アバンシアの様子1
「兄さん、兄さん起きてください」
体が揺さぶられる。
……
世界で一番可愛い子がそこにいた。
マニシアが小首を傾げている。
いかんいかん。いつまでも見とれてはいられないな。
「マニシア、クランに顔を出すが俺の仕事は何かあるか?」
「そうですね……トゥーリ伯爵の元から派遣されている代官の方と話をするのはどうでしょうか? 町のことで、報告があるようですよ。他に仕事があれば、私が代わりに聞いておくこともできますが……」
「……そうだな。俺が直接会って話しておこう」
代官ともなれば、この町の領主のようなものだ。
これまでは、時々姿を見せる程度であったが、さすがにここ最近は領主邸に住み着いたらしい。
簡単に、現状代官様が話したいことをマニシアが食事をしながら教えてくれた。
領主邸に向かうため、俺は家を出た。
町を歩いていると、子どもたちがこちらへとやってきた。
「ねぇー見てみてルード兄ちゃん! この服、かわいいでしょ!」
「……ああ、良く似合っているな。どうしたんだ?」
「ホムンクルスのお兄ちゃんに作ってもらったんだ!」
「えへへー、いいでしょー!」
その奥から子どもたちに両手を掴まれていた、爽やかな男性ホムンクルスがこちらを向いた。
顔には大きな傷があり、片目は開かないようだった。
彼は俺に気付くと、慌てた様子で膝をつこうとした。いやいや、そこまでしなくていいから。
「子どもたちの面倒を見てくれているのか?」
「は、はい」
「ありがとな。子どもたちが迷惑をかけるようだったら、言ってくれていいからな?」
俺が笑いながら子どもたちに向けていうと、ぶーと頬を膨らませる。
「えー、ルード兄ちゃん! あたしたち迷惑かけないよ?」
「おまえたち、いつも俺相手にはわがまま言っているじゃないか」
「えへへー! リキッド兄ちゃん! あっちに遊びに行こう―!」
「は、はい……それではルード様、失礼します」
「……ああ。子どもたちのこと、よろしく頼むな」
「はい」
リキッドと呼ばれたホムンクルスは嬉しそうに笑い、それから歩いていった。
リキッドたちと別れてから、改めて町を見ていた。
まず、あちこちでホムンクルスの姿が見られた。
建築家たちと話をしているホムンクルスもいた。
……代官様に会う前に、一度町の様子を見ておかないとだな。
何も知らないままでは、話も合わないだろう。
俺は近くにあったレイジルさんの店に向かう。
確か、鍛冶の知識を持ったホムンクルスの面倒はレイジルさんが見ていたはずだ。
店の扉をあけると、多くの冒険者たちがそこにいた。……賑わっているようだな。
店員のミレナが、こちらに気付くと驚いたように目を見開いた。
「あっルード、ひっさしぶりー」
「久しぶりだな。レイジルさんはいるか?」
「うん、奥にいるよー」
「……了解だ。少し会ってくる」
ミレナの許可をもらい、店の奥へと向かう。
工房は蒸し暑かった。
鍛冶師であるレイジルさんと、何名かのホムンクルスたちがそこで作業を行っていた。
ホムンクルスたちは汗一つかかず、それぞれの作業を行っていた。
俺に気付くと、揃って頭を下げようとしたので、首を振る。
作業の邪魔をするためにきたわけじゃないからな。
「おう、ルード! どうした!?」
「ちょっと、ホムンクルスたちの様子を見ておきたいと思いまして。レイジルさんから、ホムンクルスたちについての話を聞いてみたいと思ったんです」
「そうか!」
レイジルさんがにかっと笑い、ホムンクルスたちの一人ずつの名前を呼んでから俺のほうにやってきた。
「わかりました、レイジルさん。こちらはお任せください」
三人共が頼もしく頷いてから俺はレイジルさんと別室に移動した。
レイジルさんが頭に巻いていたタオルで汗を拭きとっていた。
「いやぁ、ルード……おまえいい奴らを仲間にしてくれたな! まさか、あんな鍛冶技術を持った子たちがいるなんて知らなかったぜ!」
「……そうですね。彼らの腕はどうですか?」
「文句なんざ一切ねぇよ。あの子たち、教えたらほぼ一瞬で覚えちまうんだからな。若いってのは羨ましいねぇ」
……いや、それはホムンクルスとしての能力故だろう。
だからこそ、ホムンクルスたちが恐れられてもいるのだ。
彼らに知識と自我を与えてしまえば、いずれは立場が逆転してしまうのでは、と。
「良かったです。馴染めているようで」
「ああ、それは心配ねぇよ」
こくこくとレイジルさんは頷きながら笑っていた。
だが、彼の表情がすっと真面目なものに変わった。
「……なぁ、ルード。一ついいか?」
「……なんですか?」
「あの子たちは……大丈夫だよな?」
「……大丈夫、とはどういうことですか?」
レイジルさんが俺のほうを見て、口元を緩めた。
「……特殊なホムンクルスなんだろ? それって、本来製造されちゃいけねぇんだろ? だから、いつかは……その殺されちまうんじゃないかって心配しているんだ」
「レイジルさん」
「オレには一人の人間にしかみえねぇんだ。酷い目にあったりしねぇよな?」
「……俺も、あの子たちが苦しむところは見たくありません。だから、何があっても彼らを守ります」
それは本心からの言葉だ。
ルナを拾ってから……それから新たなホムンクルスたちを拾って……俺は彼らが苦しい目にあわないようにしたいと思った。
「俺もレイジルさんと同じ気持ちですよ」
「……そうか。おまえの言葉なら、安心できるぜ。悪ぃな。変なことを聞いちまって」
「いえ、いいんです。貴重な時間をありがとうございます。ホムンクルスたちが、馴染めているようで良かったです」
「おう。そいつは問題ねぇよ。つーか、みんなオレなんかよりも立派な鍛冶師だっての。店が繁盛しているのも、どう考えてもあいつらのおかげだしな」
「……そうなんですね」
笑いながら俺たちが部屋を出るために扉を開ける。
と、そこには二人のホムンクルスがいた。
一人は工房で見た子だ。もう一人はサミミナだ。
……ちょっと俺に対して妄信的な態度を見せるサミミナは、何やら俺をじっと見ていた。
サミミナの隣にいたホムンクルスが困った様子で口を動かした。
「サミミナが、ルード様がこちらに入ったのを目撃したようで来たので、そのご案内をしようと思ったのですが……」
「そうか。もう、レイジルさんとの話は終わったから大丈夫だ。レイジルさん、それじゃあこれで」
レイジルさんに一度頭を下げた。レイジルさんはにかっと笑ってから、頭にタオルを巻きなおした。
「おう、また今度ゆっくり遊びに来てくれよ」
「はい」
そこでレイジルさんの鍛冶屋を出た。
店の外に出たところで、サミミナがすっと頭を下げた。
「申し訳ありません、ルード様。お話の最中、お邪魔してしまって」
「いや、ちょうど話は終わったからいいんだ。それで、何か用事だったのか?」
「そ、その……私が新しい薬草を育てまして、ギギ婆様にポーションを作製してもらいました。かなり効果が高いそうで……今は冒険者たちにも馬鹿売れでして――」
「……そうだったのか」
新しい薬草、か。
……ブルンケルス国には、それだけの技術があるんだよな。
ここにいるホムンクルスたちだってまだ、その技術の一角に過ぎないのかもしれないのだ。
俺たちが想像している以上に、あの国は発展しているのかもしれない。
……それが、脅威とならなければいいのだが。
「それで、サミミナは状況を伝えに来てくれたのか? ……ありがとな」
もしかしたら、俺が町を聞いて回っているのを聞きつけたのかもしれない。
俺が褒めると、サミミナはその場で幸せそうに体を震えさせていた。
頬が少し赤い、興奮気味に鼻息を荒くしていく。……ちょっと反応が過剰なんだ。
と思ったら、次の瞬間にはしゅんと落ち込んだ。
「……ど、どうした?」
「……い、いえ……その。褒められてそれはもう、天にも昇るほどに嬉しかったのですが……その、私は褒められるようなことなど何もしていないことを思い出してしまいました」
「何か、したのか?」
「本来、私はルード様のお邪魔をしてはいけない立場なのです……っ! ですのに、私はルード様が家から出たのを目撃し、声をかける勇気が出るまであとをつけ、あげくの果てにはここまで来てしまいました……! 外で待っていればいいのに、やはり気になってしまって中に入り、他の人にも迷惑をかけてしまい……っ! そして、声をかけようとしていた理由が……さ、先ほどの薬草の件で褒めてほしいからというなんとも俗世的な理由だったのです! 申し訳ありませんでした!」
長い。サミミナが額を地面にこすりつけ始めたので、俺は慌てた彼女の肩を叩いた。
サミミナが顔をあげる。
……とにかく、だ。
「頑張ってくれたんだな、ありがとう」
「……はぅぅ!」
サミミナはその場で勢いよく背中から倒れた。
……誰か助けてくれ。