの滅多にないから」
ヒューはうつむきがちにそういった。
……確かにそうだな。
ヒューといつも一緒にいると思っていたが、この大きさのヒューとは一緒にいなかった。
彼女の手をもう一度握り返すと、ヒューも嬉しそうに握り返してきた。
「たまには、こうやってゆっくりしていたい」
「……そうだな」
難しいことを考えずに、な。
ヒューには連絡手段になってもらうことも多かったので、確かに彼女への負担は大きかっただろう。
「今日はゆっくりしていような」
「うん」
それからしばらく、ヒューの部屋で休んだ。
ここ最近、色々あったな。
それを思い出のように語ったり、ヒューの話を聞いたりとしていると、結構な時間が経ってしまった。