呼び出し1
魔王の一件は、すぐに国を通して、世界各国へと新聞で発表された。
アバンシアへと戻ってきた俺は、とりあえず落ち着いた現状に満足して、一息をついた。
「兄さん、もう朝ですが今日は大丈夫なんですか?」
「ああ……さすがにここ最近休みなく動きすぎたもんだから、少し休憩しようと思っていたんだ」
「そうでしたか、すみません起こしてしまって」
「いや、構わない。そろそろ、起きて動こうと思っていたところだ」
マニシアの笑顔に今日も癒されながら、俺はベッドから起き上がる。
リビングに行くが、家が静かだった。俺とマニシアしかいなそうだ。
「ルナとニンはどうした?」
「ルナさんは、もうクランハウスに行っていますよ。ニンさんは教会のほうに行くと言っていました」
「……クランハウスか? 何か緊急の用事でもあったのか?」
「別に緊急ではありませんが、アリカさんと一緒に依頼を受けにいくそうです」
あの二人は仲がいいからな。
ってことは、今はマニシアと二人きりか。
久しぶりだな。今日は誰かが家に来るまでゆっくりしていよう。
リビングへと向かうと、テーブルに置かれた新聞が目についた。
王都新聞だ。その一面には、クーラスの街について書かれている。
……俺も、クーラスで少しだがインタビューを受けた。変なことが書かれていないかと気になった俺は、マニシアが用意してくれたお茶を飲みながら、新聞をとった。
まずは、事件の概要が書かれている。あの場にいた俺にとっては、いまさらなので流し読みだ。
特に変なことは書かれていないようだ。ただ、やたらと持ち上げられるようなコメントが目立つのは気になる。
……いや、その……ここまでほめられていると恥ずかしいが嬉しい部分もある。そりゃあ、マニシアにみてみてと自慢したくなる気持ちがまったくないわけではないのだが、それでもあんまりそれも多いと恥ずかしい。
俺ももっとこう、自信過剰ではないが、周りにひけらかせるような性格ならこんな悩みを持つこともなかったのだろう。
自慢よりも先に、過剰に評価されてしまっていて、今後が怖いと思ってしまうな。
「兄さん、すごい活躍だったみたいですね。妹として誇らしいですよ」
「そ、そうか……」
その言葉が聞きたかった。かなり大変だったが、マニシアが笑顔でそういってくれるなら、なんだってできる。
ただ、少し気になっていたのは、新聞のとある記事であった。
「……もうすぐ、世界会議が開かれるんだな」
「そういえば、そんな時期でしたね。けど、私たちのような平民にはあんまりなじみがありませんよね」
この世界には、いくつもの国がある。
とはいえ、話題にあがるのは力のある国ばかりだ。そして、世界会議に参加するのはそんな国だけだ。
全部で、4国。
まずは、俺たちがいる、このグロンドラ王国。
何かと問題があがっている、ブルンケルス帝国。
ハーピーなどの亜人が主に暮らしている、空を飛ぶ大陸にある、エアリアル国。
そして、海深くにある、海中王国とも呼ばれる、シーランス国。
……かつてはここにもう一つ、ドラッケン国もあったが、邪竜に滅ぼされてしまった。
現在は4大国と呼ばれ、これらから代表者を集い、年に一度議会が開かれる。
これが世界会議だ。会議の内容は、目下の危険な話とかそんなところだそうだ。
かつて勇者が作り上げた世界平和を守るために、この4つの国が率先して動くというわけだ。
とはいえ、それらに頭を悩ませているのは、国の代表者である王くらいだ。
俺たち平民なんて新聞でどんなことがあったか知る程度だ。第一、俺たちにはどうしようもできない問題ばかりだからな。
だが――俺は一つだけ頭に残っている話があった。
……それはクーラスで俺にインタビューした記者から聞いた話だ。
今回の世界会議での議題は、恐らく魔王とブルンケルス国になるだろうという話だった。
ブルンケルス国は戦闘型ホムンクルスの量産を行っていて、それも俺たちは全部理解している。
そして、今回の魔王騒ぎ。
勇者が作り上げた世界平和が、確実に乱れ始めている。
そして、俺はそのどちらとも深くかかわっている。
それゆえに、今回の世界会議に重要参考人として同行することになるかもしれない、という話があるらしい。
これは、ゼロッコさんにも確認して、可能性があるという返答を頂いてしまった。
魔王と直接戦った人として、話を聞きたいらしい。
はっきりいって断りたい。ただ、俺だけが知っている情報も多い。
……この国の一人として、国を守るために貢献できるのであれば、協力はしたい。
ちなみに、魔王であるマリウスの存在は表にはなっていない。
クーラスで魔王という単語が何度かあがっていたが、その場にいた人たちは話くらいは聞いていたかもしれないが、皆激しい戦いの中だったので覚えている人なんて、ゼロッコさんくらいだからな。
そのゼロッコさんも、詳しい話はしていないらしい。俺とマリウスの関係を理解しているからこそだ。
「兄さん、どうしたんですか?」
「いや、なんでもない……そろそろ料理ができあがるのか?」
強いトマトの匂いが鼻をくすぐる。今日はトマトスープでもつくったのだろう。
「はい。……ごほごほ」
と、マニシアがせき込んだ。最近では珍しいな。
「……マニシア、大丈夫か?」
「は、はい。今日はいつもより調子が悪いかも? ってくらいですかね」
……マリウスがくれた魔導書の切れ端で、彼女の体はある程度回復している。
最近では、元気な姿しか見ていなかったが、彼女は完治していない。
……迷宮攻略も、行わないとだな。魔王に関する情報だって手に入るかもしれないからな。
リリアたちに話して、迷宮に関する情報も集めておきたいものだ。
料理がテーブルへと並べられていく。良い香りが鼻をくすぐる。いざ食べようと思うと、どんどん、と玄関がノックされた。
誰だ、まったく。
せっかくのマニシアとの大事な時間が邪魔されてしまった。
少しばかり残念に思いながら、急いで玄関へと向かう。
そこには、一人の青年がいた。
年齢は俺と同じくらいだ。俺はそこにいた人物に目を見開くほかなかった。
とても、貴族とは思えないような軽い調子の笑顔。彼が人との距離をつめるのがうまいのは、きっとこの笑顔も関係しているんだろうな。
懐かしい顔に、俺は笑みを浮かべる。こいつなら、マニシアとの時間を邪魔されても、文句は――まあ、多少はあるけど許そう。
「久しぶりっ。ルード、マニシアっ。最近、活躍しまくってるみたいだね、ルード!」
「……おまえこそ、久しぶりだな。どうしたんだこんなところまできて」
そんな軽い調子で笑う彼は、この国にいる三大公爵家の一つ、リガリア家の長男であり――俺たちを拾ってくれた人だ。