聖誕祭3
アーオイトータスが生息しているのは、街からでて東にいった湿地帯だ。
そこは魔力の影響で、足元の地面から水が滲み出ることがある。
アーオイトータスは、この魔力を含んだ水が大変好物であり、この湿地帯に多く集まっている。
それほど繁殖力はなく、普通にしていればギルドがわざわざ討伐依頼を出すことはない。
だが、時折、彼らは異常な繁殖を見せ、本来生息している湿地帯以外にも姿を見せることがある。
スーイ討伐がそれに重なるように起きれば、異常発生というのは難しくなかった。
アーオイトータスは、基本的に水だけあれば生活できる。
だが……大量にいれば、その水もなくなってしまう。
もともとは雑食のため、やがて餌を求めて別の土地に移動する。そうなれば別の生態系も崩れてしまうだろう。
アーオイトータスは鈍重であるが、体は大きく力強い。
一度狙われてしまえばひとたまりもないほどの敵だ。
〇
湿地帯までは、セインリアで移動する。
素材の持ち帰りに関しても、セインリアを利用したほうが速いしな。
空高くで待機していたセインリアたちがゆっくりと降りてくる。
背中に乗って、湿地帯の方に飛んでもらう。
「また、背中に乗りたかったです……」
少しだけ元気をなくしてしまったリリィを見て、リリアは悲しそうにしていた。
……一人で乗せてやればよかったのにな。
今回はリリアがやんわりと断っていたのだ。
湿地帯が見えてきた。……上からでもわかるくらい、青い色の亀がたくさんいた。本来は湿った足場のはずが、彼らによって飲み干されてしまったのか、すっかり水気のない大地になっていた。
「やっぱり、セインリアの移動は速くていいですね!」
リリィは風に揺れる髪を押さえながら、身を乗り出している。
近くに人もいないようなので、セインリアにそのまま地上まで降りてもらう。
地上に降りたところで、ルナがセインリアの顎を撫でる。
心地よさそうに目を細めている。
セインリアも、そんなルナに甘えるように体を寄せている。リリィもまた、同じように頭を撫で、同じやり取りをしていた。
「……」
「竜に嫉妬するなって」
「してない」
リリアがリリィとセインリアの姿を見て、唇を尖らせていた。
彼女らを見ながら、俺は湿地帯をざっと見る。
足場を踏みつけると、足元は柔らかい部分もあった。
けど、やはり、水分は随分とすくない。
その原因であるアーオイトータスたちを見る。
見渡す限り、あちこちにいるな。
どれかが動くたび、地響きのようなものが地面から伝わってきた。
その体は例えるなら、大きな球体だ。
平屋の家ほどはあるんじゃないかという体で、甲羅含めてすべてが青い。
こちらに気づいたアーオイトータスだが、魔力土からにじみ出ている水を美味しそうに飲んでいて、特に襲いかかってくることはない。
基本的には無害だ。ただ、奴らは空腹に従って餌を獲得しようとする。それは、人間や魔物と関係ない。腹が減ったら手に負えないのがこいつらだ。
ここには他の魔物も住み着いていたはずだが……いない。
いくつか、魔物と思われる残骸の骨が残っていた。
アーオイトータスに挑み、破れてしまったのかもしれない。あるいは、別の場所に移動したのか。
……どちらにせよ、このまま放置していては大変なことになる。
アーオイトータスは群れで行動することはなく、一体が襲われようとも別のアーオイトータスが襲いかかってくることはまずない。
そのため、一体ずつ戦うことができる。
ただ、厄介なのが、こいつらの甲羅が頑丈であるということだ。
よほどのスキルでなければ、アーオイトータスを一撃で破壊、討伐することは不可能だ。そのための、スキルを俺は持っている。
「リリィ、俺の外皮を持続的に傷つける魔法を頼む。痛くないやつでな」
「わかりました」
「ルナは治療を頼む。リリアは……」
「足りないとき、ざっくりやろうか?」
「周囲の警戒をしていてくれ」
リリィが用意したのは風の魔法だ。
そいつは俺の腕にあたり、絶え間なく切りつけてくる。
ダメージにして、10程度だが、結構頻繁的に切りつけられる。
痛みはない。なんというか、くすぐったい感じだ。
あとは、蓄積したダメージをアーオイトータスに叩きつけるだけだ。
まったく俺の外皮は減らず、しばらくそのまま湿地帯を歩く。
ダメージのチャージ時間の間に湿地帯の調査を行う。
といっても、アーオイトータスの数が異常なことしか目に入ってこないな。
本来、湿地帯ではたまに見かける程度だったはずだ。
数としては十体程度だ。なのに、今は50近くはいるんじゃないだろうか。
これだけいれば、そりゃあ食料である魔力水もなくなり、別の場所に出てきてしまうだろう。
いずれは街のほうにまで侵攻してくるかもしれない。
これだけのアーオイトータスが街を襲ってみろ。
大変なことになるぞ。
「ルード、そろそろ溜まりましたか?」
「ああ……十分だ。一度、挑戦してみるか」
ダメージは20000ほど稼いだ。
一気に食らうとそれなりの痛みがあるのだが、こう持続的だと大したものではないんだな。
わざわざ試す人もいないだろうが。
十分に稼いだダメージを意識して、スキルを発動する。
『生命変換』を魔剣に付与させる。
かたかたと震えることもなく、こいつは俺の一撃をうけとめてくれた。
……少し心配だったが、大丈夫か。
ほっと胸をなでおろしてから、アーオイトータスを見やる。
生えている雑草を、のん気な様子で食べている。
さすがに、背中まで飛ぶのはふつうなら難しい。
だが、ルナに協力してもらう。
俺が跳躍した先の空中に魔法陣を作り出してもらう。
魔法陣を踏みつけた俺の体がふわりと舞い上がるように空へ上がる。
それによって、アーオイトータスの背中に飛びのる。
振り下ろした一撃がアーオイトータスの甲羅に直撃する。
魔剣が鈍い光を放ち、鉄が割れるような音が響き、甲羅が砕け散った。
亀にとっての甲羅は骨だ。人間でいえば背骨をへし折ったのと同義であるため、これでアーオイトータスは動かなくなり、放っておいても死ぬことになるだろう。
地面をじたばたと暴れながら悲鳴をあげるアーオイトータスの、むき出しになった頭を、リリアが切断した。
アーオイトータスが静かになったところで、リリアが肩に剣を乗せた。
「この調子なら、この数でもどうにかなりそうね」
「もっと時間がかかるかもと思っていましたけど、ルードのスキルが便利で助かりました。普通、一撃でアーオイトータスは倒せないですし」
リリアとリリィが気楽に声をあげていく。
周囲を見る。近くにいたアーオイトータスが逃げるように動き出した以外、特に変化はない。やはり、こちらに襲いかかってくるようなことはないようだ。
「これだけの威力が出せたのは、準備に二人が協力してくれているからな。引き続き、頼む」
二人がこくりと頷いた。リリアもまた周囲の警戒を始める。
ルナが張り切った様子で胸を張る。
戦闘から戦闘までには時間がある。
俺は魔剣を掴み、アーオイトータスの肉を切り分ける。
「食事でもしながら狩らないか?」
「そうね」
リリアが頷き、空中で待機していたセインリアも鳴いた。どうやらセインリアも食べたいようだ。
魔物たちが怯えることもないため、セインリアに降りてきてもらい、肉を食べさせる。……とてもおいしそうにたべている。
確かにアーオイトータスの肉は結構な美味だったはずだ。
肉の焼ける良い匂いが鼻をくすぐる。
「はい、ルード」
リリィが肉を口元に差し出してきて、特に気にせず食べてしまった。
瞬間、リリィの背後にいたリリアからものすごい怒りのオーラが溢れたのだが、俺は気づかなかったことにした。
長生きするためには、鈍感にならないといけないこともあるだろう。
……一心不乱に俺はアーオイトータスを狩り続けた。