聖誕祭8
次の日。
ニンたちは聖誕祭準備の手伝いへと向かった。
俺たちも手伝おうかと思ったが、一応教会の催しだ。外部の人間が関わらないほうがいいらしい。
やることがなくなってしまった俺たちは、ギルドへと来ていた。
マリウスはというと、また一人街を散策したいそうだ。
ギルドにつき、依頼を探しに行く。……シュンだったか。彼女の受付には冒険者の列ができていた。たまにあるんだよな。人気の職員のもとで受付をしようとする人が。
自分の武勇伝を語り、その人に興味を持ってもらうためにだそうだ。リリアとリリィも昔そういう経験があったらしい。
そしてその隣には、シュンを小馬鹿にしていた職員が座っている。
非常に不満そうな顔だ。そういうこともあってか、彼女の列は空いていた。
依頼を探していると、隣の冒険者たちがぼそぼそと話をしてた。
「なんでも、この前のアーオイトータスの大量発生ってノシアさんのせいだったらしいんだよ。個人的にスーイの討伐を冒険者に頼んでいたらしい」
「……らしいな。ギルド長からこっぴどく叱られたらしいぜ。それで、あの顔だ」
……ノシアというのが、あそこで不貞腐れた顔をしている人か。
シュンに色々言っていた人だが、本当に彼女が犯人だったんだな。
「……がっかりだなぁ。あの人、昔はもっと優しい人だったのになぁ。新人を騙すようなことをしたんだもんな」
「そうそう。何人か他のギルド職員もグルだったらしいぜ? 主にやっていたのが、ノシアさんらしい」
……ノシアのところにまったく人がいないというのはそういうことか。
ギルド職員の仕事は冒険者のモチベーション維持もあるらしいからな。確かに、綺麗な受付に「いってらっしゃい、気を付けてくださいね」なんて笑顔で言われれば、多少元気にもなるだろう。
別に脳内で妄想して補えばいいとも思うが、やはり本人から言われるのはまた違うものだ。マニシアに会いたいものだ。
俺たちは依頼を受けるためだけに来ているので、ノシアの列へと向かう。そういう冒険者も何名かいたが、シュンのほうに並ぶよりは全然早く俺たちの番になった。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか」
「依頼を受けに来た」
ノシアに依頼書を渡すと、不機嫌そうな顔である。
「……アーオイトータスを大量討伐した冒険者ってあんたでしょ?」
「ああ、そうだが」
「まったく、どいつもこいつも、シュンのためにって頑張る奴ばっかりでうんざりね」
「……そんなところ嫉妬しても仕方ないだろ」
「……ギルド職員ってのは、だいたい25歳くらいまでしかやれないのよ。もうすぐ、あたし何歳かわかるかしら?」
女性は年下にみられたいと言っていた奴がいる。
ここでもそれを発動したほうがいいのだろうか。それとも、流れ的に正直な年齢を予想するべきだろうか。
「23くらいか?」
「25」
……思っていたよりも年上だった。
見た目は俺よりも若いようにも見える。
今から敬語で話したほうがいいだろうか……。
いや、今更か。
「……なるほどな。どうして25までしかできないんだ?」
年齢によって、外皮が段々と劣化していくというのは聞いた事がある。
それによって、冒険者を引退する人が出てくるのだが、ギルド職員にそれは関係ないだろう。
「ギルド職員になるのって、男にしろ女にしろ、金目当てが多いわ」
「偏見じゃないのか?」
「まあ、八割がたって話よ。ギルド職員が有名な冒険者と結婚することが多いわ」
「……なるほどな」
だいたい、話が見えてきた。
「つまり、おまえもそれを狙っていたが、年下にもっと人気の職員が入ってきたってことか」
「ずばり言わないでくれる? うざいんだけど」
「予想できるような話をしてきたのはそっちだろ」
冒険者たちの間で人気だから、シュンを毛嫌いしていた。
彼女を貶めるような作戦を実行し、ギルドに居場所を用意できなくしようとしたというわけか。
「結果、自分に返ってきたんだな」
「……ふん。散々言いやがって、あのギルド長が」
「お前みたいなやつをきちんと叱ってくれるいいギルド長じゃないか」
俺はそれだけをいって、彼女から依頼書を受け取った。
「今回の魔物で何か聞きたいことがあったら質問して」
「大丈夫だ。何度か戦ったことがある相手だからな」
受けた依頼はBランクだ。
といっても、今回もこちらが仕掛けなければ襲ってこない魔物だから問題ないだろう。
ルナに協力してもらい、スキルで一撃で処理する予定だ。
今度は一体だしな。
ノシアが非常に不機嫌そうにしていたので、俺は一言だけ伝えた。
「素直に、接すればいいんじゃないか?」
「はぁ? あたし、こんな性格なんだけど? こんな女のどこがいいってんのよ。こちとら、孤児院出身の金もろくに持ってないような貧乏人よ?」
「気兼ねなく話せる。それは取り柄だ。少なくとも、俺はそういうの、嫌いじゃない」
別に取り繕う必要もないだろう。
彼女のことを真に理解してくれる人が、一人でもいれば、その人と仲良くやっていけばいいんじゃないだろうか。
そういうものだろう、人の付き合いなんて。
ノシアは驚いたように目を見開いていた。
ノシアの列にも少しは冒険者が集まってきていた。さすがに、シュンの列にばかり並ぶ冒険者たちというわけでもないようだ。
俺は依頼書を確認しながら、ギルドを出る。
ニンに少し似ていたから、お節介をかけてしまったという部分はあっただろう。
少しだけでも、彼女の人生が良い方へ向けばいい。
「マスター。今回の依頼の魔物はどのようなものですか?」
「ああ。木に変身している魔物でな――」
興味津々で子どものように俺の言葉にこくこくと頷いているルナに、俺も自分の知識を伝えていく。
彼女も、確実に冒険者として成長している。
なんだろう、この気持ちは。子を育てる親という感じだろうか。
……い、いやまだ俺は親なんて年齢じゃねぇ。
〇
魔物を討伐してギルドに帰還する。
……今回は遠出だったということもあり、少しばかり時間がかかってしまった。
すっかり外は暗くなり、冒険者たちも随分と減っていた。
受付にシュンの姿はない。
そのこともあってか、受付に並ぶ冒険者はまばらだ。
朝のようにはいかないか。
しばらくまって、依頼達成の証である素材をノシアに渡した。
「あんた、かなり腕のたつ冒険者なのね」
「そうでもない」
ただ、うまい狩り方をしっているだけだ。
受付を終わらせ、教会へと戻ろうとしたところで、二人の冒険者がこちらに近づいてきた。
「おいおい。おまえ、見たことねぇ冒険者だな」
「なんか、ずいぶんと羽振りがいいようで。偶然でもなんでも、Bランクの魔物を狩れればそりゃあそうか」
わかりやすく絡んできたガラの悪い男たち。
どこか馬鹿にしたようにこちらを見てきている。
「偶然じゃない。討伐してきたんだ」
「嘘つけよ。さっき聞いていたが、そいつはここから徒歩で三日はかかる山に住む魔物じゃねぇか。朝、見てたぜ? 一日で帰ってこれる場所じゃねぇんだよ。どうせ事前に素材はどっかで買っといたんだろ? たまにいるんだよな。ランクをあげるために、金の力を使うやつがよ」
「けけけ、ほら、今度一緒にパーティー組んでやるから、今日は一緒に飲みにでも行かないか?」
「……」
こんな絡まれ方をしたのは初めてだ。
ギルド職員にリリアはいないだろうか。あいつがいれば、あっさりと解決してくれそうだが――姿はない。
あんまりこのままだとルナが怒りだしそうだ。
そんなことを考えていると、近くにいた冒険者がガラの悪い男たちへとつかみかかった。
「おまえら昨日のこと知らねぇのか!?」
「昨日? 俺たちはさっきこの町にきたところだぜ」
「そ、そいつらはアーオイトータスを狩りまくってた冒険者なんだぞ!?」
「はははっ、馬鹿じゃねぇのか! 狩りまくるってそんなの一人でできるわけねぇだろ!」
「そういえば、街でそんなアホなこと話してるやつがいたな!」
げらげらと笑っていたガラの悪い男が俺へと掴みかかってきたところで。
「な、なにやっているんですか!」
おびえた様子でリリィが現れた。
……マジか。まさか彼女が出てくるとは思わなかった。
ガラの悪い男たちは彼女を見て、げらげらと笑う。
「これは可愛らしいお嬢ちゃんで。邪魔だからどいててくれるか?」
「遊びたいっていうなら、遊んでやってもいいぜ?」
リリィが「ひぃっ」と短く悲鳴をあげた瞬間。
ギルドの奥のほうが騒がしくなる。
俺たちの横に、リリアがいた。
「……なにやってんの?」
「ん? ああ、別にパーティーの誘いをしてるだけだぜ。職員がいちいち関わってくるんじゃねぇよ」
「あぁ?」
リリアがガラの悪い男にがんを飛ばす。リリィは涙目で、リリアの後ろに下がった。
ど、どっちがガラが悪いかわからん。
ていうか、職員にここまで横柄な態度をとる冒険者がいるとは思わなかった。リリアのことを知っている冒険者たちは顔を青ざめている。
「二人とも、喧嘩はやめろ。ここはギルドだぞ?」
なんで俺が止めているのだろうか? 二人が俺を睨みつけてくる。
「ねぇルード。いつも言っているけど絡まれたんなら、力でぶっ飛ばせって。多少は冒険者同士の喧嘩は認めてるから」
「……なんで意味もないのに喧嘩しないといけないんだよ」
「そんくらい冒険者なら日常茶飯事でしょ」
「それを日常にしたくないな」
話し合って解決できるならそれが一番だ。なんなら、このまま隙を見て逃げ出せばそれで解決していただろう問題だ。
リリアははぁ、と嘆息をついてから、ガラの悪い男を見る。
「こいつらとあたしたちで、昨日アーオイトータスを討伐してきたところ。これがその依頼書。ギルド長のサインもあるから、馬鹿でも見れるでしょ?」
「……なっ」
あるなら先に出せ。
リリアが見せた依頼書には、達成済という文字が書かれている。
ガラの悪い男たちが、俺たちとリリアを見比べ、顔を青ざめていた。リリアがそれに満足そうに腕を組む。
「ついでにいえば、ルードは元勇者パーティーの一人で迷宮都市の迷宮を更新した実績もある。この前のクーラス防衛戦にも参加して、魔族を撃退している。それで、やりあいたいなら、ギルドで場所を用意するけど?」
「い、いや……なんでもねぇ。あ、はははっ。じゃあな!」
「待て。場所、用意してあげるけど?」
「は、離してくれ! わ、悪かった!」
「ルードへの謝罪はどうでもいいから。リリィを睨んだことへの謝罪は?」
「ご、ごめんなさいっ! すみませんでしたっ!」
リリアがそこで満足そうに手を離した。
……まあ、周りに迷惑をかけるのなら、俺が直接やったほうがいいというのはわかった。
「ありがとなリリィ」
「ふふん、職員として当然です」
「ええ、立派だったわ」
リリアが嬉しそうにリリィの頭をなでている。
それにしても、リリィの悲鳴聞いて一瞬でくるとかなんだこのシスコンは……。