帰還4
こちらを見ていたリリアに俺は思わず頬がひきつった。
どうしてここにいるんだ。
てっきり事務的な仕事をしているのだと思っていた。
こちらを見ていたリリアがすたすたと歩いてくる。
「リリィ、何もされてない?」
「はい。大丈夫ですよ」
リリアはリリィを抱きしめて頭を撫でていた。リリィも嬉しそうに頬ずりをしている。
よかったよかった。
俺は標的にされる前にここから逃げ出すことを決意する。
リリアへの相談はまた今度にしよう。
そう思って歩き出したのだが、すでにリリアが俺の肩を掴んでいた。
「ルード。さっき何してたの?」
掴まえてきたのは当然リリアだ。
表情が怖い。
「いや、リリアとリリィに、迷宮攻略の依頼があったからな。その相談だ」
別にやましいことは何もしていない。
俺はあくまで、リリィにそれについて相談していただけだ。
「あんなに近づく意味があったの?」
「……それはすこし声が聞こえにくかったからな」
リリィに内緒と言われていたため、それ以上の言葉は伝えられなかった。
俺の方をじろっと見ていたリリアは、それから小さく息を吐いた。
ひとまずは、落ち着いたようだ。ほっと胸をなでおろす。
「それで? 私たちに依頼って一体何?」
「正確にいうなら、俺たちのクランだ」
それから先ほどリリィに伝えていた内容について、簡単に説明した。
するとリリアは何度か頷いたあと、リリィを見る。
「リリィはやってみたいの?」
「うんっ。お姉ちゃんはどうですか?」
「……私はどちらでも。ただ、リリィがやりたいなら私も構わない」
意外とあっさりと決まった。
「ギルド職員の仕事は大丈夫か?」
「ギルドは国が運営している。問題ないと判断しているからこういう話が来たんじゃないの?」
「……そう、だろうな」
俺もそこはそれほど心配していなかった。
これで、二人は参加することになったな。
あとはニンと、もう一人だな。
リリィも言っていた通り、マリウスがいいだろうか。
「それにしても、空中大陸、ね」
リリアが少し震えると、リリィが口元を緩める。
「お姉ちゃん、怖いんですか?」
「こ、怖くない」
「別に怖がっていてもいいじゃないですかっ。可愛いですよお姉ちゃん! ね、ルード」
そこで俺に振らないでくれ。
困った俺は小さく頷いておいた。
「……」
リリアが不満そうに唇を尖らせ、こちらを睨んでくる。
だが、リリィがぎゅーっと抱きしめると、リリアはひとまずは落ち着いた。
「それじゃあ、二人とも。また詳しい話はあとでするから」
「……わかった」
「はい、わかりました」
リリアたちと別れたあと、町を歩いていく。
ホムンクルスたちや町の人たちなど、俺がいなかった間の状況を聞いて回っていった。
グリウルたちの様子も見にいったが、ひとまずは問題なさそうだ。
その実力もあって、町の自警団とも協力してくれている。
頼もしい限りだ。
〇
一日が終わり、家に戻ってきた。
マニシアとともに夕食の準備をしていると、
「あーつっかれたー」
ニンが家へと戻ってきて、背筋を伸ばしていた。
「ニン、教会のほうはどうだった?」
「そうね。問題なさそうだったわ」
「それならよかった」
教会はニンがいるから大丈夫かと思い、今日はまだ見ていなかった。
あとで様子くらいは見に行こうとも思っていたが、問題ないのならよかった。
夕食をテーブルに並べていると、玄関がノックされた。
「おーい、開けてくれー!」
元気な声が聞こえてくる。
マリウスのものだな。
俺が玄関に向かうと、想像通りマリウスがいた。
にかっと笑った彼が、部屋に入ってきた。
「夕食食べるか?」
「いいのか?」
「まあ、多めに作ってあるからな」
来るかもしれない、となんとなく思っていたからな。
マリウスが無邪気に頷き、部屋に入る。
それから少ししてルナが戻ってきて、全員で夕食を食べ始めた。
魔物肉と野菜のシチューだ。
よく味が染み込んでいておいしい。
パンをシチューにつけて食べながら、俺はマリウスとニンを見た。
「二人とも、少しいいか?」
「ん? なんだ?」
「マリウス、頬にシチューついてるぞ」
「え? そうか?」
……まったく。
マリウスが頬を拭う。
ニンは隣にいたルナに聞いていたが、ルナは首を振っている。
「あたしはシチューじゃないみたいね。何か用事?」
「そう、だな。今俺たちのクランに国から依頼が来ているんだ」
「へぇ、どんなのよ?」
「空中大陸に出来た巨大迷宮の攻略、だそうだ。俺やキグラス、リリア、リリィ、ニンを名指ししてな」
「それって、前のあたしたちのパーティーってことよね」
「ああ。迷宮攻略に関してもう一人人数が欲しい場合は、俺たちのクランで用意してもいいし、国で選ぶという選択肢もあるそうだ」
「なるほどね。それで、最後の一人がマリウスってわけね」
ニンのいう通りだ。
マリウスならば、迷宮には詳しいし実力も申し分ない。
パーティーのバランスを考えてみても、彼のほうがいいだろう。
「そういうわけで、二人が受けるかどうかって話なんだが」
「あたしはリーダーに従うわよ」
……それなら、大丈夫ってことだろう。
「マリウスはどうだ?」
「迷宮攻略ならばもちろん行こう。楽しそうだしな」
「……そうか」
ちらと視線を向けると、ルナが首を傾げた。
「ということは私は今回はお留守番ということでしょうか」
「そう、なるな。ルナにはマニシアと協力して町を任せておきたい。お願いできるか?」
「わかりました。お任せください」
ルナがこくりと頷いた。
思っていた以上に、すんなりと決まったな。
「出発はいつにするのよ」
「世界会議が空中大陸で開かれるらしい。それに合わせて移動を行う」
「それなら、しばらくは大丈夫ね。まあ、いざとなればセインリアで直接向かえばいいんだしね」
「……空は大丈夫か?」
「やっぱり地上で行きましょうか」
「というか、空中大陸に行ったことはあるのか?」
「あたし、今回の話はパスしてもいい?」
「……いや、まあどうしても無理なら別にいいんだが」
「……半分、冗談よ」
もう半分は……? そう思ったが、ニンは食事を始めたので俺は口を閉ざすしかなかった。