聖誕祭9
次の日の朝。
ニンとともに教皇によばれていた。
今日は教皇の自室だ。近衛騎士が二名、今日も滞在していた。
ライは相変わらず俺のほうに鋭い視線を向けてきていたが、なにか口を挟んでくることはなかった。
教皇は俺とニンを見てから、口を開いた。
「昨日は、街中で襲われたそうだな」
「……ええ。誰かにつけられているような気配がしまして。ですが、敵は取り逃がしてしまいました」
「大丈夫だったのか?」
レフが軽い調子で首をかしげてきた。
「ええ、大丈夫でした」
「そうかそうか。だとよ、ライ。やっぱり、こいつら大丈夫だぜ。そんな心配するなって」
レフがくすくすとライを見やる。
「らしいな。だが、冒険者だ。いくら、ニン様が信頼を置いているからといって、何が起こるかわからない以上、やはり信頼がおける護衛を配置したほうがいいはずだ」
ライはそういって、ニンを見る。ニンはふんとそっぽを向いた。
「ライ。ルードは信頼できる男だ。あのニンが心を許している数少ない人間なんだからな」
教皇がそういうと、ライは唇をぎゅっと結んでから、小さくうなずいた。
「……はい」
それでも、やはり俺を見る目は厳しい。……仕方ないといえば仕方ないか。
「ルードからも昨日の状況を聞かせてはくれないか?」
「わかりました」
俺は昨日の戦いの流れについて、教皇に伝えた。
ニンとベリーからも聞いていたらしいので、改めての確認というところだ。
「……敵がなぜ、この場面で攻撃したのかわからないな。それに……二人は仮面をつけていたはずだ。それで、どうして聖女と判断がついたのか――」
「教会騎士に裏切り者がいるんじゃないの?」
ニンの言葉に、教皇と近衛騎士たちもうなずいた。
「だとしたら、あぶりだす手段が必要になるな」
ライの言葉に、教皇がうなずく。
「ひとまずは、ニンとベリーがでかけたと嘘の情報を流すしかないだろう。情報を制限し、どの騎士が裏切り者か……調べていくしかないだろうな」
教皇のいうやり方ぐらいしか、今は思いつかなかった。
「ニンとベリーは同じ部屋で過ごすように。残り二人の聖女もだ。もしものときはルード。ニンとベリーは任せていいか?」
「……わかりました」
「基本はレフとライに任せる。それと、これから来る予定の実力のある騎士たちにな。ルードは今までどおりの生活をしていてくれればいい」
「はい」
そんなに護衛だと気張る必要はないだろう。
「とりあえず、解散でいい。朝から呼びつけて悪かったな」
「いえ、貴重な話を聞けましたから」
敵はもしかしたら、俺がニンたちと一緒にいるかもしれないとねらいをつけていた可能性もある。
それなりにニンの交友関係を調べているのかもしれない。……または、教会騎士が情報を流しているか、か。
とにかく、これからは俺や……ルナも気をつける必要があるだろう。
教皇の部屋を出たところで、ニンは聖誕祭の手伝いに向かう。
ニンは別にこの状況に緊張している様子はない。……相変わらず、肝っ玉の据わったやつだ。
俺はルナとマリウスにも話をしたくてヒューを使って部屋に呼ぶ。
だが、マリウスはもう外にでかけているらしく、こちらに来れないそうだ。最近、本当によく出かけているな。
よっぽどこの街で楽しいものでも見つけたのだろうか?
ルナが部屋にやってくる。少し眠たそうだ。そういえば、ルナはそこまで朝が得意じゃなかったな。
「あの、マスター。なんでしょうか」
彼女は必死にあくびを我慢しているのか、少し強張った顔つきになっていた。
「一昨日襲われたことは覚えてるよな? 一応、俺たちも敵に狙われている可能性があるから、気をつけようって話をさっきしてきたんだ」
「そうだったのですか……承知しました」
ルナはぎゅっと唇を結んだ。
「ルナはいつから起きてたんだ?」
「……さ、さっきです。すみません寝坊してしまって……」
いや、別に謝罪させるために聞いたわけじゃない。
「マリウスがもう出かけているらしくてな。会ってないかと思っただけだ。別に急いで起きる必要はないよ」
「……私は見ていませんね。なんだか街に来てから忙しそうですね」
「そうだな。まあ、たまには一人になりたいときもあるだろう。何かあったら向こうから言ってくるはずだしな」
それに、ここは教会で魔物を討伐するスペシャリストたちが集まっている。
やはり、あれでも一応迷宮主だし、なんかこう神秘的な力が苦手なのかもしれない。結界は作動していないとしても、だ。
と、部屋の入り口にレフが現れた。彼は気さくに片手をあげ、扉をノックした。
「悪いな、せっかくの二人きりを邪魔しちまってよ」
「いや……そういうのじゃないですよ」
「なんだなんだ? 隠したって無駄だぜ? オレに全部話したらどうだ?」
ぐいぐいと肘でつついてくる。
「ニン様というものがありながら、さらに他の女にも手を出すなんて……よ、色男!」
「ニンとも別に何もありませんっ。それにルナは……偶然出会った、妹みたいな存在です」
「偶然出会った?」
レフはそっちのほうが気になったようだ。
……ルナをちらと見ると、彼女は柔らかな微笑を浮かべていた。
「はい……。その、簡単にいいますと行くあてのなかった子でして。それから、面倒を見ています」
「へぇそうなのか。……ルナ、いい人に拾ってもらったんだな」
「……はい」
ほおを染めて笑うルナを見て、レフはふっと表情を緩めた。
「とと、いけなかった。オレは仕事あるんだった! じゃーな!」
レフが去っていく姿を眺めてから、俺たちは冒険者ギルドを目指して歩き出した。
明日開かれる予定のクラン説明会についても最終確認をしておきたかったからな。
〇
その日の夜。
風呂上がりに部屋で休んでいると、扉がノックされた。
ゆっくりと扉をあけると、そこにはニンがいた。彼女も風呂上がりなのだろうか。ずいぶんとラフな格好だ。
「どうしたんだ?」
「ちょっと話したいことがあったから来たのよ。ごめんね、夜遅くに」
「別に気にするなよ」
今さらだ。ニンはしかし、普段と少し雰囲気が違った。
彼女が部屋に入ってきて、後ろ手に扉を閉める。
それから、彼女は恥ずかしそうにをわずかに頬を染めた。
なんだその表情は。
いつもよりも女性らしさが増していて、こちらも思わずどきりとしてしまう。
必死に、彼女が酒瓶を持って腹を出して寝ている姿などを思い出して緊張をほぐしていると、ニンは前髪をいじるようにして、それから意を決したように声をだした。
「そ、その祭りの終わりの日の夜。街全体で大きなダンスパーティーが開かれるのは聞いたことくらいあるわよね?」
「そうだな。見たことはないが、そういうのがあるらしいな」
確か、神様に捧げる舞だったか。
ニンは視線を外に向けるように、前髪を触っていた。
「それに……わたしと一緒に参加してくれない?」
「まあ、別に用事もないし、構わないぞ」
「ほ、本当!? や、約束したからね! 絶対よ!」
少し迫力を増して血相変えて迫ってきた彼女に、俺はおどろきながらこくこくと頷く。
「用事は、それだけだから。そのばいばい!」
ニンは慌てた様子で手を振って、部屋を出ていった。その表情はずいぶんと晴れやかなものだ。
……祭りの踊りに何かあっただろうか? 聞いたことがあるような気もしないではない。
あとで、誰かに話を聞いてみようか。
明日もギルドに行く予定があったな……。街に詳しい人もいるだろうから、適当に話を聞いてみようか。
一つ伸びをしてから、俺はベッドで横になった。