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聖誕祭5



 大聖堂を目指して街を歩いていると、かなり盛り上がっていることがわかった。

 その理由がアーオイタートスの肉だ。普段流通されることの少ないその肉を取り扱っているということで、あちこちの飲食店がアピールをしていた。


「アーオイトータスの肉か……久しぶりに食べたいな」

「なんか滅茶苦茶安いなっ!」

「大量発生していたのを討伐してくれた冒険者たちがいるらしいぜ」

「なるほどなぁ。そいつは運がよかったぜ!」


 そんな会話をしていた市民が横を過ぎる。

 ……凄まじいな。聖誕祭前というのもあって、人の動きが激しい。


 やがて、見えてきた教会本部である大聖堂。

 陽が落ちてもその大聖堂は魔石によって輝かしい。街のシンボルといわれるだけのことはある。


 ただ、一般への開放が終わっているため、教会騎士たちが入口を警備していた。

 ニンが迎えに来ると言っていたが、そもそも騎士に話は通しているそうだ。

 わざわざ彼女にここまで足を運んでもらう必要もないので、騎士に声をかける。


「俺は冒険者のルードだ。聖女様に呼ばれてここに来た。この子はルナ。聖女様から話は聞いていると思うが……」


 その説明が一番怪しまれることなく済む。

 教会騎士たちはいぶかしむように眉根を寄せた後、こそこそ話をする。


「……この人たちが本当にニン様が言っていた人なのか?」

「体や顔の特徴は確かに話でいただいていた通りだが……」


 なるほど、確証が持てないため、通すかどうか悩んでいるといったところか。

 それもそうか。彼らはこれが仕事だ。

 万が一変な人をいれれば、どうなるか……。


「一応、身分証明のギルドカードだ」


 俺とルナが騎士に手渡すと、騎士が見た後一人が中へと向かう。


「本人に確認してきますので、しばらくお待ちください」

「ああ、わかった」


 結局、こうなってしまうか。それにしても普段以上に警戒が厳しい。

 不審者を入れてしまって問題にでもなったのだろうか。

 しばらく待っていると、騎士と女性がやってきた。


 ニンだ。黒のドレスに身を包んでいたもので、一瞬気づくのに遅れた。

 彼女の体のラインをしっかりと浮かび上がらせるドレス。引き締まった肉体は健康的な色気を振りまいている。

 思わず見とれていると、ニンは笑顔とともにこちらへとやってきた。


「ルード、待っていたわよ。あっ、教皇様の許可もとっているから、中に入れるわね」


 ニンが俺の手をひいてくる。

 ルナも一礼の後に、俺のあとをついてくる。

 しかし、教会騎士たちはニンの言葉に固まってしまっていた。


「教皇様だと!?」

「……い、一体何者なんだお前は」


 驚いた様子の教会騎士たちに説明をする暇もなく俺はニンに連れられ、大聖堂を歩いていく。

 中では掃除を行っている教会関係者もいれば、修道服を身に着けた美しい女性の姿もあった。


 みな聖女に気づくと、あふれんばかりの笑顔を浮かべ、そしてその隣にいる俺たちを見て固まる。


 そこからの反応は様々だった。

 本気で困惑している人もいれば、ある程度の状況を知っているのか、興奮した様子で近くの人と話すもの。


 あるいは、こちらにただただ嫉妬に近い感情をむき出しにして睨みつけてくる人もいた。


 ……そういう存在なんだよな、ニンは。

 改めて思う。普段の生活を見ていると、聖女であることを忘れてしまいそうになるが、彼女は国中が注目するような人なんだ。


 彼女の少し揺れる落ち着いた色合いの髪を見ていると、不意にニンがこちらを向いた。


「なんか、小耳にはさんだけど魔物を大量に討伐した冒険者がいるみたいね」

「アーオイトータスか?」

「ええ、リリアたちと一緒に行ってたんでしょ?」

「まあな」


 マリウスを呼んだ時に察したんだろう。

 にこっとどこか無邪気に笑う彼女に、俺も苦笑を返す。


 普段の彼女をみていると、この場での聖女という立場でさえどこか幻想のように思う。


 この人、家ではかなり適当なんだよ、と近くにいるやつに教えてやりたいものだ。

 まあ、本部の人間は知っているのかもしれないが。


 大聖堂の中を進んでいき、中庭を過ぎたところについた。

 そこには部屋がずらりと並んでいた。

 いくつかの部屋は空きっぱなしになっていた。


 簡易的な宿みたいなものだろうか。

 ここで生活している人もいるようで、廊下をあるく人にはラフな格好の人もいた。

 ニンを見ると恥ずかしそうに部屋へと逃げていく。


 その通路の一番奥。

 明らかに他の部屋とは造りの違うそこに到達したところで、ニンが一呼吸のあとに、扉をノックした。


「失礼します」


 ニンがいつもより丁寧な声でそういった。


「久しぶりだな、ルード」


 厳かな、少しばかり年季の入った声だ。

 彼女が扉を開けると、そこには教会騎士が二名と、一人の老人がいた。


 老人と言い切ってしまうのは失礼に当たるか。

 彼は教皇ルグリシス様だ。国中にある教会をまとめる人だ。


 いつも起きているのかどうか分からない顔をしている。

 目があいたところを俺は見たことがないが、彼はその状態でもしっかりと見えているらしい。

 しわがれた頬を緩めた。


「それと、初めての顔もあるようだな」

「一人……俺の従者としてルナという人間を連れてきています」

「従者……ほぉ、なるほど。そのような人物を連れて歩くような立場になったのか」

「……従者といいますか、正直に申しますとクランメンバーの仲間です」

「そういえば、クランリーダーになったとも聞いていたな」


 ふぉふぉふぉ、と教皇が笑う。

 ルナがすっと一礼とともに頭を下げると、教皇はにやり、と笑った。


「美しい女性だ。うらやましいのぉ」

「今日は、そんな話をしにきたわけじゃないでしょ」


 ニンがあきれた様子でそういうと、教会騎士がぴくりと反応する。

 ニンと教会騎士が睨み合ったのがわかった。


「教皇様。今一度お考えになられたほうが良いのでは? 相手はたかが一クランリーダー。いくら、ニン様が信頼しているとはいえ――」

「ルードの人となりは私もよく知っている。かつて、腹を割って話したことがあるからの」


 腹を割って、というほど話したつもりはない。キグラスパーティーに入るときに、少し話したくらいだ。

 俺の身の上話こそしたが、結局教皇様から何か情報を引き出せるようなことはなかった。


 教会騎士は少し不満そうにこちらを見てきた。

 ……それもそうか。彼は教会騎士として、もうずっと教会に勤めてきたのだろう。


 だからこそ、教皇様を守るという大事な任についているんだ。

 ぽっとでの俺が教皇様と簡単に話をしているのだから物申したくなる気持ちもわかった。


 護衛は二人いるのだが、もう一人は俺のほうに気のよさそうな笑みを向けてきている。


「ルード。少し頼みたいことがある」

「……なんでしょうか?」


 ニンをちらと見ると、彼女は苦笑を浮かべていた。

 さすがのニンも、教皇様には何か言うことはないようだ。


「今、この街が敵によって狙われているという情報がある」


 その言葉に、俺は眉をひそめた。


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