聖誕祭12
書籍化とコミカライズします。詳しくは、活動報告に載せました。
併せて、タイトルとペンネームも変更します。
「ブルンケルス国から?」
まさか、ここでその名前が出るとは思わなかった。
「オレたち、緑狼はそこで緑竜様に仕えていたんだ」
色の竜、か。
黒、白、そして緑か。
「仕えていたというのは、どういうことなんだ?」
「まあ、簡単に言えば、緑竜様を守る盾のような存在だ。もともと、俺たちはただのウルフだったが、緑竜様に力を与えてもらい、こうして人にも変化することができるようになったんだ」
「……強い魔素の力ってことか?」
「ああ、だが、決して悪い魔素ではない。緑竜様を侵食したアレとは違ってな……っ」
悔しそうに彼が拳を固めていた。
「……俺も色々とブルンケルスの情報は聞いている。黒い魔物のようなものについても、いくつか聞いているんだ……話してくれないか?」
「……そう、だったのか。オレたちはブルンケルス人に襲われた。奴らが持っていた黒い水晶のようなものが光をあげると、緑竜様の体にどす黒い魔素が流れ込んだんだ」
「……それで、暴走したのか?」
「ああ……っ! オレの仲間も何人か飲まれ、暴れてしまったやつもいる。……この先に村があるが、そこにも何人か軽度ではあるが汚染されてしまった人がいるんだ。200人いたオレたち戦士は、仕えるべき主を失い、そうしてここに逃げてきた」
「……待て。今もこの先の村に汚染された仲間がいるのか?」
「ああ。いるさ。のこっている我が部隊は30人。うち、半分の15人がな」
「それなら、今すぐ見せてくれ。どうにか、できるかもしれない」
「なんだと!?」
「俺も今までに浄化の魔法とあわせて治療を行ってきた。……もしかしたら、おなじように治せるかもしれない」
「ほ、本当か!? それなら……頼めないか!?」
グリウルは両目に涙をためながら、俺の胸を掴んできた。
「ああ。案内してくれ」
「こっちだ!」
そういうと彼は慌てた様子で俺の手を握った。
彼が引っ張っていった先には、木造の家がいくつも並んでいた。
これを数日で作り上げたのか?
グリウルの仲間たちは、ウルフの姿の人もいれば、人間状態の者もいる。
そんな彼らは、住処を走る俺たちに目を見開いていた。
しかし、グリウルを見て皆が動きを止めている。
グリウルの血相変えた姿に、誰も何も言うことはなかった。
……一種の信頼があるのだろう。
俺たちに対しての視線はいつの間にか失せていた。
グリウルに引きずられるようにして、村内でもっとも大きな建物にたどり着いた。
中に入ると、どんよりとした空気が満ちている。
男性、女性の姿があった。……ただ、少し目のやり場に困る。
魔物だからだろうか。局部だけを隠した服装の人ばかりだ。あまり、気にしないのかもしれない。
倒れている人たちを看病している人。
横になっている人々の体には、黒い魔力のようなものがところどころに目立っていた。まるで、火傷のようにそれらはあった。
片腕、あるいは片手程度の傷だ。
「グリウル、どうした!? 人間……っ!?」
即座に牙を見せつけるように立ち上がった大男。
その目には、人間に対しての強い憎悪のようなものが感じられた。
彼らにとって親同然の緑竜を人間たちが傷つけたのだから、それも仕方ないか。
しかし、グリウルが片手をあげると、大男は体を止めた。
「待て。彼はかの白竜様に仕えている人間だ」
そういった瞬間、ざわざわと驚きが伝染する。
……そんなにセインリアって凄い存在だったんだな。
人間に決して友好的ではないが、敵対もしない種族として有名なくらいが俺の知っている知識だ。
「こ、この人間が、か」
「それと……黒い魔力も治療したことがあるらしい。白竜様も、かつてこの方に黒い魔力を払ってもらったことがあるらしい」
そういった瞬間、彼らの表情が明るくなった。
そうして、大男はすぐさま額を地面にこすりつけた。
「た、頼む! オレの娘がっ! さっきは悪かった、助けて、助けてくれ!」
「……わかっている。こちらも黒い魔物、ブルンケルス国に関しての情報が欲しい。治せたら、正直にあったことすべてを話してくれ」
俺はそういってから、彼の近くにいた女性の体に手を触れる。
彼女を仲間と認識して、体内に引き受ける。
それから、ルナが俺に浄化の魔法を使う。
このぐらいなら問題ない。
俺は建物内にいた人々の黒い魔力を引き受け、ルナの浄化魔法で一気に治す。
途端、苦しそうなうめき声をあげていた人々の表情が和らいだ。
「お父さん……? あれ、私……苦しくない……」
「おおっ! か、神が助けてくださったんだ!」
……魔物たちの神っていえば、魔神になるのか?
いやいや、俺は人だ。
なんでもいい。とにかく全員の治療を行っていく。
「す、すげぇ……っ!」
「誰も手の打ちようのなかった傷をこんなあっさりと……っ!」
「ありがとうございますっ、ありがとうございます!」
感謝をあちこちから伝えられ、少し困る。……あれだな、聖女様の立場を味わっているような気分だ。
と、俺の前でグリウルが膝と拳をついた。
「……感謝いたします、ルード様!」
「……そんないまさら改まらなくてもいいっての。俺はおまえたちから情報を聞きたいと思っている。……話してくれないか、何があったのか」
「はい、わかりました。ただ、場所を移しましょう」
「普通に接してくれ。やりにくい」
すたっとグリウルは顔をあげる。
「しかし、仲間たちを救ってくれたあなた様に失礼な態度は――」
「それじゃあ命令だ。さっきまでと同じようにふるまってくれ」
「ずるい」
「ずるくない」
「……わかりました。いや、わかった。それじゃあ、ルード、別の家に行こう。その前に、治療したこと、仲間たちにも報告させてくれ」
「ああ、そのくらい構わない」
そう伝えると、彼はやんわりと笑ってくれた。
グリウルが笑っている姿を見たのは初めてだ。……それだけ、彼の張り詰めていたものがほどけたのだろう。
人間とそう変わらない無邪気な笑みだ。
グリウルが建物から外にでて、それから息を思いきり吸った。
そうして、声を張り上げる。
「みんなを蝕んでいた黒い魔力が、治療された! この村に残っていた人全員が、無事に生き残ったぞ!!」
グリウルが叫ぶと、村にいた人々は驚いたように目を見開き、それから建物へと向かう。
グリウルは最低限、村の警戒に当たる魔物だけを残し、それから別の建物へと入っていく。
俺たちもその背を追う。
建物内は何もない。
殺風景どころの話ではなかったが、魔物である彼らはこのくらいあれば生活できるのかもしれない。
……失礼に当たるかもしれないが、大きな犬小屋、と思えばそんな気がしないでもなかった。
「感謝するルード……っ。オレは族長でありながら、仲間をロクに守れず、さらに失うところだった……っ! この命のすべてを、おまえに預けようっ!」
額をがつんと床にこすりつける。そういえば、さっきの大男も同じようにしていたな。
「そんな重たいからいいよ」
「お、重たいだとっ。これでも体重はある程度操作できる。ほら、子犬にも変身可能だ」
そういうと小さな子犬に変身してみせた。
緑色の子犬は可愛らしく尻尾を振っている。
おお可愛い……じゃなくて。
「……そうじゃない。おまえは族長で残ったみんなを守りぬかないとだろ。俺はさっきも言った通り、情報をくれればそれでいい。何があったんだ?」
グリウルは一瞬で人の姿に戻る。
衣服などもそのままだ。体の変化にあわせ、伸縮する服もあったな、そういえば。
「……そうだな。どこから話すか。ブルンケルスという国についてから話したほうがいいか」
「……ブルンケルス。何かあったのか?」
「どうにも、王が乱心でもしたのか知らないが……ここ最近は随分と荒れているんだ。国内で祀っていたはずの精霊たちのもとに訪れ、無理やり黒い魔力を浴びせ、精霊たちを自分の支配下に置いている。赤、青、黄、緑……この四の精霊たちすべてが、やられてしまった……もしかしたら、白と黒の精霊も同じようにやられているかもしれない」
「……そうか。精霊といえば、ブルンケルス国にとっては神様みたいな存在だよな?」
「ああ、精霊たちの力は絶大だ。それこそ、かつて竜の国を滅ぼした黒竜のように、一体が国一つを亡ぼせるかもしれないほどの力を有している。ブルンケルスは、もしかしたらその力を使って戦争を行おうとしているのかもしれない」
「……本気で言っているのか?」
「ああ」
まったく予想していなかったわけじゃない。
だが、最悪すぎる結果に俺は額に手をやる。
「……異常を察知した我ら竜の兵士が、ブルンケルスに話をつけにいったが……皆……死んでしまった」
「緑以外の竜の兵士もってことか?」
「ああ……。全滅はしていないだろうが、我らと同じく半壊以上はしている、だろう。……それも、あの国の兵士たちが異常に強いのが原因だっ」
「そんなに、なのか?」
「……ああっ! 奴らは無尽蔵の体力を持ち、殺した魔物の魔石を食らい、スキルや経験を回収していくっ! そのまま、我らと同じ姿に変身するものまでいたんだ! あんな人間など、見たこともない! それに、追い詰めたと思えば、奴らは黒い丸薬を食らい、黒い魔力をまといだすのだぞっ! あんな戦い方、見たこともない! あれはまるで、魔界の力をそのまま体内に取り込んでいるかのようだ!」
「恐らく、そうなんだろう」
「なにっ!?」
「あいつらが、そういう研究をしているというのは考えられていた。……実用的なところまで
来ているとは知らなかったが。……無尽蔵の体力を持つ人間は、恐らく戦闘型ホムンクルスだ」
「なんだと!? そんなものまで作っているのか!?」
「……ああ」
グリウルが両手で頭を抱えていた。
それにしても、丸薬か。
「一つ確認したい。おまえたちは全員、黒い魔素を浴びたのか?」
「……ああ」
「グリウルや一部の魔物たちは大丈夫なようだが、どうしてだ?」
「それはもともと、魔力が強いからだろう。魔界の魔力というのは、多くの生物にとって毒だ。だが、それに耐えられる強い個体もいる。オレたちはその強い個体というわけだ。オレは、強い」
グリウルは自慢げに親指を自身に向けている。
……少し思ったのだが、彼は結構抜けているのでは?
「人間は……どうなんだ? 無理やり汚される可能性はあるのか?」
「人間はおそらくないだろう。おまえたちは神の加護を受けている。自ら取り込まない限りは、それが体を守ってくれるはずだ」
……だが、どうなんだろうか。
魔素は俺の体を侵食してこようとする。
……神の加護でもどうしようもないときは、人間も同様に魔素に支配されてしまうのではないだろうか。
実際、過去にもそういったことはあったはずだ。
「魔物たちは、魔神の味方ってわけじゃないのか?」
「この世界にいる魔物に、魔神の味方などはいないだろう。我らは魔界より追い出された魔物たちだからな。それこそ、魔神は自分の優れた直属の部下……魔王を持っていると聞く。魔神からすれば、それ以外はすべて敵と思っているんじゃないか?」
「……そうなのか。魔物も色々とあるんだな」
「ああ。そうだ」
そこで一つ息を吐く。
グリウルは立ち上がり、それから両手と頭を地面にこすりつけた。
「ありがとう、ルード! おまえのおかげでみんなを助けられた!」
グリウルは――気持ちのいい奴だな。