聖誕祭10
ギルド二階は騒がしかった。
本日はクラン説明が行われるからだ。
現在はその最終準備の時間となっていた。
とはいっても、俺たちのクランはすでにだいたいの準備を済ませている。
まあ……準備といっても、特別なにかするということはない。
ルナが主に、説明を行い、ニンがその補助という形だ。
そんなルナは、他クランの面々を見て、どこか緊張している様子だ。
「大丈夫か、ルナ?」
彼女は唇をぎゅっと結び、こちらを見ていた。
少しばかり肩は震えているように見えたが、ルナは頷いた。
「はい……大丈夫です」
そうはいっても、まだ緊張は残っているようだ。
……とはいえ、彼女を信じて彼女に任せるしかないだろう。
俺は別に何かを話すわけではないが、それでも少し緊張している。
周囲のクランを見る。
ギルド二階には、壁際に合わせて各クランごとに一定の範囲のスペースが割り振られていた。
また、通行の邪魔にならないよう、二階の真ん中部分なども、クランが利用できるように作られている。
普段は食堂として使われている。普段用意されている座席などはすべて、撤去されていた。カウンター席はそのままだ。
余談だが、ギルド内で色々とミスが目立っているのは、クラン説明会や聖誕祭で職員も忙しいというのも一つの理由だ。
聖誕祭にあわせ、冒険者登録を行い、そこで聖女を拝み、神様の祝福を受け、今後の冒険者生活をより良いものにする。
また、クランは多くの新人冒険者が集まるこの時期に、自分のクランメンバーを増やすために、こうして説明会に参加する。
色々なイベントが重なっているのは、これらが理由の一つだった。
……そのため、ギルド職員が各地から応援で派遣される。リリアとリリィが呼ばれていたのもそれが理由だった。
「それでは、これより新人冒険者の方々を案内しますので、くれぐれも脅迫まがいの勧誘は行わないようにお願いしますね」
ギルド職員が冗談めかした調子でそういった。
……実際、そういうのもあるらしいからな。
あとは数で人を惹きつけるとかな。クランは数ではなく質が大事だ。とはいっても、やはりクランの規模をわかりやすく示すの に、数というのはわかりやすい。
クラン人数は1000人です、なんて言われれば思わず話を聞きたくなるというものだ。
……ただまあ、うちもそういう点では負けていないだろう。
ニンが楽しそうにルナと手元の紙に視線を向けていた。
周囲のクランからも羨望の眼差しを向けられている。
「……ニン、やっぱり仮面をつけたほうがいいんじゃないか?」
「別に大丈夫でしょ。何かあればあんたがいるんだし、マリウスだってどうにかしてくれるでしょ?」
「まあ、そうだが――」
「任せろ。お前を襲おうとした奴がいたら、喧嘩を申し込めばいいんだろう? 簡単簡単」
マリウスが腕を組み、笑っている。
ルナとニンが話を再開したので、それを邪魔するわけにもいかず、俺はマリウスと後ろに並んだ。
「今日はよかったのか?」
「ああ。街は十分楽しんできたからな。といっても、また明日には出かけるかもしれないがな」
「……そんなに楽しい場所でも見つけたのか?」
「ああ、楽しい場所だぞ。なんだなんだ、ルードも来たいのか?」
「いや、今は忙しいからな」
クラン説明会が終わったあとも、忙しくなる予定だ。ならなかったら……そのときはマリウスと遊びに行こうか。
階段を塞いでいたギルド職員とともに、冒険者たちがあがってくる。
同時に、割れんばかりの声が二階に響く。
みなが自分のクラン名を叫びながら、笑顔とともに冒険者に呼びかけている。
……思わず圧倒されるほどの大きさだな。一瞬、魔物の群れにでも襲われたのかと思った。
ルナも同じように頬をひきつらせている。
「はははっ、みんな楽しそうだな」
マリウスは能天気にそんなことを言っている。
クランの人たちはかなり鬼気迫るものを感じる。……ここにいるのはクランリーダーばかりではないだろう。
というか、リーダーがわざわざ来るところのほうが少ないのかもしれない。
そこはある意味俺のクランの利点だな。まだ拘束されるほどの仕事がないのが幸いだ。
「ニンはなれているのか?」
「一応、冒険者始めるときに見たことがあるのよね」
「なるほどな」
一度経験していれば、それほどでもないか。
二階を歩いている冒険者は……みんな若い。そりゃあそうだ。新人冒険者が基本だからな。
あとは一応、クランに所属していない冒険者も参加することができるが、この街で行われる説明会は、やはり新人冒険者ばかりだそうだ。
そんな彼らは目を輝かせながら周囲を見ている。きっと彼らは、これから自分が活躍している姿を思い描きながら、クランを見ているのだろう。
冒険者たちの視線が、ある場所で止まる。ニンのところだ。
ニンを見た冒険者は一瞬固まり、それから驚いたように隣の冒険者の肩を叩いた。
「あ、あれって聖女様じゃないのか?」
「へ? いきなりなん――」
そこで冒険者たちの動きが止まった。
彼らが慌てた様子で、近くの冒険者を叩いては、ニンを指さしている。
黙ってニコニコ微笑むニン。……それにつられるように冒険者が集まってくる。
「ルナ、頑張ってね」
「……はい、ありがとうございます」
まるでニンは役目を終えたとばかりに、ルナの後ろにそっと回る。
もちろん、なにかあれば彼女が声をかけるつもりなんだろうが、それでもニンはルナに任せるという意志の現れでもあるのだろう。
集まった冒険者たちに、ルナが微笑みかける。
「皆さん、説明を聞きにきたんですか?」
「あっ、はい」
驚いたように冒険者たちがルナを見て、これまた見とれている。
女性の冒険者もいる。マリウスを見て、頬を染めている人もいる。
マリウスが気づいて軽く笑顔を向けると、それで女性を惹きつける。
……ニンにしても、マリウスにしても黙っておいておけばそれだけで人を集められるようだ。
他クランももちろん、容姿の整った人を集めているが、うちの三人はその中でもずば抜けているようだ。
ある程度集まったところで、ルナが咳ばらいをしてから、口を開いた。
「話を聞くための時間を作っていただき、ありがとうございます」
ルナの綺麗な声が抜ける。
「まず、私たちのクランについて簡単に話をしていきますね。私たちのクランは『白銀盾』というクラン名です。クランリーダーはこちらにいるルードです」
ルナがちらと俺を見てくる。少しだけ口元を緩め、頭を下げる。
「ルードって……最近よく聞く名前じゃないか?」
「……そういえば、冒険者の人が話していたような。もしかして、その人のことなのかな?」
「それってもしかして、あれ? 邪竜を倒したーとか。クーラスの街を救ったーとか?」
ぼそりと話した冒険者の言葉をニンが笑顔とともに拾った。
「あ、は、はい!」
それだけで冒険者の顔が真っ赤になる。ニンが笑みを浮かべ、俺の肩をたたいた。
「そのルードね。まだ若いリーダーだけど、実力は十分だと思うわよ」
ニンが交流を行い、冒険者たちがさらに注目してきたのがわかった。
場の空気を作るのがうまいな。そこからはルナが引き継ぐ。
「現在、私たちのクランが行っていることは、拠点としているアバンシアを中心に町、魔物、依頼、迷宮の管理などを行っています」
うちのクランがまだそこまで忙しくないのは、本来クランで行うべき近くの迷宮管理を一切行う必要がないからだ。
迷宮は本来、放っておくと外に魔物が出てきてしまう。だが、そこは俺が管理者となってしまったから仕事がなくなった。
町も、今は俺の名前が売れたこと、町に滞在するうちのクラン所属の冒険者が増えたこともあって、ほとんど仕事がない。
依頼の管理。誰も受けたがらない依頼を処理する必要があるが、これは修行ついでにシナニスたちがやってくれている。そもそも、それほど依頼がないのも理由の一つだ。
今後、所属している冒険者が増えれば、それらの管理もしなければならない。
また、クラン同士の交友関係が広がれば、魔物が大量発生した場合は、そちらの応援に行くなども出てくるだろう。
似たようなのが、クーラス防衛戦だ。
事務仕事などは、昔マニシアが習っていたこともあり、心得があったのが大きい。記憶の共有によって、それらを一瞬で理解したホムンクルスたちが手伝ってくれるのもな。
「クランに入った人たちには特に今のところこれを必ず行うという決まりはありません」
「ってことは、入っても特に縛られることはないということですか?」
「はい。問題さえ起こさなければ、こちらから特に指示を出すことはありません。所属している冒険者として、自由に活動してもらって構いません。また、戦闘未経験の方たちには、こちらで対応できる冒険者で指導を行おうと考えています。アバンシア近くに程よい難易度の迷宮もありますので、アバンシアを中心に活動を行う子も今はいますね」
初心者冒険者にとって、迷宮の歩き方を知れるのは貴重だろう。
ルナの言葉の後、ニンが笑顔を浮かべた。
「簡単にいうと、あたしは魔法から後衛の立ち回り、ルードはタンクね。そんで」
「オレは近接戦ならある程度指導できる!」
マリウスがニンの言葉を引き継ぎ、胸を張る。
冒険者たちが沸き立つ。
……まあ、実際どうなるかはわからないが、マリウスやニンの指導を受けられるかもしれない、というのはそれだけでかなりの魅力になるだろう。
おおよそ話したい事はこのくらいだ。
あとは、冒険者たちの質問に答えていく時間となる。
その幅はかなり広かったが……皆のこれからに対する希望や期待、それらを見れたことはいい刺激になった。