魔剣3
魔剣が町に現れた。俺たちは急いでその現場へと向かう。
俺たちは魔剣を目撃した場所へと案内してもらう。
町に出ていた市民たちには、部屋に入るように叫びながら、そちらへ向かう。
自警団の人たちも、全員避難誘導を行っている。
逃げる人々に逆らうように走っていく。
「る、ルード、大丈夫だよな」
「ああ、なんとかする!」
不安げな町の人たちにそう叫びながら、俺は足を動かす。
現場が、見えてきた。魔剣は宙に浮かんでいて、それから人々は逃げ回っていた。
俺たちはそちらへと向かう。逃げる人々の中、魔剣に向かって走っていく女性の姿があった。
……ベリーだ。
何をするつもりだ、と思ったがベリーは聖女候補だったな。なら、魔剣を浄化する力を持っているのかもしれない。
しかし、そちらへと向かうベリーの足は震えている。
先程とは違って、彼女の背中は小さく見えた。
ベリーが震えているのに気付いたニンが、声を荒らげる。
そんなベリーを見つけたのか、魔剣がそちらへ向く。
近づいた俺は、その魔剣を見て、眉間を寄せる。あの鞘は……どこかで――。
魔剣と向き合ったベリーが、きっと目を鋭くして、叫ぶ。
「未来の聖女として……わ、私は負けないんだからっ!」
恐らくは、魔を払う浄化系統の魔法だろう。
いや、待て!
あの魔剣は俺が持っていた魔剣だ、たぶん!
魔剣から莫大な魔力があふれる。まるで、浄化魔法に抗うように。
「ルードさん! すごい魔力……っ! 近づくのは危険!」
ラーファンが叫ぶが、俺は足を止めるわけにはいかない。
ここで、浄化魔法の餌食にさせてたまるか。前の所有者として……っ。
ベリーが片手を振り下ろすと、浄化魔法がまっすぐに魔剣へと向かう。魔剣が放つ魔力と、ベリーの魔法がぶつかる。
魔剣は苦しむかのように魔力をさらに放出し、暴れだす。真っ直ぐに魔剣はベリーへと向かい――。
「……あっ」
ベリーの体を殴りつける前に、俺がその間に割り込む。
衝撃が背中へと襲いかかるが、タンクがこのくらいで倒れるか。
目に涙をためるベリーは、驚いたようにこちらを見てきていた。
「大丈夫だ……守り抜くからな」
ベリーにかまっている暇はない。安心させるための言葉だけを残してから、俺は魔剣に向き合い、剣を構える。
先程までおとなしくなっていた魔剣だったが、俺が剣を構えると魔剣はぴくりと動いて浮かび上がった。
「おまえ、俺が持っていた魔剣だよな……? 頼むから、暴れないでくれ。このままだと、浄化させられるぞ!」
そう叫ぶが、魔剣は俺へと真っ直ぐに飛んできた。それに合わせるように剣をぶつける。
しばらく撃ち合いが続く。……しかし、魔剣はどうにも俺を狙っているようには見えない。
何が、目的だ。何度も何度も打ち付けてくると、ぴきっと俺の剣から嫌な音が聞こえた。
……こいつのねらいは俺の武器をおること、だったのか? まずいっ。
だが、いまさらどうしようもない。俺は歯噛みしながら、近くの仲間たちを見る。魔剣と俺の間で、彼らは動くに動けないようだった。
くそ、どうすれば――。
そして、剣が限界を迎える。根本にヒビが入り、そこから一気に砕け散る。
大盾を持ってきていない。無手でどうにか捌くしかない!
俺は魔剣の動きを見切るために顔をあげると、からんからん。魔剣が地面を転がる。
……ど、どういうことだ?
視線を向けると、そこには一切の魔力を放たない魔剣が地面で静かにしていた。
動き出す様子はない。俺はベリーと顔を見合わせる。
ぶんぶんと驚いたように彼女は首をふっている。みれば、腰でも抜けてしまったのか、ぺたりとしゃがみこんだまま動かない。
俺はそっと魔剣に手を伸ばして掴む。懐かしい感触だ。
じっと魔剣を見ていると、ベリーが慌てた様子で声をあげる。
「だ、大丈夫なのですかぁ!?」
「……ああ、こいつは俺が前に使っていた魔剣だ」
俺はそれを何度か見回してから、腰に戻す。鞘に入ったままの魔剣はきらんと一度だけ光った。
遅れて、ニンや教会騎士がやってきた。ニンは驚いたように魔剣を見ていた。
「ルード……それってキグラスにとられた魔剣よね?」
「……ああ」
「……魔剣ってたまに意志を持つのがいて、人を操るとか聞いたことあるけど、まさかあんたのこと探してここまで来たの?」
「かも、しれん」
魔剣が何度か光を放つ。……なんか前持っていたときとは違う力をつけているようだ。
……それにしても、キグラスはどうしたんだ?
「やっぱり、話しておいてよかったよ」
シュゴールがほっとしたようにベリーを見やる。……結果的に、確かにベリーを守ることになったな。
ちらとベリーを見る。
彼女はぼーっとした様子でこちらを見ていた。
「怪我はしてないか?」
「は、はいっ、ありがとごじゃまちゅ! し、舌噛んだ、いったっ!」
ベリーの抜けた様子に、すっかり場の空気も落ち着いた。周りから笑いがもれ、ベリーは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「あんまり無理するなよ」
一人で彼女は魔剣を止めようとした。……一人でできることなんて限られているんだ。無理しても仕方ないんだ。
それだけを伝え、俺は視線を魔剣に戻す。
「とりあえず、あたしが見ておくから、もうみんな大丈夫よ」
聖女の彼女がそういうと、集まっていた人々も安堵の息をはいた。
教会騎士たちは、立ち上がれなくなったベリーに肩を貸している。そうして、彼女を守るように囲み、それから教会のほうへと歩いていく。
それを見送っていると、ベリーと目が合った。彼女はすぐに顔をそらしてしまった。
さっきのニンとのやり取りを見るに、嫌われているみたいだし仕方ないだろう。
周囲の冒険者たちが、「カップルの登場だー!」とかなんとかからかっているのを無視してその場を去る。
ニンもともにやってきて、俺は周囲に誰もいなくなったのを確認したところで、剣を鞘から抜いた。
「キグラスに何かあったのか?」
魔剣に聞いても、怪しく光を放つだけだ。
小さく息を吐いてから、俺は魔剣をしまった。
「……よく、わからないわね」
「まったくだ……ニン、こいつは何か呪いでもかかっていたのか?」
武器や防具には、時々呪いがかかっているものがある。
所持した者が、自我を失ったり、持っているだけで生命力を吸い取られたり――。
そんな危険な可能性のある物が、迷宮には時々登場する。
少なくとも、俺が見つけたとき、この魔剣にそんな効果はなかった。
ニンはしばらく魔剣に触れていたが、首を振る。
「……いえ、別に何もないわね。ただ、魔剣にたまっていた魔力が今は感じられないわ」
「ってことはなんだ。この魔剣は、魔力がたまっていたから、あんな風に自由に動き回っていたってことか?」
「……そうかもしれないわね。それで、あなたのことでも探していたんじゃない?」
「まさか」
俺が驚いて魔剣を見やる。
「可能性がないわけじゃないんじゃない? 物には神様が宿ることがあるらしいじゃない。それで、例えばあんたを探しにきたとか。……だって、あんたの武器を狙うかのように攻撃していたじゃない?」
「あれは俺の武器を狙っていたのか?」
「ええ、まるで嫉妬に狂った女性のようだったわよ」
だとすれば、恐ろしい話だな。
ただ、そういわれると、そんな気がしないでもなかった。
とりあえず、魔剣が戻ってきてくれたことは喜ぼうか。