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聖誕祭7

 

 大聖堂の一室に荷物を預けた俺たちは、そのまま近くの酒場に行く流れになった。

 行くのは、俺、ルナ、ベリー、ニンの四人だ。ベリーとニンは仮面をつけ、正体を隠している。


 マリウスも誘おうと思ったのだが、よっぽど日中に街を楽しんだのだろう。部屋ですでに眠っていた。

 夜の街を歩いていると、騎士の巡回が多いのが目についた。

 

 教皇が言っていたように、街の警戒を強めているのだろう。

 教会がある区画は貴族たちが別荘を置いている区画でもあり、豪華な建物が並んでいる。そういうのもあって、より警戒しているようだ。


 それにしても……貴族の建物は煌びやかなものが多い。金をかける部分への意識が、平民とは根本的に違うんだなと思う。

 俺は家や装飾品よりかは、食事に金を使ってしまう。


 街灯を頼りに歩いていると、ニンが背筋を伸ばした。


「ベリーの聖女就任祝いに、今日は朝まで飲むわよ」

「明日も仕事だろ。日をまたぐ前には帰るぞ」

「……ニン様は、本当に聖女をやめてしまうのですか?」


 ちらちらとベリーが俺のほうを見てきた。その表情は仮面に隠れていたが、声は悲しそうだった。


「なによ、不安なの?」

「……それもありますけど、私はまだニン様の聖女姿を見ていたいんです」

「すぐにはやめないわよ。新しい聖女たちが慣れるまではあたしも残る必要あるんだしね」

「けど、それが終わったら……」

「ええ、そのときはもう冒険者としてのあたししかいないわ」

「……」


 ニンの明るい調子の声に、ベリーは明らかに元気をなくしていた。

 憧れの人がやめる、か。もともとを考えれば聖女は入れ替わりが基本なんだから、こういう別れは仕方ないことが多い。

 だが……今回は少し違うからな。


「ベリー、あたしは自分のやりたいことが他にできたのよ。あんたは聖女が一番やりたい仕事だったんでしょ?」

「……それは――そうですね」

「本気で聖女を目指している人からすれば失礼になるけど、あたしは違ったのよ。たまたまスキルを持っていて、とりあえずなってみただけだったわ」

「……今は、冒険者をやりたいんですか?」

「ええ、そうよ。それも飽きて、また別のこと探す日も来るかもしれないけど」


 あっけらかんとニンはいって、笑ってみせた。

 本当に自由な奴だな。

 それを見ていたベリーはぐっと唇をかんでから、口元を緩めた。


「……頑張ってくださいね!」

「ええ、あんたもね」


 ベリーとニンが笑顔を交わしあっているのを見て、ほっと胸をなでおろした。

 しばらく歩いていると、酒が飲める店が並んだ通りについた。


 さすがに夜の街というのもあって、いかがわしい店もいくつか並んでいた。

 そこらへんで肌色の多い女性が扇情的なポーズで手招きをしているが、俺たちに声をかけてくる人はいないな。


 ルナは周囲をきょろきょろと見まわし、顔を赤らめていた。


「こ、こんな店が……あるのですね。ま、マスターもこういうのに興味があるのですか」

「な、ない」

「ちょっと言葉詰まったわね」


 ニンがからかうようにのぞき込んでくる。

 俺はすっと逃げるように歩いていく。


 そのときだった。ニンがぴくりと眉尻をあげる。それは俺も同じだった。

 ……何か視線を感じる。俺たちを見ている奴がいるようだ。


 俺はヒューの分身を使って、ニンとルナに声をかける。


『酒を飲むのは後にするか?』

『ええ、そうね。……あたしたちを狙っている奴がいるのなら、そいつらを排除してからにするべきだわ』

『だな。敵の位置はわかるか?』

『あたしは無理ね。ルナは?』

『私も……うっすらとこちらを狙う者の視線は感じられるのですが……それ以上はわかりませんね』


 それなら、敵が仕掛けてきやすいようにする必要があるだろう。


『裏路地に入るから、いつでも対応できるように準備しておいてくれ』

『わかったわ。とりあえず、あたしはベリーを守るように動くわね』

『ああ、ルナはニンたちを守ってくれ』

『了解しました』


 簡単に打ち合わせをしてから、表通りから、裏通りへと向かう。

 ベリーが不思議そうにしていたが、首を傾げる程度だ。


 何者かの気配はまだ感じられる。

 周囲をこっそりと伺っていたヒューから声が聞こえた。


『上にいる。数は一人。フードのようなものを身に着けている』


 ……上、か。視線を向けたかったが、気づかれたくはない。

 フードは姿を隠すためだろう。

 どこかで仕掛けてくるかもしれないが、一人ならよっぽどのことがなければ、対処できる。


 それにしても……いつからだ? 教会での話もあるし、ニンかベリーを狙っていたのだろうか。

 

『マスター……こちらからしかけますか?』

『いや、やめておこう。向こうが手を出さない限りはな。どれだけ怪しくても、こちらはあくまで正当防衛にしたい』

『わかりました……歯がゆいですね』

『かもしれないがな。何もしてこないなら、それまでだ』


 敵の狙いもわかっていない。

 ……俺が今日冒険者として活躍したことを知っている者が狙っている可能性だってある。

 俺から金を巻き上げるためにとかな。まだ報酬はもらっていないが、そんなことまでは知られていないだろうし。


 月明りに照らされるように、影が落ちてきた。敵が、動いた。

 頭上から落ちてきた彼に、ニンが魔法を放った。

 相手は、恐らく男だ。そいつが剣を振り下ろす。


「ライフバースト」


 叫んだスキル名に、思わず顔をしかめる。それはニンもだった。

 落下に合わせて、フードが落ちた。

 彼は、感情のない目とともに、こちらを見てきていた。


「……キグラス?」


 いや、違う。そいつは、キグラスではなかった。見たこともない、男――だ。

 その一撃を大盾で受け止め、弾く。よろめいた男が再びライフバーストを発動した。

 瞬間、彼の動きが速くなった。彼の腕を剣の腹で殴りつけると、ぐしゃりとゆがんだ。しかし、彼は痛みなどまるでないかのように右腕を伸ばしてきた。

 その腕を、ルナが切り裂いた。血が舞う中で、ルナは男をにらみつけていた。


「……ホムンクルス、だと思います」


 ルナが彼をにらみつけていると、男の体が震えた。強い魔力が集まっていくのがわかった。


「ルードの後ろに全員隠れなさい!」


 そういいながら、ニンが魔法を放つ。周囲を覆うような結界が形成される。ルナも遅れてそれを発動した次の瞬間、強烈な閃光とともに周囲に衝撃が流れた。


 大盾を押しつぶすように強烈な衝撃が襲い掛かってくるが、腰を落として受け切った。

 爆発だ……それも自分の体を犠牲にした一撃。

 俺たちのほうにも結界は張られていたが、二人は街を守ることを優先していたため、結界は薄かった。


 おかげで、両手がじんじんと痺れたような感覚に襲われる。

 ただ、街に一切の被害はなかった。


「……今のは、教会を狙っている奴らか?」

「ええ、そうかもしれないわね。それに……ホムンクルス、ね」

「たぶん、そうだと思います」


 ルナがこくりとうなずき、ニンが顔を顰める。


「ブルンケルス国が関わっているのは間違いなさそうね」

「……ああ」

「ルード、確かキグラスが魔王についていったって話してたわよね?」

「ああ」


 ニンにも話はしてあった。

 

「……それで、ホムンクルスは他人のスキルをコピーして使えるのよね?」

「間違いなく、さっきのスキルはキグラスのものだよな?」

「ええ、そうね。一気に使いすぎて、外皮も吹っ飛んでいたようだったわね」


 だから、ルナの剣があっさりと彼の腕を切り裂いたのだろう。


「とりあえず、帰ったら報告ね」

「……今すぐじゃなくていいのか?」

「いいのよ。危険だっていう情報しか結局ないんだから」

「まあ、そういったらそうなんだがな」


 ニンの言う通り、襲われましたと報告したところでな。 

 すでに、何度かそういう話もあがっているのだからどうしようもないだろう。

 ちらとベリーを見ると、ぽかんとした様子で地面に座っていた。


 まるで何が起きたのか理解できない様子だった。


「さ、三人とも……凄い、ですね。突然の襲撃にあんなあっさり対応するなんて……」

「事前に話はしていたのよ。ほら、そんないつまでも座ってるんじゃないわよ」


 ニンが彼女の手をつかんで、引っ張り上げる。

 ……ベリーはヒューを持ってないからな。俺たちの会話が一切聞こえていないのだから、そりゃ驚くか。

 表通りへと戻ってきたニンは、びしっとある店を指差す。もうさっきのことなんて忘れているかのようだ。


 隣のベリーなんて未だに周囲を警戒している。あれが普通の反応だろう。

 そういえば、ベリーは初めて飲むんだったか。

 少し心配だな。

 脳内のフィールが「ん?」と振り返って来たのを無視して、店にはいった。


 そして、ベリーが帰りに吐いた。


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