呼び出し7
舞踏会が本格的に始まっていった。
俺たちはそれでも、特に周りと多くかかわることはせず、室内の隅のほうで話をして時間を潰していた。
「主役がこんな隅にいるのはもったいないね」
「ラスタード、おまえは慣れているみたいだな」
こちらへとラスタードがやってきて片手をあげる。
彼はちらとニンを見やる。なんだ? ニンに何かあるのか?
「本当に口さえ開かなければ、キミは綺麗なのにね」
「あぁ? 何か文句ある?」
ニンが腕を組んで睨みつける。そういうところが問題なんだろう。
慣れた様子でラスタードが片手をひらひらと振る。
「どうだい、ルード。これで本番もいけそうかい?」
「迷惑をかけない、ようにはしたいけどな。どうなるかはわからない」
「まあ、そう気負う必要もないと思うけどね。あくまで、ルードたちは証人としての同行だ。キミたちを捕まえて、礼儀がなっていないと文句をつけるような心の狭いものたちはいないさ」
そうだったらいいんだけどな。
けど、ブルンケルス国も参加するんだろ? あまりあの国に良い感情がないんだよな。
昔からそれなりに問題がある国だ。グロンドラとも小さないざこざを繰り返しているというのもあるしな。
「どちらかといえば、キミたちには巨大迷宮の攻略に専念してほしいところだね」
「そういえば、巨大迷宮っていうのはどうやって判断したんだ?」
通常迷宮の入口は小山のようになっていて中の規模まではわからない。
「エアリアル国には、珍しいスキルを持っている人がいてね。迷宮の最下層を調べることができるんだ」
「……ああ、なるほどな」
そんな話を聞いたことがあったな。あれは、エアリアル国のことだったのか。
「まあ、そのスキルを持っている人が一人しかいないからすべての迷宮を判断できているわけじゃないみたいだけどね」
「そうか」
「最下層は100階層みたいだ。現在は60階層までの攻略が済んでいるが、その後から中々進めていないようでね」
「……100、か。たしかに巨大迷宮だな」
キグラスと突破した迷宮の最下層でも、確か60だったな。
100ともなれば、そりゃあ巨大迷宮と名乗っても名前負けしない。
「けど、60……か。それまでの難易度はそれほどでもないってことか?」
「ああ、みたいだね」
……迷宮というのはいきなり100階層まであるものなのだろうか。迷宮の管理に携わっていることもあり、少し疑問がある。
魔王が迷宮を作っている……となれば、たとえば事前にある程度作成してからこの世界へと造りだすこともできるのだろうか?
マリウスに与えられた迷宮があまり良い物ではないというのは、彼の魔王の中での立場からある程度想像はできる。
もしも、俺たちが攻略することになれば、結構苦労しそうだな。
「まあ、詳しい話はエアリアルの人から聞けるだろうさ。それよりも――ほらルード。舞踏会のメインを楽しんできなよ」
ばしっと俺の背中をダンス会場のほうへと押す。食堂からそちらへつながる扉は解放された状態で、落ち着いた音楽が流れてきている。
「俺がダンス苦手なの知ってるだろ」
「いいじゃないか。英雄英雄と勝手に神格化されているよりかは、そっちのほうが愛嬌があるんじゃないかな?」
……恥をかけといっているのかこの友人は。
俺がため息をついていると、ニンが俺の手首をつかんだ。
「それじゃあ、あたしが指導してあげるわね」
どうやら逃げられそうにない。俺は諦めて彼女とともにダンス会場へと移動する。
人々を見ていると、音楽の途中からでもいくらでも入っていっている。
俺たちに集まる視線は多く、ニンに見とれる人が大半だ。
「……おまえ、本当公爵令嬢なんだな」
「何よ失礼な言い方ね。ほら、あたしにうまく合わせなさいよ」
指導はどうした。彼女はそれだけを言って、俺の手を掴み、片手を腰に回してきた。
それから、彼女が動き出す。騎士学園時代の記憶を掘り起こし、なんとかついていく。
たぶん、周りから見れば不格好だっただろう。けど、目の前で踊っているニンが楽しそうだったので、ひとまずよしとしよう。
確か騎士学園でもそんな感じに教えられた。相手が楽しんでいることが一番だ、とかなんとか。
その後に最低限踊れないと相手の期待を裏切ることにもなるかもしれない、とも脅されていたが。
音楽が止まり、それがダンスの終了であることに気付いた。
正直いって、迷宮で戦っているときよりよっぽど疲れた。
俺たちは並んで歩いていくと、ニンがこっちを見てきた。
「ダンス、上手じゃない?」
「それ本気で思っているのか……?」
「ええ、本気よ本気」
からかうようななんとも言えない笑顔である。
周りを見ていると、ペアを組んでいたものたちはそのまま別れ、別のペアを組もうとしている人もいた。
こちらをうかがうように何名かが見てきているのがわかった。
「あんた、他の人と踊りたい?」
「……いや、正直もう疲れたから休みたいな」
「そっか。それじゃあ――」
そういってニンが周囲を見る。
何をするんだとみていると、彼女はきっと周囲を睨みつけた。
その顔に、皆がさっと顔をそらした。……力技がすぎるよこの聖女。
俺が呆れた顔をニンに向けるが、彼女は満足げに腕を組むばかり。
それからダンス会場から繋がるベランダへと歩いていく。そこからは、城の庭の景色を楽しむことができるようだった。
空には月と星が輝き大地を照らしている。ふわふわとした光の粒子のようなものを見ることができた。
幻想的な美しい景色だ。俺がしばらく見ていると、ニンが手すりに肘をついた。
「これで、とりあえず誰にも声をかけられることはないんじゃない?」
「……とはいえ、いいのか? 一応公爵家の三女だろ?」
「昔からあたしこんな感じでやってたから。あたしが睨んだらそこであたしのダンスは終了ってわけ」
「……なるほどな。それでも一応踊ってたんだな」
「いつもきまって睨むのは、曲が始まる前だったわね」
つまり、誰かと踊っている姿を見れただけ、あの場にいた人たちは滅茶苦茶珍しい場面に遭遇したのかもしれない。
「あたしはここに誰かと仲良くなるためにきたんじゃないの。あくまで、クランメンバーの一人としてきたのよ。つまりあれよ。あんたとは仲良くなるために来ているってわけね」
「……一緒に来てくれてほんと、助かってる」
正直、ここに一人で来ていたらもっと大変だっただろう。そのときは、ラスタードが助けてくれていたとは思うけどさ。
彼女にお礼を伝えると、ニンははにかんだ。
「いつも守ってもらってばかりだから、こういうのは新鮮ね」
「確かに、な」
適材適所ってわけだ。色々な人がいて、色々な場面で活躍できる場所があるのだ。
しばらくそこで景色を楽しんでいると、給仕の女性がトレーをもって歩いてきた。
トレーにはいくつかのグラスが乗っている。恐らくお酒だろう。ニンが二つつかみ、一つを俺に渡してきた。
軽くグラスをぶつけてから、一口のむ。
「この調子なら世界会議も問題なさそうね」
「そのときも、よろしくな」
「任せなさい」
頼りになるな。ニンがばしっと胸を叩き、それから頬をかいた。
「それで、なんだけど」
「……なんだ?」
「もうすぐ、聖誕祭が開かれるのは知っている?」
「そういえば、もうそんな時期か」
一年に一度、大聖堂のある都市で行われる巨大な祭り。それが聖誕祭だ。
この世界を守る女神への感謝を伝えるための祭りだ。
「ルードも参加してくれない? あたしにとって、最後の聖誕祭になるかもしれないのよ」
「……最後の?」
「ええ。そこで、新しい聖女を発表するの。あたしは、まだ補助として残るけど、メインはそっちの子になると思うわ。だから、聖女として参加するのは最後かもしれないわ」
「参加するのは構わないが……聖女をやめるのか?」
「うん。あたし、やっぱり冒険者として生きているほうが性格にあってるわ。もちろん、教会にお礼もあるから、出来る限り向こうには協力していくつもりだけどね」
「……そっか。それなら、あらためてよろしく頼むよ」
「ええ、よろしく」
俺たちが向かい合って頷く。
と、周囲が騒がしくなった。
ちらと視線を向けると、そちらには――ニンの父親、ドルド・ラフィスアがいた。
たくましく鍛えられた体。その顔は仏頂面で固定されていた。
何度か、会ったことがあったが相変わらず迫力のある人だ。
「……嫌な奴がきたわね」
「ニン。久しぶりだな」
「……なんか用?」
相変わらずだな。ニンの父親は腕を組んだままニンを睨んでいる。けど、この人見た目のわりに結構気が弱い。心では泣いているかもしれない。
「聖女を、やめるのか?」
「ええ、そうよ。けど、家に戻るつもりもないから」
「そ、そうか……」
そういえば、ドルドさんはニンの記事の切り抜きを部屋で保管していると奥様から聞いたことがある。……たぶんだが、絶対落ち込んでいる。
「おまえが決めた道だ。おまえの好きにすればいい」
「言われなくてもそうするつもりよ」
ふん、とニンは鼻をならして去っていった。
去っていったニンの背中に、寂しそうにドルドさんが視線を向けていた。
「……ルード。ニンのことをよろしく頼む」
「……はい、大事な仲間ですから」
しゅんと小さくなったドルドさんが去っていった。
……相変わらず、だな。ニンも、ドルドさんも。
ドルドさんは当主という立場から、ニンに厳しく接していたらしい。それが、ニンにとっては苦痛でしかなかったらしい。すでにお互い成長して、今ではそういうことはなくなっているが、昔に抱いた感情は簡単には消えなかったらしい。
二人が去っていったほうを見ていると、そちらから食事を口にくわえたまま走ってくるお行儀の悪い男がやってきた。
そいつはマリウスである。人が感傷にひたっているのに、ぶち壊す奴だな。
楽しそうに料理の話をするマリウスに、笑って相槌をうった。