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昇格試験3


 竜族というのは、人よりも味覚の幅が広いらしい。

 それゆえに、自分的にはおいしいと感じても、人族が口にした場合そうではないということもあるらしい。

 

 ラーファンはそれで若干落ち込んでいたが、種族の違いなんだということで俺はとりあえず作ってもらったものくらいは食べておいた。

 食事が終わり、近くの川で各自が汗を流し終えた頃には、シナニスたちはすっかり眠くなったようで、眠りについていた。


 さすがにビンテコングとの戦闘は相当にしんどいものがあっただろう。

 シナニスたちは、ビンテコングの動きを事前に調べていたかのように、無駄なく動けていた。たぶん、事前に情報収集も頑張って今日の試験に臨んだのだろう。


 それらが積み重なっての疲労も、あったはずだ。 

 この若さでその冒険者ランクに到達するものは、あまり多くない。……俺が過去に知っている人間でいえば、キグラスがそれに該当する。


 だからこそ、怖いところがあった。このまま彼女たちが順調に昇格していってしまった場合、油断や驕りが生まれてしまうのではないか。

 夜。見張りとして残った俺はたき火に木を放りこんで時間を潰していた。


 セインリアが見張りをするからといってくれているが、そもそもあまり寝つける気もしなかった。

 最近、色々と考えることが多くてな。

 キグラス、巨大迷宮、教会で開かれる聖誕祭。そして、もっとも頭を悩ませているのは、魔王のことだ。


 ……魔王にも色々な奴がいるのはわかった。それぞれ、違う目的で動いていて、能天気な奴もいる。そこまではいい。

 ただ、確実にこの世界を破壊しようと干渉してきている存在もいる。


 まったく。知らない間に巻き込まれているな。

 木々を放り投げていると、こちらへと一人の男が近づいてきた。マリウスだ。


 よっと気さくな様子で片手をあげた彼は、服の裾に手を通すように腕を組み、俺の対面に座った。


「寝ないのか、ルード」

「ちょっとな」


 たまには、この魔物がいつ襲ってくるかわからない緊張感に身を置きたい、というのもわずかながらにあった。

 リーダーとかそういう立場を忘れ、一人の冒険者としてここにいられるからな。

 

「ルード。以前、オレが話していなかったことがあるだろう」

「……べつに、無理にきくつもりもないが」

「いーや、話しておく。……オレや、魔界のことをな」


 マリウスの目は真剣そのものだ。それを聞かないと断ることはできないだろう。


「それなら、聞かせてくれ」

「ああ……魔界では、力こそすべてでな。……オレのような下級魔族が、まず魔王という立場をもらうことは不可能に近いんだ」

「つまり、相当努力したんだな」

「ふふん、まあな。って、今はそこはどうでもいいんだ。……オレがどうして、そんな魔王になろうと思ったのか。その理由を話しておこうと思ってな」

「……ああ、聞かせてくれ」


 そういうと、マリウスは口元を緩めた。


「力こそすべてと話しただろ? 魔界で、何かもめごとが起きたとき……それを解決するために力をぶつけあうことが当たり前なんだ」

「……つまりは、戦うってことだよな?」

「ああ。場合によっては戦争のようになる場合もある。……どんなに小さな問題でもな」

「どんなに小さな、か」

「ああ。それこそ、目があったから、気に食わなかった、なんて理由で一つの街が消えたこともあった」

「……たまったもんじゃないな、魔王ってのは」


 わがままで、理不尽だ。

 マリウスもそういう部分はあるが、彼の場合はある程度の線引きがしかれている。


「オレは……オレの故郷もそうして、消えてしまってな。家族も、友達も……全部なくなってしまったんだ」

「……マリウス」

「だからオレは、魔王を倒すために……力をつけた。ここまではいいんだ。実際オレは、最下位ではあるが、魔王の立場をもらった」


 それはきっと、よほどの努力をしてきたのだろう。

 俺も少しだけ、似たような環境にいたことがある。……騎士を目指すうえで、やはり周りの目が厳しいときもあったからだ。


「まあ、それで……スロースが話していたことにつながるんだがな」


 そう笑ったときのマリウスはたいそう疲れたような笑みだった。


「そういえば……あまり話したくなさそうな様子だったな」

「ああ……魔王は人間を道具のように扱っていたものでな。……みんなに聞かれるのは嫌だと思ったんだ」


 嫌われる、かもしれない、とかそんなところか。

 いつにもまして小さく見えるマリウス。マリウスがそんなことを気にしているなんてな。

 初めてあったときの彼よりも、ずいぶんと人間らしくて、笑ってしまった。


「……な、なにを笑っているんだ」


 マリウスが怒ったように眉間を寄せた。


「別に、な。俺はおまえがどんなことをしていたとしても、気にしない。俺だって、昔は色々していたんだからな」


 そういうと、マリウスはほっとしたように息を吐いた。

 それから、彼はゆっくりと口を開く。


「魔王になれば土地を与えられ、そこで一つの町を管理することになるんだ。……だがな、魔界のおもなエネルギーは、人間から回収することになっている。魔界に落ちてきた人間を、奴隷として捕らえ、彼らが生み出すエネルギーを回収するのが魔族たちの日常なんだ」

「……えぐいな」

「き、気にしているのか」

「いや別に」


 マリウスが不服そうな顔を作る。いつも散々振り回されているんだ。たまには、このくらいの仕返しはさせてくれ。


「……オレはどうにも、魔族の中でも頭がおかしかったようでな。昔から、人間をどうしても下には見れなくてな。……それでまあ、オレなりに人間と接していたら、オレのやり方はどうにも魔王たちからすれば気に入らなかったらしい。人間と楽しく暮らしているのは、魔王らしくない、という理由で追放されてしまったんだ……」


 マリウスは強く拳を固めていた。


「……おまえ一人が追放、というわけじゃなかったのか?」


 彼の悔しそうな顔が、そう語っている。俺を見て、マリウスは深くうなずいた。


「……ああ。オレがつくった街も、破壊されてしまった」


 ……自分の故郷を失い、また自分が関わった街も失った。

 ……それは一体どれほどの苦しさだったのだろうか。

 俺で言えば、アバンシアのみんなを失う、ことか。マニシアがいなくなる……そう考えただけで吐きそうなほどに苦しかった。


「……だからこそ、オレは魔王たちを倒したい。魔王を倒し、人間と魔族が笑って暮らせるようにしたかった。それが、昔のオレの願いだ」


 もしかしたらマリウスは、それで迷宮を楽しめる場所にしたいとも話していたのかもしれない。

 最近は知能もついたため、管理をほとんど魔物たちに任せているが、人間にとって不利になっているということはまったく聞かない。


 ……やはり、あの迷宮のマスターはマリウスなんだろうな。


「……そうか。改めて、よろしくな」

「……ああ」


 俺たちは手を握った。



 〇



 ビンテの森での戦いは、次の日の午前いっぱいまでかかった。

 そこまでやればさすがに、異常発生していたビンテコングも、本来程度の数まで減らすことができた。


 ここまでやれば大丈夫だろうと、リリアが判断し、俺たちはセインリアに乗りこんだ。

 アバンシアへと向かう空の上で、難しい顔をしていたシナニスの隣に立つ。


「試験が終わったのに、元気がないな」

「……そりゃあな。オレたちは、ビンテコング一体とやりあうので限界だったからな」


 ……討伐はできている。だから、今までの考え方でいえば、彼らはAランクに昇格することが可能だ。

 ……ただ、どうして今回のように昇格試験という形にしたのかといえば、こういった実際の戦いぶりを確認するためでもあったのだろう。


 シナニスたちの結果だけを見れば、ビンテコングを無事討伐した。

 だが、実際はぎりぎりの戦いだった。

 別のAランクは、それこそ一人でビンテコングを討伐するだけの力を持っているかもしれない。

 ……こうなってくると、同じAランクでも実力差が生まれてしまう。


 冒険者ギルドとして、市民から信頼を得るためにもランクごとの実力差を少しでも減らす必要があるんだろう。

 それは、低いランクの冒険者にもあてはまる。俺やニン、マリウスがFランクとして仕事をしたとしよう。またその依頼者がFランクの依頼を出したとき、別のFランク冒険者が依頼者に何か言われてしまうかもしれない。


 ……だから、なるべく正確なランクに冒険者を判断しようとギルドも急いで動いているんだろう。


「シナニス」


 リリアがシナニスを呼びつける。

 近づいてきたリリアに、シナニスがびくりと肩をあげる。


「なん……すか」

「今のあなたたちは……BとAランクの間くらいの実力があることは分かった。ただ、まだAランクには早いと思う。それでも、Aランクとしてやっていきたいのなら、私はAランク試験に合格したとして、上に報告するつもり」

「……それは――」


 リリアの言葉にシナニスは唇をぎゅっと結んだ。しかし彼は……それから首を振って笑った。


「さすがに、できもしねぇAランクの依頼は受けたくねぇよ。仲間たちを危険にさらすわけにもいかねぇよ。まだ、Bランクでいいっての。リーダーを立てるって意味もあるしな」

「俺のせいにするなよ」

「どうせ、ルードたちはAランクなんだろ?」

「うん。そっちは何を言われてもAランクにあげておくから」


 シナニスが俺の肩をぽんと叩いてくる。


「いつか、ぜってぇ追いついてやるからな」

「……ああ、楽しみにしてる」


 彼の肩を叩き返し、俺たちはアバンシアに帰還した。

 

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