クーラス6
騎士の詰め所から出てすぐのところで、俺はシナニス達と合流した。
マリウスが疲れたような顔をしている以外、特に問題はなさそうだ。シナニスたちだって、最近では多くの依頼を達成してきているからな。
「大丈夫かマリウス」
「だ、ダメだぁ。もう死ぬかもしれない……」
大丈夫そうだ。
演技の入った倒れ方をしたマリウスを放置して、シナニスへと視線を向ける。
「依頼はどうだったんだ?」
「……みなさんには大変助かりました。ありがとうご、ございました」
ぺこりと頭を下げたのはキジャクだ。
「キジャク、別に丁寧に話さなくてもいいだろ。俺たちは冒険者同士だしな」
「……そう、かも、ね。けど、僕は――」
キジャクは何かを言いかけてから首を振った。
……いまいち、キジャクという人間がわからない。本当にクランリーダーなのか? と問いたくなるほどに、彼はどこか気弱だった。
今まで見てきたクランリーダーとはまた違った人だ。こういう人もいるんだな、とこんな状況じゃなければもっとじっくり観察したいところだった。
と、キジャクと目が合った。彼はすっと頭を下げてきた。
「ルードさん……この街の冒険者たちは今、みんな元気がないんだ。……お願いだ。僕の代わりに、みんなの士気を高めてくれないか?」
「……この街のクランリーダーのおまえが声をかけたほうがいいんじゃないか?」
「……僕は。君や他のクランリーダーのように、強くはないから。……誰もついてこないよ」
自嘲気味にキジャクはそういった。
「強さだけじゃ、人はついてこないだろ。その人についていくのは、強さだけじゃない」
「そうかもしれないけど、この街の人たちは、強さがないとダメなんだよ……」
ため息をついているキジャクから、シナニスへと視線を向ける。
「シナニス、冒険者たちはどうなってる?」
「だいたいの奴らが、この状況にびびっちまってんな。仕方がないっていえば、そうなんだけどな。どうすんだ、ルード。はっきり言って、この状況だ。元気づけるってのは難しいかもしれないぜ」
「……それでも、やるしかない」
「そうか。まあ、協力できることがあるなら言ってくれや」
シナニスに首肯を返しつつ、外の魔物を思い出す。
あれだけの魔物だ。
しかし、何も考えがないわけではない。
「ルード、まさか無策でここに乗り込んできたわけじゃないんだろ?」
「もちろんだ。だが、そのためにも冒険者たちにも協力してもらう必要があるんだ」
「……そうか。ま、ルードならどうにかできっか」
にやり、とシナニスが笑みを浮かべる。
……信頼は嬉しいが、期待しすぎないでくれよ。
アリカも、ラーファンも、俺に柔らかな笑みを向けてくる。……そんな目をされたら、こちらも情けない姿は見せられないな。
「まずは、ギルドに行こうか。キジャク、案内をお願いしてもいいか?」
「ああ……うん」
キジャクを先頭に歩き出す。
マリウスを放置していたら、彼はかさかさと地面を這うように移動してついてくる。こんな状況でものん気な奴だな。おかげで、こっちも肩の力が抜けたよ。
「キジャク……は、この街のクランリーダーなんだろ? クランメンバーたちは今何をしているんだ?」
「今は……ギルドにいるんじゃないかな? ……あんまり、よくわからないかな」
キジャクは煮え切らない様子でそういった。
……どうやって話を広げようか。迷っていると、キジャクがすっと頭をさげてきた。
「ルードさん。……僕にはこの街の冒険者たちをまとめる力はないんだ。だから、これから戦いが始まるときは、ルードさんが僕の代わりに冒険者をまとめてほしい」
「……いきなりあったばかりの奴に、そんなことを頼むなよ」
少し、強い口調で言ってしまった。
クランリーダーとして、多少のプライドがある。……今、アバンシアにいきなりやってきた男に、いきなりすべてを任せるということはしたくなかった。
「僕には……無理だったんだ。あのとき、怖くなって、僕は――何もできなかったんだよ」
すっかり落ち込んでしまっているようだ。
……実際の場面に遭遇していないため、俺にはわからない。
よっぽどの重圧があったに違いない。想像して、少し震えた。
「けど、それでも、リーダーなら……どうにかするしかないだろ」
キジャクはぶんぶんと首を振る。
「む、無理なんだ。そもそも、僕はみんなをまとめられるような器がないんだ。僕は――もともと冒険者なんてやりたくなかったんだ。僕は魔道具をいじっているのが、好きだったのに……無理やり父さんが……!」
キジャクは拳を固めている。彼の体はわなわなと震えていた。
クランの引継ぎに関しては色々とある。貴族のようにそのまま親の子が引き継ぐこともあれば、クラン内で力を持っているものが次のリーダーとなる場合と二つだ。
どちらが正しいかは分からないが、キジャクは……あまり今の立場に前向きではないようだった。
「キジャク――それでも、俺とおまえは対等な立場だからな」
俺はキジャクにそう言ってから、冒険者ギルドへと向かう。
彼に押し付けるつもりも、彼から押し付けられるつもりもなかった。
冒険者たちがちらちらと俺たちに視線を向けてくる。
キジャクに気づくと、彼を非難するような目つきもあった。それに、キジャクはびくりと肩をあげ、それから視線をそらす。
これだけ追い詰められた状況だ。
自分に責任はなくとも、クランリーダーとしてはそれを甘んじて受けとめ、対応していかなければならない。
ギルドは冒険者であふれていた。
彼らはまるで外のことなど知らないかのように、能天気な笑顔を浮かべていた。
いや……彼らの多くは、すでに諦めてしまっているのだ。だから、残り短い人生を、精一杯楽しんでいるんだ。
その中にも、いくつかまだ目に力がある人たちもいる。
まずは、彼らをこちら側に引き込む必要があるだろう。
受付にいた女性が、キジャクに気づくと笑顔とともに会釈をしてくれる。しかし、笑顔でも隠し切れない疲労が、頬ににじみ出ていた。
職員、冒険者たちを含め、多くがこの状況に絶望してしまっている。
「ルードさん、どうするんだ?」
キジャクがぽつりとつぶやくようにいった。
まずは、全員に話を聞いてもらう必要がある。
「受付さん。拡声魔石はありますか?」
「は、はい。すぐに用意しますね!」
すぐに、受付は奥へと下がり、彼女とともにこのギルドのリーダーが現れた。
状況は把握してくれているようだ。彼はすっとこちらに一つの魔石を持ってきた。
音を大きくしてくれる拡声魔石だ。それに軽く声をあててから、受付がこちらに手渡してきた。
キジャクにそれを向けると、彼は首を振る。
「……今大事なのは、みんなを導いてくれる力のある人だ。僕には、無理だから」
「そんなことありませんよ。クランメンバーの方々も――」
受付の言葉に、キジャクは首をぶんぶんと振る。
受付がはぁ、とため息をつき、それから俺のほうを見てきた。
受付さんはキジャクのことを信頼しているようだ。……普段はここまで卑屈ではないのかもしれない。
俺は拡声魔石をしばらく片手で遊ばせてから、口元に運ぶ。
皆を元気づける、か。
どんな言葉をかけるべきなのか。
……そんな、器用な人間じゃないな俺は。
思ったことを、そのまま口にする。
それから、息を吸って、冒険者全員に聞こえるように大きく口を開く。
『みんな聞いてくれ』
俺の声は思っていた以上に響いた。
ギルド全体に響いたであろう声に、冒険者たちが驚いたようにこちらを見てきた。
訝しむような目と苛立ったような目ばかりだ。せっかくの時間を邪魔するな、といった目だ。
『俺は、冒険者ルードだ。もしかしたら、名前を聞いたことがある奴もいるかもしれないな』
そんな風にいうと、どこからか声があがってくる。
「まさか、迷宮都市を攻略した?」「どっかの街で、クランリーダーをやっているとか」「昔は勇者と一緒にパーティーを組んでいた時があるとか……」そんないくつもの話題が沸き上がってくる。
……よかった。新聞の効果が少しはあったようだ。
そんな彼らに視線を向けてから、一つ頷く。
『ああ。俺はそのルードだ。この街を解放するために、ここに来た』
そういうと、彼らの目に一瞬ではあるが、希望の色が混ざる。
「そんなこと、たかが一人の冒険者にできるのか?」
くすくすと馬鹿にするように笑い、酒のグラスを揺らしたのは一人の男だ。
――しかし、彼の目は何か期待するように俺と、キジャクをみた。キジャクは、あっ、と口を開き、それからぎゅっと服の裾をつかんで視線を落とす。
俺は彼と対話するように、言葉を発していく。
『すでに、仲間の準備は整っている。城塞都市とその他街の騎士たちが動きだしている。明日の朝には、この街に到着する予定なんだ。俺たちはそれまで、持ちこたえればこの戦いに勝てる! それに、俺のクランには、聖女もいる! 俺たちなら、勝てるんだ!』
ニンの名前も勝手に出させてもらったが、想像以上に冒険者たちの食いつきがよかった。
英雄、聖女、勇者――そんなわかりやすい強さを象徴する言葉が、こういう場では効くようだ。
『……俺は地下水路を使って、この街へとやってきた。別に。正義感がどうとか、そんな綺麗なことを言うつもりはない。ただ、仲間を守りたいからだ』
ここにきた理由は簡単だ。
ここに、シナニスたちクランメンバーがいたからだ。それ以上の理由はない。
『みんなにもいるだろ。そういう人が。友達や仲間……それらを守るだけの能力が、俺たち冒険者にはあるはずだ』
ちらと冒険者たちの顔色をうかがいつつ、口を開く。
『それが、冒険者として俺がここにいる理由だ。それが、俺の戦う理由だ。だから、こんなところで終わるつもりはない。俺の人生の終わりを決めるのは、俺だ』
まだマニシアの笑顔が見足りない。マニシアの体だって、完全に治せていない。マニシアともっといっぱいたくさん一緒にいたい。
それに、クランのことだって。
『俺たち一人ひとりの力なんて、たかが知れてる。けど、だから俺たちはパーティーを、クランを作って、戦ってきた。今回だって同じだ。みんなで協力すれば、きっと勝てる。敵の規模が増えたぶんだけ、俺たちだって大きなパーティーを作って戦えばいいだけだ』
俺たち人間が抱えている力なんて大したものではないだろう。
それこそ。魔物たちからすれば人間なんてちっぽけな存在だ。
だからこそ、俺たちは、みんなで協力して戦うんだ。
拳を固める。声を張り上げる。
『だから、みんなも――それぞれの友達や、家族や、仲間たちを守るために……力を貸してくれないか』
これは、ただの俺の素直な気持ちで、士気をあげるための言葉というよりは、懇願のようなものだ。
俺の言葉に冒険者たちは顔を見合わせる。
……あまり表情はかんばしくはない。……失敗、だっただろう。
「仲間たちのためか」
誰かが呟き、同時に大きく笑った。
「はっはっはっ。そのとおりだルード」
ぱしぱしと拍手のようなものが巻き起こる。
彼に合わせ、冒険者たちからぽつぽつと声があがっていく。
それぞれ、守るべき人が、場所がある。その思いを掘り起こせただけで、成功だっただろう。
俺のほうに一人の冒険者がやってくる。見た目はかなり厳つい男だ。そんな彼を見て、キジャクが顔をゆがめた。
「オレはレクラーだ。『ワイルドランス』のサブリーダーを務めているもんだ」
そう名乗った彼とキジャクの視線がぶつかった。