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呼び出し6


 舞踏会が開かれるのは巨大な食堂だ。普段はテーブルや椅子が並び、大勢が一度に食事がとれる場所となっているが、今だけはそれらのほとんどが取っ払われ、わずかにのこったテーブルに料理が用意されていた。


 料理はセルフで自由にとっていけるようになっている。ただ、あまり食事をしている人はいないようだった。

 客人が滞在することのできるゲストハウスにて、着替えを行った俺とマリウスは、すでにその会場にいた。

 周囲からの視線がいくつも集まっていた。俺は居心地が悪かったが、マリウスは軽く手を振ったりなどして慣れた様子である。


 マリウスが手を振った相手は貴族の令嬢だ。マリウスを見て、ぽっと頬を染めている。……罪づくりな男だな。

 とりあえず、マリウスに人々の相手を任せながら、俺はなるべく人気の少ない壁際で待機していた。


「ルード、なんだかうまそうな食事がいっぱいあるな。とってきてもいいんだったな?」

「……ああ」

「それじゃあ、行ってくるっ」


 マリウスが楽しそうにそちらへと駆けだしていく。

 ……一人になった瞬間だった。こちらへと何名かの女性がやってきた。


「あのルード様ですよね? わたくし、ホセ家のマリアと申します」

「わ、わたくしはネフタリ家の――」

「わたくしは――」


 貴族の令嬢たちだ。一斉にそんな風に自己紹介をしてきて、距離をつめてくる。

 ……あ、あれか。勲章をもらえるような立場の俺と関係を深めたい貴族によって派遣された子たちか。

 騎士学園にいたときにそんな話を聞いたことがある。

 有名になれば、貴族の令嬢と結婚してそのまま出世できる人もいるとか。


「ルード様は、もともと騎士学園に所属していたとお聞きしましたわ」

「あ、ああそうですが……」

「そんなっ。英雄のルード様が我々に丁寧に接する必要はありませんわっ!」


 そんな風に女性が詰めてくる。ここでヒューに元の姿に戻って守ってほしいと思った。『戻ろっか?』『いや混乱するからやめてくれ……』。

 とりあえず、ヒューにはマリウスを呼び戻すことを頼んでおいた。


「ルード様は、騎士学園にいたときから優秀な方だとお聞きしましたわ」

「別に、そんなことは――」

「そんなご謙遜をっ! ルード様は、騎士として卒業できるほどの逸材だったそうではありませんかっ」

「まあ、そうですの? 確か、騎士学園の卒業生ってほとんどが従卒からのスタートでしたわよね?」

「そうですわよ。その中でルード様は――」


 恥ずかしくなってくるからあんまりほめないでほしい。

 確かに騎士学園では、運が良かったのか高評価をいただけた。そのおかげで、卒業後は騎士から始めることも可能だった。

 ……冒険者を選択したので、すべて関係のない話だったが。


「それに、世界会議にも参加するんですわよね!?」

「平民の立場で、会議に参加した人なんて今までいませんのよ? すごいことですわね!」

「あーと……その色々と詳しいんですね」


 まくしたてるようにいってくる彼女たちに、そういうと、彼女らは鼻息荒く顔を近づけてきた。


「調べまくりましたの」

「はい。ルード様のご活躍は新聞で見て、それからファンになりましたの! アバンシアを守るために、その若さでクランリーダーになったことや――」

「老けて――大人っぽいルード様がとてもその、好みで――」


 マリウスー! ニン! どっちでもいいから早く助けに来てくれ!

 俺は彼女らに話をあわせながら、とにかく時間が過ぎるのを待つ。

 と、しばらくが経ったときだった。

 会場の入り口が騒がしくなった。


「何か、あったのか?」

「どうでしょうか?」


 俺が歩いていくと、彼女らもついてくる。……なぜか俺の付き人のようになってしまっている。

 それにしても、ニンはまだ来ないのだろうか。

 確かに女性は着替えに時間がかかるのかもしれないが、その分早くに準備を始めているだろうに。

 そんなことを思いながら、会場の入り口へと向かう。俺に気づいた貴族たちが、道を譲るようにしながら頭を下げてきた。


 ……今の俺ってそこらの貴族から頭を下げられるような立場なんだな。

 そう思うと、自分の発言や行動にもっと気を配る必要があると思った。ニンがいれば、その後ろに隠れていればよさそうな気もするんだがな。


 集団をかきわけて到達した先で、俺は思わず息をのんだ。


「あ、あんなきれいな女性、いたか?」

「い、いや……初めてみたよ」

「どことなく、ラフィスア公爵の娘さんに似てないか?」

「た、確か……聖女やっている人がいたよな? そういえば、ルード様と一緒に戻ってきていたけど――」


 周りの男性たちの言葉が俺の耳に届く。

 ……ニン・ラフィスア。それが彼女のフルネームだ。ラフィスア公爵家の三女であり、聖女だ。

 貴族の令嬢だったんだよな。

 

 簡素なヘアバンドで髪を抑えている。髪は背中側へと流れ、歩くたびにちらちらと毛先が見えた。肌の露出はすくないのだが、妙に色っぽく見えたのは、彼女のかもしだす雰囲気が関係しているのかもしれない。

 白を基調とした花の模様が入ったドレスを揺らしながら歩いていたニンは、ちらちらと周囲を見回していた。

 そして、俺に気づいたようだ。

 周囲にいた男性たちが、ニンへと近づいていく。


「あ、あのに、ニン様……でしょうか?」

「きょ、今日のダンス……私と一緒に踊りませんか?」


 まるで彼らは熱でも出しているかのように頬を赤く染めながら、彼女を見ていた。ニンは周囲を囲んできた男たちを一瞥した後、それまで浮かべていた天使の笑顔を引っ込めた。


「邪魔」


 どすの聞いた声に、俺は現実を思い出した。

 ……あんなにおしとやかな貴族の見た目をしていても、中身はニンなのだということを。

 驚いた様子で一歩のけぞる貴族たち。何名かはさらに興奮した様子だ。変態である。


 彼女がにらみつけながら一歩を歩くと、それに気おされたように道が開かれていく。そうして、俺の前に来ると、俺の周囲にいた女性を見た。


「へぇルード。モテてるみたいね」

「……」


 俺は苦笑だけを返す。ニンが片手を向けてきたので、俺はその手をつかんだ。

 俺たちは並んで歩いていく。……助かった。これで周りに絡まれることもないだろう。

 

「おう、ルード助けに――っとと、なんだその綺麗な人はルード。ってその胸は、ニンか!? ははは、普段のじゃじゃ馬が嘘のようだな」

「マリウス、あんた人をどこで判断してんのよ?」

「よしよし。邪魔をしてはいけないな。オレは向こうで食事をしてくるから、それじゃあな!」


 変な気をつかったマリウスが、両手に肉を持ったまま去っていった。

 ……あの骨付き肉ってたぶん、切り分けて食べる奴だよな? テーブルのほうを見ると、肉がない! と給仕の人たちが慌てた様子で新しいものの準備に取り掛かっていた。


「ルード。似合ってるじゃない」

「……からかわないでくれよ」

「別に、からかってないわよ。本心よ」


 にこっとほほえんだニンに、俺は頬をかきながら口を開いた。


「おまえも、ドレスにあってるな。普段とは別人だ」

「そりゃそうよ。普段からこんなの着ないし。動きにくいから、少しスカートを切ってやりたいのよね」


 足を軽く動かし、長いスカートを揺らす。ああ、中身は普段とまるで変わらないな。

 お互いしばらく手をつないだままで歩いていたのだが、ニンが何度か手をぎゅっぎゅっと動かしてきた。


「……その、もういいわよ。べつに」

「あ、ああ……そうだったな」


 俺が彼女から手を離すと、ニンは慣れない様子で頬をかいていた。

 ……なんだよその態度は。いつもと違ってやりにくいな。


「そういえば、あんた随分とモテてたわよね。鼻の下なんか伸ばしちゃって」

「伸びてなかっただろ、別に」


 どちらかというと困っていた。いや、あれだけ評価されていることは素直にうれしかったのだが、肯定の言葉ばかりだと不安になるのだ。

 俺はどうやら、自分にある程度敵対してくれる人のほうがいいのかもしれない。確かに、クランメンバーを見ても、言うことは言ってくれる奴が多い。マリウスやニンは特にな。


 俺たちは会場の壁際へと歩いていく。人の目が届きにくい場所ではあるはずなのだが、どうにも視線が多く向いている。


「……注目されてるんだな」

「そりゃああんた。魔王と戦った人なんていないんだからね」


 もう一人、現魔王であり俺と一緒に対峙してくれたマリウスであるが、彼はまったく注目を受けていない。

 新しく運ばれてきた料理を次から次へと食べていて、この会場でもっとも楽しんでいるのではないかと思えるほどだ。


「何より。あたしとあんたの関係をみんな気にしてるんじゃない? さっき、あんたに話しかけていた人たちも、貴族でしょ?」

「……ああ。どこかの家の人たちみたいだ」

「覚えておいてあげなさいよ。一生懸命、アピールしてるんだから」


 そうはいうが、ニンの言葉は少しばかりうれしそうだった。


「ま、あんたが気にしないなら、あたしとあんたで付き合っている……ことにしておいてもいいんじゃない? そ、そっちのほうがあんたも気楽にできるんじゃない?」


 ニンがまくしたてるようにそういった。

 恥ずかしさで、彼女の顔は見れなかった。……確かに、そっちのほうがいいだろう。それ以外の理由も多少はあったが、俺はそれを意識しないようにした。


「そう、だな。今は、利用させてくれ」

「……い、いいわよ」


 そういって、ニンが俺の手を握ってきてほほえんだ。

 俺もそんな彼女に笑みを返した。



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