クーラス12
ストームの拳が振りぬかれる。回避した先にあった壁が、風圧によって崩れ落ちる。
俺はすぐさま大盾でストームの体を殴りつける。ストームはそれを片手で受けとめてみせた。
力を込める。全身を魔素で満たし、その制御を行っていく。
増していった力に、ストームの笑みが深くなる。そんな彼の頭上から、マリウスの刀が振り下ろされた。
ストームが体を横に滑らせるようにして、その一刀をかわした。マリウスの斬撃が地面をえぐった。
地面を這い、ストームの体へ蛇のようにくいかかった斬撃は、しかしストームの振りぬいた拳によって霧散した。
ストームが片手を開き、軽く振って見せる。マリウスが笑みを強め、突っ込もうとしたその肩を掴む。
「マリウス……あまり無茶をしすぎるなよ。あくまで、俺たちの目的は結界が復活するまでの時間稼ぎだ」
「別に、その前に倒してはいけないということもないだろう」
「さっきから、攻撃が大振りだ。おまえならもっと出来るだろ?」
「……ああ、わかっているさっ!」
マリウスとヒューを使って、軽く作戦の打ち合わせを行う。彼はその作戦を聞いた瞬間、目をきらりと輝かせた。
あまり顔に出さないでくれよ。俺は大盾を左手に、剣を肩に乗せるように構える。
先に突っ込んだのはマリウスだ。速度を活かした連続の攻撃を繰り出す。
しかし、ストームは刀の腹を叩くように捌いていく。
マリウスが一瞬刀を鞘に戻し、魔力をそこへと溜めた瞬間に踏み込んだ。彼が蹴りを放ち、マリウスは刀を振りぬき、その蹴りに合わせた。
ストームは肉体を硬化する魔法を使用している。恐らく、それはウェアウルフたちの得意な魔法なのだろう。金属音のあと、マリウスが弾かれ、俺が突っこむ。
剣と大盾を繰り出し、マリウスが時折簡単な魔法を使用し、ストームへと攻撃を行う。
ストームはしかし俺たちの攻撃をあっさりと捌いた。
マリウスの刀へと力がこもる。俺はストームの体を押さえつけるように距離をつめ、大盾で殴る。
「マリウス、やれ!」
「ああ、うまくかわせよ!」
マリウスが走り出し、刀を振りぬいた。斬撃が俺とストームを巻き込むように飛んできた。
ストームはそれを見て、俺の大盾を掴み、俺ごと放り投げた。
マリウスの斬撃を背中で受けた俺は、顔を顰めながら、剣に生命変換を発動し、剣を放り投げる。
しかし、ストームはそれをあっさりとかわした。しかし、その先には走り出したマリウスがいる。
俺の剣を掴むと、彼は素早くストームへと振りぬいた。
マリウスの斬撃はフェイクだ。彼の攻撃が仲間である俺に当たれば、ストームはそれによって気持ちに余裕を抱くだろう。
マリウスの斬撃で俺の外皮は確かに傷つくが、俺とマリウスの仲だ。お互いを致命傷にしない程度の力加減は理解できている。
「しかと、受けとった!」
マリウスが笑みとともに剣を振りおろす。ストームが腕を盾のように構えて硬化を使用する。しかし、『生命変換』が乗った俺の剣は、ストームの腕をたやすく切り裂いた。
それでも、ストームはすかさず斬られた衝撃に身を任せるように後退した。それによって、ストームは片腕を失うというだけの被害で済んだ。
俺たちの攻防によって、場が静寂に包まれた。同時に、ゼロッコさんが、叫ぶ。
「敵のリーダーは、ルードさんによって弱っている! 我々の勝利は近いぞ!」
『オオオォオオオ!』
騎士も冒険者も、全員が感情のままに声を張り上げる。
その迫力に、魔物たちが後退する。騎士たちが一気に攻めこんでいく。
ストームは片腕だけをぶらりと垂らしながら、その状況を見守っていた。
「やる……じゃねぇか。だが、まだだ。まだ、終わってたまるか……っ」
ストームが腰を落とし、残った片腕を構えた。
「……もう戦いの決着はついただろ。魔物たちに命令を出してくれないか……? こっちも、すべてを殺すまで戦うつもりはない」
魔物の中には、分かりあえる者だっているだろう。
しかし、ストームは拳を構える。彼の首元についてた輪がきらりと光った。
「悪いな。オレだって、これ以上負けるとわかっている戦いをしたくはねぇんだがな。オレたちにはこれがある。これがある以上、オレたちは魔王の奴隷だ。逃げ出せば、オレの仲間たちが死ぬんだ。ここで、少しでも爪痕を残させてもらうぜ」
……魔王の奴隷。
彼の首輪を見て、これまでのストームの発言の意味を理解した。
もしも、どこかで別の出会い方があれば――マリウスのように友人となれたかもしれない。
俺は剣と大盾を構え、そして地面を蹴った。
「ルード、マリウス! てめぇらと戦えて、楽しかったぜ!」
「ああ……そうだな」
ストームが振りぬいた全力の拳を、俺は大盾で受け止め、そのまま殴りつけた。彼の腕がぐにゃりと曲がった。
ストームが体を起こそうとした瞬間だった。俺は体が重たくなるのを感じた。
魔素を体から捨てながら空を見る。結界が、再起動したようだ。……キジャク、やったな。
ストームは静かに目を閉じていた。まるで、祈りでもささげるような姿勢だ。
ストームを含めた魔物たちを巻き込むように、闇の穴が足元から襲い掛かる。
ストームが俺の体を突き飛ばし、その闇から俺は弾かれた。ついで、闇の穴から現れたのは黒い槍だった。
それは、魔物も人も関係なしに貫いていく。
俺は穴から逃げるように後退していく。……何かしらの魔法攻撃だ。
魔法はやがて治まり、ばたばたと人々が倒れていく。
そこには、ストームの姿もあった。彼は血みどろになりながら、鋭い目をある方角へと向ける。
崩れた建物――とはいえ周りを見下ろせる場所を陣取った悪魔のような人間がそこにはいた。
「ラース……てめぇ……」
ラースと呼ばれた男は、特に感情のない目をストームに向けてから、俺たちのほうを見てきた。
魔法による攻撃を警戒したが、その素ぶりは見せない。こちらをじっくりと見ている様子だった。
突然の事態に、俺たちだけではなく魔物たちも動きを止めていた。
と、ラースの眉尻があがった。瞬間、マリウスが彼の側面から切りかかっていた。ラースはマリウスの刀を尻尾で受け止め、じっと彼を見ていた。
「貴様……ストームや魔物たちは、仲間ではないのか!?」
「人間たちの力を知るための駒にすぎない、が……」
しばらく彼はマリウスを上から下まで見ていた。
そして、彼は思いだしたような顔になる。
「マリウス、だったか。序列72位、最弱の貴様が、名を与えられたオレに勝てると思うのか?」
「ハハハ……勝てなければ、ムカついた奴に刀を向けることも許されないのか?」
「ムカついた? おまえが、オレに、ということか?」
「ああ! ……ここにいるみんなを、傷つけただろうっ」
「駒だと言っているだろ」
その言葉に、マリウスの目が吊り上がった。
……彼は魔物たちと友達のように接してきた。駒、として使うラースの感情がまるで理解できないのだろう。それは、俺も同じだ。
声を張り上げ、刀を引き戻し、素早く突き出した。
ラースはそれをあっさりとかわし、尻尾でマリウスを叩いた。
地面を転がったマリウスが顔を拭ってから、ラースを睨む。ラースは首を傾げ、ため息をついた。
「最弱のおまえに、勝てるはずがないだろう」
「最弱なら、あとは強くなるだけだ」
叫ぶと同時、マリウスが切りかかる。ラースはそれを余裕そうに捌いていく。
「そうか。それが許される環境かどうか。理解するべきだ」
マリウスがラースに殴り飛ばされた。
地面を転がり、起き上がったマリウスへ、ラースが片手を向ける。その手に魔力が集まっていく。
そして、右手から黒い閃光が放たれた。真っすぐに向かったそれに、俺は体をねじ込んだ。
大盾で、魔法を受けとめる。足を地面に埋めるように沈め、体全体でその一撃を受け切った。
「一人で先走るな、マリウス。怒っているのは、おまえだけじゃないんだ」
「……ルード。ハハ、そうだな、すまないすまない」
マリウスを守るように立ちふさがると、マリウスが俺の隣に並ぶ。
「あいつを倒して、全部終わらせるんだ」
それで、また平和な日々が戻ってくる。
俺の言葉に、ラースがぴくりと反応する。
「オレを倒して終わらせる? 別に何も終わりはしないだろう。オレは魔王たちの中で、序列4位の名持ちだ」
彼の言葉に、思わず体が固まる。
……ラースで、まだ4位、だと。さらに彼の上に、まだ三人もいるという事実に、驚きが隠せなかった。
「オレを倒したところで、まだ上に3人がいる。それで何が終わるんだ?」
ラースは無感情のままに、そういって見せた。
そんなラースの背後へと、ゼロッコさんが近づく。……そう、だな。
今は彼を倒すことだけを考えればいい。それからのことは、全部後だ。
ラースの背後から、ゼロッコさんが剣をふるう。その死角からの一撃をラースは尻尾で受けとめる。
それを合図に、俺たちも動き出す。マリウスが立ちあがり、地面を蹴る。ラースへと距離をつめるが、ラースはそれを片手で止める。
あの二人を軽々と止めているという事実に驚きながらも、俺は全力を込めて突撃する。
マリウスとゼロッコさんが尻尾と手によってはじかれる。その隙間を埋めるように、俺が大盾をぶつけた。
激しい音とともに、俺の体が止まった。ラースは俺の大盾を両手で受け止めていた。
結界が発動している中で、まさかこれほどとは――。
ラースが拳を振りぬいてきて、俺もそれに合わせて振りぬく。
ぶつかり、俺の腕が吹き飛んだかのような錯覚をするほどの衝撃に襲われる。
後退し、ラースを睨みつける。いつでも動けるようにな。
ラースは一度拳と俺を見てから、息を吐いた。
「悪いが、これ以上長居をするつもりはない」
「待て!」
いや、待たなくていい。マリウスが追いかけようとしたのを、片手で止める。このまま残られても対処できるかわからない。
ラースの体が影へと飲み込まれるように消えていく。
……これで、本当に終わりなのだろうか。魔物たちは何か嬉しそうに声をあげている。見ると、彼らの首輪がなくなっていた。
ラースが消えたことで、魔物たちを拘束していたものがなくなったようだ。
俺はすぐに治癒魔法が使える人たちを呼び、ストームの傷を治療する。
息はあるようだ。ストームは俺を見て、苦笑している。
「まだ何か用事があるのか? せっかくあっちにいる友人に会えると思ったのによ」
「……俺たちは、魔王や魔物たちについて、知らなすぎる。もしも知っていることがあったら、教えてほしい」
「……そうか。……オレが知っている範囲でのことなら、いくらでも話してやるさ。けどな、その代わりに魔物たちは見逃してやってはくれないか? オレの命はいくらでも使ってくれて構わない」
ゼロッコさんをちらと見ると、彼はこくりと頷く。
「……わかった。なるべく、魔物たちが自由にできるようにするつもりだ」
「はは、話のわかる奴で助かったぜ」
そういってストームは一度目を閉じる。
魔物に破壊された建物、魔物たちがいる。すべてが綺麗に終わるということはないだろう。魔物たちからすれば、生きるか死ぬかはさした問題ではないのかもしれないが、人間からすれば違うからな。
難しい話は、あとだな。ゼロッコさんがこちらへやってきた。
「……そのあたりの詳しい話はまたあとでしましょう。戦いは、これで終わりです。ルードさんは人間に、ストームさんは魔物にそれぞれ伝えてはくれませんか」
「ああ、わかったぜ」
ストームは体を起こし、声を張りあげる。魔物たちはストームの叫びに反応し、それぞれ動きを止めた。
……すでに残っている魔物のほとんどが知能ある魔物のようだ。
武器を持っていたものはすて、両手をあげる。牙などを持つ魔物たちは、ぺたりと体を伏せるようにして動きを止めた。
その様子に、騎士や冒険者たちに笑顔が向けられる。そして、期待するようにこちらへ視線を向けてきた。
俺がゼロッコさんを見ると、彼は俺の後ろに立った。……騎士の仕事を放棄しないでほしいものだ。
俺は一度大きく息を吸ってから、声を張りあげる。
「みんなのおかげで、街を守り抜くことができた! あー、えーと」
いや、もういうことないんだが。
困った俺は少し恥ずかしかったが、拳を固めて突き上げた。
「俺たちの、勝利だ!」
それと同時に、割れんばかりの歓声があがる。
人々の笑顔に、今は俺も素直に喜ぶことにした。