戦闘訓練と交流会4
6月30日に3巻が発売します。
3巻の内容はすべて書き下ろしになっていまして、WEB版とはストーリーがまるで違います。
気になった方は手に取って頂ければと思います
サキュバスという種族であるキュイだったが、その体はどこか幼い。
キュイはじっとこちらを睨んできていたが、俺の腰ほどまでしか身長がないため、あまり威圧感はなかった。
……どちらかといえば、子どもが強気に睨んでいる。そんな感じだった。
「マスター、来るの遅い!」
「……悪かった。まずは先に、男の魔物たちの相手をしようと思ってな」
「え? なんでよ?」
「全員、戦闘訓練を行うって考えたら、まず先に近接戦闘が得意そうな人たちのほうがいいと思ったんだ。体力使うと思ってな」
外皮ではなく、実際のスタミナのほうだ。
キュイは納得した様子で頷き、それから頬を僅かに染めた。
「そ、それじゃあ……あたしってもしかして女だと一番目!?」
「……二番目、だな。レイと会ってきた」
「……うぅぅぅ」
じろっとキュイが睨んでくる。
……これなら、一番最初に選んだほうが良かったかもしれない。
次にこういった機会があれば、キュイを最初にしよう。
涙目でじろりと睨んでくる。……いつまでもその視線を向けられたくはなかったので、俺はそれとなく訊ねてみた。
「キュイも戦闘訓練でいいのか?」
「ううん、そういうのはいいからっ! ちょっとお出かけして!」
「お出かけ?」
「うん、デート!」
デート、と言われてもそれほど何も感じないのは、彼女が妹のように思えるからだろうか。
いや、マニシアに誘われたら血の涙を流す勢いで喜ぶので……妹ではなく、娘の方が表現は近いか?
いやいや、まだまだ俺はそんな歳じゃないぞ。
とにかく、明るい調子で行ってきたキュイに、俺は首を傾げた。
「デートって言っても……今から迷宮の外に出るのか? ……また今度にしないか?」
「また今度してくれるの!?」
「……いや、まあそれはいいんだが。今は迷宮内でできることにしないか?」
「できることよっ。マスター! ちょっとこっちのベッドで横になって!」
「……横に? どうしてだ?」
「あたし、サキュバスよ! 夢の世界で遊ぶの!」
……ああ、なるほど。そういうことか。
それならば、この部屋だけで完結するな。
俺はキュイに言われたままにベッドへと移動する。
ベッドで横になったところで、キュイが俺の手を握る。
「……マスターってこういう状態異常効かないんだっけ?」
「一応、受け入れようと思えば大丈夫だ」
だから俺はすぐにキュイの力を受け入れることにした。
体が拒んでいた魔力が体内へと流れてくる。同時、急激な眠気に襲われた。
……状態異常にかかるというのは中々体験することがない。
しばらく経ったところで、体が揺さぶられた。
「マスター、マスター起きて」
目を開けると、そこにはキュイがいた。
キュイ……でいいんだよな?
驚いたのは、彼女の体が変化していたからだ。
キュイがそのまま成長して、グラマラスになったような感じだ。
「ど、どう?」
「……いや、どうって」
「マスター、こういう子のほうが好きなんでしょ!?」
……いや、まあ嫌いではないが。
顔はそのままキュイなので、顔と体のバランスがおかしなことになっている。
そりゃあたまに幼い顔なのに、大人っぽい人もいるが……なんだろうか、キュイでは違和感のほうが大きかった。
「好きなほうではあるけど、キュイはそのままのほうがいいと思う」
「……本当にそう思ってる?」
「ああ。キュイに関して言えば、な。そのままのほうが魅力的だ」
少し照れ臭い。
ただ、そういうとキュイは嬉しそうに笑った。
その体が光ると、いつものキュイがそこにいた。
「マスター、それじゃあ今から付き合ってね!」
「……ああ」
ぎゅっと左手に抱きついてきたキュイとともに、俺は夢の世界を移動していった。
この夢の世界、キュイの想像したものがそのまま反映されるようだ。
さすが、サキュバスといったところか。人の夢を操るというのは容易なようだ。
例えば、俺に空を飛ぶ力を与えるなどもできるようだ。
……本当、夢なら何でもできるんだな。
それからしばらく彼女とともに遊んだあとで、夢から目覚めた。
体を軽く伸ばす。……頭も体もすっきりしているな。
「キュイ、何か俺の体にしてくれたのか?」
「ええ。サキュバスは夢の世界に入った人のエネルギーを奪えるの。それって、正のエネルギーもそうだけど、負のエネルギーもね。それらを等しく、あたしの栄養にできるのよ」
……ってことは、疲労などもサキュバスにとっては食事になるわけか。
「ありがとな。また疲れたときにしてくれると助かる」
「うん、いつでもしてあげるからねっ。ずっとだってね!」
よく見ると、外皮も削られていた。
……サキュバスにとって、夢の世界では自由自在に攻撃もできる、か。
改めて、健康体のスキルを持っていて良かったな。
俺はヒールで回復してもらったあと、ミアの部屋へと向かった。
「お疲れ様、マスター」
ラミアであるミアは、すっと俺のほうにお辞儀をしてきた。
蛇である下半身の尻尾の先が揺れている。
ミアの部屋は……森だ。
ほとんどの魔物が普通の部屋で暮らしていないのは、やはり魔物としての感性がそうさせているのかもしれない。
「ミアは……戦闘訓練か?」
「いいえ、私はマスターと一緒にいられればそれでいいのよ?」
……そうなのか?
ミアとともに森を歩いていくと、ミアはすっと俺の隣に並んだ。
そして、ぎゅっと腕を抱きしめてくる。
む、胸が当たる。ミアを見ると、彼女はにこりと微笑んだ。
「どうかしたの、マスター?」
「い、いや……なんでもない」
「ふふ、なんでもないというのは嘘じゃない? 体温、凄いあがっているようね?」
……ミアは魔物たちの中で一番体つきがいいからな。それは、仕方のないことじゃないか?
俺は意識しないようにしながらミアととも歩いていく。
森の中にはテーブルと椅子が一つあった。
「ここに座って」
「ミアの椅子はないのか?」
「ええ、私は座らなくても大丈夫なの」
そういったミアは、それからちらとこちらを見てきた。
「私、マスターのために料理を用意していたの」
「……料理か。作るような場所があるんだな?」
「別室にね。ちょっと待ってね、とってくるわ」
嬉しそうに微笑んだ彼女が、空間を裂き、別室へと移動する。
……料理、か。
しばらくして、ミアが料理を運んできたのだが――。
「ミア……それ、料理か?」
「ええ、そうよ」
……なんだその紫色の毒々しい物体は。
俺がひるむと、ミアはしゅんと少し元気なさそうな顔を見せた。
「……やっぱり、この料理って失敗なのかしら?」
「……いや、食べてみるまでは、分からないな。とりあえず、もらってもいいか?」
見た目は……正直いっておいしそうには見えない。
ただ、味は違うかもしれない。
それに、ミアが一生懸命に作ったのだ。そのマスターとして、食べるしかないだろう。
第一、俺は健康体を持っている。これがあれば、何でも問題なく食べられるのだ。
スープのようで、スプーンがついていた。それで一口分とってみた。
どろり、と液体が落ちた。……いや、スープじゃないなこれは。
固形の食糧としてみたほうが正しい。
「ミアは……よく料理をするのか?」
「……料理、好きなのよ。ただ、一度目以降は誰も食べてくれなくて。あんまり上手ではないのはわかっているわ。……私は好きなのだけどね」
ミアはスプーンで一口とって、口に運んだ。
何が合わないのか、考えているようだ。
つまり、ミアの味覚が独特なんだな。
……とにかく、食べてみないことには分からないだろう。
俺はスプーンで一口救って、口へと運んだ。
刺激的だった。