ギルドからの調査員
一週間が過ぎ、ギルドから調査員が派遣された。
そいつは……そいつらは俺のよく知る人物たちだった。
「……てめぇが、なんでここに! それに、ニン! なんでおまえまでここにいるんだよ! おまえはオレのパーティー所属のはずだろうが!」
キグラスをリーダーとしたパーティーだ。
現在いるのは男二名、女四名となっている。
ただ、俺のかわりに入った二人はいない。
双子もいた。相変わらずお互いの世界で生きていて、こちらには一瞥もくれない。
双子たちはギルド職員だ。彼女らの仕事は様々で、迷宮の攻略はもちろん、新人冒険者の面倒を見ることもある。
ギルドから命令されれば、誰とでもパーティーを組むことになっている。
「あんた、大丈夫なの? 最近連続で失敗しているんでしょ?」
「うるせぇ! いいから、おまえはオレのところに戻ってきやがれ!」
キグラスがニンの腕を掴もうと伸ばす。
ニンはそれを払い落とし、舌を出した。
「言ったでしょ? あたし、教会から完全に、あんたのパーティーの脱退が認められたのよ。『失敗続きの勇者のパーティーで、何かあったら困る』ってね」
キグラスは眉間をよせ、強く奥歯を噛んだ。
ぎりっという音が、俺のもとまで聞こえた。
「……クソ! オレは勇者なんだぞ!?」
「失敗ばっかりで、いまじゃあんたを勇者だって断言できる人のほうが少ないんじゃない? 他の勇者たちは、もっと攻略しているのにね」
「てめぇ……っ」
今は喧嘩している場合じゃないだろう。
俺は一つ嘆息をついてから、ニンとキグラスの間に入る。
「キグラス。おまえが迷宮の調査員としてきたのは理解した。なら、それだけこなしてくれ。俺も何も言わない。わかったな? ニン、おまえもだ」
「お前如きに、指図されたくはない!」
「……そのあたりにしてください、キグラス様」
そういって現れたのは、教会を示す十字架の入った制服を身に着けた男だ。
教会の騎士、シュゴールだ。
さわやかな容姿で、ニンの騎士にもっとも近い男といわれている実力者だ。
俺も何度か、話したことがある。ニン越しに、ではあるが。
友達? といえば友達なのかもしれないが、友達の友達なんで、少し気まずい。
「聖女様、それにルードさん。お久しぶりです」
「そうね、久しぶり」
「ああ」
「仲睦まじく暮らしているようでよかったです」
相変わらず、さわやかに笑う奴だな。
「別に俺たちはそういう関係じゃないって」
「まあまあ、わかっていますよ。僕は今、教会の指示で、キグラス様のパーティーに入っています。まったく、ニン様の身は案じているのに、僕のことはどうでもいいんですかね?」
「それは、面倒事ね」
「はい、面倒です」
「シュゴール……っ! てめぇまでオレを馬鹿にするのか!?」
「そんな! 軽い冗談ですよ」
くすくすと、シュゴールが笑う。
シュゴールは、こういう奴だ。
細目をさらに緩めた彼に、キグラスは舌打ちをした。
「くそっ! すぐに迷宮調査なんざ終わらせてくる! それで、不当に下がったオレの評価を取り戻しに行くんだ!」
「そうですね、不当ですもんね!」
「当たり前だ! 上の馬鹿どもにわからせてやる!」
「はい、頑張りましょうキグラス様。失敗してすぐに終わりにならないよう、頑張っていきましょう!」
「失敗なんざしねぇっ! てめぇら、さっさと行くぞ!」
「はい、がんばりましょうか。それでは、ニン様、ルードさん。我々は迷宮の調査に向かいますので、またあとで、よろしくお願いしますね」
にこりと、彼がこちらへと笑みを向けてきた。
……どうにも、含みのあるいい方だな。
キグラスが大きな足取りで去っていった。
ただ、少し歩き方が不自然だ。
「……キグラスの奴は随分と荒れてたな。つーか、怪我治るの早くないか?」
「あいつの性格だから、自然治癒になんか任せてなかったんでしょ。たぶん、なんかしらの後遺症があるはずよ。荒れてるのは迷宮攻略に失敗し続けてるからでしょ」
焦っているってわけか。
一緒に組んでいた時から口が悪い奴だとは思っていたが、今はそれに拍車がかかっている。
新しく入った子たちも怯えてしまっていた。あれで、満足に連携をとれるのだろうか。
「迷宮内で大怪我でもしなければいいのだがな」
「あんた、あいつの心配するのね。追い出されたこと、怒ってないの?」
「俺はもともと迷宮攻略ができるならどこだってかまわない人間だ。パーティー編成は、パーティーリーダーが決めること。俺が必要じゃないと決めたのなら、抜ける。それだけだ。いつまでも気にするほどのもんでもないだろ」
「……気にくわないのはそこじゃないのよ。あいつが、あんたの力を正しく理解していないところ。それで、他人のせいにしているから、むかつくのよ」
「……それは、仕方ないだろ。俺だって、能力を理解したのは最近だ。キグラスは何も知らなかったんだからな。それに、ギルドからの調査員だ。喧嘩して帰られたら、こっちの責任になる」
ギルドから、新しい人を派遣してもらうにも時間がかかる。
着々と噂を聞きつけた冒険者がこの町に集まっている。
久しぶりに町全体がにぎわっている。
町を盛り上げるのには絶好の機会だ。それを、こちらの不手際でなくしたくはない。
「そうね。あいつらが無事に調査を終わらせてくれればいいんだけど」
「あいつらだって、かなりの腕だ。やすやすとやられるようなことはないだろう」
「まあね。とりあえず、あたしたちは町のギルドにでも行ってみましょうか」
まだ仮設テントではあるが、町に初めてのギルドもできた。
宿もどんどん作っているところだ。
今後、どうなっていくのか、少し楽しみだ。
……長閑な空気がなくなってしまうのは残念だけど、あのままでは先もなかったしな。
心配なのは、自警団が忙しくなっていることか。
人手がたりなくなっている。そちらは領主に相談するしかないだろう。
一度ギルドに顔を出し、状況を確認する。
……まあ、まだまだってところだ。
それにしても。
この町にギルド、か。不思議な感覚だ。
「次は町を見て回るのよね?」
「そうだな」
ここ最近、冒険者同士が喧嘩をしていることもある。
自警団では対応できないこともあるため、俺が町を回っている。
それでも、平和な方だ。
ニンのおかげで、教会関係者も町にいるのが大きい。
今日も平和に――。
「オイゴラァ! どこ見て歩いてやがる!」
怒鳴り声が、耳を破って届いた。
今日は清々しい天気だもんな。ちょっと、気が大きくなってしまうやつがいたのかもしれない。
「ああ!? なんだてめぇ!」
「てめぇがぶつかってきたんだろーが!」
視線を向けると、柄の悪そうな男たちが顔をつきつけあっている。
ちょっと押したらキスでもできそうな距離だ。やってみたら落ち着くだろうか。
「まったく、チンピラまでこの町に来てほしくなかったわね」
「口喧嘩で済めばいいんだがな」
「とりあえず、向かいましょうか」
大事にならなければいいが。
民家が並ぶ通りで、二人の冒険者が睨み合っていた。
近くで遊んでいた子どもたちが、がたがたと震えている。
……冒険者に悪い感情を抱いてしまうな。そんなことはさせてはいけない。
俺は小さく息を吐き、二人に近寄る。
一歩踏み出した瞬間、近くにいた冒険者に肩を掴まれた。
「や、やめとけ……あそこで争ってるやつら、有名なクランの奴らだぜ。右の太っているほうが、ブー、左の細い奴がガーリだ。二人はクランのサブリーダーだ。ランクはA。仲は最悪らしいぜ。関わらないほうがいい、怪我じゃすまねぇよ……」
「子どもが泣いている。喧嘩をしたいのなら、町の外でやってくれって伝えてくる」
「ど、どうなっても知らないからな」
冒険者が俺から手を離した。
彼らのほうに近づくと、二人の目が向けられた。
「なんだてめぇ?」
「田舎者が。自警団ごっこか?」
「何があったんだ? ここは民家の前だ。住んでいる人たちを驚かせるような真似はやめてくれないか」
「こいつが悪いんだよ! いきなりつっかかってきやがって」
「何が! てめぇがぶつかってきたんだろうが!」
「るせぇぞ、豚! 体当たりくらいしか能のねぇ豚が!」
「んだと!? しょぼい魔法しか使えねぇ、貧弱野郎が!」
「んだと!?」
だめだこいつら。
話ができる状態じゃない。
「いい加減、頭冷やしてくれないか? ここにはここのルールがある」
怒鳴るようにいうと、二人はこちらに顔を近づけてきた。
「うるせぇ!」
ブーが叫んだ。
その拳を振り上げる。
俺は半身をずらし、その手首をつかんで捻りあげる。
魔法を構えていたガーリだが、それより早く魔法を展開したニンが牽制している。
「い、いでででで!? は、放してくれ!?」
「いきなり殴りかかっておいてそれはないだろ。いい加減、頭は冷えたか?」
「ひ、冷えた! 悪かったって!」
「この町はもともと静かな場所なんだ。そのまま、というのは難しくても、わざわざ荒らすような真似はしないでくれ」
ブーの手を放すと、彼はすまなそうに頭を下げてきた。
しかし、次の瞬間には、俺の両手を包み込むように掴んできた。
「おまえ! かなり強いじゃねぇか! どうだ、うちのクランに興味は!?」
「待て待て! そいつは僕がスカウトしようと思ったんだ! どうだ、うちのクランは!? ブーのところと違って、クランリーダーは美人だぞ!?」
……冒険者ってのは能天気な奴が多い。
ただ、この感じは少し懐かしい。悪い気分はしなかった。
「何が美人だ! 男なら筋肉だろ! うちのクランリーダーはムキムキだ! どうだ!?」
「何が筋肉だ! 贅肉だらけのおまえが言っても説得力ねぇよ!」
「んだと!?」
「やめろ、仲良しか。クランには興味ない。とにかく。町の中で暴れるなよ。今いる冒険者の中でトップのあんたたちがそんな調子だと、周りの冒険者たちも暴れかねないんだ」
とりあえず納得してくれたようで頷いてくれた。
こんないざこざ、冒険者が集まるギルドじゃ、しょっちゅうあった。
冒険者からすれば喧嘩でもなんでもないのだが、町の人たちからすれば、大喧嘩だ。
普段なら見逃していたが、この町じゃそうはいかない。
「す、すげぇ……ブーさんとガーリさんをあっさりと黙らせやがった」
「ブーさんをあんな簡単に無力化するなんて、あの冒険者……何者だ?」
いつの間にかギャラリーが集まっていた。
まあこれがいい忠告になっただろう。
俺が周囲を見ていると、ニンが腕をつかんできた。
まるで恋人同士が組むように、絡めてくる。ふわりと、彼女の香りが鼻をくすぐる。
「そろそろ、次にいかない?」
「せ、聖女様だ!?」
「なんでこの町に!?」
「ゆ、勇者がいるからじゃないか?」
「けど、もう聖女様は勇者とはパーティーを組まないってどこかで聞いたぜ?」
「じゃあ、なんでだ!?」
周りのざわつきに、ニンは振り返りピースを作った。
「それは簡単です。ここにいる彼と今はパーティーを組んでいるからですよ」
聖女様の笑顔とともに、彼らを見る。
「な、なんだと!?」
「あの聖女様と……羨ましい……っ!」
何を言っているんだ。
おまえはただの休暇だろ。
ニンが俺の腕を引っ張り、未だ硬直している彼らの前から引っ張っていく。
少し離れたところで、ピース、と指を作るニン。
「既成事実よ」
「あほ」
彼女の額を小突いた。
面倒事が増えるじゃないか。