聖誕祭17
レフがちらとこちらを見て来る。
その瞬間、キグラスが突っ込んだ。
さっきよりも早い。彼がスキルによって肉体を強化したのだろう。
キグラスに合わせるように、リリアが動く。
先ほどとは違い、今度は完全にリリアがキグラスを補助するように動いていた。
チャンスを伺う。
俺が奴に攻撃をできるのは一度だけだ。
レフは素早い。身体強化したキグラスがどうにかついていけるほどだ。
攻撃を外すわけにはいかない。
緊張が自分の体を襲う。
俺はごくりと唾を飲みこむ。
その瞬間、見えた。
キグラスがレフに剣を叩きつけ、彼の体を押すように力をこめる。
生まれた隙。俺はそこへ飛び込むように突っ込んだ。
走り出し、スキルを発動する。
俺の渾身の一撃を、叩き込む。
キグラスが離れる。
よろめいたレフへと剣をたたきつけようとした瞬間、レフが体を無理やりにひねった。
振り抜いた俺の大盾から逃れてみせる。
レフの左腕がありえない方向に曲がっていたが、レフはそれを意にも介さない。
ホムンクルスゆえの不可能とも思える、本来の可動域を無視した回避。
それを目の前でまじまじと見せつけられた。
ここで踏み込んで確実に当てなければならない。
俺もさらに足を込めて、距離をつめる。
だが、隙をなくしたあいつにどうやってスキルをぶつける?
「ルード、突っ込め!」
キグラスの叫びが聞こえた。
俺の肉体に痛みのようなものが襲ってこようとした瞬間に、俺は犠牲の盾を解除する。
キグラスが膝をつきながら、こちらに片手を向けていたのが視界の端で理解できた。
その瞬間、俺の体が羽でも生えたかのように軽くなった。
……何かしらのスキルを発動したのか? とにかく……これなら、やれる!
まっすぐに距離をつめ、大盾を振り抜く。
加速した俺にレフは明らかに驚いた顔をしていた。
どうにか回避しようとしたのだろうが、大盾が足にかすった
その瞬間に、スキルを発動する!
彼の体へとあたり、衝撃がかけぬける。
レフの体が吹き飛び、その体が地下の壁にあたった。
彼を押さえるためにすかさず距離をつめると、レフが立ち上がる。
息を乱しながらも、まだ動けるだけの力を持っていた。
それにただただ、驚愕していた。
しかし、彼はふっと力を抜いたように笑った。
まだ、やるのか?
油断なく盾と剣を構えていると、レフは小さく微笑んだ。
「……ホムンクルスを大事にする人間がいてくれてよかったな」
そう彼はつぶやいた。一体、どういうことだ?
彼の穏やかな表情は、次の瞬間には消えた。
彼の姿がぶれるようにして、変化する。
肌は黒に近い。
精悍なかおつきをした彼は、表情を引き締め、そしていった。
「俺の名前はレルド。今回は引かせてもらうが……ホムンクルスは死なない」
「逃がすか……っ」
俺が駆け出し、その足へと剣を振りぬく。
しかし、レルドと名乗ったホムンクルスはかわさなかった。
その足をさっと斬りつける。倒れたレルドはそれから淡々と言葉をつなぐ。
「この体は仮初に過ぎない。魂を新しい体に、引き継がせてもらう」
そういった瞬間、彼の目からふっと力がぬけた。
どさり、と敵はそのまま倒れて動かない。
目は見開いたまま固まり、まるで、中身が抜けてしまったかのように動かない。
俺は慎重に彼の顔を動かして見たのだが、その両目は見開いたままで固まっていた。
口も、表情も、全くなかった。
駆け寄ってきたのは荒い呼吸をしていたキグラスだ。
「ちっ、逃げられたか」
「……逃げた、どういうことだ?」
「こいつらは、記憶を別のホムンクルスに引き継げる特殊な個体もいるらしいからな。……また、別の場所で情報を集め直しだな、こりゃあ」
キグラスは小さくため息をついた。
……ただ、とりあえずこの場での危機は去ったということでいいのだろうか?
「ありがとな。おまえのおかげで仕留めきれた」
「おまえが、ノロすぎるんだよ。もっと俊敏に動けよ」
「なら、おまえが仕留めきれよ。アタッカーだろ」
「うっせ」
キグラスは胸に片手をあてていた。
「そういえば、さっきのスキルはなんだったんだ?」
「あ? ライフバーストだ」
「……どんなスキルなんだ?」
「外皮を削ることで、肉体の強化や、強力な技を繰り出せるスキルだな」
「……それが、俺の外皮を削っていたのか?」
「そういうことになるな」
「そうか」
というか、他者の強化にも使えたんだな。
便利なスキルを持っているようだ。
俺たちがそんなことを話していると、地下の入り口に教会騎士がやってくる。
「……教皇様っ! 街の鎮圧は終了しました! 結界を解除していただいても大丈夫です!」
駆け込んできた騎士がこちらを見る。
キグラスが近づいて、男の左胸を触る。
「なっ、いきなり何をするんですか!」
男がいやん、と胸を隠すように離れた。
「こいつは、本物みてぇだな」
そんな確かめ方があるかよ。
俺が呆れてため息をついていると、聖女たちも結界を解除した。
ふぅ、と疲れた様子で息をはく。
ベリーたちに至っては、ぐったりと倒れている。
立ち上がったニンが、俺の方に回復魔法をつかってくれた。
「お疲れ様」
「ニンも、な」
彼女が微笑み、キグラスがこちらへとやってくる。
「オレにはなしかよ」
キグラスがふざけた調子でいうと、ニンはため息をついたあと、回復魔法を使ってやった。
キグラスは一度息を吐いてから、教皇のもとへと向かう。
「情報は渡しておいたってのに、随分じゃねぇか」
「もう少し、正確性が欲しいところじゃったの。それに、何度もいっていたが、起こしてから止めるなと話しておったじゃろう」
「情報? ……ということは、教皇様が話していたのってキグラスのことだったんですか?」
「まあ、そうじゃな」
教皇様がいっていた、スパイとやらは、キグラスのことだったのか。
ただ、キグラスは末端だったため、そこまで多くの情報を得ることはできなかった、というわけか。
俺はルナとグリウルに状況の確認のための連絡をとる。
……問題はなさそうだな。
〇
街はあちこちに大きな傷があったが、それでも3日もすれば、行えなかった祭りが再開された。
というのも、元気がなくなってしまった街の人たちの不安を取り除くというのも目的の1つだった。
新たな聖女の発表。それが、まさに、人々に勇気と力を与えてくれるはず。
大聖堂にある庭につくられた大きな壇上では、教皇様が話をしていた。
一人一人の聖女を紹介し、そして、ニンが引き継ぐように話をする。
まだまだ、未熟者たちだけど、ニンも指導をしていく、というような感じの話だ。
……教皇様曰く、ニンが表に出る回数を少しずつ減らし、他の聖女へ完全に引き継いで、ニンを聖女の任から解くという話だ。
なるほどなぁ、とやり方に感心していた。
祭りはすぎていく。夜になると、あちこちで楽団が演奏し、人々が楽しそうに踊っていた。
街は騒がしく、大聖堂ではどこかゆったりとした貴族のような踊りがあちこちで行われていた。
舞踏会に参加していた俺は、テラスでじっと外を見ていた。
すでに、グリウルたちは街に帰した。
ひとまずは、すべて落ち着いてはいる。
ただ……マリウスとは、未だ連絡がつかない。
ヒューもどこかに放りだしたようで、マリウスとは一緒にいないんだ。
一体、どこで何をしているんだマリウス。
ドレスに身を包んだニンがこちらへとやってきた。
……綺麗だな。
会場にいた人々も、みなニンに視線を奪われていた。
そんな彼女がゆっくりと近づいてきて、俺の前で一歩足を止めた。
「約束、してくれたでしょ。いっしょに踊るって」
「そう、だったな。あんまりうまくないが、いいか?」
「ここにダンスの講師はいないわよ」
彼女が手を掴んできた。
俺はそんな彼女の手を握り返す。
わずかばかりに頬を染めるニン。
俺も不格好な動きで、彼女に合わせていった。
本日、漫画版の『最強タンクの迷宮攻略』が発売されます。
手に取っていただければ嬉しいです。