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最強タンクの迷宮攻略  作者: 木嶋隆太
第一章 
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勝利の宴




 フィルドザウルスが倒れてからも、自警団の人々はいまだ硬直したまま動かない。

 戦闘が終わったという実感が湧かないようだ。


 俺は剣と盾の構えをとき、未だこわばったままのフィールに近づいた。


「やったな」

「……あ、ああ。みな、これで終わりだ! 私たちの、勝利だ!」


 フィールが拳をつきあげ、そう叫ぶ。

 それは皆に伝染していく。


 涙を、笑顔を浮かべる彼らの中で、シナニスだけは難しい顔で俺を睨んできた。


「……何がFランクだよ。おまえ、かなり強いじゃねぇか」

「そうでもない。仕留めたのはおまえたちだろ」


 俺が攻撃に参加した回数は少ない。

 皆へ注意がいかないように挑発を使っていた。

 そのため、とてもじゃないが攻撃スキルを発動できるほどの余裕がなかった。


「クソっ。今回のフィルドザウルスは、おまえがいなけりゃあどうしようもなかったってんだよ……オレももっと強くならねぇとな」

「お前は強くなれる。まだ、十六くらいだろ? 俺は今二十だ。いいか、二十だ。あと四年もあれば、俺を超えることだって可能なはずだ」


 まだ、おっさんじゃないからな?


「ったりめぇだ」


 シナニスは少しだけ頬を緩め、仲間のもとに向かった。

 背後から肩を掴まれる。振り返るとニンがいた。


「……あんた、今回どんだけ体力削られたの?」


 ぶるりとくるような声だ。

 そんな食らってないっての。


「……15000くらいだな」


 ポーションは10個程度しか使用していない。

 ニンの回復がなければ危なかった。


「そんなに!? あんたそれ、かなり死んじゃってるじゃない!」

「俺の体力は9999だって知ってるだろ。一人と半分くらいしか死んでいない」

「ていうか、どっちにしろ一人死んじゃってるじゃない! ……ああもう!」


 ニンは俺の体をじっと見てくる。

 所詮どれだけくらっても、すべて外皮が肩代わりだ。


 キグラスと組んでいた時は、一度の攻略でもっとくらっていた。

 ……黙っておいた方がよさそうだ。


「どうしたのよ?」

「いや、なんでもない。解体の手伝いに行ってくる」


 危ないところだった。

 逃げるようにフィルドザウルスの死体へと向かうと、ひょこひょことルナがついてくる。


「どうした?」


 落ち込んだ顔をしていたので、思わず訊ねる。

 すると、彼女は小さな唇を震わせた。


「なんだか……その、魔物たちが……可哀そう? でした」


 俺についてきたルナが、ぽつりとつぶやいた。

 前に戦ったトラとは違い、フィルドザウルスたちの感情は手に取るようにわかってしまう。


 それが、ルナの心に響いたのだろう。


「俺たちは、俺たちの身を守るために他者を殺す。フィルドザウルスだって同じだ。……町の外は、力がものをいう世界だ。俺たちは、そんな世界で生きているんだ」

「……それが、冒険者ですよね」

「ああ。殺すのに慣れろ、とは言わない。ただ、戦っているときは考えないほうがいい。考えたら、きっと動けなくなる」

「マスターもそうなのですか?」

「そうかもな。だから、考えない。俺は死ぬわけにはいかないからな」


 人間からの視点で見れば正義だ。

 けれど、魔物から見れば、俺たちは悪だ。


 考えるだけ無駄な議論だ。

 ……無駄というか、考えてはいけないんだ。


 笑顔を向けると、ルナはまだ元気のない顔ながらも、納得したようにうなずいた。

 あらかた解体がすんだところで、フィールが手を鳴らした。


「町に戻ろう。皆心配しているだろうしな」


 先に何名かが討伐報告で向かっている。 

 ただ、やはり自分の目で見るまでは安心できないだろう。


 自警団の人には家族がいる。

 俺だってそうだ。


 俺も早く、マニシアの顔を見たい。

 手分けして素材を担ぎ、俺たちは町へと向かう。


 その途中だった。

 ルナがある方角を見ていた。


「……どうしたんだ?」

「これ――」


 ルナが指さした先には、一つの卵があった。

 ……フィルドザウルスのもの、かもしれない。


「破壊した方がよいのでしょうか」


 ルナの瞳が揺れた。


「いや……持ち帰ってみるのも、ありかもしれないな」


 王都では、魔物をペットとして飼うのも流行っている。

 卵から育てれば、魔物でも人に懐くと聞く。


 ……ダメだったら、そのときは俺が責任をもって処理しよう。

 ルナは人の頭ほどはあるだろう卵を抱え上げる。


 ルナにとっても、何かを育てるのは良いと思った。


「持ち帰ってよいですか?」

「ああ。ルナが面倒を見るならな」

「ありがとうございます」


 このままここに放置されるよりは、きっとそのほうがいい。

 魔物として目覚められても、困るしな。


 俺たちが町へと戻ると、フィルドザウルス討伐の功績をほめたたえられる。


 人々の歓声が響く。「今夜は祭りだー」という声がどこかから聞こえてきた。

 自警団本部へと戻り、フィールが状況を報告していく。


 俺たち冒険者の役目はここまでだ。

 報酬だけはもらって、建物を後にする。


「おい、ルード!」


 シナニスに呼び止められた。

 振り返ると、彼は拳をこちらへと向けてきた。


「次にあったときは負けねぇからな!」

「期待して待ってるよ」


 シナニスはにぃっと笑った。

 無垢な少年のような笑みに、俺の口元も緩んだ。


 彼らが去っていったところで、俺たちも自宅へと戻る。


「兄さん、ご無事でしたか」


 玄関をあけてすぐ、マニシアが近づいてきた。

 安心した様子の彼女に笑顔を返す。


「当たり前だ」

「よかったです」


 ほっとしたように息を吐いてから、彼女はリビングの椅子に座りなおした。

 ニンたちがいたからか、少し冷たいマニシアだ。


 いなかったら、抱きついてきてくれたかもしれない。残念だ。


「ルナ、卵は温めておくといい。フィルドザウルスの卵ならどんな環境でも孵化できると思うが」

「承知しました」

「余っている布団があるからそれを使うといい」

「はい、ありがとうございます」


 俺はもらってきたフィルドザウルスの肉を冷倉庫に入れてくる。

 今夜は宴が開かれる。


 食事は簡単なものでいいだろう。


「それにしても、なんだか色々大変ね。フィルドザウルスに、迷宮の発見。あんたってもしかして疫病神なんじゃないの?」

「それなら、おまえだろ? お前が来てから色々起こっているんだよ」

「あたしはそんなことないわよ。今までの人生で運はよかったのよ」


 それはアテにならないっての。

 俺だって今までの人生はそれはもう幸せ続きだ。


 だって、マニシアと兄妹でこの世で生きていられる。

 それが、他のすべてを打ち消してくれるほどの幸せだ。



 〇



 夜になると、町はそれはもう大騒ぎだ。

 火を囲み、飲んで食って歌って叫んで……人々は日々の疲れを忘れるように騒いでいる。


 あれに混ざるほど陽気な性格ではない。

 マニシアたちと一緒に隅の方で、時々食事をいただく。


「おいルード! そんな隅で何やってんだ!」

「魔物討伐の主役が、そんな場所にいるなんてダメだろ! ほらこっちこいよ!」


 腕を掴んでくる町の男衆の手を払う。


「いやだよむさ苦しい。俺はマニシアたちと一緒にご飯食ってたいんだ」

「ちっくしょう! まあいい! 今回はありがとな!」

「おうよ! また今度、稽古の相手でもしてくれや!」


 彼らは笑顔とともに別の人に声をかける。

 ……元気な奴らだな。

 俺は再び地面に座り、テーブルにのっている食事へと手を伸ばす。


「いいわね、こういうの。祭りみたいで。あたし大好きよ」


 ニンがそういって酒をあおる。

 おまえは酒が飲みたいだけだろ。


 もう何杯目かわからないくらい飲んでいて、見ているこっちが酔いそうだ。

 ニンは酒に強く、まったく赤くない。


「楽しんでいるか、みんな」


 フィールがやってきた。

 基本装備の鎧と兜を外していて、美しい金髪が夜の闇に映える。


「おまえこそ、大丈夫だったか?」

「……正直、未だに実感が湧かないな。フィルドザウルスを倒したことのな」

「ばっちり倒してたぞ」


 フィールにそう言うと、彼女は柔らかな笑みのあと、頭を下げた。


「……ありがとう。おまえのおかげで、なんとかできたよ」

「俺は何もしていない」

「してくれたさ。おまえが、私を誘導してくれた。第一、今回の作戦はおまえがいなければそもそも実現しなかった。……感謝する」

「それなら素直に受け取っておくよ」


 彼女は俺たちの隣に腰かける。

 天空へと昇るように燃え盛る火を見つめ、フィールは頬を緩めた。


「父さんも、そろそろ私に引き継がせたいのだと思う」

「まあ、あの人も髪が薄くなり始めているしな」

「ふふ、結構気にしているんだ。直接は言うなよ。……今回ので、私一人ではまだまだ未熟者だと気づかされた。誰かの命令で剣を振ることには慣れていたが、自分で指示を出すのは随分と違うものだな」


 その気持ちは、わかる。

 俺もリーダーになったことは数えるほどではあるが、あの重圧感はすさまじい。


 自分の決断がすべてを決める。


 魔物との戦いなら、命を預かってる身だ。

 決断を出すのは怖い。


 それでも、やらないといけないときもある。


「はっきり言うが、俺だってそんな立場になったことは少ない。だから、俺が正しく導いたわけじゃない。俺は補助したかもしれないが、それが間違っていたかもしれない。最後に決断をしたのは、おまえなんだ。……だから、今回の戦いはおまえのものだ」


 フィールは口をわずかに動かしたあと、ぎゅっと結んだ。

 そんな話をしていると、酒臭いニンが顔を近づけてきた。


 多少酔っぱらってきたのか、俺とフィールの間に入って肩を回してくる。


「もう、あんたたち! 全部うまくいってそれでいいじゃない! せっかくの宴で反省会なんてもったいないわ! ほら、フィールも飲みなさい!」


 ぐいっとグラスをフィールの頬に押し当てる。


「あ、ああ……ありがとう」

「いやおい!」


 待てニン、フィールに酒を飲ませるな!


 ニンから酒を受け取ったフィールを、俺が慌てて止めに向かう。

 しかし、悲しいかな。俺にそこまでのスピードはない。


 こくこく、とフィールが飲んでいく。

 そして、目が据わる。あっ、これもう手遅れだな。


 俺はさっさとフィールから逃げようとしたのだが、


「るーどぉぉぉ! こわかったよぉぉぉ!」


 突然泣きながら、俺のほうに抱きついてきた。

 ニンはぽかんと口を開いている。


 フィールは……酒に弱いんだ。

 彼女の体が押し付けられる。残念ながら胸はない。


 だから鎧をつけているときとそう変わらない。口に出せば殺されるだろう。貧乳といえば、ニンとマニシアも加わってくるかもしれない。


「そ、そうだな。怖かったな」


 ぽんぽんと背中をなでる。

 捕まってしまったのだから仕方ない。


「もぉ、いやだよぉ! わたしね、ああいう立場、本当に苦手なんだよぉっ!」

「知っている、よく言っているもんな」

「うん……だから、あのね。るーどももっと助けてよぉ……わたしひとりじゃ無理だからぁ……」

「わかってる。今日だって手助けはしただろ。これからもそうだ。自警団のみんなにはいつもお世話になってるからな」

「ほ、ほんと!? それなら結婚してくれるの!?」

「なぜそうなる」

「だ、だって……わたしのかわりに自警団のリーダーになってくれるんでしょ? 違うの?」

「……結婚はしない。リーダーにもならん」

「る、るーど……そんなぁ」


 今にも泣きだしそうな彼女を見て、俺は唸りそうになる。


「……困っていたら手を貸すから。それでいいだろ」

「るーど! 大好き!」


 フィールがぎゅっと抱きついてきた。

 ……フィールは酒が入ると別人になる。


 痛いから、その鉄鎧を押し付けないでくれ。

 あっ、今は防具つけてなかったな。


「……ニン、フィールに酒を飲ませちゃダメだ」

「あ、あんたたち……そういう仲なの?」

「違う。フィールは酒に弱いんだ。ただ、すぐに記憶が飛ぶから何も覚えちゃいないけどな。そして、フィール自身は酒に強いと思っている」

「……そう、なのね」


 次の日にはけろっとしているからな。

 どんなに酒を飲んでも、次の日にはぴんぴんしているから、強いっちゃ強いんだけどな……。


「フィール様はかなりしっかりしている方だったので、少し意外でした」


 ルナは目を見開き、フィールをじっと見ている。


「誰だって色々あるもんだ。どれだけ気丈にふるまっても、心の中では色々葛藤しているもんなんだ」

「そういうもの、なのですね」

「……そう、ね」


 ニンがつぶやいて、頷く。

 夜空へと伸びていく煙を眺めながら、俺は膝の上で寝息を立てているフィールの背中をなでる。


「……羨ましい」


 ぼそりと、そんなことを呟いたのはマニシア。

 最近のおまえは、似たようなもんじゃないか。


 なんなら今ここでお兄ちゃんの膝の上に来てもいいんだぞ?

 目で訴えかけるが、マニシアはぷいっとそっぽを向いてしまった。




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