呼び出し2
俺たちの国には、全部で三つの公爵家がある。
……そもそも、このグランドラ王国は、はじめ四人の人々から始まったらしい。
その四人は、それぞれ妻をもらい、そうして子供が生まれていった。
……その四人でもっとも才能があった一人の男が国の王となり、残り三人はそんな王を支えるための存在となっていった。
それが、三つ。
目の前にいるラスタード・リガリアはいつもと変わらない調子の笑顔で俺に距離を詰めてきた。
「ひっさしぶりだねぇ。家を出るっていったときはそりゃあもうどうなるかって心配していたけどさ、元気にしてるみたいじゃんか」
「……おかげさまでな」
リガリア家がなければ、今の俺はいない。ラスタードが片手を腰にあて、にかっと笑う。俺も彼に笑みを返した。
けど、どうしてラスタードがここにいるのだろうか。再会できたことはとてもうれしかったが、彼は宮廷で仕事をしているような立場だ。確か今は、家を継ぐために父の補佐という立場にいるはずだ。
それを問おうとしたところで、彼はひらひらと一枚の紙を見せつけてきた。
「ルード、ニン。キミたち二人に、宮廷まで来てもらうことになっているんだ」
「これ……王様が書いたのですか?」
目を見開きながら、マニシアがその紙を手に取る。
……確かに、王の名前がそこには書かれていた。
内容は簡単だ。俺とニンを宮廷へと呼び出したい、といったもの。
強制、ではないようだ。拒否することも、可能なんだろう……ただ、した後がどうなるかはわからないが。
ラスタードはその紙をテーブルに置いてから、席につく。俺もその対面に座った。
「このとおりで、今回の呼び出しは王によるものだ。……近々、世界会議が開かれることは知っているかな?」
「あ、ああ」
「ルードはクーラスで、魔王と戦っている。だから、一度王が会いたいそうだ。街一つを守った英雄でもあるわけだしね」
「……街を守ったというのなら、俺一人じゃないだろ」
「かもしれないけど、代表格なんだから仕方ないじゃないか。あとは、キミが一人では寂しいと思ってね。親しい公爵家様がいるそうで、彼女にも同行してもらおうと思ったんだ。そっちのほうが、色々都合もつくと思ってね」
「それは……そうかもしれないが。あいつにはあいつの事情があるからな――」
「まあ、一応教会にも話を通しているから――」
家の玄関が開いた。
そこには、とてもとても不機嫌そうなニンがいた。
腕をくんで、ぶすっとラスタードをにらんでいる。ひらひら、とラスタードが片手を振った。
「久しぶりニン。相変わらずの狂犬なようで」
「うっさいわね。教会から変な話が来てんだけど?」
「だってニンは教会からの話でないと聞いてはくれないだろ?」
「別に教会だからって聞くとは限らないわよ。……で、あいつの呼び出しだっけ?」
こら、王様をあいつ呼ばわりするなよ。
ニンの様子にラスタードがケラケラと笑っている。……おまえらは、公爵家として小さいころから王家の人たちともかかわりがあるのかもしれないが、俺は一般人なんだからな。
友達の友達と友達が話しているような気分だ。
「さすがに言い過ぎだぞ、ニン」
やっぱり言い過ぎなんだな。
「めんどくさいって言っておいてくれる? ルードだって行きたくはないでしょ?」
いやおまえ、いくら王様に向かってそれは――。
「ああ、わかったよ」
ラスタードが頷く。いや、わかるな。
「……ニン、さすがにこの国を追放されるのは嫌だからな」
「別に追い出しはしないでしょ、あの王なら。適当に笑って流してくれるわよ」
……確かに朗らかな良い王様、という話は聞く。
現国王は、かなり市民からの信頼が厚い。俺は彼以前の王を知らないため、どのようなものかはわからないが、以前の王よりもこの国が発展したのは事実だ。
次の王様は比べられるのだから大変だろうな。ラスタードが肩を竦める。
「まあ、断れるとはいえね。色々なことを考えておいたら、ここで名前を売っておくのも悪くないんじゃないかな?」
確かにな。
世界会議に参加できるクランなんてまずない。
あの有名な二大クランでさえ、呼ばれることはないだろう。……俺だって、クランとして呼ばれているわけじゃないんだけどな。
「有名になって何かに使えるのか?」
「ほら、貴族の人と仲良くなってそこから結婚とか。ルード好みの女の子とかよりどりみどりかもよ?」
「べ、別に、興味ないしな」
少しだけ魅力を感じてしまったが、ぶんぶんと首を振る。
ふざけた調子のラスタードだったが、彼の表情がすっと引き締まった。
「僕としては、できれば協力してほしいと思っている。これから――魔王に関しての情報は最重要なものになっていく。多くの市民は魔王に不安を覚えているんだ。……キミはその魔王を、どんな状況かはわからないが撃退した。……その立場、というのはとても重要なんだ」
「何よ。ルードを利用したいだけなんじゃないの?」
ニンが厳しい目を向ける。
……彼女はそういうのを嫌っているからな。
その容姿と公爵家という立場から、彼女は昔から色々あったらしい。
ニンの目に、ラスタードは首を縦に振る。
「世界会議で、国の立場をより印象づけることにもなる。もちろん、それなりの報酬は払うつもりだ。国で、正式にルードたちのクランを認可するつもりでもある」
それは異例の話だろう。国に認可されれば、月ごとに報酬が支払われる。
何か問題が発生した場合は国に兵を派遣する必要もあるのだが、それを踏まえてでも魅力ある話だ。
「ルード。どうするのよ。たぶん、クランは良いほうに向かうと思うけど、あんたは色々と利用されるかもしれないわよ?」
「……俺がクランを造った理由は覚えているか?」
「町を守るためでしょ?」
ニンは柔らかな笑みを浮かべていた。もう、俺の考えを理解しているようだ。
「国から認められたとなれば、こっちだってその立場を利用できるはずだ。何かあれば、騎士の派遣だってお願いできるだろ?」
「そうだね。緊急時には、国も積極的に協力すると思うよ」
「俺からしたら、願ってもいないことだ。それに、国は俺たちのクランに興味があるんじゃなくて、俺に興味があるんだろ? 俺個人でどうにかなる話なら、いくらでも引き受けるよ」
「……つまり、世界会議に参加してくれるってわけだね?」
「ああ。ニンはどうする?」
「もちろん、行ってあげるわよ。貴族たちにあんたが利用されないようにね。馬鹿な女に簡単に騙されそうだし?」
ニンがからかうように笑ってくる。その言葉に、ラスタードはほっとしたように息を吐いて笑っている。
どこか、緊張した様子があったラスタードだが、俺の返答を聞いて肩の力が抜けたようだ。
……王が俺を指名したのだったか。
優しいだけの王と聞いていたが、ラスタードを派遣してきたあたり、かなり頭の回る人なんだろう。
もしもラスタードが俺を連れてくるのに失敗すれば、ラスタードの今後にも響くかもしれない。そういう脅しの意味もあったかもだ。
……そしてラスタードは、俺の事情を知っていたからこそ、あまり強くは言ってこなかった。
正直に話してくれればいいのにな。……昔助けられたんだ。俺にできることがあればなんだってするさ。
「ラスタード。お前はしばらくこの街にいるのか」
「いやすぐに戻る予定だよ。もう忙しくって。世界会議に向けての準備をしないといけないからね」
「ラスタード、もう一人連れて行きたいんだがそれは可能か?」
「もう一人……? 今回の世界会議に関係する人物なのか」
「ああ、俺のクランに所属する人間で、この前の魔王との戦いにも参加している。名前はマリウスだ」
「……確か。ゼロッコさんの報告書にあがっていた名前だね。ルードとマリウスの二人で、魔王を撃退した……だったね。わかった。ルードだけじゃ知りえない情報も持っているかもしれないからね。そのように伝えておくよ」
「ああ、ありがとな」
俺はヒューを使って、マリウスに連絡をしておく。「楽しそうだ」と二つ返事で了承がくるあたり、あいつはあれから特に変わっている様子はない。
……魔王だなんだと、自分のことを理解してからは時々不安そうにしていたからな。普段通りの元気なマリウスに戻ってくれればそれでいい。
ラスタードは顎に手をやり、何かを思案している様子だ。
「ルード……僕は聖竜に乗ってみたい。明日の王都への移動に使うことは可能かな?」
「……乗ってみたいって子どもか。まあ、お願いすれば大丈夫だろうけど」
「よっしゃっ、そういうことでよろしく頼むよ!」
ぐっと拳を固めて笑顔をこぼす彼に、苦笑する。
ラスタードは俺の顔をじっと見てくる。なんだか穏やかな表情だ。
「それにしても、聖竜か。ギルドから簡単に報告を受けていたが、お前は家を出てから、いろいろあったんだな」
「そっちも色々あったんじゃないか。前より髪が白くなったじゃないか」
「本当にね……宮廷での仕事って神経使うことばっかりでね。昔みたいに、ルードや騎士の人たちと一緒に、外で遊びたいもんだよ」
彼は息を吐いてから、服の上着を緩める。
「そういえば、ルードって騎士学園にいたのよね? そのときの話でも聞かせなさいよ」
ニンが乗り気になって身を乗り出してくる。
マニシアもほほえみながら隣に座る。
騎士か……懐かしいな。