今ある力2
「我ら魔族は、神が造りし太陽の前では、本来の力が発揮できぬ。それは、太陽から落ちる聖素の力が原因じゃからな」
「……そうだな」
「じゃからこそ、わしら魔王は、聖素を受け入れられる肉体を作ろうと考えておったのじゃ。その一つがホムンクルスじゃな。奴らの肉体に一時的に魂を入れることで、代理の器として行動しようと考えた。まあ、言ってしまえばまさしく人形じゃな。人間が人形で遊ぶようなもんじゃ」
……なるほどな。
それゆえのホムンクルス技術か。そして、ホムンクルスの心臓となる核の部分の魔石に、人間が持つ魔石が利用されていた理由か。
「目論見は成功したんじゃが、本来の力は出せぬし、肉体を作る分だけの手間が増えるから、そのまま終了したんじゃ。じゃが、それでもまだホムンクルスを研究し続けた理由は、聖素、魔素、魔力のすべてを使いこなせる肉体を作りたかったからじゃ」
「……すべてを使いこなせる肉体」
「ああ。おぬしのような人物は稀なんじゃよ。例えば……それこそ、指のさきに火をつける程度の魔素、聖素を使いこなしたのは今までにもおった。じゃがな……おぬしのように体内にバランスよく聖素、魔素、魔力を持った人間はおらぬ」
「そう、か」
「そういうわけで、じゃ。研究者の心がうずいてしまうんじゃよ、おぬしのような存在はのぉ」
体を寄せてきて、ぺたぺたと触ってくる。さっきの成長した姿が脳裏によぎり、俺は少しばかり警戒する。
「……スロースも研究をしていたのか?」
「そうじゃな。といっても、研究を主にしていたのは、グリードの奴じゃったがな」
「ヴァレファール・グリードか?」
「ほぉ、なぜフルネームで知っておるんじゃ? あいつ人間界では有名人じゃったかのぉ?」
「……この前、寝ているときに魔剣が見せてくれたんだ」
「魔剣が……? どんな夢じゃったんだ?」
やけに彼女が興味深げな顔を浮かべる。
スロースにあのときの夢について伝えると、彼女は考えるように顎に手をやった。
「……ふむぅ。魔剣が魔素によって自我を持ち始めたのか、それとも、そのキグラスという奴がおまえにわざとそれを見せた可能性もあるかもしれぬのぉ」
「……そんなことできるのか?」
「さあの。キグラスという人間がどの程度の力を持っているかは分からぬからな。わしら魔王は他人の夢に干渉するくらいはできるんじゃよ」
「どんな夢でもか」
「なんじゃ、見たい夢でもあるのか?」
……そりゃあ、まあ。けど、恥ずかしいので口には出せなかった。
「なるほどのぉ。おぬしもニンも、魔王を利用するにしても、やることが小さいのぉ……」
「まだ何も言ってないだろ」
「なんとなくわかるんじゃよ。まあ、話を戻そうかの。とにかく、おぬしは珍しい才能を持っておるんじゃ。それは誇るべきで、同時に気をつけるべきでもあるんじゃからな?」
「……狙われる可能性があるんだろ?」
「ああ。グリードの奴が気づいたら、おぬしを殺してでも持ち帰りたがるじゃろう。じゃから、もっと力をうまく使いこなせるように訓練をするべきじゃな」
確かに……まだ、俺は魔素を使いこなせているとはいいがたいだろう。
身体強化をするにしても、もっと効率の良い手段だってあるかもしれない。
……そして、魔素に関してはもっとも適した教師がいるじゃないか。
「……スロース。俺に魔素の使い方を教えてくれないか?」
「もちろんじゃよ。わしも、聖素と魔素を使いこなせる人間というのを見てみたいからのぉ」
予想以上にあっさりと承諾してもらえた。
……もしかしたら、教えるつもりでそんな話を切り出してくれたのかもしれない。
「まあ、とはいえ、日頃の鍛錬で慣れていくしかないじゃろうから、また後でじゃな」
「……そうか。ありがとな」
「わしも教えたかったからのぉ。作戦成功じゃ」
彼女がピースとともに笑みを浮かべた。
「そういえば……ずっと気になっていたんだが……今のおまえは、本来の力の半分程度しか出せないといったよな?」
「そうじゃよ」
「……けど、あのときおまえが戦っていた人間…リリアっていうんだが、あいつはこの世界でも上から数えたほうが早いくらいの実力者なんだよ。……そいつ相手に、おまえは十分すぎるくらい通用していたんだ。……魔王たちはこの人間界を破壊したい者もいるんだろ? あれだけの力があれば、十分破壊できてしまうと思うんだが」
「なんじゃ、破壊されたいのかの?」
スロースが腕を組み、目を細める。
「そんなわけないだろ。少し、気になったんだ」
魔王たちは本来の力が出せないため、回りくどいやり方をしている。
……しかし、リリアと戦った時くらいの力が出せるのなら、はっきりいって人間界なんてどうにでも出来るだろう。
「……そうじゃのぉ。実をいうとわしも少し盛っておってな。あの時は実は七割程度は出しておったんじゃよ。そのせいでわしの体内ではすでに崩壊が始まっておったんじゃ。あのまま戦い続けていたら、間違いなくわしは死んでおった。……まあ、その前に魔界に逃げるがの」
ぺろっと舌を出すスロース。お茶目な魔王め……。
「……そうだったのか。そういえば、どうして戦っていたんだ?」
「わしが、リリアという少女が持っていた食べ物を勝手に食べたからじゃな。あまりにも空腹でな、そのときは意識朦朧、記憶さえも怪しかったがの。今ははっきり思いだせるぞい」
……おまえら、何に命かけてるんだよ。
ただ、例えばリリアがリリィにあげるために買ったのだとしたら、彼女がぶち切れる理由としてはおかしくはない。
それでも、たかが食事の一つで切れないでくれ、とは言いたいが。
「それにしても……体内で崩壊が始まっていたって今は大丈夫なのか?」
「うむ、問題ないんじゃよ。もう体は元気じゃ。魔素と聖素というのは、本来ぶつかりあってしまうもので、合わない場合は体内で激痛が走るんじゃ。風邪をひいたときと同じじゃな。体が治そうとして菌と戦うのとまさしく同じじゃ」
……あんまりピンとはこないが、体内が大変なことになるのだけは理解した。
「……とりあえず、もっと強くなるために鍛錬を積むとして……今グリードが何をやっているかとかは聞いていないか?」
「奴は昔から裏で動くのが好きじゃったからのぉ。他の魔王を利用することくらいしか考えておらんからな。詳しいことは何もわからんのじゃ」
「……調べてもらうことはできるか?」
「おいしいものを食べさせてくれるならの」
「わかった。頑張って探しておく」
「そうか。じゃがまあ、こっちは難しいと思うんじゃよ。奴は他人には重要な話をしないからの」
「……わかった。それともうひとつ……。いまこの世界に巨大迷宮が出現しているんだが、何か知っているか?」
「それも、何かしらの魔王がやっておるんじゃろうな。次の七魔会議のときにそれとなく調べておいてやろうぞ」
「……ああ、頼む」
「本当に、色々知っているんだな」
「そうじゃよ。こんなちんちくりんじゃが、これでも100歳は余裕で過ぎてるからの」
「100さ――」
婆さんじゃないか……。
「なんじゃその目はおぬし」
じろっと顔を覗きこんでくる。それから彼女はパンっと手を鳴らした。
「こんな姿の方がよいかの?」
「……まあ、そっちのほうが年相応かもな」
次の瞬間には、今の彼女が成長していった先のような老婆がそこにいた。
「なんじゃ。おぬしはこのくらいがいいのかの?」
といって、先ほど俺を抱きしめたときのような姿になる。
……まあ、一番好みではあるが、深くは言うまい。
「おまえのやりやすい年齢にしてくれ」
「それならこれじゃな」
最後には幼い姿に戻る。彼女の場合、変身は人間の姿だけで、容姿に関しては年齢の上下だけで行っているようだ。
「とりあえずの話はこんなところかの?」
「……ああ、色々話せて楽しかった」
「わしもじゃよ」
スロースが口元を緩めた。
「ルードいるのー?」
そんな声が、階下から聞こえた。部屋を出ると、ニンがクランハウスの入口で手を振っていた。
「なんだ?」
と返事をしていて、異変に気付いた。
に、ニンの胸が膨らんでる!?
「ニン、おまえ胸が病気か!?」
それとも俺か!?
「誰が病気よ! ていうか、あんたがそんなに取り乱すなんて初めてね……どれだけの大事件なのよ……」
邪竜と対面したとき以来の焦りがあった……とは胸に秘めておこう。
ニンはふふんと自慢げに胸を張っている。ちらとスロースを見ると、彼女も何やらしたり顔。
スロースがどうして俺の趣味嗜好を理解していたのかはとりあえず理解した。
「……ニン、それ本物なのか?」
「ほ、本物よ」
スロースがすっとそちらに手を向けると、ニンの胸が消えた。よかった……元の壁だ。
そっちのほうがしっくりくるな。
「な、なにするのよスロース」
「嘘はいかんのじゃよ。まあ、おぬしの腕ならそのうち本物を作れるようになるんじゃよ」
「そうね。聖女の仕事もなくなれば、今以上に魔法の訓練に時間を充てられるわね」
聖女をやめる理由がそれって、世のファンの人たちが聞いたら泣くぞ。
「……まあ、別に。今のニンもそれはそれで魅力はあるんだし、な。そんな無理に頑張らなくてもいいんじゃないか?」
恥ずかしかったが、それだけは伝えておきたかった。
「な、何よ、いきなり」
「別に、その。……なんでもない」
「……あっそ。……まあ、わかったわ。けど、色々使えたら便利そうだし、練習は続けるわよ」
「ほぉ……いいのぉ、いいのぉ。若いのはいいのぉ」
スロースがからかうように見てくるが無視する。
それにしても、変身の魔法なんて初めて聞いたな。ヒューの場合は魔法じゃなくて、肉体的な特徴だしな。
使えたら便利なのは間違いないため、練習しておくのは悪いことじゃないだろう。
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