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聖誕祭6



 俺の強張った顔に、教皇が苦笑を浮かべた。


「まあ、そう警戒するほどのものでもない。すでにここにいる私の近衛騎士のように、戦力として申し分ない騎士はまだまだ教会内にたくさんいるからな」

 

 ただ、それでも俺にこうして話をしたということは、懸念している事項もあるようだ。


「問題は、この祭りに乗じて何か反乱軍が起こさないとも限らん。それに対しての警戒という部分じゃな。これは大事な、神へとささげる祭りじゃ。失敗するわけにはいかん」


 神を信仰していないものもわりといるからな。聖誕祭のたびにちょっかいをかける人間がいるというのは聞いたことがある。

 俺としても祭りは楽しみだから、無事終わってほしいものだ。


「祭りに参加する聖女たちについて、ルードは確かベリーとは顔を合わせていたな」


 教皇が口元を緩めながらそういってきた。


「ええ、アバンシアに来た時に少し」

「周りとうまくなじめないあいつが、随分とおまえには懐いたようだ」


 そんなペットか何かみたいな言い方をしなくても。

 ベリーか。確かに初めてあったときは、随分と言ってきたものだ。

 今は、こちらから話しかけないと何も口にしないくらい、静かになってしまったが。


「まるで、昔のニンを見ているようだ」

「別にニンは懐いているわけじゃないでしょう」

「あら、比較的懐いているほうよ?」


 からかうようにニンがおほほ、なんてふざけた笑い方をしていった。

 少しだけ頬が赤い。照れているのなら無理に言わなくても。


「ニンも、昔に比べて随分と落ち着きを持ったようだな」

「そんな昔話はいいでしょ」


 昔のニン、か。

 ……暴れていたというわけじゃないが、今よりも他者へのあたりが強かったと思う。


 少なくとも、誰かに憧れられるような人間だったかといえば……どうなんだろうな。

 今よりもさらにずばずば物事をはっきり言っていた。そういう点では、人を引き付けていたかもしれない。

 

「なんでこっちを見ているのよ?」


 ニンが腕をつまんでくる。

 

「昔のおまえはやんちゃだったな、と思ってな」

「あんただって。もっと周りと距離をとってたじゃない」


 そうでもないっての。

 お互いに笑みをかわしていると、教皇がくすくすと笑った。


「ルードに話しておきたかったのは、もしもの時の為にと思ってな。事前に騎士は増員して、日夜警戒には当たってもらっている。もしも、冒険者の間で何か気になる情報があったら教えてほしいというわけだ」

「……なるほど。出来る限り、協力します」

「そういってもらえれば助かる」


 教皇はにこっと頬を緩めた。まるで、この話は終了という空気が流れだす。


「ニンよ。祭り当日は楽しみにしているからな」

「けど、今から当日のドレスを選ぶなんて気が早すぎじゃない?」

「民衆の興味は聖女に集まっている。人の心を癒すことも、また聖女としての務めなんだ。癒すといえば、美しい姿を見せること。これに限る」


 確かに。教皇の言葉に一理ある。

 聖女の場合、女性の憧れも多いからな。


 ニンはドレスの裾をつまんで、離すを繰り返している。


「ルード、どうこのドレスは?」

「まあ、似合ってると思うが……正直、俺に良し悪しは分からないぞ」

「あくまで、あんた個人の意見を言ってくれればそれでいいわよ」


 満足そうにニンが笑っている。

 祭り当日はニンたち聖女がドレスに身を包み、大きな馬車にのって街を移動することになる。そこで民衆にアピールすることになっている。

 

 この祭りでもっとも盛り上がるのはそこだろう。

 聖女を見るために多くの人間が集まる。


 そこに男女は関係ない。

 男性は単純に容姿に優れた彼女たちを見たい。

 女性は憧れを抱くものもいる。

 

 この祭りで神への祈りをささげた者は、今後の人生で幸せになれる、とも言われている。

 ……まあ、それが本当かどうかは分からないが、それらに縋りたくなる時もたまにはあるからな。


 こんなことを、教皇や聖女たちの前で考えるのはとても失礼かもしれないが、俺も神様にはスキル以外の面では色々大変な思いをさせられているからな。 

 いくらか空気も和んできたところで、俺はちょっとだけ気になっていたことを口にする。


「そういえば、教皇様。今年から聖女様が増えるんですね」


 今までは明確に聖女、という役割は一人だったはずだ。

 その補助というか、聖女の保険……みたいなかんじの聖女はいたのだが。


「ああそうだ。今年から、聖女を三名にしようとしていたんだ。その聖女を支える補助も合わせれば、10人くらいになる予定だな」

「……結構な人数ですな」

「そうなるな。昔に比べて聖女の仕事が増えてきて、一人じゃ大変だとニンがよく愚痴っていたからな。単純に聖女の負担を軽くしようと思ったんだ」

「確かに……ニンはしょっちゅう言っていましたね」

「当然じゃない。あたし、後輩思いなのよ」


 ニンは面倒見がいいらしいからな。ベリーにも凄い懐かれていたし。


「それに次の聖女は……まだニンほど力がないからな。それを補おうと思ったわけだ」

「……なるほど」


 ……ニンは『聖女の加護』と呼ばれるまさに聖女のためのスキルを所持していた。

 それは珍しいスキルであり、毎度のように聖女が持ち合わせているわけではなかった。

 それでも、今までは聖女が一人だったのだが、今年から三人か。教会も色々と動きがあるみたいだな。


「冒険者パーティーにしても、昔に比べて役割がより細分化されてきているだろう。そういう部分で、教会全体としても変わる必要があると判断したんじゃよ。そういう意味で、多少癖はあるが三人の聖女に分担をしてもらおうと思ったんじゃ」


 聖女も、役割分担か。

 確かに、ニンが一人であれもこれもやっているのを見ると、一人では大変そうだとは思っていた。

 そのたびに、「疲れたー!」と叫び、酒に付き合わされていた。

 

 おそらく、初代の聖女、という言葉を作り出した人とかが、今のニンを見たら眩暈でぶっ倒れるかもしれない。

 俺の知っている聖女様も、慈愛の心を持ち合わせた優しくて胸の大きな人だ。


 そんなことを考えていたからか、現代の聖女が目を鋭くした。

 何か、変なことでも考えていない? と目で訴えかけてきてたので、首を横にふっておいた。

 

「……それにしても、聖誕祭というこの時期に街を狙うって、その情報はどこから出てきたんですか?」

「敵は内部にも入り込んでいる可能性があるから、詳しくは話せないが……信頼できる相手だ。敵は……ブルンケルス国のホムンクルス、ではないかという話でな……それ以上は話せない、すまないな」

「……ホムンクルス」


 俺はびくりと反応したルナを見やる。

 ……ルナにとっては辛いだろう。けど、彼女は毅然とした顔をしていた。


「敵の目的は、祭りの妨害ですか?」

「はっきりとしたものはわからぬ。だがな……狙いは私か、聖女たちではないかと思う。……私が夢でみたのは、ルードが戦っている姿だったからの」

「そう……なんですか」


 教皇は未来視のスキルを持っている。

 これはいくつかの可能性の未来を見ることができるらしいが、時間の指定などはできないし、見るにしても断片的なもので夢という形でしか見れないらしい。


 見たい未来は見えないし、そもそもその未来は確定しているものではない。

 

 例えば分かれ道がある。右に進んだ未来を見ようと思えば見えるが、左に進んだ場合の未来は分からない。

 また道の端を歩くか、真ん中を歩くかでも未来は変化する。……かなり曖昧すぎる未来視で使い物にならないと教皇は昔話していたな。


 未来視、というよりも予測、というのが近いらしい。

 ただ、それでもある程度の未来を見ることも可能であるため、優秀なスキルだ。


「とりあえず……ルード。疲れているところに申し訳ない。街の問題も解決してもらったようだし、私からも感謝を伝えておこう。ありがとう」

「いえ……冒険者として依頼を受けただけですから」


 教皇に頭をさげ、その場を離れる。

 教会騎士のうち一名は、ずっとこちらを疑うような目を向けたままだった。



 〇



 部屋を借りるということで、俺たちはニンに案内してもらう。

 と、教会騎士とともにマリウスがやってきた。


「ああ、よかったルード。ようやく会えたな」

「マリウス……すみません、ここまで案内してもらって」


 教会騎士にお礼を伝え、俺はマリウスを引き取る。


「マリウス、一度連絡したんだが、聞こえてたか?」

「ああ、すまないな。街を見ているのが楽しかったので、ついついはしゃいでしまったよ」


 まったく。マリウスがいつも以上に楽しそうにしている。

 まあ、ここ最近魔王がらみで彼も疲れていただろうから、息抜きになったのならいいか。


「おーい、ニン様、ルードさんたち、ちょっと待ってくれー!」


 と、こちらにやってきたのは教皇の近衛騎士である男だ。

 比較的友好的だった男性である。


「何かあるの?レフ」


 ニンが片手を腰に当て振り返る。


「いや、そのライの奴がルードさんに失礼な態度してたからよ。ほら、友人として一応謝罪しとこうと思ってさ」

「ああ、そうなのね……別に気にしてないわよ。ライが堅物なのは見た目まんまなんだから。ルードだって気にしてないでしょ?」

「ライって人が教皇の右側にいた人で……ちょっと顔の怖い人だよな?」

「ええ、そうよ」


 レフがにかっと笑う。その視線はルナに向けられていた。


「まあ、あいつも悪気があるわけじゃないんだ。ただ、この前も教会騎士の中に裏切りものもいたもんでな。余計に過敏になっちまってんだ」

「……そうでしたか」

「まあ、そういうわけだ気楽にやろうぜ」


 そういって彼が手を差し出してくる。

 俺もそんな彼の手を握り返した。


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