呼び出し3
「あたしも何度か騎士学園に行ったことあるのよね」
「……そうだったのか?」
確かに、そんな話があがっているときもあったかもしれない。
ラスタードもそのときのことを思い出してか、苦笑している。
「そういえば、そんなこともあったねぇ。懐かしいもんだよ」
「ルードって、どんな生徒だったの? あんまり勉強は得意じゃないんでしょ?」
「そうそう。座学は真ん中から少し後ろくらいだったか? ただ、実技は得意だったよ。対人以外は」
「……剣の扱いが下手だったからな」
剣は昔から苦手だった。
ただ、盾に関しては、生まれてからずっとなぜか扱い方がわかっていた。なんとなく、こう次にこうやって動かすといい、みたいなのがわかるときがあるのだが、それが剣では一切なかった。
「昔からそうなのね。ルード」
「けど、優秀な生徒だったよ。だからこそ、父さんもおまえが家をでる決断をしたとき、寂しかったんだろうな」
「……そうだったのか」
ラスタードの父親は、俺とマニシアに対して実の息子、娘のように接してくれた。……時々ではあるが顔を見せに行くこともあったが、ここ一年ほどは会っていなかった。
「今でも、父さんはおまえのことをよく話すよ。特に最近ね。新聞に載るようになってからはそれはもう知り合いたちに自慢するように話しているんだよ」
「……それは、また、はずかしいな」
「いやまあ僕も話してるんだけどね」
「おい」
……王に呼ばれているんだよな。
色々な人に見られそうだな。
「両親、ねぇ」
ニンがとても嫌そうな顔をしていた。
……宮廷にいくとなれば、彼女も家族と対面する機会があるだろう。
「父さんも、久しぶりにルードに会えるって喜んでいるだろうさ。僕なんかよりずっと可愛がっていたし、優しかったからね」
いじけるように彼がそういった。
……それはさすがに違うだろう。あの人がラスタードを大切にしているのは、よくわかっていた。
「俺とお前では立場が違うからな。お前の場合は家を継ぐから、あの人だって厳しくするんだろ?」
「まあね。昔は面倒くさいって思ってたけど、今はよくわかってるよ。それにしても――ああ、こうやってのんびりとした会話ができるなんていつぶりだろうっ!」
彼は思い切り背中を伸ばし、椅子に座りなおした。
「やっぱり、宮廷での生活は大変なんですか?」
マニシアの疑問に、ラスタードはテーブルに肘をついた。
「そりゃあね。他の貴族たちの顔色を窺いつつ、仕事をしていかないといけないんだ。いくら自分たちが偉くても、周りに気を配れないと人はついてこない。今、ほとんどの貴族たちが親から仕事の引継ぎを開始しているってわけだ。ニンはそういうのとは無縁そうだけど」
「あたしは妹に跡継ぎを任せているの。優しいお姉ちゃんだからね」
「面倒なだけじゃないか?」
俺の言葉にニンはべーと舌を出す。
……まあ、ニンの妹さんは家を継げると喜んでいたみたいだし、悪くはないのかもしれない。
話に一区切りがつき、マニシアがお茶の準備でキッチンへと向かう。
ラスタードがニコニコとその姿を見送っている。
「ラスタード。……少し世界会議について聞いてもいいか?」
せっかく、ゆっくりしているラスタードには悪いが、どうしても一つ確認しておきたいことがあった。
「ん? なになに?」
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、彼は明るい調子で言ってくれる。
俺はそれに胸をなでおろしつつ、質問する。
「世界会議で話題になるのは、魔王だけじゃない……よな?」
「もちろんだ」
おそらく、次にもっとも話題になると思われるのは、戦闘型ホムンクルスについてだろう。
「今回はブルンケルスも、参加するのか?」
戦闘型ホムンクルスにもっとも関与しているのが、ブルンケルスだ。その国が今回の会議に参加するのかどうか。それが気になっていた。
俺の言葉に、ラスタードは首を縦にふった。
「参加する予定だ。一度こちらから話はしているんだが、向こうは『戦闘型ホムンクルスなど、知らない』と言っている。おそらくだが話題にしたとしてもそれは違う話あるいは誰かに押し付けるのではないかと考えている」
「誰か?」
「勝手に研究を進めたとして、誰かを処罰して終わらせるだけかもしれない。実際、過去にもブルンケルスではないがそういった事例も確認されている」
……国全体で研究をしているわけではないということにするわけか。
「けど……助けたホムンクルスたちが揃って言っているんだぞ? もう少し、どうにかできないのか?」
ラスタードに怒りをぶつけても仕方ないが、声に力がこもってしまった。
「それらはすべて、戦闘型ホムンクルスの発言だ。ホムンクルスの発言だけで追及することは難しいんだよ。ホムンクルスのことを思っているキミの前で、あんまり言いたくはないけど、所詮はホムンクルス、だからね」
「……わかってるよ」
「何より、戦闘型ホムンクルスを廃棄せず、今も管理していることを向こうは指摘してくるだろうね。情報を引き出すために行っているといえば、ブルンケルスが『こちらの責任、こちら側に引き渡してはくれないか』と言いかねない。そうなってしまったら、ホムンクルスたちにも可哀そうだからね。そう、深くはつつけないと思っているよ」
「……もっと、はっきりとした証拠がないとダメ、なのか」
「ああ、僕だってもっとはっきり罰したいところだけどね」
……国同士の付き合いだ。
俺が想像もできないような面倒な部分があるのだろう。
「だからといってすべて無視するというわけでもないよ。できる限り、何とかする予定ではあるよ」
「ああ、わかった」
どうなるかは、その場の状況次第だろう。
……ブルンケルスが今もホムンクルスたちを製造しているのだというのなら、やめさせたいものだ。
「まあ、そう肩の力を入れずにね。ルードたちは旅行のつもりでいいんだから。今回の世界会議はなんと空中大国エアリアルだよ! 可愛い亜人がたくさんいるんだっ! エルフにハーピーサキュバス、ラミア……キミ好みの女もいるかもしれないんだ! 一緒にお忍びで遊びに行こうね!」
マニシアとニンからじろっとした目が向けられる。
い、いや俺は興味なんてありませんから……。
「おっと、ごめんごめん。マニシアとニンも十分可愛いからね。なんだったらマニシア、メイドとして雇ってあげようか?」
「殺されたいのか?」
俺がラスタードの肩をつかむ。
宮廷のメイドや執事なんて、それこそ貴族たちに好き勝手されるんだ。
そんなこと絶対に許さない。万が一があれば、世界だって敵に回す覚悟はできている。
「冗談、冗談。さすがにそんなことしたらキミに殺されることはわかってるからさ。今の僕じゃ全く歯が立たなそうだしね」
学園時代から、俺とラスタードは実技だけならいい勝負をしていた。
宮廷の事務仕事ばかりのラスタードよりは、冒険者として活動している俺のほうが、体は動くだろうという自信はある。
けどな……ラスタードがまるっきりさぼっているわけもない。いざというときのために鍛錬はしているはずだ。時間自体は減っているかもしれないが。
「そうでもないんじゃないか。と言うかお前の場合はどうなんだ最近体を動かしているのか?」
「いや全く。ここまで来るのに乗馬できたが、もうお尻が痛くて痛くて帰りは乗りたくないと思っていたからね。竜に乗って帰れるなんておとぎ話の世界でしかないと思ってたよ」
楽しそうだな。
彼はぽんと手を鳴らした。
「そうだった。キミにも一つ聞いときたかったんだが」
「なんだよ」
「勇者キグラスのことは知らないか?」
その時ニンが、目を見開いた。その名前をもう一度聞くことになるとは思っていなかった、という顔である。
同時に彼女は当時のことを思い出したからかむすっとしたような顔をしている。それを見たラスタードが困ったように笑っている。
マニシアもキグラス? と少し首をひねっていたが、
「確か、兄さんが昔一緒に組んでいた方ですよね。勇者の立場はすでに失ったとかそんな感じの記事を見た覚えがありますが」
ラスタードがこくこくとうなずく。
「あーそうだ。勇者としての立場を与えていたんだが、その権利書を返却したんだ。それで少し気になっていてね。キグラスが一度城を訪れたんだが、その時は以前会った時よりも目つきが変わっていたんだ。軽く話したけど、『また鍛えなおして取りに戻ってくる』って言っていたからね。その様子だと、ルードとも会っていない感じかね」
……特別仲が良かったわけでもないからな。
「けど、どうしたんだ? キグラスに何か用事なのか?」
「いやね……これも世界会議で話にあがると思うんだが、エアリアル国で巨大迷宮が発見されたそうだ。魔王の一件もあるだろう? この国最強の迷宮攻略パーティーにもう一度復活してもらえないかと考えていたんだ。世界全体でみても、この国の冒険者がトップレベルでね――キグラスを含めた勇者パーティーの名前は他国にも広まっていて、エアリアルからも直々に指名があったんだよ」
……そんな有名だったんだな。
確かに、他の冒険者パーティーに比べ、俺たちは連続で迷宮をいくつも攻略しまくっていた。
他にも、似たようなことをできるだけの実力をもったパーティーはあるかもしれないが、実行するパーティーはいないため、他国にも知れ渡ったのかもしれない。
「キグラスは無理よ。あいつは確かにかなりの力を持ってたけどね。癖のあるスキルなの。ルードがそれで傷ついていたのよ」
ニンはあまり気乗りではないようだ。
……キグラスが鍛えなおしたのならば、スキル以外での力も取り戻しているかもしれないが、元々ニンはあまりキグラスが好きじゃなかったからな。
「……そうだったんだね。キグラスはスキルについて新しい話もしていなかったね。何かわかるかなと思っていたんだけどそっかぁ……とりあえず、一緒に組んでいたっていうギルド職員の人もこの街にいるんだよね? あとで話しておいてもらえるかい?」
「……わかった」
「ありがとう。巨大迷宮の攻略自体はもっと後になる予定だ。それに戦力があるのなら別の国からも集めようと思って無理にキミたちにお願いするってこともないと思うから、安心してね」
……巨大迷宮か。
迷宮の管理者が魔王、あるいはその関係者であることがわかった以上――ここ最近出現した迷宮というのは気になるところだった。
マニシアがお茶をもって戻ってきた。俺たちの前に並べ、ラスタードが首を傾げた。
「これでもうだいたい話は終わったかな?」
「ああ」
「それじゃあ、難しい話はこれで終了!」
ラスタードがぱんっと手をならして笑った。それから俺たちは、他愛もない話で時間を潰していった。