聖誕祭11
クラン説明会は無事終わった。
これで、多少なりともうちのクランの知名度があがってくれればいいんだがな。
次の日。いつもどおり、依頼を受けるためにギルドへと足を運ぶ。
昨日の効果だろうか。
周りの冒険者たちから見られているような気がする。
少しは効果があったのかもしれない。
注目されている中でどんな依頼をとるかというのは少し迷う。
今日もルナと二人で依頼を受ける予定なので、そんなに難しい依頼は受けない。
受けた依頼は、Cランクだ。内容を見ても、それほど脅威さはない。なんなら、Dランクでもおかしくない。
恐らく、Cランクになった理由は距離だ。ここから結構遠いところに位置しているからな。
セインリアで移動できる俺たちなら、問題ない。セインリアがいつか文句を言ってくるかもしれない。あとで、何かうまいものでも食べさせてあげないとだ。
依頼を受けた俺たちは、西へとずっと飛んでいく。
そうして、依頼にあった魔物を見つける。群れのウルフたちだ。通常のウルフが橙色の毛を持つのだが、こいつらは赤色だ。
レッドウルフと呼ばれる種族で、旅をしながら群れを増やしていく種だ。
旅というのが厄介で、生態系に影響が出てしまう。
ギルドの依頼掲示板を見ると、頻繁に討伐依頼が出されている魔物でもある。
そんなレッドウルフたちを、俺たちはセインリアからじっと見ていた。今日はゴンドラではなく、セインリアの背に乗っている。
ルナが眼下を見ながら、魔法を発動する。レッドウルフの群れたちは、まだこちらに気付いていない。
いや、恐らく魔法を受けるまで気づくことはないだろう。
「ライトニングレイン」
ルナが片手を振り下ろすと、そこから雷が降り注いだ。
一体のレッドウルフを雷が貫き、群れのリーダーと思われる者がこちらを見た。
だが、そこから何か抵抗されることはなかった。
落雷によって、群れは全滅――。これで依頼は達成だ。地上へと降りて、素材を回収していく。レッドウルフの牙が討伐証明となる。
ルナは闇雲に魔法を使っていたわけではない。顔付近に雷を落とさないように、すべて調節していたようだ。
「マスター、このくらいでいいですか?」
「ああ、ありがとな」
ほとんどをルナが行ってくれる。……これ、俺は必要なかったな。
近くに生えていた薬草をセインリアが食べようと顔を伸ばしている。他の雑草は嫌いなようで、薬草以外は吐き出している。
食べづらそうだったので、俺が薬草を掴んで口元に運ぶ。セインリアは嬉しそうにかぶりついた。
予定よりずいぶん早く依頼も終わったので、セインリアとともに地上を歩く。
薬草を拾っては口元に運ぶ、という作業を繰り返す。……あれだな、軽い散歩だ。
周囲にいる魔物たちからすれば、震え上がるような状況だろうが。
そうしてしばらく歩くと、木々の密集地帯についた。
森というほど大きくはないが、魔物たちがよく根城にしているのは知っている。
……なんだろうか。少し変な感覚があった。
最近、魔物の気配に敏感になったように感じていたが、それに近いものがここにはあった。
ただ、ここに魔物がいるという話は聞いていない。
ギルドも把握していない魔物がいる可能性もある。ここまできたついでだ。確認だけでもしておこうか。
「ルナ。もう少しここを調査してみようか」
「承知しました」
「セインリア。魔物の素材をもって、一度空で待機してもらっていいか?」
「ぎゅいっ!」
セインリアが、空へとあがっていく。
なにもなければいいのだが。
ここは街から離れている。だから、大丈夫だとは思うが……聖誕祭も近いからな。少しでも不安材料は取り除いておくに限る。
ニンにとって大事な祭りだし、クランリーダーとして出来る限りの協力はしたい。
中を歩いていく。木々に違和感はないが……歩いているとべっとりと肌に張り付くような感覚があった。
ルナも気付いたようだ。顔を顰めている。
「ルナ、分かるか?」
「魔法が形成されています。この森……全体にですね」
俺たちはまっすぐ、問題なく歩き出口側についた。
……なるほどな。
「たぶん、幻覚の魔法だ。ルナ……干渉できるか?」
「はい。可能です」
ルナがそういって片手を向ける。
ばちん、っという音とともに魔法が砕けたのがわかった。
綺麗な木々が並んでいたのだが、それらは幻覚によるものがかなり大きかったようだ。
ルナが解除したことで、傷だらけの木なども目立つ。
まるで、ここで戦ったかのような形跡が残っている。
何かあるな。
幻覚の魔法で、人の目を騙すような知能を持った何かが、ここにいる。
「ルナ、気を付けて進むぞ」
「……はい。マスターも気を付けてくださいね」
お互いに頷きあって、一歩を踏みこむ。
しかし、すぐに俺たちは足を止めることになった。
「止まれ」
男の声が響いたからだ。
男は姿を隠している。声はまるで空から降ってきたかのように聞こえ、どこにいるかまでは把握できなかった。
しかし、ぴりぴりとした張り詰めた空気はわかる。どうやら警戒されているようだ。
相手が言葉を話せるというのなら、まだましだ。
「俺は冒険者だ。おまえが何者かはわからないが、ここで何か問題を起こそうとしているのなら、報告する義務がある。なぜ、ここにいる!」
声を張り上げて、そう問いかける。
向こうからの返事はない。
「オレたちは移り住んできた魔物だ。邪魔をするというのなら、おまえたちを殺すまでだ」
「……魔物、だと?」
「ああ、魔物だ」
これほど流暢に話す魔物。
それが気になる。……俺が進化させた魔物たちで、ようやくあれほどの知能を得たのだ。
彼らもそれに準ずる進化をしているというわけだろう。
……とりあえず、情報を引き出すために話をしていこう。
「ここ最近。ここの生態系がわずかに変化したと聞いた。おまえたちが住み着いた時期と合致している。今後も続くようなら、いずれこの森全体が調査され、おまえたち」
「ならば、おまえたち人間を狩るだけだ。……そもそも、オレたちがここで生活することになったのも、おまえたち、人間が!」
荒ぶった声だ。
怒りは一つだけではない。何名か、ここにいるようだ。
「どういうことだ? 俺たちは魔物が話すということもわからない。そもそも、移り住んできた? 人間を嫌う理由は? 悪いが、話してくれないとわからない。協力だって何もできないぞ」
知能はある。
すぐに攻撃を仕掛けてこないということは、向こうも荒事は好まないと判断しても問題ないだろう。
「人間が魔物に協力だと? ふざけた真似を」
「俺は、それなりに魔物にも理解があるほうだ」
「……」
俺は駄目押すために、ポケットからヒューを取り出す。
ヒューはそれから地面を転がり、人型に変化する。
分身とはいえ、ヒューと変わらない。
「ご主人様は優しい」
同じ言葉を何度も繰り返している。
声の主は、それに驚いている様子だ。
と、「ギャァア」という声が上から降り注いできた。見るとそこに、セインリアもいた。
「な、なぜこんな場所に聖竜がっ!」
「ぎゅいいい!」
セインリアが咆哮をあげる。
その声が質量となって森全体を叩きつけ、鳥たちが逃げるように飛び立っていく。
……セインリアにも分身のヒューを預けている。だから、協力してくれたんだろうな。けど、脅しているような気がしないでもない。
と、セインリアが元気なく羽ばたいていった。
『伝えておいたよー』
……ヒューの無邪気さが、セインリアを傷つけてしまったようだ。
あとで薬草をプレゼントしてあげよう。
そんな俺たちを見てか、張り詰めていた空気が少しだけ和んだ。
やがて、一つの木から青年が現れた。
鋭い表情の男だ。
凛々しい顔だちの男は、たしかに頭上に生えた狼の耳や、尻尾など魔物であることを示すものは残っていた。
ただ、亜人といわれれば、亜人だと納得するだろう。
「……人間と見た目は変わらないんだな」
「我々には魔物化の力が残っている。だから、魔物だ」
示すように彼はその場で一体の狼に変化する。
緑色の毛皮を持つ狼だ。人間状態よりもずっと大きい立派な狼だ。
だが、その姿は一瞬。彼はまた、人の姿に戻った。
「……オレはグリウルだ。おまえは?」
「俺はルードだ、よろしく」
「おまえが、魔物たち……それも白竜様の信頼を勝ち取っているからこそ。姿を晒させてもらった」
白竜というのが一般的なようだ。
聖竜に詳しいようだな。
「そうか。それで、おまえたちは一体ここでなにをしているんだ?」
「オレたちは……ブルンケルス国から逃げてきた」
そう語る彼は悔しげな表情だ。