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クーラス9



『こっちは、魔法を継続して放つわ。ルード、そっちはそっちで……頑張りなさいよ』

『ああ、わかってる。何かあったらまた連絡してくれ』


 ヒューを通じての連絡を終えると同時、正面の門が開いた。同時に、結界による障壁も解除する。場所は門の通過点のみ。

 初めはとにかく、魔物たちを引き入れ、魔法による攻撃を行っていく。城壁からいくつもの魔法が降り注ぎ、街へと到達する前に魔物たちが倒れていく。


 こんな大規模な戦闘は、一度だけ経験があった。まだ騎士学園にいたとき、一つの町で似たような戦いを行ったことがある。まだ学生だった俺たちは後方支援のようなものばかりで、実際に戦闘に加わったわけではなかった。

 だからこそ、驚きは大きかった。戦闘が始まる前に、こうして対面することができてよかったと思う。


 俺たち冒険者は、前線の騎士たちの援護という形で戦闘に参加する。

 だからこそ、戦闘が始まるまで、まだ少しだけ猶予があった。俺とキジャクを先頭に、そのすぐ背後にマリウスやレクラーたちがいる。

 冒険者も、普段との戦いの違いに気づいているようだ。……俺たち冒険者は、直接的に何かを守るために戦うわけじゃない。

 依頼を受け、もちろん困っている人を助けることもあるが、俺たちの感覚からして、あくまで依頼は金もうけの一つ、という認識だ。


 今、俺たちは街を守るために戦いに参加している。それも、敗北の許されない戦いだ。

 目の前で騎士と魔物たちがぶつかっていく。さらに奥から、魔物たちが雪崩れ込んでくる。


 俺たちも戦いに参加しなければならない。俺は一つ息を吐き、それから声を張り上げた。


「いつものようにやればいいっ。普段通りに――俺たちは冒険者だ!」


 叫ぶと同時、間近へと迫ってきた魔物へと突っ込む。大盾で殴り飛ばし、ひるんだその魔物の首を目掛けてマリウスの刀が振りぬかれる。

 さすがに、いつもよりもキレがない。マリウスは俺のほうを見て、にこりとはにかみ、隣に並ぶ。


「そう心配そうな顔をするな。オレはクランのサブリーダーだ」

「……ああ。でも、無理はするなよ」


 マリウスは笑みを浮かべてうなずく。近くへと魔物がやってきて、ヒューが水の魔法を放つ。

 ヒューはかなり小さくなって、俺の懐にいて、レイは俺に憑依するという形で姿を隠している。彼女らも結界の影響を受けてしまっていて、魔法の準備にかなり時間がかかってしまう。


 頼りすぎることはできないだろう。彼女らの魔法によって飛行していた魔物が地面に落ちた。

 騎士や冒険者の魔法が空を飛ぶ。彼らの魔法はあくまで空中にいる魔物を狙ってのものだ。そうでなければ、同士討ちしてしまう。


 あちこちで戦闘が始まっていく。一対一という状況になることもあれば、魔物が近くを囲もうとするときもある。

 主に戦うのは騎士だ。俺たちは彼らを動きやすくするために動いていく。


「凄いな、騎士というのは!」


 マリウスが楽しそうに前を見ていた。彼らの見事な連携が、弱った魔物たちを残さず仕留めていく。

 ……さすがに、騎士たちの連携は練度が違う。彼らに任せていれば、この戦いは終わるのではないか、と思えるほどだ。


 周囲の建物が崩れた。それに迷いや焦りを抱くものはいない。

 この地区の避難はすでに終わっている。何より、事前にある程度破壊して戦場を確保していた。騎士がそういう動きをしていたからこそ、俺たちがそれにひるむことはない。


 雄たけびをあげ、仲間たちの声を受けながら、おのれの武器を振りぬいていく。

 魔物たちの動きは非常に悪い。それが、結界によるものか、奇襲を受けてのものかはわからないが。

  

 ゼロッコさんは言っていた。戦争の勝敗が決まるのは、多くの場合開戦前であると。

 事前にどれだけ準備を行ったかがそのまま結果として現れる。


 戦いが始まってから、流れを変えるというのは難しい。それこそ、よっぽどの影響力を持った人間でもいない限り、不利な状況が有利へと変化することなどありえなかった。


 暴れる魔物たちが、次々と葬られていく。

 外の魔物たちはまだ魔法の雨にさらされている。どうやら、敵は魔法障壁で身を守ってこそいるが、それも完璧ではないようだ。


 後ろから押されるようにして魔物たちが入ってくる。

 そのため、体勢は不安定なものが多い。

 入口周辺は魔物たちがよろめき、転んでいて魔法の的だ。


 城壁から新たな魔法が放たれたが、同時にそれを意にも介さずに一体の魔物が飛び込んできた。


 そいつは人の姿をしていた。俺は大盾で近くの魔物を殴り飛ばしつつ、そちらを注視する。

 明らかに、他の魔物とは違った。

 まず、体つきは人間の男のようだった。上半身は裸であり、そこにはウェアウルフのように毛がびっしりと覆っていた。


 彼のまとう魔力は、この場にいる魔物たちのどれよりも強い。

 魔物たちを突き飛ばすようにして中へと入ってきたそいつを、騎士たちが囲む。

 魔物がにやりと笑みを浮かべ、軽く挑発するように片手を動かす。騎士たちは、一息のあと、魔物へととびかかった。

 これまで通りの無駄のない動きだ。


 だが、魔物はその騎士の攻撃を持っていた槍ではじいた。よろめいた騎士を守るように別の騎士が前へと現れる。だが、魔物が持っていた槍が、かばうように前に出てきた騎士の盾ごと貫いた。

 外皮が砕けた。魔物はすぐさま、わきにさしていた剣を振りぬくと、騎士の腕が跳ねた。


「ああああ!?」


 悲鳴が周囲を抜けた。騎士があげた想像以上の悲鳴に、戦場が一瞬静寂に包まれた。その一瞬で、魔物の体がぶれた。

 魔物を取り囲んでいた騎士たちの外皮が砕け、剣が振りぬかれる。鮮血が地面をぬらしていく。


 半裸の魔物は好戦的な笑みを浮かべ、それからその胸いっぱいに息を集める。

 次の瞬間。周囲を揺らすほどの雄叫びが溢れた。離れていた俺たちでさえ、思わず耳を押さえたくなるほどの轟音だ。


 そして、完全にこの場の空気を支配した彼は、にやりと口元に笑みを浮かべ、左手で自身の顔を示した。


「オレの名は、ストーム! 最強の魔物、ストームウェアウルフのストームだ!」

 

 その名乗りは、俺たちの動揺を誘う目的があったのだろう。

 さっきまであっさりと魔物を倒していた騎士たちをいともたやすく葬りさった魔物。

 それが、伝説として残っていたストームウェアウルフともなれば、俺たちも動揺しないはずがない。


 だが――ここでこのまま彼に場を与え続けてはいけない。

 その判断だけは咄嗟に出せた。俺は誰も動かず、よろよろと後退していった人々をかきわけ、剣を振り下ろした。


 ストームウェアウルフは俺に気づき、俺の剣を槍で受け止める。彼が左手を腰の剣へと伸ばそうとしたので、すかさず突進する。

 大盾で体を殴りつけようとしたが、俺の体が止まる。


 ……力はほぼ互角、か。これが伝説の魔物、か。結界によって弱っているにも関わらず、これほどの力――。

 ストームの口元がにやりと歪む。俺は彼から距離をあけるように後退する。

 ストームが地面を踏みつけ、距離をつめようとして、そこで彼の体が止まった。


 俺とストームの間に、二振りの刃が抜けたからだ。マリウスとゼロッコさんだ。

 彼らはすっと俺の隣に並び、それからそれぞれの武器を構える。

 ……一対一は厳しいかもしれないが、マリウスとゼロッコさんがいれば心強い。


「こいつは、俺たちが倒す! 全員、それぞれの持ち場を守り抜け!」


 叫ぶと同時、武器を構える。ストームもまた、腰を落とし、槍を構えている。

 左足を前にだし、右足を下げる。ストームは槍の先を地面に向けるように構え、その身を丸めるようにしていく。

 まるでそれは、弓の弦が張るかのようだった。

 ストームが動いた。マリウスとゼロッコさんを守るように前へと出る。

 彼の槍と俺の大盾がぶつかった。衝撃に、体がぐらりと傾いた。大盾で槍を滑らせるように傾けてから、右手の剣を振り抜く。ストームの剣とぶつかる。


 思い切り弾かれてしまったが、そこでマリウスの刀がストームの腕をかすめた。ストームはすかさずさがるが、そちらにはゼロッコさんがいる。

 だが、ストームはその場で身をひねり、かわした。

 狙い撃つようにヒューとレイの魔法が宙をかけたが、ストームはそれを思い切り吐き出した息で弾いた。

 着地した彼は、未だ浮足立っている魔物たちを見て、声を張り上げた。


「憶する必要はない! オレがここに到達できた以上、この戦は我らの勝利だ! 人間如きを、恐れるな!」


 彼の雄たけびが戦場へと響きわたった瞬間――魔物たちの怯えた空気が消えうせた。

 ……ここでストームを叩ければよかったが。

 魔物たちが続くように咆哮をあげていく。

 

 魔物たちから怯えが消えた。……戦いは、準備の段階でほぼ勝敗が決する。

 だが、稀に例外もある。戦場すべてに影響を与えるような強い存在――。

 奴を倒さない限り、魔物たちの士気は下がらないだろう。

 


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