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呼び出し5


「それにしてもあれだな。王女様というのが自ら出てくるなんて、結構働きものなんだな」


 マリウスがそんなのんきなことをルフィア殿下へといった。

 俺が飛びついて口を押えてやりたかったが、ルフィア殿下は楽しそうに口元に手を当てた。


「そうでしょうか? ただ、確かにそうかもしれませんわね。一般的な人からすれば、貴族の奥様方は部屋に引きこもっている印象が強いのでしょうか?」

「そうだな――あー、いや。違ったぞ。一人あほみたいに動く奴がいたな」


 誰のことだろうな? 俺がニンをちらと見ると、目があった。にこりと微笑んだのが怖い。


「ニンは小さい頃からそうでしたからね」


 くすくすと殿下が笑う。


「殿下。それは語弊があります。生まれたときからみたいです」


 ラスタードがそう訂正をする。

 生まれたときからか。想像できるな……ニンとか、母の腹を蹴り破って生まれてきてもおかしくなさそうだし。


「ルード、何その納得したような顔は」

「別に。なんでもない」


 ニンからさっと顔をそらして誤魔化す。

 ……とりあえず、マリウスの無礼をルフィア殿下は気にしている様子はない。内心では腹を立てているかもしれないので、ヒューを使ってマリウスに忠告だけはしておいた。


「先ほど、マリウス様がおっしゃったのはあくまで一般的なイメージにしかすぎませんわ。わたくしたちは、日夜将来の旦那を支えるために、様々な分野の勉強をしているんです」

「……確か、聞いたことがあります。他の貴族の方の家に行き指導を受けたり、修道院に行ったりするんですよね?」

「はい。よくご存じですねルード様」


 控えめな可愛らしい笑みとともに僅かに小首をかしげる。……なんというか、すべてが完璧すぎて怖いくらいだ。

 ……夫をたてるための訓練も受けているのかもしれない。


「わたくしたちは、夫の仕事を手伝うことが基本ですからね。時には領地の管理を、時には兵を率いて魔物の討伐を、時には使用人たちへの指示を、時にはパーティーの運営を……等々、基本は補助になりますが、時々使えない――あまり出来のよくない夫の代理を務める必要もありますからね」


 使えないって……笑顔の裏は結構怖そうなので、俺はひきつった笑みだけを返しておいた。


「あたしも、昔は修道院でそんなことを学んでいたわねぇ」

「そうなのニン?」

「一緒に勉強したじゃない」

「……そうね。屋敷の抜け出し方、魔物との戦い方――えぇ、懐かしい日々ね」

「言い方に悪意があるわね。普通の勉強もしたじゃない」


 ……ルフィア殿下とニンは、どうにもかなり親しい様子だ。

 公的な場面ではないから、ニンもさして気にしていないのかもしれないが、お互いにため口で話しているのを見ると、すこしひやっとする。

 問題児マリウスはというと廊下に飾られている鎧を勝手につつこうとしていたので、その首根っこを掴まえておく。


「そうね。でもそもそもニンって修道院まで家を抜け出して勝手に行ったんじゃなかったかしら?」

「勉強熱心なだけよ」

「あら、確か馬車や商人の荷台にこっそり忍び込んで移動したって……」


 ニンがとぼけたような顔を作った。


「昔から、おまえは野性的……じゃなかった行動的なんだな」

「そうなんですよルード様。昔からニンはこんな感じでね、面白い話はまだまだたくさんありますのよ」


 からかうようにルフィア殿下が俺のほうに顔を近づけてくる。

 近い――俺は羞恥を表情に出さないように努めた。


「ったく、余計なこと言うんじゃないわよ。あたしの聖女で公爵家のお嬢様っていうイメージが壊れちゃうじゃない」


 そんなイメージとっくにないのだが。


「もう……ニンはもう少しお姉さんのことも気遣ってあげてね。頑張っているんだから」

「へぇ、そうなんだ。じゃあ今はラスタードと同じように仕事してる感じ?」

「……まあ、そうだね」

「あいつ、あんたのこと気に入っていたわよね? なに、どうなの? 最近いい関係にでもなった? ほれほれ、吐いてみなさいよ」


 ニンがラスタードに詰め寄ってそんなことを言っている。

 

「別にそういうのはないよ。良い友人として過ごしているよ」


 ラスタードは――それなりに意識しているんだろうな。長く過ごしていたからわかる。

 俺が温かな目でラスタードを見ていると、ルフィア殿下がニンの頬をつつく。


「わたくしとしては、ルード様とニンの関係のほうが気になりますわね」

「……はぁ? あたしとルードがなんだってのよ。別になんでもないわよ」


 ニンがわずらわしそうにルフィア殿下を睨む。


「急に早口になったね。どうなの? 色々とあるんじゃないの」

「別に元々よ」

「ふぅん……それではルード様。今の話はずばりどうなんですの?」

「……別に俺たちは普通のクラン仲間なだけですよ」

「へぇ……」


 今度はラスタードがこちらを見てくる。おまえ、さっき黙っててやったんだから変な勘ぐりを入れてくるなよな。

 ……ていうか、これから勲章をもらいにいくんだよな。

 なんだろう。まるで騎士学園にいたときのような軽い調子だ。……俺たちはみんな色々な立場ではあるが、まだ20だからな。たぶん、ルフィア殿下も同い年くらいだろう。


 そんな俺たちが色恋の話で多少盛り上がるのは、ある意味健全とも思える。最近では、昔ほど結婚もすぐしろという風潮がなくなってきたからな。

 魔法や薬が発達し、寿命が伸びてきているのが一つの理由だ。


「そろそろ、ですわね」


 ルフィア殿下が呟いて、振り返る。


「ここから先は、騎士の方々が道を作っています。少しだけ、真面目にお願いしますね」


 ルフィア殿下が微笑んで言った。俺はマリウスの首ねっこから手を離す。

 廊下を曲がった先から、左右の道をずらりと騎士たちが並んでいた。

 彼らは皆剣を片手でもち、すっとまっすぐ天井へと向けている。騎士たちの基本的な姿勢だ。


 自然こちらも背筋がピンと伸びてしまう。マリウスが顎に手をあて、騎士たちの物色を始めようとしていたので、ヒューを使って注意する。


 騎士たちの道を過ぎていった先、大扉の部屋が見えた。

 そこにいた騎士たちが、俺たちの歩みに合わせ、ぐっと扉を押し開けていく。

 謁見の間だ。左右にはずらりと騎士が並び、今度は着飾った貴族と思われる人たちがいた。


 ……彼らと比較すると、俺たちはなんてラフな格好なのだろうか。少しばかりの羞恥心があったが、今更ここで着替えることもできない。


『魔王を撃退した英雄ルード様とご一行の到着!』

 

 それを合図に拍手が巻き起こり、どこからか壮大な音楽が流れた。ここからは見えない場所で、演奏している人たちがいるようだ。

 ルフィア殿下がすっと俺たちから離れ、玉座に腰かける王の側へと移動し、彼にいくつかの話をしている。それから頭をさげ、ルフィア殿下は後退する。

 ラスタードもまた、左右の貴族たちに混ざるように移動する。


『マリウス、俺と同じように動けるか?』

『ああ、構わんぞ。ただなあ……こういう場をみるとあれだな。思いきりかき乱したいという気持ちも出てくるな!』


 やったらぶっ飛ばすぞ。俺が目を向けると、マリウスは楽しそうに笑っている。

 ま、それで少し緊張がほぐれたというのも嘘ではない。

 とりあえず、ニンを先頭に歩いていく。俺だって騎士学園のときの指導はうろ覚えだからな。


 ニンが真っ先に移動し、すっと片手と膝をつき、頭をさげる。

 俺たちも遅れるように一人ずつ同じように動いていく。

 そこで、拍手がやむと、玉座のほうで動いた気配を感じた。


「顔をあげよ」


 王の言葉に合わせ、俺たちは顔をあげる。

 玉座から立ち上がった王は俺の前へとやってきた。


「クーラスを救ったこと、王として感謝している」


 ……どんな風に返事をすればいいのかわからず、俺はただ王を見つめ、軽い礼を返すしかない。


「平民にまで細かい礼儀を求めるつもりはない。求めるのなら、国として教育機関を用意するのだからな」

「……ありがとうございます」

「ああ、それで十分だ。此度の戦い、キミたちがいなければ、クーラスは落とされていただろう。……今回の活躍に領地や爵位を下賜しようとも考えたのだが、何か求めるものはあるか?」

「そんな、私にはそれほどのものは、もったいないで、ございますはい」


 領地だろうが爵位だろうが、そんなものをもらっても何もできやしない。

 俺の言葉に、王は軽い笑みを浮かべた。


「そうか。いやな。事前にリガリア家の者に相談したのだが、ルードはそういったものを必要としないらしいからな。……こちらとしても、領地や爵位でおまえを縛るというのももったいない気がしていた。そこで、少し文献を調べてみたら、ちょうど与えるにふさわしい勲章を見つけたんだ」


 王が子どものような笑みを浮かべている。

 

「かつて、魔王がいた時代、魔王の討伐や撃退をしたものには魔滅の勲章と呼ばれるものを渡していたらしい。文献に残っていた資料から、同じものを作らせた。……魔滅の勲章の第一号として、ルード、キミにこれを渡そう」


 王がこちらへと差し出してきた勲章は、汚れ一つない美しいものだ。貴族たちがつけている家紋と似たような作りをしているようだが、それは他とは一線を画するつくりをしていた。


 ……勲章までも断るわけにはいかないだろう。

 俺が一人で魔王を撃退したわけではないので、受けとるのに多少の迷いがあったが、俺はそれを受け取った。


「今、ここに新たな英雄の誕生だ!」


 王の叫びにあわせ、派手な音が響く。同時、貴族たちの拍手が会場を包んだ。


「今夜は、ささやかではあるが歓迎のパーティーも開かれる。楽しんでいくといい。世界会議での練習にもなるだろうしな」


 音の隙間を縫うように王の声が俺のもとに届いた。

 ……世界会議、か。

 ここにきた本当の目的はそっちだもんな。



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