魔剣2
教会を離れた俺が町を歩いていると、向かいからシナニスたちがやってきた。
さすがに、彼らと会うまでには顔のほてりも消えていた。
「あっ、ルード様」
アリカがそういってそれからラーファンも一緒にやってくる。
さらに彼女たちの脇にはティメオとドリンキンもいる。
「五人か……リリフェルはどうしたんだ?」
「リリフェルは今日は休みたいそうなので、家に置いてきましたよ」
まあ、俺たち冒険者はいつ仕事をするかどうかを自分たちで決められる。
とはいえ、彼女が休みを入れるのは珍しいな。
「体調が悪いとかか?」
「いえ、そういうわけではありませんよ。朝、一応。一応様子を見ておきましたが、特に問題はありません。ファンティムたちと一緒にいましたし、訓練でもつけているのではありませんか?」
そうか。ファンティムは剣を使い、シャーリエは鎌を扱う。
その相手を務めるというのは、人型の魔物相手のいい練習になる。
もしかしたら、リリフェルはそういう部分で、慣れていきたいと思っているのかもしれない。
先輩として、面倒を見たいという気持ちもあるかもな。
そんなことを考えていると、ラーファンがつんつんとつついてくる。
「なんだラーファン」
俺が反応すると彼女は嬉しそうに顔を緩めた。
「なんか、シナニスがギルドに呼び出されたから、私たちはその保護者みたいなもの」
「な、なに言ってんだよラーファン! ルードには黙ってろって言ったろ!」
呼び出された? ギルドから冒険者が呼び出されるなんて一体何事だろうか。
こちらで何か問題がなければ、向こうから手を出してくることはほとんどない。
例えば、初心者冒険者なら、ギルドも積極的に様子を聞くんだが……それだって、個人を呼び出すほどじゃない。
となれば、何か問題でも……。
「シナニス、何か心当たりあるのか?」
「一切ねぇんだよ……」
先程まで声を荒らげていた彼だが、しゅんと肩を落としている。
それを見ていたラーファンとアリカがひそひそと話をする。
「こういうときのシナニスって、結構弱気」
「本当よね」
「う、うるせぇな!」
シナニスが声を荒らげ、二人に牙を向ける。
三人を眺めながら、ティメオとドリンキンが話す。
「それにしても一体なんでしょうね」
「わからないな……シナニスさんも心当たりないと言っていたし」
どうなんだろうな。俺もわからない。
ただ、問題を起こしていたのなら、クランリーダーとして謝罪するべきだろう。
「俺も一緒に行くぞ」
「……そうか」
元気のないシナニスたちとともに、ギルドへと向かう。
ギルドに入ると、冒険者で賑わっていた。
もうすっかり、冒険者やギルドが馴染んだな。
冒険者たちは俺に気づくと、慌てた様子で頭を下げてくる。
いや、別にそんな反応をしなくても。
苦笑しつつ歩いていく。シナニスが列に並び、緊張した面持ちだ。
やがて、彼の順番になる。受付嬢に事情を話すと、思い出した様子で奥へと引っこんだ。
出てきたのはリリアだ。彼女の登場にシナニスの頬が引きつった。
リリアに見とれる冒険者は多いが、彼女と長く接すると彼女の強気な態度を恐れる人も多い。
シナニスもそうだったようだ。
彼はごくりと唾を飲み込んでいる。リリアはこちらをちらと見てから、何か納得した様子で頷いた。
「シナニス。これ」
リリアは冷たい口調で一枚の紙を取り出した。
シナニスが受け取って、それから目を見開く。
俺も気になって近づくと、リリアが口を開いた。
「Aランク昇格のための依頼。受けないかって。最近は、Bランク任務をよく受けているから。一度、ギルドが実力をみたいらしい」
「……そんなのがあるのか? いままで、ランクって結構適当につけていなかったか?」
今までの達成状況が主なランク判断の目安だ。
迷宮にばかり潜っている人間はランクがあがりにくく、その特例として売却している素材などから判断されることがよくあった。
それを悪用する冒険者もいた。
例えば、ギルド職員と仲良くなり、毎回のように素材売却しているのを装って、ランクを偽ることだ。
そのランクを使い、地方の冒険者ギルドで初心者冒険者を騙す、ような事件が起きたこともある。
だが、結局これについての対処は具体的には行わなかった。
……一部の話では、ギルド上層部にも何名かそうやって成り上がった人もいたのではないかといわれていた。
「最近、ギルドの上が変わってね。それから、色々と体制が変わってきている。特にAランク以上の冒険者は、ギルド全体の評価にも関わってくるため、こちらで試験と称したものを行うという感じになっている」
「……なるほどな」
「ああ、それと。ルード、ギルドカード」
早く出して、と彼女がせかすように手を動かしてくる。
俺は首を捻りながらギルドカードを彼女に手渡す。
リリアはギルドカードを手元の台にのせ、それから魔石のカケラを乗せる。
適当なように見えるが、リリアは結構これがうまい。
リリアがギルドカードに手をかざすと軽い光が生まれた。彼女はそのカードをこちらに戻してきた。
魔石の欠片がさらに追加された。
合計5つ。Bランク冒険者だ。
「上の体制が変わったから、こっちで管理できるのはここまで。ただ、ルードの場合は特例もあるみたいよ。この前の迷宮攻略ね」
「……ああ、そういえばそうだったな」
「ギルドも人の入れ替わりでばたばたしていて、今ようやくそっちの情報をまとめているところ。たぶんだけど、AかSランクになるんじゃない? とりあえず、Bランクまではあげていいって話があったから対応しておいた」
「了解だ」
「あとは、ギルド本部でそのうち話があると思うから。ま、呼び出されたら行けるようにしておくといいかも。クランリーダーとして、わかりやすいランク評価はいいでしょ?」
ま、確かにな。
このギルドカードは俺たち冒険者にとっては、身分証明と同時に実力の証明でもある。
これをそのまま冒険者に見せつければ、それだけで相手を威圧させる効果がある。昔そんな劇があったな……冴えない冒険者が、実はSランクで……みたいな。マニシアとよく見にいったものだ。内容はよく覚えていない。はしゃぐマニシアが可愛かった、くらいか。あと、その隣にはラスタードもいたか? とにかく、マニシアが可愛かった。
「それで、シナニスの昇格試験について聞かせてもらってもいいか?」
「これは簡単よ。Aランク相当の依頼をうけてもらって、ギルド職員が試験官として同行するってだけ。シナニスは、自分の好きなメンバーで攻略を行ってもらう。あとはリリアが総合的に判断して、Aランクに昇格させるかどうかの判断をするってわけ」
「……なるほどな。今回はおまえがいるからどうにかなるが、なかなか難しいんじゃないか?」
そう実力のあるギルド職員ばかりでもない。
「まあね。ただ、Aランクまであがれる冒険者自体そんな多くないし。場合によっては、クランとかにも協力してもらうこともある。あと、リリアとリリィも本部所属になったから」
ぶいっとピースを作る彼女。
……本部所属のギルド職員っていったら。ギルド職員たちの憧れだな。
「凄いな。まあ、おまえたちにはそんだけの力があるもんな」
「お礼ならケーキでいいよ」
「またあとでな」
リリアの相変わらずの調子に、苦笑していると、彼女はシナニスへと視線を向ける。
「それでどうする? Aランク昇格試験は」
「……そ、それは、うけるに決まってんだろ!」
シナニスがぐっと拳を固め、リリアが頷いた。
「それなら……あとで」
「なあ、リリア。俺も同行は可能か?」
「別にいいよ。リリィも連れていくつもりだし。……ああ、それなら、移動にあれかしてもらってもいい?」
「……聖竜のことか?」
「うん。リリィが乗りたがってたのと、移動短縮。馬車や竜車で経由してたら、一週間くらいかかるから。聖竜ならたぶん、日帰りも可能じゃない?」
彼女が見せてきた依頼書で、場所を確認する。
聖竜の飛行速度は速いし、なにより直線で移動できる。
彼女の言う通り、日帰りも可能かもしれない。具体的に打ち合わせをしていると、ギルドの扉が勢いよく開かれた。
一瞬の静けさのあと、駆け込んできた冒険者が叫ぶ。
「た、大変だ! 魔剣が現れやがった!」
……シュゴールが話していた魔剣、だと!?
町の人たちに何かあったら、大変だ……っ!