聖誕祭2
「す、すみませんでした!」
ぺこり、と一人のギルド職員が頭を下げてきた。
「……どうしたんだ?」
「この子が……依頼の管理を間違えてしまったらしい。私も簡単にしか聞いてないからよくわからないけど」
「す、スーイという魔物の討伐依頼に制限をかけなかったんです……っ。それで、アーオイトータスが増えちゃって」
ああ、そうか。
スーイというのは、アーオイトータスたちが天敵としている魔物だ。
亀の甲羅を溶かし、そのまま中身を食べる魔物だ。
戦闘能力はほとんどないのだが、スーイのもつ液体はアーオイトータスの甲羅だけを溶かす力を持っている。あと、なんか衣服を溶かす力もあるとかで、昔悪戯で使われたこともあったな。
スーイがこの地に生息しているため、アーオイトータスが異常繁殖することもないのだ。
「その子のせいで本当今大変なことになっちゃってるのよねぇ」
と、今度は別のギルド職員がやってきた。
「す、すみませんっ」
「私は別にいいのよ。けどねぇ、ギルドの信用問題にかかわるから」
あははっ、と小馬鹿にしたように彼女が笑ってさっていく。
リリアはその女性の背中を睨んでいた。
「……むかつくタイプ」
「もうちょっと抑えて言ったらどうだ……?」
さっきの女性に普通に聞こえて睨まれてるんだけど。
リリアは苛立っているのだろう、俺の脇腹に軽い拳を何度か打ち込んでくる。
「昔、ああいう感じの女がリリィをいじめていたことがあったのよ」
「……そうか。なにかしたのか?」
「リリィができるわけないでしょ。……簡単な話よ。ギルド職員って結構人気の職業っていうのは知ってる?」
「まあ、聞いたことは」
「人気の理由は、貴族ほどじゃないにしても裕福な冒険者と結婚できる機会があるから」
「あー、聞いたことがあるな」
貴族のように面倒なしがらみがなく、それでいて普通より裕福に暮らせるから、一流以上の冒険者というのはモテる。素直に喜んでいいのかはわからないが。
「ああいうギリギリ売れ残ってそうな女って、若い職員をよく虐めるの」
「……おい、だからあんまり大きな声でいうなって」
聞こえちゃってるから。
その女性がこちらに近づいてきて、リリアを睨みつけた。
「さっきから、好き勝手言って、何か言いたいの!?」
「別に、なんでもないけど?」
「……だいたい、売れ残ってるっていったらそっちもでしょ!?」
「……あのマスター、先ほどの発言では、売れ残ってることを証明してしまうのではないでしょうか?」
こそこそとルナが俺に耳打ちをしてくる。
ルナは素直に疑問に思っているようだ。
静かにしてるんだルナ。巻き込まれたくないからな。
「私は結婚しているようなものだから」
「何そこの男のこと言ってんの!? 随分な年の差ね!」
なんで俺まで傷つけられなきゃならんのだ。
「違う、こいつは時々パーティーを組んでる仲間。私の相手は、リリィ」
「は? それって確か妹……でしょ!?」
「世界で一番可愛い私の大事な妹よ」
本気で言っているリリアに、職員はめまいでもしている様子だ。
疲れた顔で去っていった彼女の背中を見ながら、リリアは眉間を寄せた。
「……怪しいんだよ」
「何がだ」
「別にスーイを好んで討伐する冒険者っていないでしょ?」
「そうだな」
スーイを討伐したところで、特別高く買い取ってもらえるわけではない。
それどころか別の魔物のほうが効率が良いくらいだ。
「なのに、ここ最近、討伐数が増えている。それも、この子が依頼の管理を任されるようになってから」
「……わざと、誰かがスーイを意図的に討伐したってことか?」
「かもしれない。誰かは知らないけど。ちなみに前に依頼を管理していたのが、さっきの女」
「……それで、あんな言い方したんだな。けど、疑ってかかるのは失礼だろ」
「別に。あとで謝罪すればなんとでも」
「おまえ……敵がたくさんできるぞ」
「その分リリィがみんなに好かれればそれでいいのよ」
「はぁ……誤解されないように、気をつけろよ。おまえだっていいやつなんだからな」
そういうと、リリアが眉間を一瞬寄せてから、片手で口元を隠して俺を蹴りつけてきた。
「何するんだよ」
「さっきのようなこと、リリィに言ったらぶっ飛ばすから」
「リリィはもともといいやつなんだから、言う必要はない。そろそろ、アーオイトータスを討伐にいくぞ」
「リリィが来るのを待つよ」
歩き出した俺の首元をつかんでくるリリア。何か、今日はいつも以上に笑顔を見せるな。
そんなリリアの隣では、まだ元気のないギルド職員がいた。
「……すみません、私のせいで」
「別に……ギルドと冒険者はお互い様でやっていくんだ。気にするな」
「けど……これで生態系がおかしくなったら――」
「大丈夫だ。この二人がいれば、魔物なんてすぐに討伐できるからな」
「今はルードも戦えるし、ルナもいる。最悪、セインリアに攻撃してもらえばいいんじゃない?」
「セインリアにやられたら、湿地帯が吹き飛ぶかもしれないぞ……」
「そこはうまく加減してね」
……できるかもしれないが、それは最終手段にしておきたいものだ。
と、階段をリリィが駆け上がってきた。彼女は険しい顔をしていた。
「……お姉ちゃん、これ見てください」
「スーイの納品依頼、ね。また珍しいものを要求する依頼がたくさんある」
リリアが顔をしかめながら、それらを見やる。
「納品依頼? スーイに納品してほしい部位なんてあったか?」
「基本はないです。へ、変な店で、服を溶かすために使うために必要なことはありますけど…」
リリィと職員が顔を赤らめていた。
リリアが、「リリィになんてこと言わせてるの?」と睨んでくる。
「変な店ですか? 服を溶かす必要のある店があるのですか?」
「まあ、その……」
ルナの純粋な疑問に俺は頬をかくしかない。
「エッチな店よ」
リリアは特に気にした様子はないが、俺以外の三人が顔を真っ赤にした。
「けど、これはあくまで個人の依頼みたいね。この依頼を見たのは、あなた?」
「は、はい……問題は、ありませんよね?」
「ええ、問題ない」
リリアは頷いてからリリィに視線を向ける。
「……けど、その。昔、私……同じようなやり方でいじめられたことがあるんです」
「……そ、そうなんですか?」
「まず、納品依頼ということで、討伐数を誤魔化せてしまうんです。ギルドの想定以上に魔物を倒してしまう可能性、ですね。冒険者の方もそのあたりは気にしてくれるのですけど……その、例えば息のかかった冒険者ですと――」
「好き勝手討伐するってわけだな」
討伐依頼は基本的にギルドから出され、納品依頼は民間からだ。
討伐依頼は、ギルドが魔物を管理するために出すもので、その数は結構細かく厳しい。
納品依頼も似たようなはずだが、おろそかにされがちだ。ある程度討伐されても問題ない魔物を対象にされることが多い。今回のスーイも基本的にはそうだ。
「は、はい……特にここで大事なのが、討伐依頼ではなく納品依頼ということにするところです。納品依頼は、冒険者たちに今所持しているので余っていたら納品してください、という意味での依頼ですが……同時に討伐の許可も出すことになります」
「……そうですね」
「それを利用して、生態系をおかしくさせて、責任を職員になすりつけようとする奴がいるのよ」
リリアは完全に先ほどの職員を犯人と思っているようだ。
「まあ……それらは調べていけばわかるんじゃないか?」
「うん。色々調べてみる。それより、リリィ、魔物討伐に行くよ」
「はい、お姉ちゃんっ」
「マリウスは来れそう?」
「……いや、連絡つかないな。まあ、アーオイトータスなら四人で十分じゃないか?」
「私がその分動く羽目になるから、マリウスも連れてきたかったわ」
彼女は首を軽くひねるようにして、肩を回す。
リリィがその姉の肩を軽くもみながら歩いていく。
後には元気のない職員が残っていた。
「誰がやったにしても、ミスはミスなんだ。次は気を付けてな。魔物は気にするな、俺たちで討伐してくるから」
「は、はい……。ありがとございます!」
ぺこりと頭を下げてきた職員を一度見てから、俺はリリアたちとともにギルドを出ていった。